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銀の輪
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幼い頃、メルロナはいつも王宮の薔薇園で泣いていた。
当時はヴァリテが王に仕事を請け負っていて、そのためにメルロナも共に毎日王宮へ通っていたからだ。だから幼い時の思い出の多くはヴァリテの塔の中でなく、王宮でのものだ。
しかしその頃の王宮は幼い見習い魔女にとって居心地の良い場所ではなく。好奇や蔑みの視線がメルロナを萎縮させた。
特に意地の悪い貴族の子供に『捨てられ子』と嘲笑された日には涙が止まらなかった。
自分が泣いていたらヴァリテも悲しむ。
どこか誰にも見つからない場所に隠れなくては。
そうやって見つけた場所が、人気の少ない薔薇園だ。
『……うぇっ、ひっ。はや、はやく、涙とめなきゃ。帰るよって、ししょぅが探しにきちゃう』
どうにか泣き止もうとグスグスと目元を擦るが、いつまでも流れ出る雫はポタポタと地面に吸い込まれていく。
『――誰かいるの?』
『! ユーリウス様……』
誰にも見つからない場所だと思っていたのに。
鮮やかな薔薇の影から姿を現したのはユーリウスだった。
『メルロナ。……どうしたの? 何か嫌なことあったの?』
『……わ、私がっ「フキツな子」だから私は捨てられたんだって。私といたら、ししょうも、おうきゅうの人も、みんな不幸になるって、いわ、言われて。ふぇっ、え、ぇ』
涙と鼻水で顔中をグシャグシャにしたオッドアイの娘。
そんな汚い子供など、王太子である高貴な彼は放っておいても何の問題もなかったのに。
けれどユーリウスは躊躇わずメルロナを抱き締め、綺麗な白いハンカチで顔をぬぐってくれた。
『メルロナ。君の左右で色の違う瞳は、不幸の象徴なんかじゃないよ』
『でも、でも……!』
『どうでもいい人間の醜い言葉なんかに惑わされないで。ねぇメルロナ。ヴァリテは君といて不幸せそうかい? その逆だろう? 俺はヴァリテがあんな風に柔らかく笑うようになったのは、君と暮らし始めてからだって王に聞いたよ。俺だって、君といると楽しくて笑顔になる。ね、だからさ、大丈夫。君はここにいて良いんだよ』
そう優しくユーリウスが頭を撫でてくれた日から。
ユーリウスはメルロナにとってかけがえのない存在になった。
例え身分違いで叶わぬ恋でも、ずっと彼はメルロナの大切な人だ。
(そのユーリウス様が本格的な監禁生活をお望みなら、メルロナは全力を尽くしますユーリウス様……!)
そう両手の拳を胸の前で握って気合いを入れて。ユーリウスと自分の間に銀の手枷を出現させる。
優美な細工のその手枷は、ヴァリテから「必要な時に適宜使うように」と渡されていたものだ。
一見、繊細なブレスレットにも見えるが、ヴァリテの魔力で作られたそれはクマが暴れても千切れないほどの強度がある。
「ユーリウス様! この手枷をしたら監禁生活の雰囲気がグッと増しませんか?!」
「あぁ、さすが良いアイデアだねメルロナ。じゃあ早速はめてもらおうかな」
「はい!」
この時。
恋しい王子に褒められ舞い上がっていたメルロナは、この後にいったいどういう展開になるのか、自分に何が起きるのか、何も予想できていなかった。そして王子の瞳が一瞬、狡猾な光を宿したことにも気がついていなかった。
「では失礼しますユーリウス様!」
「あ、せっかくだから後ろ手にはめてよ。その方が、より雰囲気出るでしょう?」
「はいっ!」
なるべくその肌に触れないように。
ぷるぷると震える手でユーリウスの手首に銀の輪をはめる。
カシャン……と軽い音が室内に響いた。
それからしばらくの間は平和で穏やかな時間が流れた。夜もかなり更けていたが、幼い頃の思い出や最近のお互いの近況など。話し始めると止まらなかった。
久しぶりに王子と魔女という立場を忘れ二人で話せる空間は、メルロナの心の壁を崩してくれた。
「――なんだか喉が渇いたな」
「あ、お茶をお淹れしましょうか?」
「いや、水で大丈夫だよ。貰えるかい?」
「はい!」
――と、いそいそとグラスに水を注いでいたメルロナの動きが止まる。
「……っ、ごめんなさいユーリウス様! 私、その手錠の外しかたを知りません……! このままじゃ、ユーリウス様がコップを持てない……!」
「おや、困ったねぇ」
言葉とは裏腹に全く困ってなどいない笑顔でユーリウスが首を傾げる。さらりと揺れた銀の髪が彼の輪郭を彩る。
「後ろ手に手枷をはめてもらったから、このままだと自分で水が飲めないなぁ。でも、俺は喉が渇いたし」
「本当に申し訳ありませんユーリウス様……!」
「……うん、そうだ。良いことを思いついた。君が、口移しで飲ませてよメルロナ」
後光が差しそうな神々しいまでの笑顔で。
ユーリウスは爆弾発言を投下した。
当時はヴァリテが王に仕事を請け負っていて、そのためにメルロナも共に毎日王宮へ通っていたからだ。だから幼い時の思い出の多くはヴァリテの塔の中でなく、王宮でのものだ。
しかしその頃の王宮は幼い見習い魔女にとって居心地の良い場所ではなく。好奇や蔑みの視線がメルロナを萎縮させた。
特に意地の悪い貴族の子供に『捨てられ子』と嘲笑された日には涙が止まらなかった。
自分が泣いていたらヴァリテも悲しむ。
どこか誰にも見つからない場所に隠れなくては。
そうやって見つけた場所が、人気の少ない薔薇園だ。
『……うぇっ、ひっ。はや、はやく、涙とめなきゃ。帰るよって、ししょぅが探しにきちゃう』
どうにか泣き止もうとグスグスと目元を擦るが、いつまでも流れ出る雫はポタポタと地面に吸い込まれていく。
『――誰かいるの?』
『! ユーリウス様……』
誰にも見つからない場所だと思っていたのに。
鮮やかな薔薇の影から姿を現したのはユーリウスだった。
『メルロナ。……どうしたの? 何か嫌なことあったの?』
『……わ、私がっ「フキツな子」だから私は捨てられたんだって。私といたら、ししょうも、おうきゅうの人も、みんな不幸になるって、いわ、言われて。ふぇっ、え、ぇ』
涙と鼻水で顔中をグシャグシャにしたオッドアイの娘。
そんな汚い子供など、王太子である高貴な彼は放っておいても何の問題もなかったのに。
けれどユーリウスは躊躇わずメルロナを抱き締め、綺麗な白いハンカチで顔をぬぐってくれた。
『メルロナ。君の左右で色の違う瞳は、不幸の象徴なんかじゃないよ』
『でも、でも……!』
『どうでもいい人間の醜い言葉なんかに惑わされないで。ねぇメルロナ。ヴァリテは君といて不幸せそうかい? その逆だろう? 俺はヴァリテがあんな風に柔らかく笑うようになったのは、君と暮らし始めてからだって王に聞いたよ。俺だって、君といると楽しくて笑顔になる。ね、だからさ、大丈夫。君はここにいて良いんだよ』
そう優しくユーリウスが頭を撫でてくれた日から。
ユーリウスはメルロナにとってかけがえのない存在になった。
例え身分違いで叶わぬ恋でも、ずっと彼はメルロナの大切な人だ。
(そのユーリウス様が本格的な監禁生活をお望みなら、メルロナは全力を尽くしますユーリウス様……!)
そう両手の拳を胸の前で握って気合いを入れて。ユーリウスと自分の間に銀の手枷を出現させる。
優美な細工のその手枷は、ヴァリテから「必要な時に適宜使うように」と渡されていたものだ。
一見、繊細なブレスレットにも見えるが、ヴァリテの魔力で作られたそれはクマが暴れても千切れないほどの強度がある。
「ユーリウス様! この手枷をしたら監禁生活の雰囲気がグッと増しませんか?!」
「あぁ、さすが良いアイデアだねメルロナ。じゃあ早速はめてもらおうかな」
「はい!」
この時。
恋しい王子に褒められ舞い上がっていたメルロナは、この後にいったいどういう展開になるのか、自分に何が起きるのか、何も予想できていなかった。そして王子の瞳が一瞬、狡猾な光を宿したことにも気がついていなかった。
「では失礼しますユーリウス様!」
「あ、せっかくだから後ろ手にはめてよ。その方が、より雰囲気出るでしょう?」
「はいっ!」
なるべくその肌に触れないように。
ぷるぷると震える手でユーリウスの手首に銀の輪をはめる。
カシャン……と軽い音が室内に響いた。
それからしばらくの間は平和で穏やかな時間が流れた。夜もかなり更けていたが、幼い頃の思い出や最近のお互いの近況など。話し始めると止まらなかった。
久しぶりに王子と魔女という立場を忘れ二人で話せる空間は、メルロナの心の壁を崩してくれた。
「――なんだか喉が渇いたな」
「あ、お茶をお淹れしましょうか?」
「いや、水で大丈夫だよ。貰えるかい?」
「はい!」
――と、いそいそとグラスに水を注いでいたメルロナの動きが止まる。
「……っ、ごめんなさいユーリウス様! 私、その手錠の外しかたを知りません……! このままじゃ、ユーリウス様がコップを持てない……!」
「おや、困ったねぇ」
言葉とは裏腹に全く困ってなどいない笑顔でユーリウスが首を傾げる。さらりと揺れた銀の髪が彼の輪郭を彩る。
「後ろ手に手枷をはめてもらったから、このままだと自分で水が飲めないなぁ。でも、俺は喉が渇いたし」
「本当に申し訳ありませんユーリウス様……!」
「……うん、そうだ。良いことを思いついた。君が、口移しで飲ませてよメルロナ」
後光が差しそうな神々しいまでの笑顔で。
ユーリウスは爆弾発言を投下した。
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