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空の飛びかた
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「メルロナと二人で話すのは10日ぶりかな? 昔は夜によく遊びに来てくれていたのに。今でも、俺の可愛い小さな魔女が窓から入ってきてくれるのを毎晩楽しみに待っているんだよ?」
夜中に突然バルコニーに現れた魔女に驚きもせず。この国の王太子は鷹揚に笑う。
その紫の瞳には、魔女が不相応に恋するのに充分な優しい光が宿っていた。
「そんなご冗談をユーリウス様。それはまだ、何もわかっていなかった子供の時の話でしょう。……けれど私がユーリウス様に誓った忠誠は成人した今も変わりませんわ。メルロナは、師匠ヴァリテと共にユーリウス様を、エスターナ王家をお守りします」
そう。自分は今、そのために城まで来たのだ。
一刻も早くヴァリテの強力な護符に守られた空間に彼を保護しなければ。
(身分違いの恋に感傷的になってる場合じゃないのよメルロナっ。悠久の魔女ヴァリテの弟子ならば、恋心くらい笑顔で覆い隠してユーリウス様をお守りしなさい……!)
自分で自分に喝を入れて。メルロナはユーリウスを見上げ唇を笑みの形にする。
「ユーリウス様。詳しいことは後で説明しますので、ひとまず私と一緒に来てくださいますか? もしかしたらちょっと長い時間、城をお留守にしていただくことになるかもしれませんが、ご不便な思いはさせませんので」
いくら王家を守るヴァリテの弟子として信用してもらっている立場とはいえ、この申し出は唐突過ぎやしないだろうか。
「いいよ。もう準備はできてるからいつでも出発できるよ」
しかし、メルロナの不安とは裏腹にユーリウスはあっさり頷いた。
「……え、もう準備ができてらっしゃるんですか?」
「うん」
今更ながらにユーリウスの姿をよく見れば、彼は夜着ではなく金の縁取りのされた白い上衣を身に付けている。
正装に比べればくだけた服装だが、これからベッドに入る格好ではない。
「……へ、あれ? 私、ユーリウス様に使い魔飛ばしましたっけ? なんでそんなお出かけできる格好を? あ、もしかして師匠が連絡を?」
「うん。まぁ、そんなとこ」
ヴァリテが動くとユーリウスを狙う者にこちらの動きを察知されてしまう可能性が有るのではなかったのか。
そんな違和感を感じたメルロナだったが、ユーリウスの行動にその思考は霧散する。
近づいてきたユーリウスがおもむろにメルロナを横抱きに持ち上げたのだ。
「きゃー?! ユーリウス様、何をっ?!」
「ん? だって、普通の人間が魔女と一緒に空を飛ぶ時は、魔女の身体のどこかに触れていないと飛べないんでしょう? 前にそう教えてくれたのはメルロナだよ? 忘れちゃった? 俺はこれから君と空を飛んで移動するんだよね?」
「覚えてます! 覚えてますけど! これから飛んで移動するのもあってますけども! でもそれは軽く手や肩に触れるだけで大丈夫なわけで! こんな風にお姫様抱っこする必要はないわけで……!」
「良いから良いから。10日前に会えた時もメルロナは他人行儀にしか接してくれなかったじゃない。俺は今でも君のこと、幼なじみの可愛い魔女だと思ってるのに。せっかくだから、子供の時みたいに身分なんて気にせずに話をしようよ」
「子供の時にだってこんな風に持ち上げられた記憶はないですー!」
不敬だと思いつつユーリウスの腕を外そうとしても、細身に見えて鍛えられた王子の腕はビクともしない。
結局、メルロナはその体勢のまま空を飛ぶことになってしまった。
♞ ♛ ♞ ♛ ♞
「あぁ、なかなか良い部屋だね。ありがとうメルロナ」
彼に抱き上げられてここまで移動する道中。
メルロナから一通りの説明を聞いたユーリウスはアッサリと部屋に閉じ込められることを了承した。
『ヴァリテが俺を守るためにそうした方が良いって言うんだったらその方が良いんだろう。しかも見張り役がメルロナだなんて僥倖だ』
予想もしていなかったユーリウスとの肉体的接触に息も絶え絶えなメルロナとは対照的に、ユーリウスは上機嫌で室内を見回している。
(ユーリウス様がいるだけで部屋の空気が煌びやかになったみたい)
今日も、メルロナの恋する王子は一枚の絵画のように美しい。
「――で、俺はこの部屋で何をしていれば良いのかな?」
「あ、それはこの部屋にいてくだされば自由にしてくださって大丈夫です。お風呂にも入れるのでご準備しましょうか?」
「湯浴みはもう今日はもう済ませてあるから大丈夫。……なんだ、ヴァリテには監禁って聞いてたけどけっこう自由なんだね?」
「ユーリウス様に不便な思いをさせるわけにはいきませんから」
「えー。せっかくの監禁生活体験なのに雰囲気でないなぁ」
繊細な形の美しい眉を下げて。ユーリウスが残念そうに首を傾げる。
――いけない。全力でユーリウスをもてなして監禁すると決めたのにいけない。このままでは彼を退屈させてしまう。
「えーと、えーと……。はっ! ユーリウス様! 私、師匠に渡された人間型生物捕獲用の手枷を持ってます! これをしたら、監禁の雰囲気が盛り上がりませんか?!」
夜中に突然バルコニーに現れた魔女に驚きもせず。この国の王太子は鷹揚に笑う。
その紫の瞳には、魔女が不相応に恋するのに充分な優しい光が宿っていた。
「そんなご冗談をユーリウス様。それはまだ、何もわかっていなかった子供の時の話でしょう。……けれど私がユーリウス様に誓った忠誠は成人した今も変わりませんわ。メルロナは、師匠ヴァリテと共にユーリウス様を、エスターナ王家をお守りします」
そう。自分は今、そのために城まで来たのだ。
一刻も早くヴァリテの強力な護符に守られた空間に彼を保護しなければ。
(身分違いの恋に感傷的になってる場合じゃないのよメルロナっ。悠久の魔女ヴァリテの弟子ならば、恋心くらい笑顔で覆い隠してユーリウス様をお守りしなさい……!)
自分で自分に喝を入れて。メルロナはユーリウスを見上げ唇を笑みの形にする。
「ユーリウス様。詳しいことは後で説明しますので、ひとまず私と一緒に来てくださいますか? もしかしたらちょっと長い時間、城をお留守にしていただくことになるかもしれませんが、ご不便な思いはさせませんので」
いくら王家を守るヴァリテの弟子として信用してもらっている立場とはいえ、この申し出は唐突過ぎやしないだろうか。
「いいよ。もう準備はできてるからいつでも出発できるよ」
しかし、メルロナの不安とは裏腹にユーリウスはあっさり頷いた。
「……え、もう準備ができてらっしゃるんですか?」
「うん」
今更ながらにユーリウスの姿をよく見れば、彼は夜着ではなく金の縁取りのされた白い上衣を身に付けている。
正装に比べればくだけた服装だが、これからベッドに入る格好ではない。
「……へ、あれ? 私、ユーリウス様に使い魔飛ばしましたっけ? なんでそんなお出かけできる格好を? あ、もしかして師匠が連絡を?」
「うん。まぁ、そんなとこ」
ヴァリテが動くとユーリウスを狙う者にこちらの動きを察知されてしまう可能性が有るのではなかったのか。
そんな違和感を感じたメルロナだったが、ユーリウスの行動にその思考は霧散する。
近づいてきたユーリウスがおもむろにメルロナを横抱きに持ち上げたのだ。
「きゃー?! ユーリウス様、何をっ?!」
「ん? だって、普通の人間が魔女と一緒に空を飛ぶ時は、魔女の身体のどこかに触れていないと飛べないんでしょう? 前にそう教えてくれたのはメルロナだよ? 忘れちゃった? 俺はこれから君と空を飛んで移動するんだよね?」
「覚えてます! 覚えてますけど! これから飛んで移動するのもあってますけども! でもそれは軽く手や肩に触れるだけで大丈夫なわけで! こんな風にお姫様抱っこする必要はないわけで……!」
「良いから良いから。10日前に会えた時もメルロナは他人行儀にしか接してくれなかったじゃない。俺は今でも君のこと、幼なじみの可愛い魔女だと思ってるのに。せっかくだから、子供の時みたいに身分なんて気にせずに話をしようよ」
「子供の時にだってこんな風に持ち上げられた記憶はないですー!」
不敬だと思いつつユーリウスの腕を外そうとしても、細身に見えて鍛えられた王子の腕はビクともしない。
結局、メルロナはその体勢のまま空を飛ぶことになってしまった。
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「あぁ、なかなか良い部屋だね。ありがとうメルロナ」
彼に抱き上げられてここまで移動する道中。
メルロナから一通りの説明を聞いたユーリウスはアッサリと部屋に閉じ込められることを了承した。
『ヴァリテが俺を守るためにそうした方が良いって言うんだったらその方が良いんだろう。しかも見張り役がメルロナだなんて僥倖だ』
予想もしていなかったユーリウスとの肉体的接触に息も絶え絶えなメルロナとは対照的に、ユーリウスは上機嫌で室内を見回している。
(ユーリウス様がいるだけで部屋の空気が煌びやかになったみたい)
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「あ、それはこの部屋にいてくだされば自由にしてくださって大丈夫です。お風呂にも入れるのでご準備しましょうか?」
「湯浴みはもう今日はもう済ませてあるから大丈夫。……なんだ、ヴァリテには監禁って聞いてたけどけっこう自由なんだね?」
「ユーリウス様に不便な思いをさせるわけにはいきませんから」
「えー。せっかくの監禁生活体験なのに雰囲気でないなぁ」
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――いけない。全力でユーリウスをもてなして監禁すると決めたのにいけない。このままでは彼を退屈させてしまう。
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