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後日談
群青の淫魔
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白い肌。繊細な鼻梁と輪郭。
青い瞳を縁取る長いまつ毛に紅い唇。
初めて見た時に女性のようだと思ったが、やはりその美貌は長い髪でも全然違和感が無い。
緩く波打つ緑の黒髪に沿って視線を下に動かすと、その身体は曲線を描いていた。
はち切れそうな乳房に細い腰。女王蜂のような見事な肢体。
つまり、この人は──
「ヴェルが女体化した?」
「いや、そこは普通、ヴェルの姉妹?とかでしょ」
すかさずジャレスが突っ込む。
「初めましてアリシアちゃん。私の名前はメアリーン」
その声はまるで蜂蜜のようだった。
もっと聞かせて欲しいと懇願したくなるほどの甘い声。
声だけでも相手を魅了する妖艶な女性は、その肌をほとんど晒していた。
辛うじて隠さなければならない部分は隠れているが、彼女の服は服と呼んで良いのか迷うほど面積が少ない。むしろただの布だ。いや、紐の方が近いかもしれない。
同性のアリシアでも目のやり場に困る。
キョロキョロと視線を彷徨わせるアリシアに気が付いたジャレスが、メアリーンにふっと息を吹きかける。
一瞬で彼女はぴったりとした漆黒のドレス姿になった。
……それでも布の量はアリシアと比べてだいぶ少ないが。
「あらぁ?」
不思議そうにメアリーンが首を傾げる。
滴るほどの色香の持ち主なのにその仕草は少女のように可憐だ。
「アリシアが照れてたから」
「あらーそうなのぉ? うふふ可愛い~」
美しい手に両頬を挟まれた。
間近で見れば見るほど彼女はクライヴェルによく似ている。
(ヴェル本人じゃないと言うことは、ジャレスの言う通りお姉さん?)
メアリーンとクライヴェルの年はあまり離れていなさそうだが、若干彼女の方が年上のような気がする。
「あなたみたいな子がヴェルのお嫁さんで嬉しいわ。私のことはママって呼んでねぇ」
……はい?
「あ、じゃあ僕はパパって呼んで貰おうかな」
にこにことジャレスが挙手をする。
…………はい?
「あ、でも義理の娘に名前で呼んで貰うのも捨てがたいわよね」
「それもそうだなー迷うなー」
………………義理の娘?
楽しそうに相談をしていた二人が固まるアリシアに気付いて同時にこちらを向く。
その顔はいたずらが成功した子供のようだ。
「改めまして自己紹介。僕はヴェルの父のジャレスでーす」
「その妻でヴェルの母のメアリーンでーす」
軽い。
この国の王子の父と母と言うなら国王と王妃じゃないのか。
軽すぎる。
「お二人とも、ずいぶんお若い、ですね……?」
自分でもまずそこなのかと思うが混乱していて他に何を言って良いのかわからない。
「いやーん嬉しい。ありがとう~」
ちゅっとメアリーンの唇が頬に触れた。いい匂いがする。
「僕らの世界へようこそアリシア。僕たちは君を歓迎するよ」
そんな妻とアリシアの様子を微笑ましく見ながらジャレスが手を広げた。
その言葉にはっと姿勢を正す。
「ジャレス様、メアリーン様。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私はクライヴェル様に命を救っていただき──」
臣下の礼をとろうとするアリシアを慌ててジャレスが止めた。
「待って! なしなしそーいうの! そのためにせっかく黙ってたんだから!」
「そのため?」
「そう! 君はヴェルの大切な人だから、僕たち仲良くしたいんだよ!」
「ヴェルのあんな顔、初めて見たもの~」
「アイツ、モテるのにいつもどこか醒めてたからね」
「このままじゃあの子、一生独身かもしれなかったのよね~」
出会ってまだ二日だが、アリシアの前では蕩けそうな瞳をしていたクライヴェルの顔を思い浮かべる。
(どちらかと言うと情熱的よね?)
余計な記憶まで思い出しぽっと頬が熱くなった。ご両親の前で何を思い出しているのだ自分は。
「だから僕らヴェルの家族はアイツに恋を教えてくれた君に感謝してるんだ」
「さっきまでと同じように話してね。いきなりママが難しかったらリィンって呼んで~」
「……じゃあ、ジャレス、リィン。これからよろしくお願いします」
アリシアの答えを聞いて二人は嬉しそうに破顔した。
名前を呼ばれて笑うところは親子そっくりだ。
(この二人がヴェルのお父さんとお母さん……)
目の前の無邪気な少年がこの国の王だと言うのには驚いたが、彼の不思議な力のことを考えると納得できる。その力で外見すら変えられそうだ。
だがメアリーンの正体にはジャレス以上の衝撃を受けた。
とても7人の子供の母親には見えない。
この若さにこの美貌。そしてこの色気とこの体型。なのに少女のようなあどけなさも持ち合わせている。
彼女がその気になればどんな存在も虜にできるかもしれない。
(凄いわヴェル。あなたのお母さん、超淫魔)
「じゃあリィンが来たからもう一回確認するけど、結婚式のドレスは白で良いんだよね?」
「そうね。人間界での花嫁のドレスは白が一般的よ」
もしかして王家指揮のもと人間界風の結婚式を流行らせようとしているのだろうか?
「準備は半年くらいかかるかしらぁ?」
「そうだね。招待客は何人くらいになるかな」
「国民の皆にもドレス姿見せてあげたいわよね~」
──いや、違う。さっきジャレスが身内が結婚すると言っていた。
…………ん?
「あの、誰の、結婚式の、話、ですか……?」
「「もちろんヴェルとアリシアの」」
二人の声が重なる。国王夫妻の息はぴったりだ。
「いやいやいやいやいや! 私、あなた達の息子さんとは出会ったばっかりで! いつか結婚するにしても、もうちょっと先のつもりだったというか!」
「だってアリシアが出会ってすぐ結婚した夫婦でも上手くいってるってさっき」
「言ったけど! 言ったけども!!」
王族の結婚がこんな簡単に決められて良いのか。
「ヴェルだって早くアリシアちゃんの花嫁姿見たいと思うわ~」
「そう……で、しょうか……」
確かにヴェルには愛していると言われたが、こんな風に急に具体的に話が進んだら、ふと冷静になったりしないだろうか。
彼はこの国の王子で、自分はこの世界に来たばかりの人間だ。
初恋の熱はいつまで続くのか──。なんだか自信が無くなって言葉に詰まる。
「そんな顔をしないでアリシア。神の花嫁なんかではなく、僕の花嫁になってくださいと言ったじゃないですか」
言葉と同時に後ろから抱き締められた。
もう、何度自分に触れたのかわからない体温。
いつの間に彼の匂いはこんなにも自分に馴染んでいたのか。
相手を確かめるより先に身体の力が抜ける。
「ヴェル、いつから来てたの?」
振り返り、妖艶な王妃と同じ顔の王子を見上げる。
「実は父と貴女がここに来た時から居ました」
アリシアを見つめる青い瞳はどこまでも優しい。
「見てよあの顔……」
「デレデレね~」
彼の親はそんな息子の姿にヒソヒソと囁き合う。
「アリシア。僕も出会ってすぐに結婚することになんの躊躇も有りませんよ」
「あなたは王子様なんだから、準備が始まっちゃったら取り消しできないわよ?」
「むしろ貴女を僕の妻だと皆に言うことができるなんて、こんなに幸福なことは無い。式が待ち遠しいくらいです」
うっとりとクライヴェルが目尻を染める。
「50年先も、一緒にいてくれる?」
「望むところです。僕は貴女を離さない。貴女をこの世界に留めた責任は果たします」
誓うように手の甲に唇を落とされた。
ジャレスが口笛を吹きメアリーンは手を叩く。
息子の初恋の成就が本当に嬉しいらしい。
「……じゃあ腹くくりましょうか。よく考えたら子供が出来てる可能性が有るのよね」
「そうですよ。僕の子供を生んでください」
「もちろん出来てたら産むわよ。──その可能性のためにも、あなたの気持ちが変わらないうちに、私もあなたを捕まえておくことにするわ」
そう言ってジャレスとメアリーンの方へ向き直る。
「──と、言うことでお義父様、お義母様。こんなふつつかな嫁ですがお世話になります」
こうして、アリシアは異世界に来て二晩で本格的に王子の花嫁として歩み出した。
50年後の自分はきっと彼の隣で笑っているだろう。そう確信しながら──。
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青い瞳を縁取る長いまつ毛に紅い唇。
初めて見た時に女性のようだと思ったが、やはりその美貌は長い髪でも全然違和感が無い。
緩く波打つ緑の黒髪に沿って視線を下に動かすと、その身体は曲線を描いていた。
はち切れそうな乳房に細い腰。女王蜂のような見事な肢体。
つまり、この人は──
「ヴェルが女体化した?」
「いや、そこは普通、ヴェルの姉妹?とかでしょ」
すかさずジャレスが突っ込む。
「初めましてアリシアちゃん。私の名前はメアリーン」
その声はまるで蜂蜜のようだった。
もっと聞かせて欲しいと懇願したくなるほどの甘い声。
声だけでも相手を魅了する妖艶な女性は、その肌をほとんど晒していた。
辛うじて隠さなければならない部分は隠れているが、彼女の服は服と呼んで良いのか迷うほど面積が少ない。むしろただの布だ。いや、紐の方が近いかもしれない。
同性のアリシアでも目のやり場に困る。
キョロキョロと視線を彷徨わせるアリシアに気が付いたジャレスが、メアリーンにふっと息を吹きかける。
一瞬で彼女はぴったりとした漆黒のドレス姿になった。
……それでも布の量はアリシアと比べてだいぶ少ないが。
「あらぁ?」
不思議そうにメアリーンが首を傾げる。
滴るほどの色香の持ち主なのにその仕草は少女のように可憐だ。
「アリシアが照れてたから」
「あらーそうなのぉ? うふふ可愛い~」
美しい手に両頬を挟まれた。
間近で見れば見るほど彼女はクライヴェルによく似ている。
(ヴェル本人じゃないと言うことは、ジャレスの言う通りお姉さん?)
メアリーンとクライヴェルの年はあまり離れていなさそうだが、若干彼女の方が年上のような気がする。
「あなたみたいな子がヴェルのお嫁さんで嬉しいわ。私のことはママって呼んでねぇ」
……はい?
「あ、じゃあ僕はパパって呼んで貰おうかな」
にこにことジャレスが挙手をする。
…………はい?
「あ、でも義理の娘に名前で呼んで貰うのも捨てがたいわよね」
「それもそうだなー迷うなー」
………………義理の娘?
楽しそうに相談をしていた二人が固まるアリシアに気付いて同時にこちらを向く。
その顔はいたずらが成功した子供のようだ。
「改めまして自己紹介。僕はヴェルの父のジャレスでーす」
「その妻でヴェルの母のメアリーンでーす」
軽い。
この国の王子の父と母と言うなら国王と王妃じゃないのか。
軽すぎる。
「お二人とも、ずいぶんお若い、ですね……?」
自分でもまずそこなのかと思うが混乱していて他に何を言って良いのかわからない。
「いやーん嬉しい。ありがとう~」
ちゅっとメアリーンの唇が頬に触れた。いい匂いがする。
「僕らの世界へようこそアリシア。僕たちは君を歓迎するよ」
そんな妻とアリシアの様子を微笑ましく見ながらジャレスが手を広げた。
その言葉にはっと姿勢を正す。
「ジャレス様、メアリーン様。ご挨拶が遅れ申し訳ありません。私はクライヴェル様に命を救っていただき──」
臣下の礼をとろうとするアリシアを慌ててジャレスが止めた。
「待って! なしなしそーいうの! そのためにせっかく黙ってたんだから!」
「そのため?」
「そう! 君はヴェルの大切な人だから、僕たち仲良くしたいんだよ!」
「ヴェルのあんな顔、初めて見たもの~」
「アイツ、モテるのにいつもどこか醒めてたからね」
「このままじゃあの子、一生独身かもしれなかったのよね~」
出会ってまだ二日だが、アリシアの前では蕩けそうな瞳をしていたクライヴェルの顔を思い浮かべる。
(どちらかと言うと情熱的よね?)
余計な記憶まで思い出しぽっと頬が熱くなった。ご両親の前で何を思い出しているのだ自分は。
「だから僕らヴェルの家族はアイツに恋を教えてくれた君に感謝してるんだ」
「さっきまでと同じように話してね。いきなりママが難しかったらリィンって呼んで~」
「……じゃあ、ジャレス、リィン。これからよろしくお願いします」
アリシアの答えを聞いて二人は嬉しそうに破顔した。
名前を呼ばれて笑うところは親子そっくりだ。
(この二人がヴェルのお父さんとお母さん……)
目の前の無邪気な少年がこの国の王だと言うのには驚いたが、彼の不思議な力のことを考えると納得できる。その力で外見すら変えられそうだ。
だがメアリーンの正体にはジャレス以上の衝撃を受けた。
とても7人の子供の母親には見えない。
この若さにこの美貌。そしてこの色気とこの体型。なのに少女のようなあどけなさも持ち合わせている。
彼女がその気になればどんな存在も虜にできるかもしれない。
(凄いわヴェル。あなたのお母さん、超淫魔)
「じゃあリィンが来たからもう一回確認するけど、結婚式のドレスは白で良いんだよね?」
「そうね。人間界での花嫁のドレスは白が一般的よ」
もしかして王家指揮のもと人間界風の結婚式を流行らせようとしているのだろうか?
「準備は半年くらいかかるかしらぁ?」
「そうだね。招待客は何人くらいになるかな」
「国民の皆にもドレス姿見せてあげたいわよね~」
──いや、違う。さっきジャレスが身内が結婚すると言っていた。
…………ん?
「あの、誰の、結婚式の、話、ですか……?」
「「もちろんヴェルとアリシアの」」
二人の声が重なる。国王夫妻の息はぴったりだ。
「いやいやいやいやいや! 私、あなた達の息子さんとは出会ったばっかりで! いつか結婚するにしても、もうちょっと先のつもりだったというか!」
「だってアリシアが出会ってすぐ結婚した夫婦でも上手くいってるってさっき」
「言ったけど! 言ったけども!!」
王族の結婚がこんな簡単に決められて良いのか。
「ヴェルだって早くアリシアちゃんの花嫁姿見たいと思うわ~」
「そう……で、しょうか……」
確かにヴェルには愛していると言われたが、こんな風に急に具体的に話が進んだら、ふと冷静になったりしないだろうか。
彼はこの国の王子で、自分はこの世界に来たばかりの人間だ。
初恋の熱はいつまで続くのか──。なんだか自信が無くなって言葉に詰まる。
「そんな顔をしないでアリシア。神の花嫁なんかではなく、僕の花嫁になってくださいと言ったじゃないですか」
言葉と同時に後ろから抱き締められた。
もう、何度自分に触れたのかわからない体温。
いつの間に彼の匂いはこんなにも自分に馴染んでいたのか。
相手を確かめるより先に身体の力が抜ける。
「ヴェル、いつから来てたの?」
振り返り、妖艶な王妃と同じ顔の王子を見上げる。
「実は父と貴女がここに来た時から居ました」
アリシアを見つめる青い瞳はどこまでも優しい。
「見てよあの顔……」
「デレデレね~」
彼の親はそんな息子の姿にヒソヒソと囁き合う。
「アリシア。僕も出会ってすぐに結婚することになんの躊躇も有りませんよ」
「あなたは王子様なんだから、準備が始まっちゃったら取り消しできないわよ?」
「むしろ貴女を僕の妻だと皆に言うことができるなんて、こんなに幸福なことは無い。式が待ち遠しいくらいです」
うっとりとクライヴェルが目尻を染める。
「50年先も、一緒にいてくれる?」
「望むところです。僕は貴女を離さない。貴女をこの世界に留めた責任は果たします」
誓うように手の甲に唇を落とされた。
ジャレスが口笛を吹きメアリーンは手を叩く。
息子の初恋の成就が本当に嬉しいらしい。
「……じゃあ腹くくりましょうか。よく考えたら子供が出来てる可能性が有るのよね」
「そうですよ。僕の子供を生んでください」
「もちろん出来てたら産むわよ。──その可能性のためにも、あなたの気持ちが変わらないうちに、私もあなたを捕まえておくことにするわ」
そう言ってジャレスとメアリーンの方へ向き直る。
「──と、言うことでお義父様、お義母様。こんなふつつかな嫁ですがお世話になります」
こうして、アリシアは異世界に来て二晩で本格的に王子の花嫁として歩み出した。
50年後の自分はきっと彼の隣で笑っているだろう。そう確信しながら──。
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