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黎明の悪魔
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黎明の悪魔。
もしくは、終わりの月。
それがサウザグルスを守る魔術師団長の異名だった。
『黎明の悪魔』はその夜明け色の瞳に。
『終わりの月』は闇色を従えた銀の髪に由来している。
6年前、二十歳にして国を守る要──魔術師団の長に就任した天才ロキ。
彼の魔力は恐ろしく膨大で、悪意を持って対峙したものは刹那に殲滅される。
ロキに統括された魔術師団はこの6年で大陸中から志願者が集ってくるほど名を轟かせる存在になった。
故に彼は畏怖と尊敬の念を込めて呼ばれるのだ。黎明の悪魔と。
「──かっこいい~っ! このロキを紹介してる文もそうだけど、挿し絵もロキの特徴を捉えていて凄く素敵……! 今度お父様にこの絵を描いた絵師を紹介して貰って、買い取らせてくれないか交渉してみようかしら」
うっとりと呟きながら読んでいた本を閉じる少女の名前はサクラ・ジグドル・リーベ・ヴァルシュ。サウザグルスの第二王女だ。
クリームイエローのナイトドレス姿で翠色の夢見る瞳を潤ませながらサウザグルス史を抱きしめている。
黄金の髪、エメラルドの瞳、真珠色の肌。その外見から王女は『サウザグルスの動く宝石人形』と謳われていた。
「もう本当に、ロキが尊い。尊すぎて、ヤバい。推しの顔見るだけでご飯が進む。推しの存在が元気をくれるっっ」
──もっとも、サクラは元来の気さくでお転婆な性格に加え、異世界人であった前王妃の影響を受けて外見からは想像できない少々ユニークな性格であった。そのおおらかさごと民に愛されてはいるのだが。
「……っと、本の中のロキに夢中になってる場合じゃなかった。あと5分で夜の10時。あの薬を作り始めてから72時間。最後に『アレ』を入れれば遂に究極の媚薬が完成する……!」
希代の錬金術師であった前王妃。
彼女の影響を受けてサウザグルスの王族は幼少の頃から錬金術を学ぶ風習があった。中でもサクラの才能はずば抜けていて、前王妃と並んで吟遊詩人に語られるほどだ。
「もう、本当に『アレ』を手に入れるの苦労したんだから……っ」
ぼやきながら彼女がベッドの下から細工の美しい金色の宝石箱を取り出す。色とりどりの石が付いた蓋を開けると、中には水晶で出来た瓶が収められていた。
瓶の中身は無色透明の液体だ。
「ココにこの、最後の材料──ロキのまつ毛を入れれば色が変わるのよね?」
たぐいまれなる錬金術の才能を持った王女サクラ。
彼女はその能力と知識と今までの人生の全経験を活かして、媚薬を作成しようとしていた。
全てはそう、愛しい人への恋心を叶えるために。
「ロキってばさぁ、隣に居たって隙が全然無いんだもん。今まで頬っぺたに抜けたまつ毛がついてるのとかも見たこと無かったし。思い余って直接ぶち抜こうとしても背が高過ぎて手が届かないしさぁ」
魔力も、血も、命すらサクラに。
そう忠誠の口づけをした銀髪の少年は、その誓い通り絶対的な力でサクラを守ってきた。
彼が少年から青年へと成長し、宮廷魔術師を統べる存在となった後も外交や公の場はもちろん、サクラの私的な外出の時にも常にその涼やかな姿が側に在った。
それは王女であるサクラが望んだことでもあったが、その王女の望みすら断れる立場になってもロキはサクラの護衛を外れなかった。
「だからさ、てっきりロキの方だって私のこと好きなのかなー?! って思うじゃないっ? でも全然そんなことないんだもん……っ」
けれどそんな王女の想いに宮廷魔術師が応えることはなかった。
『貴女はきっと、兄のような俺への気持ちを恋と勘違いしているんですよ』
そうサクラの恋心を否定するくせに。
彼はいつでもサクラの側に居て、その圧倒的な魔力で彼女に害なすものから彼女を守るのだ。
「……おかげで危うくこの国の蚊が絶滅するところだったわよね」
あれはサクラが14歳、ロキが21歳の時だった。
他国の王族を招いて開かれたダンスパーティーの直前に、蚊に刺されたサクラの頬が赤く腫れてしまったのだ。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! いなくなっちゃう! 蚊が、いなくなっちゃう!』
『危ないから離れてください。こんな虫けらが貴女の顔を傷つけるなんて許されない。その一族の命で償うべきです』
『大丈夫だからっ! こんな蚊に喰われた跡くらい、私の調合した薬ですぐ消せるから……!』
絶対零度の瞳で魔力を発動させようとする魔術師長とそれを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、王族たちはそれはそれは愉快そうに笑いながら見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は蚊どころか城周辺が焦土になるかと思った。
「ロキってば、普段は冷めてるくせにたまに過保護過ぎておかしくなるんだから……」
だからこそ。
だからこそサクラはロキへの恋を諦められないのだ。
そして錬金術のレシピで【媚薬】の文字を見つけた彼女は思いつく。
こりゃもう一発クスリでも盛って既成事実を作るしかないな。と。
そう決意してから3週間。
媚薬の最後の材料である『薬を飲ませたい相手のまつ毛』を採取できずにやきもきしていたサクラに遂にチャンスが訪れる。
『すみませんサクラ。目にゴミが入ってしまったようなので、見ていただけますか?』
もしくは、終わりの月。
それがサウザグルスを守る魔術師団長の異名だった。
『黎明の悪魔』はその夜明け色の瞳に。
『終わりの月』は闇色を従えた銀の髪に由来している。
6年前、二十歳にして国を守る要──魔術師団の長に就任した天才ロキ。
彼の魔力は恐ろしく膨大で、悪意を持って対峙したものは刹那に殲滅される。
ロキに統括された魔術師団はこの6年で大陸中から志願者が集ってくるほど名を轟かせる存在になった。
故に彼は畏怖と尊敬の念を込めて呼ばれるのだ。黎明の悪魔と。
「──かっこいい~っ! このロキを紹介してる文もそうだけど、挿し絵もロキの特徴を捉えていて凄く素敵……! 今度お父様にこの絵を描いた絵師を紹介して貰って、買い取らせてくれないか交渉してみようかしら」
うっとりと呟きながら読んでいた本を閉じる少女の名前はサクラ・ジグドル・リーベ・ヴァルシュ。サウザグルスの第二王女だ。
クリームイエローのナイトドレス姿で翠色の夢見る瞳を潤ませながらサウザグルス史を抱きしめている。
黄金の髪、エメラルドの瞳、真珠色の肌。その外見から王女は『サウザグルスの動く宝石人形』と謳われていた。
「もう本当に、ロキが尊い。尊すぎて、ヤバい。推しの顔見るだけでご飯が進む。推しの存在が元気をくれるっっ」
──もっとも、サクラは元来の気さくでお転婆な性格に加え、異世界人であった前王妃の影響を受けて外見からは想像できない少々ユニークな性格であった。そのおおらかさごと民に愛されてはいるのだが。
「……っと、本の中のロキに夢中になってる場合じゃなかった。あと5分で夜の10時。あの薬を作り始めてから72時間。最後に『アレ』を入れれば遂に究極の媚薬が完成する……!」
希代の錬金術師であった前王妃。
彼女の影響を受けてサウザグルスの王族は幼少の頃から錬金術を学ぶ風習があった。中でもサクラの才能はずば抜けていて、前王妃と並んで吟遊詩人に語られるほどだ。
「もう、本当に『アレ』を手に入れるの苦労したんだから……っ」
ぼやきながら彼女がベッドの下から細工の美しい金色の宝石箱を取り出す。色とりどりの石が付いた蓋を開けると、中には水晶で出来た瓶が収められていた。
瓶の中身は無色透明の液体だ。
「ココにこの、最後の材料──ロキのまつ毛を入れれば色が変わるのよね?」
たぐいまれなる錬金術の才能を持った王女サクラ。
彼女はその能力と知識と今までの人生の全経験を活かして、媚薬を作成しようとしていた。
全てはそう、愛しい人への恋心を叶えるために。
「ロキってばさぁ、隣に居たって隙が全然無いんだもん。今まで頬っぺたに抜けたまつ毛がついてるのとかも見たこと無かったし。思い余って直接ぶち抜こうとしても背が高過ぎて手が届かないしさぁ」
魔力も、血も、命すらサクラに。
そう忠誠の口づけをした銀髪の少年は、その誓い通り絶対的な力でサクラを守ってきた。
彼が少年から青年へと成長し、宮廷魔術師を統べる存在となった後も外交や公の場はもちろん、サクラの私的な外出の時にも常にその涼やかな姿が側に在った。
それは王女であるサクラが望んだことでもあったが、その王女の望みすら断れる立場になってもロキはサクラの護衛を外れなかった。
「だからさ、てっきりロキの方だって私のこと好きなのかなー?! って思うじゃないっ? でも全然そんなことないんだもん……っ」
けれどそんな王女の想いに宮廷魔術師が応えることはなかった。
『貴女はきっと、兄のような俺への気持ちを恋と勘違いしているんですよ』
そうサクラの恋心を否定するくせに。
彼はいつでもサクラの側に居て、その圧倒的な魔力で彼女に害なすものから彼女を守るのだ。
「……おかげで危うくこの国の蚊が絶滅するところだったわよね」
あれはサクラが14歳、ロキが21歳の時だった。
他国の王族を招いて開かれたダンスパーティーの直前に、蚊に刺されたサクラの頬が赤く腫れてしまったのだ。
『やめて! ロキ、やめてってばっ! いなくなっちゃう! 蚊が、いなくなっちゃう!』
『危ないから離れてください。こんな虫けらが貴女の顔を傷つけるなんて許されない。その一族の命で償うべきです』
『大丈夫だからっ! こんな蚊に喰われた跡くらい、私の調合した薬ですぐ消せるから……!』
絶対零度の瞳で魔力を発動させようとする魔術師長とそれを必死に止める第二王女。
その姿を宮廷魔術師たちは恐れおののきながら遠巻きに、王族たちはそれはそれは愉快そうに笑いながら見ていた。
なんとかサクラの説得でロキの暴走は治まったが、あの時は蚊どころか城周辺が焦土になるかと思った。
「ロキってば、普段は冷めてるくせにたまに過保護過ぎておかしくなるんだから……」
だからこそ。
だからこそサクラはロキへの恋を諦められないのだ。
そして錬金術のレシピで【媚薬】の文字を見つけた彼女は思いつく。
こりゃもう一発クスリでも盛って既成事実を作るしかないな。と。
そう決意してから3週間。
媚薬の最後の材料である『薬を飲ませたい相手のまつ毛』を採取できずにやきもきしていたサクラに遂にチャンスが訪れる。
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