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快適な監禁生活
しおりを挟む『お前ちょっと王子を安全な場所に監禁しておいで』
まるで魔女の秘薬の材料のカエルを捕まえて来いとでも言うような軽いノリで。
可憐な少女の仕草で微笑んだヴァリテはさらりと無茶振りをしてきた。
「師匠っ! 私、雷の呼び寄せ方や猫語の話し方は習っていても、王族の監禁の仕方は教えてもらってません……っ!!」
しかし彼女に育てられたメルロナは身に染みて知っている。
百年以上もの刻を生き、王家にも影響力を持つ悠久の魔女ヴァリテは言い出したら考えを曲げない。
命じられた人間は粛々と彼女の言うことを実行しなければならないのだ。
現にメルロナのささやかな抵抗は「良いからおやり」と一言で却下された。
(えぇぇぇ……! 私がユーリウス様を監禁するなんて……! え、どうしよう、ちゃんと粗相の無いようにして快適に監禁生活を過ごしていただかなきゃっ! 座り心地の良いクッションに、適度な温度と湿度調節、それに美味しいお菓子とお茶も用意して。暇潰しのカードゲームにボードゲーム……ううん、監禁に何日かかるかわからないから、いっそ大きなベッドとお風呂がついてる部屋を用意しなきゃ……!)
見習いと言えども、闇に堕ちた悪しき精霊や暴れる黒竜を瞬殺する魔力を持ったヴァリテに育てられたメルロナはなかなかに優秀な魔女だった。
王子を監禁するのに相応しい広く清潔な部屋を素早く魔法で出現させ、周りの時空を歪める。
更に彼に害なす者が近づけぬよう、ヴァリテに守りの護符も貼ってもらった。寝首をかかれそうな自覚のある貴族や悪徳商人たちが、喉から手が出るほど欲しがる強力な護符だ。
これでこの部屋はメルロナとヴァリテの許可を得た者以外は誰にも出入りできない空間になったはずだ。
(なんか、ワクワクしてきた……!)
だんだん王子の監禁準備が楽しくなってきたメルロナは『ユーリウス様を監禁するために必要な物リスト』を作成しそれらを次々に出現させていく。
部屋はあっという間に、彼を想った調度品や道具でいっぱいになった。
(――ふぅ、師匠に起こされて一刻も経たないうちに用意したわりには、けっこう素敵なお部屋になったんじゃない? ユーリウス様、監禁生活楽しんでくれると良いな……!)
普通の人間なら突然監禁されて楽しめる者は少数派だと思うが、型破りな悠久の魔女ヴァリテの教え子であるメルロナはそれに気がつかない。
リストに書かれた大きなベッドも、フカフカのクッションも、美味しいお茶とお菓子も、全て揃えた部屋を満足げに眺める。
更にはユーリウスが好きだと言っていた花から作った香もちゃんと焚き染めた。甘い匂いが鼻腔をくすぐる。魔法の力でいつでもお湯がわかせるから、お風呂だって入りたい放題だ。
きっとユーリウスもこの監禁部屋を気に入ってくれるはず。
「では師匠、ユーリウス様を迎えに行ってきます!」
これは師匠に言いつけられた重要な任務で、ただ恋しい人に会いに行くわけではない。
浮き足立つ心にそう言い聞かせながら、それでもちょっとだけ余所行きの白いワンピースに赤いケープを羽織る。
このメルロナのトレードマークでもあるフードのついた赤いケープは『邪悪で巨大なオオカミを打ち倒した東洋の魔女、赤ずきん』にちなんだものだ。
「あぁ頼んだよ。どれ、行きは私が送ってやろう。あの坊主の寝室までひとっ飛びさ」
そう言ったヴァリテがメルロナの茶色い編み上げブーツを指差すと、きらきらと煌めく光の粒子が足元を包む。ふわりと浮かぶ感覚に任せて星空へ一歩を踏み出す。
今時の魔女は箒じゃなくても空を飛べるのだ。
「ありがとうございます師匠ー!」
メルロナは手を振りながら白いスカートの裾をひるがえし、流れ星の中を王子のもとへと駆けて行く。
「――せいぜい王子を閉じ込めるためにお気張り。……まぁちと、身体は辛いことになるかもしれんがな」
目を細め、弟子を見送った悠久の魔女ヴァリテは意味深に呟いた。
♞ ♛ ♞ ♛ ♞
どうやら、ユーリウスはまだ起きているらしい。
降り立ったバルコニーの窓の向こうに、灯りと人の気配がする。
カーテンに遮られて詳しい中の様子は伺えないが、きっとユーリウスだろう。もしかしたら明日の収穫祭に必要な資料を確認しているのかもしれない。
(だってユーリウス様はとても勤勉な方だもの! きっと明日だって完璧に公務をこなされたに違いないわっ。それなのにそんなユーリウス様の命を狙う悪漢がいるなんて本当に許せない! ユーリウス様、貴方のことはこのメルロナが絶対にお守りします! 明日の収穫祭にユーリウス様をご出席させてさしあげられないのは心苦しいけれど、そのぶん快適にお過ごしいただけるように頑張って監禁しますから……! ……あぁぁ! なんか、急に緊張してきた! スカート皺になってないよね? ケープも曲がってないよね? 寝癖も大丈夫よねっ?!)
小さな銀の手鏡を魔法で呼び出し、前髪を確認していたメルロナは窓が開いたことにも、自分の背後に立った気配にも気がつかない。
「――やぁメルロナこんばんは。星が綺麗な夜だね。君と個人的に二人で話すのは10日ぶりかな?」
飛び上がりそうなほど驚き振り返れば、そこには銀の髪をさらりと夜風になびかせ微笑むユーリウスがいた。
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