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流れ星の夜
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エスターナ王国の至宝、ユーリウス王子の命が狙われているらしい
七色の流れ星がこぼれ落ちる収穫祭前日の夜。
街外れに建つ細長い石造りの塔の中。
お気に入りの毛布にくるまれ甘い夢の世界にいた見習い魔女のメルロナは、寝ている場合ではないのだと、師匠――悠久の魔女ヴァリテに叩き起こされた。
頭上で打ち鳴らされたフライパン。
その音に飛び起き、寝ぼけ眼のままヴァリテを見れば、いつも不敵に微笑んでいるはずの彼女が珍しく焦った顔をしている。
赤ん坊の時にヴァリテに拾われて18年。
ここまで切羽詰まった彼女を見るのは初めてかもしれない。
(もしかしてドラゴンが暴れだしてそれを捕獲するように王宮から言われたとか? それとも研究用に捕まえていたマンドラゴラたちが逃げ出した?)
まだよく働かない頭でヴァリテを焦らせている原因を考えながら、メルロナは然り気無くヨダレの跡のついた羽まくらをひっくり返す。いくら親のような師匠と言えど、ヨダレを見られるのは恥ずかしい。
しかし、緊急事態だと告げられた内容はそんなものではなかった。
――この国の王太子の命が何者かに狙われているという託宣があった。
その言葉にメルロナは、自分の瞳が三日月の向こう側まで飛んで行ってしまいそうなくらい驚いた。
何故なら先程まで見ていた甘い夢の登場人――メルロナの恋しい人こそ、命が狙われているというユーリウス王子だからだ。
ユーリウス=エスターナ。
知性と品格を兼ね備えた、次期国王に相応しい器の王太子。彼は中身も外見も美しい人だ。
恋する気持ちを抜きにしても彼以上に素晴らしい人物をメルロナは知らない。
師匠ヴァリテに比べればまだまだ短い生しか歩んでいないが、きっとこれからの人生でもユーリウスほどメルロナの心を占める存在は現れないだろう。
蒼い月光のごとき銀の髪と、王家特有の紫水晶の瞳。いつも微笑んでいる薄い唇から紡がれる言葉は常に優しく品がよく。耳に心地好く届く声は甘く爽やかだ。
身長だって小柄なメルロナよりも頭一つぶん以上高く、武芸に秀でたその肢体は王子の正装である白い軍服の上から見ても鍛えられていた。
そして何より彼は、魔女の元に捨てられた出自不明の自分にも分け隔てなく優しく接してくれる。
メルロナが成長し王子と魔女という立場を理解するまでは、ユーリウスはメルロナにとって初恋相手の憧れのお兄さんだった。5歳という年齢差はより彼を完璧な存在に思わせた。
吉兆とも凶兆とも言われる金と青のオッドアイ。
おそらくメルロナが生まれた家は、左右の瞳の色が違う赤ん坊を不吉なものと判断したのだろう。
18年前はまだ薄暗い森の中にあった悠久の魔女の塔の下に、生まれたばかりのメルロナを置き去りにした。泣き止まぬ赤子の声がずっと森に響いていたのだという。
『――斯様、人間はくだらないことに目を曇らせる。無邪気で愛らしい赤子じゃないか。……お前、私の塔で暮らすかい?』
そうしてメルロナの母代わりとして、師匠として育ててくれたヴァリテだったが、彼女の外見はメルロナが物心ついた時から変わらない。
今も昔も、ヴァリテは栗色の髪をツーテールにした12歳前後の少女の姿だ。
メルロナも淡い蜂蜜色の髪を彼女と同じように2つに結んでいた時期もあったから、その頃の二人は歳の近い姉妹のようでもあった。
しかしそれも数年の間のことで、18歳になった今では外見上はメルロナの方がヴァリテの年齢を追い越してしまっている。
そしてユーリウスに恋したメルロナは彼に大人の女性として扱って欲しくて、左右で結んでいた髪も解いておろすようにした。
手入れに時間のかかる腰まである長さだが、ヴァリテ仕込みの薬作りの腕のおかげでその蜂蜜色は艶やかだ。
「師匠、ユーリウス様の命が狙われているってどういうことですか……っ?!」
一刻も早くどうにかしなければ。
まだ未熟な自分にできることは少ないけれど、彼のためなら何だってするつもりだ。
「それが……敵の正体はまだわからないのじゃが、水晶が王子の危機を示しておってな。おそらく明日の収穫祭の賑わいに乗じて命を狙うつもりなのじゃろう」
「そんな……! なんとか防げないのですか師匠っ」
「できぬ。エスターナの偉大な魔女である私が下手に動けば、敵が警戒を強めるかもしれぬからな。――だからな、メルロナ」
お前ちょっと王子を安全な場所に監禁しておいで。
七色の流れ星がこぼれ落ちる収穫祭前日の夜。
街外れに建つ細長い石造りの塔の中。
お気に入りの毛布にくるまれ甘い夢の世界にいた見習い魔女のメルロナは、寝ている場合ではないのだと、師匠――悠久の魔女ヴァリテに叩き起こされた。
頭上で打ち鳴らされたフライパン。
その音に飛び起き、寝ぼけ眼のままヴァリテを見れば、いつも不敵に微笑んでいるはずの彼女が珍しく焦った顔をしている。
赤ん坊の時にヴァリテに拾われて18年。
ここまで切羽詰まった彼女を見るのは初めてかもしれない。
(もしかしてドラゴンが暴れだしてそれを捕獲するように王宮から言われたとか? それとも研究用に捕まえていたマンドラゴラたちが逃げ出した?)
まだよく働かない頭でヴァリテを焦らせている原因を考えながら、メルロナは然り気無くヨダレの跡のついた羽まくらをひっくり返す。いくら親のような師匠と言えど、ヨダレを見られるのは恥ずかしい。
しかし、緊急事態だと告げられた内容はそんなものではなかった。
――この国の王太子の命が何者かに狙われているという託宣があった。
その言葉にメルロナは、自分の瞳が三日月の向こう側まで飛んで行ってしまいそうなくらい驚いた。
何故なら先程まで見ていた甘い夢の登場人――メルロナの恋しい人こそ、命が狙われているというユーリウス王子だからだ。
ユーリウス=エスターナ。
知性と品格を兼ね備えた、次期国王に相応しい器の王太子。彼は中身も外見も美しい人だ。
恋する気持ちを抜きにしても彼以上に素晴らしい人物をメルロナは知らない。
師匠ヴァリテに比べればまだまだ短い生しか歩んでいないが、きっとこれからの人生でもユーリウスほどメルロナの心を占める存在は現れないだろう。
蒼い月光のごとき銀の髪と、王家特有の紫水晶の瞳。いつも微笑んでいる薄い唇から紡がれる言葉は常に優しく品がよく。耳に心地好く届く声は甘く爽やかだ。
身長だって小柄なメルロナよりも頭一つぶん以上高く、武芸に秀でたその肢体は王子の正装である白い軍服の上から見ても鍛えられていた。
そして何より彼は、魔女の元に捨てられた出自不明の自分にも分け隔てなく優しく接してくれる。
メルロナが成長し王子と魔女という立場を理解するまでは、ユーリウスはメルロナにとって初恋相手の憧れのお兄さんだった。5歳という年齢差はより彼を完璧な存在に思わせた。
吉兆とも凶兆とも言われる金と青のオッドアイ。
おそらくメルロナが生まれた家は、左右の瞳の色が違う赤ん坊を不吉なものと判断したのだろう。
18年前はまだ薄暗い森の中にあった悠久の魔女の塔の下に、生まれたばかりのメルロナを置き去りにした。泣き止まぬ赤子の声がずっと森に響いていたのだという。
『――斯様、人間はくだらないことに目を曇らせる。無邪気で愛らしい赤子じゃないか。……お前、私の塔で暮らすかい?』
そうしてメルロナの母代わりとして、師匠として育ててくれたヴァリテだったが、彼女の外見はメルロナが物心ついた時から変わらない。
今も昔も、ヴァリテは栗色の髪をツーテールにした12歳前後の少女の姿だ。
メルロナも淡い蜂蜜色の髪を彼女と同じように2つに結んでいた時期もあったから、その頃の二人は歳の近い姉妹のようでもあった。
しかしそれも数年の間のことで、18歳になった今では外見上はメルロナの方がヴァリテの年齢を追い越してしまっている。
そしてユーリウスに恋したメルロナは彼に大人の女性として扱って欲しくて、左右で結んでいた髪も解いておろすようにした。
手入れに時間のかかる腰まである長さだが、ヴァリテ仕込みの薬作りの腕のおかげでその蜂蜜色は艶やかだ。
「師匠、ユーリウス様の命が狙われているってどういうことですか……っ?!」
一刻も早くどうにかしなければ。
まだ未熟な自分にできることは少ないけれど、彼のためなら何だってするつもりだ。
「それが……敵の正体はまだわからないのじゃが、水晶が王子の危機を示しておってな。おそらく明日の収穫祭の賑わいに乗じて命を狙うつもりなのじゃろう」
「そんな……! なんとか防げないのですか師匠っ」
「できぬ。エスターナの偉大な魔女である私が下手に動けば、敵が警戒を強めるかもしれぬからな。――だからな、メルロナ」
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