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呪われた姫君
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『あなたが好きよルー』
『じゃあっなんでっ!』
『だからこそ、もうあなたとは遊べない。──もう二度と会わない』
そう言って、悲痛な少年の叫びを振り切った。
そう言って、幼い初恋は海の泡に消えた。
────はずだった。
なのに、なのに、なのに!
どうして 初恋の相手 が 6年後 現れるのよおおおおぉぉぉっっっっ?!!!!
蒼い夜の月光に煌めく銀髪。黄水晶をそのまま嵌め込んだ様な金色の瞳。透き通る白い肌に繊細な鼻梁。紅い唇。
天才と謳われる芸術家がその魂を悪魔に売り渡しても、人間の手で創り出すことは叶わないであろう美しき存在。
微笑み一つで相手の息の根を止めてしまうことすらできそうな美貌を、アイシェルはただ呆然と見上げた。
*
美しく豊かな海に囲まれた王国セアントルド。
安定してとれる海産物に支えられ、陽気な人々が住む活気溢れる平和な国。
この国を統べる王家の人間はみな黄金の髪と翠色の瞳を持ち、その美しさと大らかな気質で国民に愛されている。
しかし。ここ数年セアントルドではある噂が流れていた。
曰く、王家の末娘第四王女アイシェル・セアントルドは呪われている。と────
「ああぁぁぁぁ今日も1つも縁談が来なかったあぁぁぁぁぁぁ」
「はしたないですわよ姫様」
鏡台に突っ伏して呻くアイシェルの腰まで有る髪を梳きながら同じ年頃のメイド服姿の少女がたしなめる。
「だってさぁメリザ! セアントルドの王女は15才でお嫁に行くのが慣例なんだよ?! 姉さんたち皆そうだったのに私もう16だよ?!」
「16才も半年過ぎましたわね」
「自分で言うのもなんだけどセアントルドとの婚姻って競争率高いのに! 豊富な資源に裏付けられた国力と美男美女の王族として人気なのに!!」
「第一から第三までの王女様たちには12才を過ぎた辺りから婚姻の申し込みが殺到してましたわね。姫様には過去一度も届いたことはございませんけど」
主を前にズケズケとものを言うメリザの言葉がグサグサとアイシェルに突き刺さる。
だが全て事実なので何も言えない。
「それもこれも嵐のせいよぅ……!」
セアントルド王国の第四王女アイシェル・セアントルド。
彼女に婚姻を申し込むための使者を乗せた船は全て沈む。
どんなに晴れた日に出航しても、海は姫への求婚を許さない。
たちまち空は曇り、雷鳴が轟いて波が荒れる。
アイシェルへの使者がセアントルドに辿り着いたことは、過去に一度も無かった。
幸い沈んでも一人の死者も無く出航した港に流れ着くらしいのだが、それが余計噂に拍車をかけた。
アイシェル・セアントルドは海の神に愛される余り自国から出ることは許されないのだと────
「だああぁぁぁぁっ?!! どこの神よそんな迷惑な愛しかたする奴は?! おかげで私、嫁き遅れなんですけどっ?!」
「でも一人の死者も出てないおかげで好意的な呪いと皆には解釈されてますわよ」
「呪いの時点で好意的とかなくない?!」
「……姫様は見た目だけなら動く宝石人形の様なのに口を開くと本当に残念ですね。さ、夜のお支度が終わりましたのでわたくしはそろそろ失礼致します。姫様もさっさっとお休みなさいませ」
生温く微笑むと、そう言った本人こそがさっさっとアイシェルの部屋から出て行った。
血縁兼幼なじみ故の塩対応。うん。でもその感じ嫌いじゃない。
ボフン! とメリザが整えてくれたベッドに飛び込み、そっと寝間着の胸元を握る。
服の下に常に有る瑠璃色のネックレス。
薄い硝子の様なキラキラした楕円形。
この瑠璃色の主の、もう一人の幼なじみ。
──自分以外の誰も知らない、秘密の幼なじみ。
「こんなんじゃ、私なんのためにあんたを泣かせたのかわかんないわ。ルー……」
瞼を閉じればすぐに思い出せる少年の名前を、密やかに呟いた。
*
その日、アイシェルはとてもとても退屈していた。
父と母、兄たちは公務で忙しかったし、年の離れた姉たちは皆よその国へお嫁に行ってしまった。
9才の自分にはお仕事も花嫁修行も何も無い。幼なじみのメリザは風邪をひいて城には来ていないかった。
だから城中を一人で探検し始めたのは当然の流れだったのかもしれない。
歴代の王の肖像が飾られた廊下、独特の匂いのする書庫、広い海を見渡せるバルコニー。
季節の花や木が植えられた中庭、清潔なシーツがたくさん干された洗濯室、ちょっと怖い料理長のいる厨房。
好奇心に瞳を輝かせたアイシェルの冒険は止まらない。
最後に辿り着いた城の地下に有る『禊の間』の扉に手をかけた時は、さすがに怒られやしないかと心臓がドキドキしたけれど、すんなり扉は開いた。
禊の間。
代々の王が戴冠式の前に身を清め祈りを捧げる部屋。
それ以外の時は立ち入り禁止のはずだが、見張りもいないし鍵もかかっていなかった。
「お父様ったら大丈夫なのかしら……」
そう言いながら中を覗いたアイシェルだったが部屋を見回して納得する。
淡い青の大理石で造られた部屋には、中央に人工的に湧いた泉と外の光を取り入れるための小さな窓以外何も無い。
例え泥棒が入っても何も盗めずに出ていくしかないだろう。
まあそもそもこの国では犯罪などほとんど起きはしないのだが。
ここは地下なのにあの窓はどうやって光の道を作っているのだろうか。音がしないように扉を閉めて、首を伸ばして観察する。
──その時、天井にばかり気を取られていたアイシェルは、泉の中に自分以外の存在がいることにまったく気がつかなかった。
『じゃあっなんでっ!』
『だからこそ、もうあなたとは遊べない。──もう二度と会わない』
そう言って、悲痛な少年の叫びを振り切った。
そう言って、幼い初恋は海の泡に消えた。
────はずだった。
なのに、なのに、なのに!
どうして 初恋の相手 が 6年後 現れるのよおおおおぉぉぉっっっっ?!!!!
蒼い夜の月光に煌めく銀髪。黄水晶をそのまま嵌め込んだ様な金色の瞳。透き通る白い肌に繊細な鼻梁。紅い唇。
天才と謳われる芸術家がその魂を悪魔に売り渡しても、人間の手で創り出すことは叶わないであろう美しき存在。
微笑み一つで相手の息の根を止めてしまうことすらできそうな美貌を、アイシェルはただ呆然と見上げた。
*
美しく豊かな海に囲まれた王国セアントルド。
安定してとれる海産物に支えられ、陽気な人々が住む活気溢れる平和な国。
この国を統べる王家の人間はみな黄金の髪と翠色の瞳を持ち、その美しさと大らかな気質で国民に愛されている。
しかし。ここ数年セアントルドではある噂が流れていた。
曰く、王家の末娘第四王女アイシェル・セアントルドは呪われている。と────
「ああぁぁぁぁ今日も1つも縁談が来なかったあぁぁぁぁぁぁ」
「はしたないですわよ姫様」
鏡台に突っ伏して呻くアイシェルの腰まで有る髪を梳きながら同じ年頃のメイド服姿の少女がたしなめる。
「だってさぁメリザ! セアントルドの王女は15才でお嫁に行くのが慣例なんだよ?! 姉さんたち皆そうだったのに私もう16だよ?!」
「16才も半年過ぎましたわね」
「自分で言うのもなんだけどセアントルドとの婚姻って競争率高いのに! 豊富な資源に裏付けられた国力と美男美女の王族として人気なのに!!」
「第一から第三までの王女様たちには12才を過ぎた辺りから婚姻の申し込みが殺到してましたわね。姫様には過去一度も届いたことはございませんけど」
主を前にズケズケとものを言うメリザの言葉がグサグサとアイシェルに突き刺さる。
だが全て事実なので何も言えない。
「それもこれも嵐のせいよぅ……!」
セアントルド王国の第四王女アイシェル・セアントルド。
彼女に婚姻を申し込むための使者を乗せた船は全て沈む。
どんなに晴れた日に出航しても、海は姫への求婚を許さない。
たちまち空は曇り、雷鳴が轟いて波が荒れる。
アイシェルへの使者がセアントルドに辿り着いたことは、過去に一度も無かった。
幸い沈んでも一人の死者も無く出航した港に流れ着くらしいのだが、それが余計噂に拍車をかけた。
アイシェル・セアントルドは海の神に愛される余り自国から出ることは許されないのだと────
「だああぁぁぁぁっ?!! どこの神よそんな迷惑な愛しかたする奴は?! おかげで私、嫁き遅れなんですけどっ?!」
「でも一人の死者も出てないおかげで好意的な呪いと皆には解釈されてますわよ」
「呪いの時点で好意的とかなくない?!」
「……姫様は見た目だけなら動く宝石人形の様なのに口を開くと本当に残念ですね。さ、夜のお支度が終わりましたのでわたくしはそろそろ失礼致します。姫様もさっさっとお休みなさいませ」
生温く微笑むと、そう言った本人こそがさっさっとアイシェルの部屋から出て行った。
血縁兼幼なじみ故の塩対応。うん。でもその感じ嫌いじゃない。
ボフン! とメリザが整えてくれたベッドに飛び込み、そっと寝間着の胸元を握る。
服の下に常に有る瑠璃色のネックレス。
薄い硝子の様なキラキラした楕円形。
この瑠璃色の主の、もう一人の幼なじみ。
──自分以外の誰も知らない、秘密の幼なじみ。
「こんなんじゃ、私なんのためにあんたを泣かせたのかわかんないわ。ルー……」
瞼を閉じればすぐに思い出せる少年の名前を、密やかに呟いた。
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その日、アイシェルはとてもとても退屈していた。
父と母、兄たちは公務で忙しかったし、年の離れた姉たちは皆よその国へお嫁に行ってしまった。
9才の自分にはお仕事も花嫁修行も何も無い。幼なじみのメリザは風邪をひいて城には来ていないかった。
だから城中を一人で探検し始めたのは当然の流れだったのかもしれない。
歴代の王の肖像が飾られた廊下、独特の匂いのする書庫、広い海を見渡せるバルコニー。
季節の花や木が植えられた中庭、清潔なシーツがたくさん干された洗濯室、ちょっと怖い料理長のいる厨房。
好奇心に瞳を輝かせたアイシェルの冒険は止まらない。
最後に辿り着いた城の地下に有る『禊の間』の扉に手をかけた時は、さすがに怒られやしないかと心臓がドキドキしたけれど、すんなり扉は開いた。
禊の間。
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それ以外の時は立ち入り禁止のはずだが、見張りもいないし鍵もかかっていなかった。
「お父様ったら大丈夫なのかしら……」
そう言いながら中を覗いたアイシェルだったが部屋を見回して納得する。
淡い青の大理石で造られた部屋には、中央に人工的に湧いた泉と外の光を取り入れるための小さな窓以外何も無い。
例え泥棒が入っても何も盗めずに出ていくしかないだろう。
まあそもそもこの国では犯罪などほとんど起きはしないのだが。
ここは地下なのにあの窓はどうやって光の道を作っているのだろうか。音がしないように扉を閉めて、首を伸ばして観察する。
──その時、天井にばかり気を取られていたアイシェルは、泉の中に自分以外の存在がいることにまったく気がつかなかった。
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