サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

文字の大きさ
31 / 100
「めんどくさがりのプリンセス」の末っ子エミリー

ボート競争

しおりを挟む
 今日はとてもいい天気だ。

日差しが強そうなので、海辺に行く前に日焼け止めをしっかり塗る。

エミリーは日に焼けても皮膚が黒くなる代わりに、真っ赤になってヒリヒリしてくるタイプだ。
そのため日差しを遮るためにつばの広い帽子をかぶって、暑いのに長袖のTシャツを着こんだ。

マリカも帽子を被っているのに日傘まで持ってきている。

でもボート遊びの後は、泳ぐつもりなので、二人とも服の下には水着を着ている。

デビ兄とロブは、私たちの重装備に信じられないと頭を振っているが、後で後悔するよりも備えあれば患いなしだ。


2組に分かれてボート競走をすることになった。

デビ兄とマリカチーム、エミリーとロブチームである。

家のボート小屋に行って、中からボートを2艘引っ張り出す。
小屋がある所から海まで水路があるので、一旦水の上に浮かべると綱を引っ張っていくだけでいいから簡単だ。

ボートに乗る前に、暑いけれどライフジャケットは着用する。
こればかりはちゃんとしとかないと。

父様たちとも約束してるからね。


一年ぶりにボートを漕ぐので、最初は腕均しに試し漕ぎをすることにした。

「ロブ、先に漕いで。私は去年漕いだから。」

「僕だって去年漕いだよ。エムはめんどくさいだけだろ。」

「そうとも言う。だって、今満ち潮だから帰りの方が楽でしょ。男の人が力の必要な方を受け持ってよ。ほら~、あっちもデビ兄が漕いでる。」

「もう、都合のいい時だけ男扱いするんだから…。」

ロブはぶつぶつ言っているが、波に逆らって漕ぐのはなかなか大変なのだ。
ぜひとも男の力を発揮してもらいたい。


私達のボート競走は、浜の近くから小さな灯台を目指して漕ぐのが決まりだ。
海から湾へ入る入り口の近くに灯台があるので、昔からちょうどいい目印になっている。

2人で漕ぐときは、往路と復路で漕ぐ人を変える。


ロブが漕ぎだしたが、意外と力強く波を分けてボートが進んでいる。

「上手いじゃない、ロブ。結構スピード出てるよ。」

「はぁ、はぁ。今日は山風が吹いてるみたいだ。」

それはロブにはラッキーだけど、帰りを漕ぐエミリーにはアンラッキーな情報だ。
山から海に向かって風が吹くと、帰りに海から浜に向かって漕ぐときに向かい風になる。

あーあ。
まぁ、しょうがないか。


「エム、そろそろ灯台じゃない?」

「んーー、もうちょっと。…いいよ。ここで交代しよう。」

ロブと座る場所を変えるためにエミリーが腰を上げた時、突風が吹いてきてかぶっていた帽子が飛んで行った。

「きゃっ、やだ飛んで行っちゃった。ロブ、拾ってー。」

「もー、どっちぃ?」

「えーと、もうちょっと左に寄って。…違う違う逆逆。」

「進行方向に対してどっちか言ってよ。」

「えーーと、右だった。んーーもうちょっと。私もマリカみたいに日傘を持ってくればよかったな。と、れ、な、いーーー。」

すぐそこにあるのに手が届かない。あまり乗り出すとボートから落ちそうになるのだ。


「変わるよ。エムがこっちに座って。」

今度は私がボートを操って、ロブが船尾側に座って帽子に手を伸ばしてくれる。

「よしっ、手に触ったぞっ。もう少しぃーーーっ、取れた!」

「やったぁー。ありがとうっ。さすが私より背が高くなっただけあるね。よかったー。これがないとこんがりトーストに日焼けしちゃう。」

「やれやれ、今度は紐で縛っとけよ。んじゃ、帰るか。」

「はいはい。」


今度は私が漕ぐ、…漕ぐ、……??

「ねぇ、ロブ。全然進まないんだけど。」

「もーまたそんなこと言って、僕に漕がさせようとするー。」

「いや、マジ。嘘だと思うんならやってみてよ。」

ロブは懐疑的だったが、しぶしぶまたエミリーと場所を変わって漕いでくれる。


「……!! やばいよ、エム。引き潮になってる。それに灯台があっちに見える! これ、外海に出ちゃってるじゃないかっ!」

エミリーとロブは真っ青になった。

外海には強い潮流があるから絶対に湾から出てはいけないと小さい頃から言われ続けていたので、頭の芯が痺れて、膝がガクガクと震え出した。

これはとんでもない事態だ。


ロブが力任せに漕ぐが、全然湾の入り口の方に近付かない。

目印の灯台が、どんどん遠くになる。


「…まて、落ち着け。考えろ考えろ。」

エミリーはずっと震えているが、ロブはなんとか打開策を探そうとしている。

「僕たちが最悪戻れなくても、デビッドが捜索隊を頼んでくれる。だから、落ち着いて対処することが大事だ。…エムっ、聞いてる?」

「……うっ、うん。」

「潮の流れをよんで、なんとか岸の方向にボートを向けたいんだけど、エム、わかる?」

「わかるわけないじゃん!」

「僕も、さすがにわからない。……エム、記憶チートが使えないかな。誰か呼び出してみてよっ。」

「えーーー、えーーーーっ?」

エミリーはパニックを起こしてしまって、ロブが何を言い出したのか、頭の中にすんなりと言葉が入ってこない。


「落ち着いて! じゃないと呪文が浮かばないだろっ。」

ロブは無茶を言う。

こんな状態で落ち着けってぇ?! 

…でもパニクッてても事態が悪くなるばかりだ。
なんとかしないといけない。


エミリーは目をつむって深呼吸を始めた。

誰か、誰か助けて。


……その時一つの呪文が頭に浮かんできた。
以前見たことのある言葉だ。


「【オウセン カコウ セト テクラ】」


ピーーンポーーン


『どうしたんじゃ。何かあったのか?』

「あーー、ムハラさんっ。助けてっ。船がっ、ボートがっ。」

『落ち着け。状況を見るに、ボートで海に出たのか…。手漕ぎボートでこの潮流は無理じゃろう。』

「ムハラさん。学者のムハラさんですね。僕はロベルトと言います。何とか潮目をよんでくれませんか? タイミングと方向を言ってくれれば僕が漕ぎます。」

『ロベルトはまだ落ち着いとるようじゃの。わかった。わしは学者になったが、元はギリシャの漁師の息子じゃ。ここは初めての海だが何とかやってみよう。ロベルト、岸の方向を見失うな。そっちの方向を基本軸にするんじゃ。エミリー、周りの海を見てくれ。わしが潮の流れやぶつかり具合を見るからな。よーしっ、もう少ししたら船がちょっと浮き上がる感じがするそのタイミングで、岸の基本軸から斜め三十度の角度で漕ぐつもりで左手に多めに力を入れて漕いでみろっ。…よぉっし今じゃ!』


ロブは漕いだ。

満身に力を入れている。
顔は真っ赤になって額から汗がだらだら流れている。

エミリーはロブの方を向いて神に祈った。

どうかどうか潮流から抜け出させてください。
お願いっ、お願いお願いします!


ロブの荒い息と、オールがこすれるギーッギーッという音だけが響いている。

夏の太陽はぎらぎらと照り付けていて、エミリーの背中は救命胴衣を着ているのにもかかわらず、直火焼きにされているかのように熱くなっていた。


『よしっ。いいぞロベルト。潮の流れが変わった。ちょっと休め。』

ロブはハーハーいって、手で額の汗をぬぐった。

エミリーはハッとして、足元のカバンからタオルを出してロブに渡す。

「サンキュー、エム。はぁー、きっつい。こんなに漕いだの初めてだよ。…腰が痛い。どうですか? ムハラさん。元いた場所に帰れるでしょうか。」


「今度は、私が漕ぐよっ。」

『まて、エム。ちょっと周りの海を見てくれ。』

ムハラさんが判断できるように、エミリーはぐるっと周りを眺めた。

だいぶ沖に流されてきたようだ。
周り中、海で岸がどこにあるのかわからない。

途端に不安になる。

広い広い海の中にこの小さなボートがぽつんと一つ浮かんでいる。


『あっちに鳥がいるな。ロベルト、お前から見て正面に海鳥が見えるだろ。』

「えっ、あの小さい点のように見えるやつですか?」

『だいたい鳥は飛び疲れたら降りて休める場所の近くにいるもんだ。向こうになにかあるな。』

「でも、あっちは来た所とは反対方向に思えるけど…。」

『潮目がさっきの所から二方向に分かれて見えた。お前たちが最初乗っていた強い潮流は、沖へぐんぐん出ていく本流だ。今いるこの潮はさっきのより緩やかにあの鳥のいる方へ向かっている。こういう潮は島の周りをぐるっと回って沖へ出ることが多い。勘だがな。なにかそんな気がするんだ。ほれ、今漕いでないのにボートは反対方向に流されてるだろ。』

確かに。
なんとなく私の座っている方に進んでいる気がする。

『元の岸の方向に戻るよりも、あの鳥がいるところへ行った方がいいと思う。どこでまた強い潮流に捕まるかわからんからな。それにこういう捜索は潮流の流れに沿って行われるものだ。島があれば、そこに行って捜索隊が来るのを待った方がいい。』

「…わかりました。そうしてみます。」


『よし。じゃあ船をターンさせろ。できるか?』

ロブはオールを操作しながらぐるりとボートを回す。

『上手いじゃないか。お前は漁師の息子か?』

エミリーは、こんな時だが吹き出しそうになった。

将来の公爵をつかまえて、漁師の息子とは…。


「エム、なに笑ってんだよ。」

「ごめんごめん。」

『エミリー、今度はおまえが漕ぐんだ。もし島があったら、潮流を抜け出して漕ぐのにロベルトの力がいるからな。』

「はいっ。」


エミリーは気を引き締めて、ロブと席を変わりオールを握った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...