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第四章 皇太子滝宮の「伝統を継ぐもの」
店の役割?
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亜美は、ノッコを見舞うアレックスと一緒に、ストランド領の大きな町までやって来た。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。
今日は暑くなりそうだ。
今日からノッコの代わりにお店「杏樹」を任されることになった。
引き継ぎも何もできなかったので不安だったが、「お金や商品の管理状態をどこかに記してくれてたら後は好きに経営してくれたらいいから。」というノッコらしいのんびりとした指示で、気が楽になった。
アレックスに店まで送ってもらって、鍵の管理の仕方や商品がある部屋、帳簿の位置等を大まかに教えてもらった。
「僕はノッコのお見舞いの後で仕事に行くから。帰りにまた迎えに寄るからね。」
そう言って、アルさんは急ぎ足で店を出て行った。
お客様対応よりなにより、まずは亜美自身がこのお店と仲良くならなくちゃね。
最初にやったのが張り紙を貼ることだ。
《店主、出産の為、本日は午後から開店いたします。》
これでよしっと。
そうしておいて、商品チェックをしながら店の掃除をしていった。
本屋ではやっていなかったが、食品の管理は大事だろうと帳簿を見ながら日持ちの悪そうなものだけをチェックする。
二点ほど賞味期限が近いものがあったので、購入して今夜の晩御飯に使うことにした。
購入するときに、レジの様子を見る。
これはだいぶ旧式だ。おつりも自動では出てこない。
日本でイギリス紙幣には慣れて来たけど、小銭に触るのは五年ぶりだ。金庫を開けてすべての種類の小銭を出して確かめてみた。
商品の値段を打ち込んでみたら、レシートの紙の残りがかなり少なくなっていることがわかった。
…良かった確認できて。
引き出しを開けて中身をチェックしながら補充紙のロールを探す。
やれやれ、五段ある引き出しの一番下に見つかった。ノッコめ、お腹が大きくてしゃがむのがめんどくさいからギリギリまで補充しなかったな。
金庫の中身とレジの金額をチェックして、本日の開始金額をノートに書きこんでおいた。
これで最低限の準備はオッケーだなと思ったところで、店の戸をノックする音が聞こえた。
昼からなんだけどなぁと思いながら戸を開けると、眼鏡をかけた若い男女のカップルが立っていた。
「ハーイ、ミズ・アミ? ノッコに頼まれて差し入れを持って来たのよ。出来たら買い物もして帰りたいんだけどいい?」
どうやらノッコの知り合いらしい。
でもどこかで見たことがあるような…?
「はい、ランチ。」と言って渡されたのは、サンドイッチやサラダ、飲み物も入っている大きな紙袋だった。
「ありがとうございます。どうぞゆっくり見て回ってください。」
2人を中に入れて扉を閉めようとした時に、いかついお兄さんが2人こちらを注視しているのが見えた。
なんだ?
こんな店に用があるような人達には見えないけれど…。
女性が「あったわ。良かったわねリッチ。これで今日は魚料理が出来るじゃない。」と本みりんをカゴに入れている。
「醤油と三温糖も欲しいんだ。少なくなっているからね。キャスそれを探しといて、私は刺し子の糸と布を選びたいから…。」どうも常連さんらしい。
それでも料理も裁縫も男の人がするのかしら?
プロの人なのかもしれないわね。
たくさんの買い物をしてくれて、2人はニコニコ顔で帰って行った。
どうやらノッコは良い顧客に恵まれているようだ。
亜美も他のお客さんがいないうちに、商品の袋詰めやレジでのお金の受け渡しなどを一通り経験させてもらえたので助かった。
これでだいたい手順がわかったぞ。
在庫補充に奥の部屋へ行って、先程売れた商品を探す。
醤油が少なくなってるわね。
船便の日数を考えたら発注しておいた方がいいもしれない。
ポケットのメモ帳にそのことを記入して、ついでに在庫管理もしておく。
他にも売れそうなもので、この一か月以内に無くなりそうなものを書いていった。
ここ何日かの売れ筋を見て発注するかどうかを判断しよう。
これは本屋の仕事とはまた違った難しさがあるな。
本屋はどちらかと言うと受動的だ。出版社の営業さんや問屋のアドバイスを聞きながら顧客の動向を考えて発注をかけていく。
次々に出版される商品を前にして、選んで数量を削っていくマイナスの作業の方が多い。
こういう店だと常連顧客の嗜好をどれだけ把握できているかによる。
その方向性によってはこちらが新しい商品を提案していくこともできる。
どちらかというとプラス型の発注姿勢が求められる。
帳簿を持って帰って、今日は分析だな。
亜美は「リッチ・キャス、二十代、料理・手芸(男)、魚の煮物、刺し子」と思いつくことを書いておいた。
昼食が済んで、店を開けようと扉に貼った張り紙を剥がしていると、二人の男女が駆け込んできた。
「ちょっと匿って!」
「お願い暫くでいいから戸をロックしておいてくれない?!」
2人の来た方を見ると、5人ぐらいの男性がカメラを手に走って来る。
芸能人?
言われるがままに張り紙もそのままにして扉の鍵をかける。
ついでにカーテンも閉めた。
「ふぅーー、助かった。ノッコありがとう!」
「あら、ノッコじゃないわ。あなた誰?」
こっちが聞きたい。
「あなた方こそどちら様でしょうか? 私はノッコの友達でアミと言います。ノッコに赤ちゃんが生まれたので、しばらく店を預かっています。」
2人は顔を見合わせてから、自己紹介をした。
「僕はライオネル・カドガン。」
「私はマリカ・モローよ。」
「そうなんですか。それでこれからどうしたらいいんでしょうか? 私はお店を開けたいんですけど…。」
「えっと…これからマネージャーに車で迎えに来てもらうから、もう10分だけ開店を待ってくれる?」
マネージャー…やっぱり芸能人なのね。
自分たちの名前を言っても亜美が何の反応もしないので、2人は気が抜けたようだ。
すいませんね、イギリスの芸能界には詳しくないもんで…。
10分後、うちで買った草木染の布を頭から被った2人が、扉に横付けされた黒塗りの車に乗って帰って行った。
やれやれ。
追いかけていた5人のうちの2人が、後に残って亜美に質問してきたけれど、英語がわからないふりをして乗り切った。
「私、英語ワカリマセン。突然、2つ、来た。なぜデスカ??」
これは駄目だと記者の人が帰って行ったので、やっと店を開けることが出来た。
それからは普通の人たちが三々五々店に立ち寄って買い物を楽しんで帰っていった。
ノッコの赤ちゃんのことを質問してくれたおばさんたちもいて、ノッコはこの地で根を張って生活しているんだなぁと感慨深かった。
アルさんが迎えに来てくれた時には、初めての仕事の緊張でくたくたに疲れていたので、やらなければいけないことには目をつむって、潔く帰ることにした。
今日は1日、エミリーがセラと一緒にジャスティンのお守りをしてくれていたらしい。
ノッコも順調なので明日には退院できるそうだ。明日はアルさんも1日休みを取ったと言っていた。
やっとひと息つけそうだ。
夕食の時に滝宮様から初日の仕事の様子を聞かれたので、訪れてくれたお客様のことを話すと、みんな食事の手を止めて大笑いを始めた。
「アミったら~、最初に来たのってうちの姉とリチャード王子じゃないのー。」
「それにあやしい芸能人っていうのは…ハハッ、クロード・ベネットとM2じゃないか! エムの同級生なんだよ。」
エミリーとアルさんはツボにはまったようで笑いやまない。
宮様も普段以上に、ニコニコしている。
さすがにそう言われると似ていたかも。
クロード・ベネットはファンだったのに…。サインを貰っとけばよかった。
でもライオネル・カドガンって言うんだもの、わかるはずがないじゃない。
M2を知らないというと、滝宮様が鼻歌で何曲か歌ってくれた!
皇太子の生歌…貴重だ。
驚いたことに、歌ってくれたその歌のほとんどを知っていた。
歌手か…。
日本の本屋で見ていた芸能誌の表紙を思い浮かべても、当人とは似ても似つかない格好だ。
網タイツをはいて、胸元が大きく開いた、わずかばかりの布切れをつけてセクシーな踊りをする人と、店で草木染の布を選んでいた女の人が同一人物?!
世の中は訳の分からないことばっかりだね。
その日の夜は残っていた時差ボケと仕事疲れで、夢も見ないでぐっすりと眠れた。
亜美は滝宮様が散歩に誘おうと部屋の扉をノックしていたことも知らないで、独りお気楽に寝入り込んでいた。
昨日の雨が嘘のように晴れ渡っている。
今日は暑くなりそうだ。
今日からノッコの代わりにお店「杏樹」を任されることになった。
引き継ぎも何もできなかったので不安だったが、「お金や商品の管理状態をどこかに記してくれてたら後は好きに経営してくれたらいいから。」というノッコらしいのんびりとした指示で、気が楽になった。
アレックスに店まで送ってもらって、鍵の管理の仕方や商品がある部屋、帳簿の位置等を大まかに教えてもらった。
「僕はノッコのお見舞いの後で仕事に行くから。帰りにまた迎えに寄るからね。」
そう言って、アルさんは急ぎ足で店を出て行った。
お客様対応よりなにより、まずは亜美自身がこのお店と仲良くならなくちゃね。
最初にやったのが張り紙を貼ることだ。
《店主、出産の為、本日は午後から開店いたします。》
これでよしっと。
そうしておいて、商品チェックをしながら店の掃除をしていった。
本屋ではやっていなかったが、食品の管理は大事だろうと帳簿を見ながら日持ちの悪そうなものだけをチェックする。
二点ほど賞味期限が近いものがあったので、購入して今夜の晩御飯に使うことにした。
購入するときに、レジの様子を見る。
これはだいぶ旧式だ。おつりも自動では出てこない。
日本でイギリス紙幣には慣れて来たけど、小銭に触るのは五年ぶりだ。金庫を開けてすべての種類の小銭を出して確かめてみた。
商品の値段を打ち込んでみたら、レシートの紙の残りがかなり少なくなっていることがわかった。
…良かった確認できて。
引き出しを開けて中身をチェックしながら補充紙のロールを探す。
やれやれ、五段ある引き出しの一番下に見つかった。ノッコめ、お腹が大きくてしゃがむのがめんどくさいからギリギリまで補充しなかったな。
金庫の中身とレジの金額をチェックして、本日の開始金額をノートに書きこんでおいた。
これで最低限の準備はオッケーだなと思ったところで、店の戸をノックする音が聞こえた。
昼からなんだけどなぁと思いながら戸を開けると、眼鏡をかけた若い男女のカップルが立っていた。
「ハーイ、ミズ・アミ? ノッコに頼まれて差し入れを持って来たのよ。出来たら買い物もして帰りたいんだけどいい?」
どうやらノッコの知り合いらしい。
でもどこかで見たことがあるような…?
「はい、ランチ。」と言って渡されたのは、サンドイッチやサラダ、飲み物も入っている大きな紙袋だった。
「ありがとうございます。どうぞゆっくり見て回ってください。」
2人を中に入れて扉を閉めようとした時に、いかついお兄さんが2人こちらを注視しているのが見えた。
なんだ?
こんな店に用があるような人達には見えないけれど…。
女性が「あったわ。良かったわねリッチ。これで今日は魚料理が出来るじゃない。」と本みりんをカゴに入れている。
「醤油と三温糖も欲しいんだ。少なくなっているからね。キャスそれを探しといて、私は刺し子の糸と布を選びたいから…。」どうも常連さんらしい。
それでも料理も裁縫も男の人がするのかしら?
プロの人なのかもしれないわね。
たくさんの買い物をしてくれて、2人はニコニコ顔で帰って行った。
どうやらノッコは良い顧客に恵まれているようだ。
亜美も他のお客さんがいないうちに、商品の袋詰めやレジでのお金の受け渡しなどを一通り経験させてもらえたので助かった。
これでだいたい手順がわかったぞ。
在庫補充に奥の部屋へ行って、先程売れた商品を探す。
醤油が少なくなってるわね。
船便の日数を考えたら発注しておいた方がいいもしれない。
ポケットのメモ帳にそのことを記入して、ついでに在庫管理もしておく。
他にも売れそうなもので、この一か月以内に無くなりそうなものを書いていった。
ここ何日かの売れ筋を見て発注するかどうかを判断しよう。
これは本屋の仕事とはまた違った難しさがあるな。
本屋はどちらかと言うと受動的だ。出版社の営業さんや問屋のアドバイスを聞きながら顧客の動向を考えて発注をかけていく。
次々に出版される商品を前にして、選んで数量を削っていくマイナスの作業の方が多い。
こういう店だと常連顧客の嗜好をどれだけ把握できているかによる。
その方向性によってはこちらが新しい商品を提案していくこともできる。
どちらかというとプラス型の発注姿勢が求められる。
帳簿を持って帰って、今日は分析だな。
亜美は「リッチ・キャス、二十代、料理・手芸(男)、魚の煮物、刺し子」と思いつくことを書いておいた。
昼食が済んで、店を開けようと扉に貼った張り紙を剥がしていると、二人の男女が駆け込んできた。
「ちょっと匿って!」
「お願い暫くでいいから戸をロックしておいてくれない?!」
2人の来た方を見ると、5人ぐらいの男性がカメラを手に走って来る。
芸能人?
言われるがままに張り紙もそのままにして扉の鍵をかける。
ついでにカーテンも閉めた。
「ふぅーー、助かった。ノッコありがとう!」
「あら、ノッコじゃないわ。あなた誰?」
こっちが聞きたい。
「あなた方こそどちら様でしょうか? 私はノッコの友達でアミと言います。ノッコに赤ちゃんが生まれたので、しばらく店を預かっています。」
2人は顔を見合わせてから、自己紹介をした。
「僕はライオネル・カドガン。」
「私はマリカ・モローよ。」
「そうなんですか。それでこれからどうしたらいいんでしょうか? 私はお店を開けたいんですけど…。」
「えっと…これからマネージャーに車で迎えに来てもらうから、もう10分だけ開店を待ってくれる?」
マネージャー…やっぱり芸能人なのね。
自分たちの名前を言っても亜美が何の反応もしないので、2人は気が抜けたようだ。
すいませんね、イギリスの芸能界には詳しくないもんで…。
10分後、うちで買った草木染の布を頭から被った2人が、扉に横付けされた黒塗りの車に乗って帰って行った。
やれやれ。
追いかけていた5人のうちの2人が、後に残って亜美に質問してきたけれど、英語がわからないふりをして乗り切った。
「私、英語ワカリマセン。突然、2つ、来た。なぜデスカ??」
これは駄目だと記者の人が帰って行ったので、やっと店を開けることが出来た。
それからは普通の人たちが三々五々店に立ち寄って買い物を楽しんで帰っていった。
ノッコの赤ちゃんのことを質問してくれたおばさんたちもいて、ノッコはこの地で根を張って生活しているんだなぁと感慨深かった。
アルさんが迎えに来てくれた時には、初めての仕事の緊張でくたくたに疲れていたので、やらなければいけないことには目をつむって、潔く帰ることにした。
今日は1日、エミリーがセラと一緒にジャスティンのお守りをしてくれていたらしい。
ノッコも順調なので明日には退院できるそうだ。明日はアルさんも1日休みを取ったと言っていた。
やっとひと息つけそうだ。
夕食の時に滝宮様から初日の仕事の様子を聞かれたので、訪れてくれたお客様のことを話すと、みんな食事の手を止めて大笑いを始めた。
「アミったら~、最初に来たのってうちの姉とリチャード王子じゃないのー。」
「それにあやしい芸能人っていうのは…ハハッ、クロード・ベネットとM2じゃないか! エムの同級生なんだよ。」
エミリーとアルさんはツボにはまったようで笑いやまない。
宮様も普段以上に、ニコニコしている。
さすがにそう言われると似ていたかも。
クロード・ベネットはファンだったのに…。サインを貰っとけばよかった。
でもライオネル・カドガンって言うんだもの、わかるはずがないじゃない。
M2を知らないというと、滝宮様が鼻歌で何曲か歌ってくれた!
皇太子の生歌…貴重だ。
驚いたことに、歌ってくれたその歌のほとんどを知っていた。
歌手か…。
日本の本屋で見ていた芸能誌の表紙を思い浮かべても、当人とは似ても似つかない格好だ。
網タイツをはいて、胸元が大きく開いた、わずかばかりの布切れをつけてセクシーな踊りをする人と、店で草木染の布を選んでいた女の人が同一人物?!
世の中は訳の分からないことばっかりだね。
その日の夜は残っていた時差ボケと仕事疲れで、夢も見ないでぐっすりと眠れた。
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