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忠誠の唇
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媚薬を作る、はずだった。
一口飲むだけで気分と肉体が高揚し、目の前にいる人物に恋い焦がれ、その存在を欲して欲してどうしようもなくなるような。
そんな媚薬を作る、はずだった。
薔薇の花びら、朝露のしずく、月光の結晶、黄金葡萄のワイン。それらを錬金術専用の釜で煮てクリスタルの瓶に移し三日間置いておく。
そして仕上げに手に入れるのに苦労した『最後の材料』を入れれば、薄紅色の可愛らしい液体として完成するはずだった薬。
けれど。
何故か透明な紫のスライム状に変化したソレは、確実な意思を持って弾力性の有る触手をこちらへと伸ばしたのだった。
*
美しい海と森、金と宝石が採れる鉱山を有するサウザグルス王国。
建国時から豊かだったこの国は、数十年前に先代の国王が錬金術師を王妃として迎えたことで更に飛躍的に発展した。王妃の錬金術が作り出した薬や爆弾が人々の生活を支え、助けたからだ。
元は異世界の人間であったという前王妃。
彼女は「自分の世界に帰ろうと思わなかったのか」と聞いた幼い孫に黒い瞳を細めてこう答えた。
「あなたのお祖父様を愛することを選んだのよ」
祖母は今でも祖父に恋をしているのだ。
幼心にもその祖母のはにかむような笑顔はキラキラと輝いて見えた。
いつか自分も祖母のように運命の相手を見つけて素敵な恋愛がしたい。
13年前のあの日。
祖母と祖父の思い出話を聞いた6歳のあの日。
あの日から恋というものは王女にとって特別な目標になった。
だから。
それから数日後にその少年に出会った時に、彼に感じた胸の高まりが恋に違いないと思った。
柔らかな銀の髪。深い紫に橙の光彩が散った夜明け色の瞳。陶器のような白い肌。引き結ばれた紅い唇。
その年齢の少年の中では背の高い方であろう体躯に、宮廷魔術師の証である金の縁取りの付いた黒いローブを纏っている。
(綺麗……。星のない夜に浮かぶ銀色のお月様みたい)
王に紹介されたその少年は、人形めいた涼やかな美貌と落ち着いた態度で実年齢よりも大人びて見えた。
『サクラおいで。彼の名前はロキ。サウザグルス始まって以来の優秀な成績で城の魔術師団に入団することになったんだよ。しかも最年少記録だ。護衛でお前の側につくことも有るから挨拶なさい』
『はじめましてロキ。私は第二王女のサクラ・ジグドル・リーベ・ヴァルシュよ。護衛についてくれる魔術師の人たちはみんな大人ばかりだから、年の近いあなたが一緒だと嬉しいわ。よろしくね』
ふわふわと曲線を描いた黄金の髪。好奇心を宿した翠の瞳。
幼くとも王族としての所作を身につけた少女が淡い桃色のドレスをつまみ目の前の少年へ可憐に挨拶する。そんな愛娘を見守る王の眼差しは温かい。
『ロキ、サクラは私の母の錬金術の才能を色濃く受け継いでいるんだ。魔術と錬金術。どちらも我が国の宝だ』
王の大きな掌が愛しくて堪らないと言うように王女の頭を撫でた。
その様子を端正な顔の表情を動かさずに静観していた少年が口を開く。
『……お目にかかれて光栄ですサクラ姫。サウザグルスは平和な国ですが、稀に魔物や盗賊が出ます。ですが私が必ずその火の粉から貴女をお守りすると誓いましょう。魔力も、血も、命すら貴女に。──忠誠のキスを』
少年はそう言って闇色のローブの裾を捌き跪き、紫と橙の夜明け色の瞳で真っ直ぐにサクラを見つめたまま紅い唇をいたいけな手の甲に落とす。
サクラにはその動作の一つ一つがスローモーションに見えた。
銀色の睫毛に縁取られた黎明の空。
その空が自分だけを映している。
自覚した一瞬で。
朝焼けに、囚われた。
あれから13年間。
今年19歳になる王女は、7歳年上の美貌の魔術師にずっと恋をしている。
一口飲むだけで気分と肉体が高揚し、目の前にいる人物に恋い焦がれ、その存在を欲して欲してどうしようもなくなるような。
そんな媚薬を作る、はずだった。
薔薇の花びら、朝露のしずく、月光の結晶、黄金葡萄のワイン。それらを錬金術専用の釜で煮てクリスタルの瓶に移し三日間置いておく。
そして仕上げに手に入れるのに苦労した『最後の材料』を入れれば、薄紅色の可愛らしい液体として完成するはずだった薬。
けれど。
何故か透明な紫のスライム状に変化したソレは、確実な意思を持って弾力性の有る触手をこちらへと伸ばしたのだった。
*
美しい海と森、金と宝石が採れる鉱山を有するサウザグルス王国。
建国時から豊かだったこの国は、数十年前に先代の国王が錬金術師を王妃として迎えたことで更に飛躍的に発展した。王妃の錬金術が作り出した薬や爆弾が人々の生活を支え、助けたからだ。
元は異世界の人間であったという前王妃。
彼女は「自分の世界に帰ろうと思わなかったのか」と聞いた幼い孫に黒い瞳を細めてこう答えた。
「あなたのお祖父様を愛することを選んだのよ」
祖母は今でも祖父に恋をしているのだ。
幼心にもその祖母のはにかむような笑顔はキラキラと輝いて見えた。
いつか自分も祖母のように運命の相手を見つけて素敵な恋愛がしたい。
13年前のあの日。
祖母と祖父の思い出話を聞いた6歳のあの日。
あの日から恋というものは王女にとって特別な目標になった。
だから。
それから数日後にその少年に出会った時に、彼に感じた胸の高まりが恋に違いないと思った。
柔らかな銀の髪。深い紫に橙の光彩が散った夜明け色の瞳。陶器のような白い肌。引き結ばれた紅い唇。
その年齢の少年の中では背の高い方であろう体躯に、宮廷魔術師の証である金の縁取りの付いた黒いローブを纏っている。
(綺麗……。星のない夜に浮かぶ銀色のお月様みたい)
王に紹介されたその少年は、人形めいた涼やかな美貌と落ち着いた態度で実年齢よりも大人びて見えた。
『サクラおいで。彼の名前はロキ。サウザグルス始まって以来の優秀な成績で城の魔術師団に入団することになったんだよ。しかも最年少記録だ。護衛でお前の側につくことも有るから挨拶なさい』
『はじめましてロキ。私は第二王女のサクラ・ジグドル・リーベ・ヴァルシュよ。護衛についてくれる魔術師の人たちはみんな大人ばかりだから、年の近いあなたが一緒だと嬉しいわ。よろしくね』
ふわふわと曲線を描いた黄金の髪。好奇心を宿した翠の瞳。
幼くとも王族としての所作を身につけた少女が淡い桃色のドレスをつまみ目の前の少年へ可憐に挨拶する。そんな愛娘を見守る王の眼差しは温かい。
『ロキ、サクラは私の母の錬金術の才能を色濃く受け継いでいるんだ。魔術と錬金術。どちらも我が国の宝だ』
王の大きな掌が愛しくて堪らないと言うように王女の頭を撫でた。
その様子を端正な顔の表情を動かさずに静観していた少年が口を開く。
『……お目にかかれて光栄ですサクラ姫。サウザグルスは平和な国ですが、稀に魔物や盗賊が出ます。ですが私が必ずその火の粉から貴女をお守りすると誓いましょう。魔力も、血も、命すら貴女に。──忠誠のキスを』
少年はそう言って闇色のローブの裾を捌き跪き、紫と橙の夜明け色の瞳で真っ直ぐにサクラを見つめたまま紅い唇をいたいけな手の甲に落とす。
サクラにはその動作の一つ一つがスローモーションに見えた。
銀色の睫毛に縁取られた黎明の空。
その空が自分だけを映している。
自覚した一瞬で。
朝焼けに、囚われた。
あれから13年間。
今年19歳になる王女は、7歳年上の美貌の魔術師にずっと恋をしている。
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