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(今日は卵とひき肉が広告の品だったからそれを買って、後は……)
「黒飛さん、今帰り?」
スーパーの特売情報を思い浮かべながらバイト先である本屋のスタッフルームから出ようとすると、急に横から声をかけられた。
仕事のこと以外で美也子に話しかける人物などほとんどいないのに何の用だろうか。
(早く帰りたいのに……)
少しの苛立ちを込めて視線を移すと、相手は随分と大柄な男だった。スタッフルームに入って来られるということは、関係者なのだろう。
別の曜日のシフトにこんな男がいたような気もするが、他人に興味の無い美也子の記憶は朧気だ。
「何?」
「えっと、良かったら、俺と……番号交換してくれないかな? あと、SNSでも繋がれると、嬉しいな、なんて……」
「SNSのアカウントは持ってない。あなたと番号を交換する意味もわからない」
即座に素気無く断ると男の表情が情けないものに変わる。眉を落としたその様は叱られた大型犬のようだ。
「あっれ、高橋! お前、今日シフト入ってたっけ?! ……ってなるほど、今日は黒飛さんがシフトの日だから、遂に決意して番号交換しに来たのか!」
「えー! 高橋くん、そうだったんだぁ! 職場恋愛は自由だけど、黒飛さんのこと怖がらせちゃダメよー!」
立ち尽くす美也子と男の横を、自分の仕事を終えたスタッフたちが囃し立てながら通り過ぎて行く。どうやらこの男は高橋という名前で美也子と違って人当たりが良いらしい。
かけられる声に笑顔で「勘弁してくださいよ」と返しながら、照れたように美也子の方を見る。
「……えっと、なんか、もうバレちゃってると思うんだけど、その、番号交換が無理なら、気持ちだけでも伝えさせてほしいって言うか……」
――ああ、なんてくだらない。なんて無駄な時間!
高橋の大き過ぎるガッチリとした体躯も、短めの色素の薄い髪も、人懐っこい笑顔も、何一つ美也子の琴線には触れない。
自分の容姿が異性に与える印象を熟知している美也子にとって、男たちに好意を寄せられることなど日常の延長だった。
金銭を得るために働きに来ている場で、この男は何を浮かれているのだろう。それを止めもせずにけしかける他のスタッフもスタッフだ。
(最悪……っ)
美也子の怒りに気づかずに、愚鈍な男は頬を染めながら言葉を紡ぐ。
「俺、土日中心にシフトに入ってる高橋律也って言うんだけど、歳は黒飛さんとたぶん同い年で……」
瞬間、美也子の目が僅かに開く。
「あなた、律也って名前なの?」
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