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「お帰り美也子。今日の夕飯はどうしようか? 俺が作る?」
午後五時。辟易するほど声を響かせた女が帰るのを待って一階へ降りると、兄が普段と変わらない態度で話しかけてくる。その表情には焦りも照れも誤魔化す様子もない。
「ううん。私が作る。短大の帰りに材料買って来たから」
だから美也子も、ごく自然に普段通りに答えた。
何故なら、兄と女の情事を目撃することなど、美也子にとってはもう珍しいことでもなんでもないのだから。
妹が気が付いていることを承知で兄が家で女を抱き始めたのは、今から4年前――兄が17才、美也子が15才の時だ。
小学生の時に両親が離婚し、引き取った父親が滅多に帰って来ない家は発情した男と女には都合が良かったらしい。週に数回、兄の女たちが出入りするようになった。
――いや、色欲に理性を忘れていたのは常に女の方だけだったけれど。
兄はいつも醒めた目で女を抱いていた。
「今日は兄さんの好きな大根と油揚げのお味噌汁と、焼き魚と肉じゃがにしようと思うの。油揚げはちゃんとお豆腐屋さんで買って来たのよ」
「わざわざ回り道して来てくれたんだ? じゃあサラダは俺が作るよ」
「台所に入れなかったから冷蔵庫に入れられなかったけどね」
そう言外に当て擦るが兄の表情は変わらない。美也子はここ数年、彼が動揺するところを見たことがなかった。
だからだろうか。普段は無関心を装っている兄の女たちについて、無性に貶めてやりたい衝動にかられる。
「今日の女の人、歩き方が変なんじゃない? 踵の擦り減り方が汚かった」
しかし、兄はじゃが芋の皮を剥く美也子の背後で笑うだけだ。
「そうだね。バレエを習ってた美也子に比べたら姿勢は悪いね。だけど――」
「だけど?」
「長いストレートの黒髪が、美也子と同じだと思ったんだ」
そう言って髪の一房にキスをされた。
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