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「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー
秋試験
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11月に入ってしばらくすると、ロブが家に来なくなった。
さすがに試験期間は勉強に専念するらしい。
ほとんどのジュニア・ハイスクールでは、一学年に三回の試験がある。
秋、冬、春の三回だ。
今回の秋試験はエミリーがジュニア・ハイに入って初めての試験だ。
ジュニアスクールの時とは違って、教科ごとにテストがあり、試験週間というものが11月の終わりにある。
この3回の試験にパスしないと次の学年に上がることが出来ない。
だからこの期間はみんな必死に勉強する。
どれもこれも初めての経験なので、どのように試験準備をすればいいのかよくわからない。
そういう時は先達に聞けということで、エミリーはデビ兄に聞きに行くことにした。
デビ兄がいそうな所をあちこち覗いてみたけれどいない。
…後はデビ兄の部屋か。
まさかそこにいるとは思わなかったが、いた。
それも机の前に座って勉強している。
デビ兄が…勉強?!
それも声を掛けづらいほど集中してる。
一瞬遠慮しようかとも思ったが、デビ兄さえも勉強せねばならないのだ。
私もやり方を聞いて、早く試験準備に取り掛かるべきだ。
「コンコン。デビ兄、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど…。」
「んーちょっと待て。ここだけやったら聞いてやる。」
エミリーは男の子部屋の居間兼勉強部屋に、こそこそと入り、隅のソファに座ってデビ兄の手が空くのをしばし待つことにした。
「よっし、いいぞ。なにを教えて欲しいって?」
デビ兄がソファの方へ来てくれたので、腰をずらして座るところを空ける。
「秋試験の準備でどういうふうに勉強したらいいかわからなくって…。」
「そんなことか。エムは普段そこそこ勉強してるじゃないか。毎日、予習や復習をしてるだろ。その時に間違えた所とか先生が大事だと言ったところなんかをもう一度見直して、ちゃんと覚えてるかどうか確認しとけばいいよ。試験範囲はもう発表されたんだろ?」
「うん。でもロブもデビ兄もなんだか特別な勉強をしてるみたいに見えるんだもの。本当にそれで試験にパスできるのかなぁ。」
「ロブは特殊だよ。あいつはジュニア・ハイのレベルじゃない。ハイスクールどころか大学の課程のことも、もう頭に入ってるだろ。各教科の先生の個性を見極めて、試験問題を推理して楽しんでるんだぞ。あれは参考にならん。」
ロブ…そんなことをしてたの?
「それに俺は3年生だから後がないの。1年や2年の時は、3回の試験のどれかを落としても、夏休み返上で勉強すれば夏の最後にある進級補助テストで次の学年に上がれるけど、3年生になると6月末で卒業だろ、夏補修はできない。つまり全部一発でパスしてないとハイスクールに行けないんだ。」
「そうか。そういえばそうだね。」
「うん、だからみんな必死で勉強してるよ。まぁ、3年になると秋学期だけの試験範囲じゃなくて、1・2年生の時に習ったのも含めた、3年間分の秋学期の範囲になるのもあるけどな。」
「うひっ、それって大変じゃない。」
「そうだ。だからエムは今の内からしっかりやっとけよ。俺みたいにサボってると後が怖いぞ。」
非常に実感のこもった先輩のお言葉をいただきました。
この秋学期をパスすることも大事だけど、3年後の事を考えると一夜漬けで覚えた記憶だけで今度のテストを乗り切るのは問題外だね。
これは本腰を入れて勉強しなくっちゃ。
エミリーは自分の部屋に戻って、勉強に取り掛かる前にまずは長期にわたって記憶できる方法を考えてみる。
記憶、記憶っと、どういう記憶方法なら3年後まで覚えていられるんだろう…。
あら、そう言えば私には記憶チートなるものがあるじゃない。
こういう時に役に立たなくてなにがチートよねぇ。
なんかいい方法がないか、なつみさんにでも聞いてみようかしら。
「コホン。【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ブッブーーーーッ
あれ? なつみさんを呼び出せない?
こういう時ってどうするんだっけ。
ああ、おきぬさんを呼び出せばいいのか。
「【アラ アラ カマラ アナカマラ】」
ブッブーーーーーーッ
へ? ロベルトさんの【オルト クルコム イガ イゴウ】はロブがいないと使えないし…。
あっ、そうか心を静めて自分の中の何かを聞くんだ。
すると頭の中に一つの呪文が浮かんできた。
「【オウセン カコウ セト テクラ】」
ピーーーンポーーーーーン
『わしを呼んだかね。』
「…えっと多分呼んだんだと思います。すみません、どちら様でしょう。」
『わしはあんたの前世のうちの一人じゃ。ムハラという名前の学者じゃった。』
「学者ですかー。ああ、勉強をするにあたっての記憶方法について考えてたからあなたが呼び出されたんですね。なんかいい方法がないですかね。」
『あんたは…いや今はわし自身か、話の要領が得ないのう。わしは今の名前も知らんし、そういう考えに至った経緯もわからん。もっと詳しく教えなさい。』
「あっ、エミリーです。よろしく。経緯か…めんどくさいなぁ。」
なんだか偉そうな学者先生のムハラさんに、これまでの長ーい経緯をなんとか話し終えた。
うーん、こんなことに時間を食って大丈夫か?私。
『ほう、それで長期記憶の方法をな。なかなか目の付け所がいいじゃないか。』
褒められた?!
でも自分に自分で言ってるみたいでちょっと微妙だけど…。
『物を覚える時の記憶というものはな、短期、つまり短い間ちょっと覚えとく場所と何年たっても忘れないような長期記憶の場所は違うんじゃないかとわしは考えとる。』
「場所ですか?」
『そうじゃ。覚えたものを置いておく頭の中の収納場所と考えてもいいの。勉強したことをその長期記憶ボックスとでも言おうか、その場所にしまい込む為には2通りの方法がある。衝撃五感映像と繰り返しじゃ。』
「繰り返しは何となくイメージできるけど、衝撃五感映像って何ですか?」
『これはの、目で見て耳で聞いて声に出して何かを触って食べて味を見るのもいい、人間の五感を使って経験するということじゃ。そしてそれを映像で、尚且つ衝撃を伴って覚えたことは繰り返して覚えなくても忘れにくいということじゃ。』
「はぁ。」
『物心ついた3歳の頃の時分に起こった事など、何も覚えておらん大人が大半じゃ。じゃがその頃に川に落ちて死にそうになった事とか、母親が急にいなくなったとか、自分の生死にかかわるようなことを経験した者は、大人になっても衝撃と共にその事を覚えているものじゃ。』
「そう言えば、私も小さい頃に一度、村の川に落ちたことがあると母様に聞いたことがあるな。その事は大きくなって聞いたけれど、それを聞いたときに川のふちに生えていた紫色の花に手を伸ばそうとしたことと、水の中の泡が目の前でぐるぐる回っていたおかしな感覚を思い出したことがあったな。」
『それじゃな。まぁ普段の勉強でそんな危ない目にばかりあっていては命が幾つあっても足らん。じゃが五感を駆使して覚えやすいように工夫することはできる。』
「どういうふうに工夫するんですか?」
『例えば、プリンシパル=校長じゃな。この言葉が覚えられんとする。そこで子供の好きなプリンとエミリーの学校の校長先生の顔を合体させて思い浮かべた映像の中でユラユラ揺らしてやるんじゃ。出来たら揺らしながらプリンシパルプリンシパルと何度も口に出して唱えるといい。』
私はうちの学園長の丸々と太った顔をプリンの中に描いて、プルプル揺らしてみた。
これは楽しい。
それに印象的だ。
このやり方ジュニアスクールの1年生の時に聞いていれば良かったな。
覚えにくかった長い単語が楽しく覚えられそう。
『そして繰り返しのことじゃが、今言ったみたいに何度も口に出し耳でそれを聞いて手で単語を書く、これが大事じゃ。歩いたり踊ったりしながら体を動かしてリズムやイメージを身体に染み込ませるのもいい。理科の実験なんかを自分ですると理論がすんなり頭に入るのも、目や耳、手を動かして鼻で薬品の匂いを嗅ぐ。こういう五感を使って記憶が脳の中に印象的に残るからじゃ。』
それを聞いてエミリーはロブのことを思い出した。
ロブは無意識のうちにムハラさんのいう五感を使った学習の仕方を身に着けていたんだろう。
あの人、実証主義だから聞いたことをうのみにしないで、自分で考えて実験を繰り返してるもんね。
そう言えば、キャサリン。
キャスも試験の時によくぶつぶつ呟きながら歩いてたわ。
なるほど、あの頭のいい2人がある意味いいお手本だね。
やってみよう。
「ありがとうございました。早速やってみます。」
『まてまて、お前はめんどくさがりだけじゃなくて、せっかちな奴じゃの。まだもう1つ2つ秘訣があるぞ。』
「えっ、まだあるんですか?」
『ああ、方法というかそれを行う時の心の持ち方じゃ。まずは、覚える対象に興味を持って好きになり、先生に言われたことをまる覚えせずに自分の頭でも考えてみることじゃ。好きになって覚えると気持ちの中の興奮作用が効いて覚えやすくなる。好きこそものの上手なれじゃ。』
「でも好きな教科と嫌いな教科があるんだけど…。国語や外国語、社会みたいな文系の教科は好きだけど、化学や物理、数学なんかの理系は苦手なんだよね。」
『それは誰しもあるの。そういう時にこそもう1つの方法じゃ。それは繰り返すことじゃ。』
「えっ、さっきそれ聞いたよ。」
『いや繰り返すときの心の持ち方じゃ。例えば「ここ」から「覚えるべき知識」という場所へ草原の中を歩いて行くとする。今日1度だけ歩いて行くと草の中を踏みしめて、人が1人歩いたささやかな小道ができるじゃろ。じゃがその後1度もその場所を訪れねば、草は直ぐに起き上がってそんなささやかな小道など直ぐにわからなくなってしまう。それを今日だけで2回か3回その小道を往復すればどうじゃ。草はだいぶ踏み固められるぞ。』
「そうですね。先生の言う予習と復習が大事っていうのはこのことなんですね。」
『そうじゃ、その2つをやって授業を聞く、これで3度はその道を通ったことになるの。その時自分で考えれば、往復したことにもなるのじゃ。』
「なるほどー。」
『そして、今日だけ通ってその後行きもしなかったら、また雨でも降って草は繁って来る。雨の降らないうち、次の日か3日後ぐらいにまた1度行っておくといいし、1週間後、1か月後のスパンでまたその場所を訪れる。そうして何度も繰り返して行くと、道は幅が広く踏み固められて時間もかからず楽に行き来することが出来るようになる。』
「ふーん。」
『そういう状態になって初めてその知識を配下に置けたということになるのじゃ。頭の方もそれが大事な記憶だと理解して長期記憶ボックスに入れてくれる。というわけじゃ。読書百篇意おのずから通ずということわざがある。訳の分からない文でも百回も声に出して読んでいれば、そのうち意味が解って来るということじゃ。』
「長期記憶ボックス、半端ないな。」
『嫌いな教科こそ、何度も通い詰めて道を太くするといい。そうしていくと早く楽に行けることに快感を覚えるようになる。快感を覚えるとしめたものよ、ほれ好きという感覚に似とるじゃろ、印象が強くなって覚えやすくなってくる。これが良い因果応報の回転じゃ。勉強だけじゃなくて、人生もそうじゃ。良いことをしようと努力する人は自分も周りも良い人に囲まれて幸せな人生を送る。悪い事ばかりしていると周りに悪い事ばかり起きるようになる。どこかで気持ちを切り替えて、ひとつづつ良い輪廻を繰り返して行くのが大事なことなのじゃ。いやこれは余計なことじゃったかな。まあ、心の持ち方、気持ちと言うのは意外に大きい影響を人に与える。ぼちぼちできることからでいい。精進していくことじゃな。』
なんとも、すごいテクを聞いた気がする。
学者ムハラ、恐るべし。
考えていてもしょうがない。
数学の1問を攻略することから始めますか。
さすがに試験期間は勉強に専念するらしい。
ほとんどのジュニア・ハイスクールでは、一学年に三回の試験がある。
秋、冬、春の三回だ。
今回の秋試験はエミリーがジュニア・ハイに入って初めての試験だ。
ジュニアスクールの時とは違って、教科ごとにテストがあり、試験週間というものが11月の終わりにある。
この3回の試験にパスしないと次の学年に上がることが出来ない。
だからこの期間はみんな必死に勉強する。
どれもこれも初めての経験なので、どのように試験準備をすればいいのかよくわからない。
そういう時は先達に聞けということで、エミリーはデビ兄に聞きに行くことにした。
デビ兄がいそうな所をあちこち覗いてみたけれどいない。
…後はデビ兄の部屋か。
まさかそこにいるとは思わなかったが、いた。
それも机の前に座って勉強している。
デビ兄が…勉強?!
それも声を掛けづらいほど集中してる。
一瞬遠慮しようかとも思ったが、デビ兄さえも勉強せねばならないのだ。
私もやり方を聞いて、早く試験準備に取り掛かるべきだ。
「コンコン。デビ兄、ちょっと教えて欲しいことがあるんだけど…。」
「んーちょっと待て。ここだけやったら聞いてやる。」
エミリーは男の子部屋の居間兼勉強部屋に、こそこそと入り、隅のソファに座ってデビ兄の手が空くのをしばし待つことにした。
「よっし、いいぞ。なにを教えて欲しいって?」
デビ兄がソファの方へ来てくれたので、腰をずらして座るところを空ける。
「秋試験の準備でどういうふうに勉強したらいいかわからなくって…。」
「そんなことか。エムは普段そこそこ勉強してるじゃないか。毎日、予習や復習をしてるだろ。その時に間違えた所とか先生が大事だと言ったところなんかをもう一度見直して、ちゃんと覚えてるかどうか確認しとけばいいよ。試験範囲はもう発表されたんだろ?」
「うん。でもロブもデビ兄もなんだか特別な勉強をしてるみたいに見えるんだもの。本当にそれで試験にパスできるのかなぁ。」
「ロブは特殊だよ。あいつはジュニア・ハイのレベルじゃない。ハイスクールどころか大学の課程のことも、もう頭に入ってるだろ。各教科の先生の個性を見極めて、試験問題を推理して楽しんでるんだぞ。あれは参考にならん。」
ロブ…そんなことをしてたの?
「それに俺は3年生だから後がないの。1年や2年の時は、3回の試験のどれかを落としても、夏休み返上で勉強すれば夏の最後にある進級補助テストで次の学年に上がれるけど、3年生になると6月末で卒業だろ、夏補修はできない。つまり全部一発でパスしてないとハイスクールに行けないんだ。」
「そうか。そういえばそうだね。」
「うん、だからみんな必死で勉強してるよ。まぁ、3年になると秋学期だけの試験範囲じゃなくて、1・2年生の時に習ったのも含めた、3年間分の秋学期の範囲になるのもあるけどな。」
「うひっ、それって大変じゃない。」
「そうだ。だからエムは今の内からしっかりやっとけよ。俺みたいにサボってると後が怖いぞ。」
非常に実感のこもった先輩のお言葉をいただきました。
この秋学期をパスすることも大事だけど、3年後の事を考えると一夜漬けで覚えた記憶だけで今度のテストを乗り切るのは問題外だね。
これは本腰を入れて勉強しなくっちゃ。
エミリーは自分の部屋に戻って、勉強に取り掛かる前にまずは長期にわたって記憶できる方法を考えてみる。
記憶、記憶っと、どういう記憶方法なら3年後まで覚えていられるんだろう…。
あら、そう言えば私には記憶チートなるものがあるじゃない。
こういう時に役に立たなくてなにがチートよねぇ。
なんかいい方法がないか、なつみさんにでも聞いてみようかしら。
「コホン。【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
ブッブーーーーッ
あれ? なつみさんを呼び出せない?
こういう時ってどうするんだっけ。
ああ、おきぬさんを呼び出せばいいのか。
「【アラ アラ カマラ アナカマラ】」
ブッブーーーーーーッ
へ? ロベルトさんの【オルト クルコム イガ イゴウ】はロブがいないと使えないし…。
あっ、そうか心を静めて自分の中の何かを聞くんだ。
すると頭の中に一つの呪文が浮かんできた。
「【オウセン カコウ セト テクラ】」
ピーーーンポーーーーーン
『わしを呼んだかね。』
「…えっと多分呼んだんだと思います。すみません、どちら様でしょう。」
『わしはあんたの前世のうちの一人じゃ。ムハラという名前の学者じゃった。』
「学者ですかー。ああ、勉強をするにあたっての記憶方法について考えてたからあなたが呼び出されたんですね。なんかいい方法がないですかね。」
『あんたは…いや今はわし自身か、話の要領が得ないのう。わしは今の名前も知らんし、そういう考えに至った経緯もわからん。もっと詳しく教えなさい。』
「あっ、エミリーです。よろしく。経緯か…めんどくさいなぁ。」
なんだか偉そうな学者先生のムハラさんに、これまでの長ーい経緯をなんとか話し終えた。
うーん、こんなことに時間を食って大丈夫か?私。
『ほう、それで長期記憶の方法をな。なかなか目の付け所がいいじゃないか。』
褒められた?!
でも自分に自分で言ってるみたいでちょっと微妙だけど…。
『物を覚える時の記憶というものはな、短期、つまり短い間ちょっと覚えとく場所と何年たっても忘れないような長期記憶の場所は違うんじゃないかとわしは考えとる。』
「場所ですか?」
『そうじゃ。覚えたものを置いておく頭の中の収納場所と考えてもいいの。勉強したことをその長期記憶ボックスとでも言おうか、その場所にしまい込む為には2通りの方法がある。衝撃五感映像と繰り返しじゃ。』
「繰り返しは何となくイメージできるけど、衝撃五感映像って何ですか?」
『これはの、目で見て耳で聞いて声に出して何かを触って食べて味を見るのもいい、人間の五感を使って経験するということじゃ。そしてそれを映像で、尚且つ衝撃を伴って覚えたことは繰り返して覚えなくても忘れにくいということじゃ。』
「はぁ。」
『物心ついた3歳の頃の時分に起こった事など、何も覚えておらん大人が大半じゃ。じゃがその頃に川に落ちて死にそうになった事とか、母親が急にいなくなったとか、自分の生死にかかわるようなことを経験した者は、大人になっても衝撃と共にその事を覚えているものじゃ。』
「そう言えば、私も小さい頃に一度、村の川に落ちたことがあると母様に聞いたことがあるな。その事は大きくなって聞いたけれど、それを聞いたときに川のふちに生えていた紫色の花に手を伸ばそうとしたことと、水の中の泡が目の前でぐるぐる回っていたおかしな感覚を思い出したことがあったな。」
『それじゃな。まぁ普段の勉強でそんな危ない目にばかりあっていては命が幾つあっても足らん。じゃが五感を駆使して覚えやすいように工夫することはできる。』
「どういうふうに工夫するんですか?」
『例えば、プリンシパル=校長じゃな。この言葉が覚えられんとする。そこで子供の好きなプリンとエミリーの学校の校長先生の顔を合体させて思い浮かべた映像の中でユラユラ揺らしてやるんじゃ。出来たら揺らしながらプリンシパルプリンシパルと何度も口に出して唱えるといい。』
私はうちの学園長の丸々と太った顔をプリンの中に描いて、プルプル揺らしてみた。
これは楽しい。
それに印象的だ。
このやり方ジュニアスクールの1年生の時に聞いていれば良かったな。
覚えにくかった長い単語が楽しく覚えられそう。
『そして繰り返しのことじゃが、今言ったみたいに何度も口に出し耳でそれを聞いて手で単語を書く、これが大事じゃ。歩いたり踊ったりしながら体を動かしてリズムやイメージを身体に染み込ませるのもいい。理科の実験なんかを自分ですると理論がすんなり頭に入るのも、目や耳、手を動かして鼻で薬品の匂いを嗅ぐ。こういう五感を使って記憶が脳の中に印象的に残るからじゃ。』
それを聞いてエミリーはロブのことを思い出した。
ロブは無意識のうちにムハラさんのいう五感を使った学習の仕方を身に着けていたんだろう。
あの人、実証主義だから聞いたことをうのみにしないで、自分で考えて実験を繰り返してるもんね。
そう言えば、キャサリン。
キャスも試験の時によくぶつぶつ呟きながら歩いてたわ。
なるほど、あの頭のいい2人がある意味いいお手本だね。
やってみよう。
「ありがとうございました。早速やってみます。」
『まてまて、お前はめんどくさがりだけじゃなくて、せっかちな奴じゃの。まだもう1つ2つ秘訣があるぞ。』
「えっ、まだあるんですか?」
『ああ、方法というかそれを行う時の心の持ち方じゃ。まずは、覚える対象に興味を持って好きになり、先生に言われたことをまる覚えせずに自分の頭でも考えてみることじゃ。好きになって覚えると気持ちの中の興奮作用が効いて覚えやすくなる。好きこそものの上手なれじゃ。』
「でも好きな教科と嫌いな教科があるんだけど…。国語や外国語、社会みたいな文系の教科は好きだけど、化学や物理、数学なんかの理系は苦手なんだよね。」
『それは誰しもあるの。そういう時にこそもう1つの方法じゃ。それは繰り返すことじゃ。』
「えっ、さっきそれ聞いたよ。」
『いや繰り返すときの心の持ち方じゃ。例えば「ここ」から「覚えるべき知識」という場所へ草原の中を歩いて行くとする。今日1度だけ歩いて行くと草の中を踏みしめて、人が1人歩いたささやかな小道ができるじゃろ。じゃがその後1度もその場所を訪れねば、草は直ぐに起き上がってそんなささやかな小道など直ぐにわからなくなってしまう。それを今日だけで2回か3回その小道を往復すればどうじゃ。草はだいぶ踏み固められるぞ。』
「そうですね。先生の言う予習と復習が大事っていうのはこのことなんですね。」
『そうじゃ、その2つをやって授業を聞く、これで3度はその道を通ったことになるの。その時自分で考えれば、往復したことにもなるのじゃ。』
「なるほどー。」
『そして、今日だけ通ってその後行きもしなかったら、また雨でも降って草は繁って来る。雨の降らないうち、次の日か3日後ぐらいにまた1度行っておくといいし、1週間後、1か月後のスパンでまたその場所を訪れる。そうして何度も繰り返して行くと、道は幅が広く踏み固められて時間もかからず楽に行き来することが出来るようになる。』
「ふーん。」
『そういう状態になって初めてその知識を配下に置けたということになるのじゃ。頭の方もそれが大事な記憶だと理解して長期記憶ボックスに入れてくれる。というわけじゃ。読書百篇意おのずから通ずということわざがある。訳の分からない文でも百回も声に出して読んでいれば、そのうち意味が解って来るということじゃ。』
「長期記憶ボックス、半端ないな。」
『嫌いな教科こそ、何度も通い詰めて道を太くするといい。そうしていくと早く楽に行けることに快感を覚えるようになる。快感を覚えるとしめたものよ、ほれ好きという感覚に似とるじゃろ、印象が強くなって覚えやすくなってくる。これが良い因果応報の回転じゃ。勉強だけじゃなくて、人生もそうじゃ。良いことをしようと努力する人は自分も周りも良い人に囲まれて幸せな人生を送る。悪い事ばかりしていると周りに悪い事ばかり起きるようになる。どこかで気持ちを切り替えて、ひとつづつ良い輪廻を繰り返して行くのが大事なことなのじゃ。いやこれは余計なことじゃったかな。まあ、心の持ち方、気持ちと言うのは意外に大きい影響を人に与える。ぼちぼちできることからでいい。精進していくことじゃな。』
なんとも、すごいテクを聞いた気がする。
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