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第二章 「のっぽのノッコ」に恋した長男アレックス

お忍びの達人がいました

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 イギリスからのお客様に関西空港に到着する便で日本に来てもらっていて良かった。

そして自家用車をこの機会に東京から大賀に移動させておこうとアレックスが思いついていて助かった。

私達は東京から車に乗って関空まで出迎えに来ていた。
デビッドさんは「新幹線に乗りたかったなぁ。」と言っていたが、この人数が電車で移動すると外国人のグループの為に軽い注目を浴びる。

その中に背の高いイケメン皇太子が混じっていたら…バレるよね、普通。

アルは5人分の荷物を直送便で大賀に送ると、みんなを急き立てて車に乗せた。


しかし私達の心配は杞憂だったかもしれない。

「アル、最初のパーキングに入ってくださいね。」

高速道路に乗ってすぐに、秀次ひでつぐくんにそう言われた。

サービスエリアではなくパーキングがいいらしい。
施設を使用している人数が少ないのと、パーキングに止まる人はぶらぶらするためじゃなくて、トイレとか飲み物とかの必要を感じて止まっているので、他人のことをジロジロ見ている人も少ないらしい。

そこで言われた通りにパーキングでトイレ休憩をしたのだが、車に帰ってきた秀次くんを見て驚いた。
全くの別人だったのだ。
伸びすぎた髪にチューリップハット、ぶかぶかの服には缶バッジを5つもつけている。
1970年代のヒッピーだ。

皇太子さま…時代がだいぶ違うんですけど。

「この格好だと室内でサングラスをかけていても何かのポリシーなんだなってスルーされるんです。」

なるほどー。
この人は変装のプロだね。
この姿ならお昼の休憩にはレストランで食事ができるかもしれない。


お昼ご飯は時差のある皆さんにとって真夜中だったため、少し遅めの2時頃に軽食で済ませた。

でも秀次くんはうどんを食べて、「ああぁ、日本の味だっ。」と感激していた。
その姿に、思わずイギリスに行った後の自分の姿を重ね合わせてしまった。

…イギリスのお店には、日本の食材や調味料も置くことにしよう、そうしよう。

その後「手作り味噌の作り方」や「あなたにもできる手作り豆腐」の本を買ってしまった。

食事は大事だよね、うん。



◇◇◇



 大賀のホテルに着いて、皆さんには仮眠をとって頂くことになった。

目が覚めたら連絡してもらうことにして、アレックスとノッコは実家に帰ってきた。
春休みには帰らなかったので久しぶりの我が家だ。 

「ただいまー、帰ったよー。」と玄関を開けるとそこにはハルチが立っていた。
私の幼馴染だ。

「なんだノッコ、今日帰る予定だったのね。丁度いい時に来てたわ。話があるのよ。」


ハルチの話はノッコにとって願ってもない話だった。

ハルチの家は花ゴザの製造元だ。
そしてお父さんが地元の産業振興会の会長をしている。

恵里ちゃんがうちの母親に言われて、早速ハルチの家に話をしに行ったらしい。
するとお父さんの伊藤会長さんは、恵里ちゃんの提案に任せとけっと胸を叩いて、すぐに産業振興会の知り合いに口利きをしてくれたそうだ。
その結果を今日ハルチがうちに知らせに来てくれたところだったらしい。

2、3か月の間に早くも供給の地盤がしっかりと固められてきている。

なんだかワクワクして来たね。


ノッコが食品も扱いたいというと、ハルチは喜んだ。

「やったっ。日本酒の酒造元から問い合わせがきてたのよ。ノッコたちがどこまでの製品を取り扱うつもりでいるのかわからなかったから、聞いてみますと言っておいたんだけどね。食品やお酒は輸出の手続きが面倒でしょ。でもノッコたちがそのつもりなら、声を掛けておくね。」

ふふふ、これで料理酒もみりんも手に入るね。

アレックスは日本酒と聞いて違う意味でニンマリしてたけど。


うちの両親が二間続きの和室に長机を出してきて、大皿に盛られた夕食を次々に運んで来た時にも、まだハルチの話は終わらなかった。

結局ハルチは夕食の時までいて、アルさんが迎えに行ってホテルから連れて来てくれたイギリスのお客さんたちとも賑やかに話をして帰って行った。

ハルチが皆を先導してアルさんとの馴れ初めなんかを追及されて大変だったので、帰ってくれてほっとした。
相変わらずの芸能リポーターなんだから…。

でもあの目端が利くハルチに秀次くんの正体が全然バレなかったんだから、秀次くんは本当にたいしたものだ。
うちの両親だけにはこっそりと皇太子さまのことを打ち明けておいた。2人とも「えっ?!」と言ったまま固まってしまっていたけれど…。
無理もない。



◇◇◇



 「ノリコサン、私たちの事はさんづけで呼ばなくてもいいのよ。貴方はアル兄さまの奥様になるんだから。」

私が「エミリーサン」とずっと呼んでいたので、ハルチの帰った後に「名前にサンを付けるのはどういう意味があるの?」とエミリーさ…エミリーに聞かれたのだ。

「そうそう。私達の方がノリコと呼んで、ノリコがキャサリンさんって言うのはおかしいじゃないの。兄さまのことも、アルだけでいいのよ。」

妹さん2人にそう言われたのでノッコも言い方を改めることにしたのだが…言いにくい。

いくら年下とはいえ初めて会う人を呼び捨てなんて日本人の感覚に合わないなぁ。
かといってアルさ…アルの姉妹にミズをつけるのも他人行儀だし。

言われたとおりにすると…エミリーかエム、キャサリンかキャスね。
デビッドさんには「デビーだけはやめてくれ。デヴにしてくれ。」と言われたけれど、日本人にとってデヴは言いにくい。
その理由を話すと、皆に大笑いされた。
「僕は太ってないぞー。」とデビッドが叫んだので、またひとしきり笑い声が起きた。


こうして話をしていると兄弟間の立ち位置がよくわかる。
そしてエミリーの婚約者のロベルト君が兄弟同然の扱いなのだということも、アルと滝宮様がみんなの見守り役のお兄さんの位置だということもわかった。

ロベルトにはロビーだけはやめてくれロブにしてくれと言われた。
どうも男の子の名前を甘く伸ばすのは幼い時だけらしい。
だからある程度大きくなったらカッコよく呼ばれたいんだと言っていた。

なるほどね。
こんなことは英語の教科書には書いてなかったな。


両親が先に休むねと言って奥に引っ込んで、座敷が若い人だけになった時にエミリーが初めて「なつみさん」を呼び出した。

「【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」

(ピーンポーン)

『呼ばれましたぁー。なつみさんでーす。』


「なつみさん、日本に来たよっ。」
エミリーはそう言いながら、きょろきょろと周りの様子を見ている。

『ホント。日本の座敷ね。』

ノッコと伸也は初めて見る現象だったのだが、他の人たちは慣れているようだった。

ただアルと秀次くんは、エミリーがなつみさんになって話すのを見たのは2回目だという。

「へぇ、口調が変わるだけで変身とかはしないんだ。」と伸也は言っていたが、ノッコの目には…違って見えた。
口調が変わるたびにエミリーの上に魂の残像が重なっている。

「…尾方のおばあちゃん。」

ノッコが思わずその残像に話しかけると、なつみおばあちゃんはニッコリ笑って、懐かしそうに言った。

『大きくなったね。典佳のりか伸介しんすけも。』

それを聞いたロベルトとエミリーが、なつみさんに注意をする。

「なつみさん、ここは異世界パラレルワールドなんだから。」

「そう。この人達の名前は典子さんと伸也さんなのよ。」


『あらあらごめんなさい。でもよく似てるわー。うり双子ねっ。』

「それって、瓜二つと双子をかけたやつじゃないかっ。尾方のおばあちゃんと一緒だっ。」

伸介も遠い昔の尾方のおばあちゃんを思い出したようだ。
おばあちゃんは私たち2人を見ると「あんたたちはうり双子ねっ。大きくなったら違う顔になるのかしら?」とよく言っていたのだ。


「これは…。明日、太田の家に行った時に取り乱さないでね、なつみさん。」

アレックスの心配はもっともだ。パラレルワールドの人たちって、こんなに似たところがあるんだ。
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