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第五章 聖なる夜をいとし子と
セーラ・クルー
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デビッドは興奮が収まると、少し顔を赤くしながらセーラに問いかけた。
「ところでさっきの看護士が言ってたことだけど、手伝おうか?」
セーラには何のことだかわからない。
「手伝うって、何を?」
「いや、その~…胸をマッサージするとかさ、言ってなかった? あれってダンナの役目だよね。」
あきれた。
「さっき出会ったばかりなのに何を言ってるのよ。それにまだダンナ様じゃないでしょ! 間に合ってますっ。あなたはそろそろお家に帰ったら?クリスマスでしょ。ご家族の方が待ってるんじゃないの?」
「家族なら、君と僕がこれからそうなるんじゃないか。君の方こそ何を言ってるんだよ!」
その言葉にセーラは衝撃を受けた。
「家族…。」
セーラは生まれてこの方、家族というものを知らなかったのだ。
「そう。結婚ってそういうことだろ。…亡くなられたご主人には悪いけど、今度は僕と新しい家族を作って欲しいな。ジュニアのためにも君と僕が早く仲良くなるのが一番だと思うんだ。」
「…ジュニア?」
「ああ、同じ家にデビッドが二人いちゃ、ややこしいからね。ジュニアかDJ、いや小さい頃ならデビーでもいいな。何て呼ぶことにする?」
デビッドの矢継ぎ早の言葉にセーラの頭は混乱していた。
さっきのプロポーズのことはあまり真剣に考えていなかった。どうせ家族の反対にでもあって、すぐにデビッドとは別れることになると思っていたのだ。
それで今後の事などよく考えもせず、返事をしてしまった。
けれどデビッドの方はこれからの事も考えているようだ。とてもじゃないけど話についていけない。
「ちょ、ちょっと待って。展開が早すぎて思考がついていかないわ。私が大仕事をやり終えたばかりだということも忘れないでちょうだい。まだ疲れで頭がぼんやりしてるの。…それに私はあなたがどこの誰だか、何歳でどんな仕事をして、どこに住んでるかも知らないのよ。」
セーラが文句を言うと、今度はデビッドの方がびっくりした。
「僕のことを知らないの? それで、結婚にイエスって言うなんてっ!」
「…その言葉、そっくりあなたにお返しするわ。」
セーラに冷静に指摘されて、デビッドもウッと言葉に詰まった。
「ほらねお互いさまでしょ。」
「…ごめん。何だか順番がおかしいけど、自己紹介するよ。名前はデビッド・サマー、25歳だ。仕事はロンドンでコンピュータゲームの製作会社を経営している。住まいも職場のビルの最上階に住んでる。ストランドには実家があるからクリスマス休暇で帰ってきてたんだ。」
経営? CEO(社長)ってこと?
…ということは、頭がおかしいんじゃないのね。
ハンサムで経済力もあって、この人ったらなんで私なんかに関わってるのかしら。変な性癖でもあってモテないとか?
「それで君は? セーラ・クルーって偽名じゃなくて本名なの?」
セーラは溜息をついた。
自己紹介をすればすべて終わるんじゃない。おかしいわ、そんなことも思いつかないなんて。ふふ、私も何やかやと自分に言い訳していたけれど、クリスマスの夢をみていたかったのかしらね。
「…セーラ・クルーは本名よ。孤児院のシスターが『小さな公女の物語』の作者のファンでね。主人公の名前をつけられたの。こんな雪の降る日に教会の裏口に捨てられてたんですって。私もこのままいけば、デビッドに同じ仕打ちをしたかもしれないわね。歳はたぶん20歳。でもそんなことで、本当の誕生日はわからないの。仕事はカフェの店員をしていたわ。でも妊娠してからは見栄えが悪いって言われて、厨房の皿洗いに回されたけど。ここにはお客さんのツテで仕事を紹介してもらいに来たの。…ほら、子連れだとどこも雇ってくれないし。」
「ご主人は? 保険とか、何かなかったの?」
「あの時は主人という言葉を使ったけど、私たちは結婚してなかったの。デビッドの父親は同じ孤児院で育ったセドリックって男で、軍隊に入ってたわ。海外への派遣が決まって生きて帰れないかもしれないから、女を経験させてくれって頼まれたの。お互い初めてだったから、避妊をしていないのに気づかなかったのよね。…彼が死んだって聞いた時、この世に何か残して逝きたかったのかしらって思ったわ。そんなにいい世の中じゃないのにね。本当にセディったら最後まで何を考えていたんだか…。」
セーラが物思いにふけっていると、デビッドがそんなセーラを見てポツリと言った。
「好きだったんだね、彼のこと。」
「なっ…そんなんじゃないわ。」
ムキになって言い返したけれど、デビッドはセーラを見て悲しそうに笑った。
「君は、好きじゃない奴に頼まれてそんなことをするタイプには見えないな。」
「会ったばかりのあなたに何がわかるって言うのよ!」
「んー、何でだろう? わからないけどわかるんだ。こういう感覚って初めてだよ。」
…………………………。
「ふふ、本当にあなたっておかしな人ね。さ、わかったでしょ。良い子はサッサとお家に帰りなさい。クリスマスの夢を見てたと思って今日のことは忘れることね。ここまで連れてきてくれてありがとう。親切なあなたに良いクリスマスが訪れますように。」
セーラがそう言うと、デビッドはニヤリと笑った。
「年下のくせに偉そうだな。良いクリスマスは来たよ。一世一代のプロポーズを承諾してもらったし。僕は家に帰るより君と将来のことを語り合うほうがいいな。」
「もう、デビッド・サマー…あなた私が言ったことを聞いてなかったの?」
「君にそうやって名前を呼ばれると母さまに叱られてるみたいだな。女って生まれつきそういう言い方を標準装備してるのか?」
「何ですって?!」
2人でそんな言い合いをしていると、コンコンとノックが聞こえて、看護士さんがベビーベッドを押して入って来た。
「ほらほらパパとママは何やら言い合いをしてるみたいよ、デビーベビー。子は鎹って言うからあなたが仲裁してあげなきゃね。」
看護士さんの言葉に応えたのか、デビッドジュニアが「ほゃあーほゃあー。」と泣き出した。一気に病室の空気が変わる。
「まずはオムツを変えてくださいね。あ、初めてのお子さんだったらレクチャーしましょうか?」
「大丈夫です。僕が慣れてますから。そのベビーベッドの下にあるセットを使えばいいんですね。」
「ええ、緊急で来られたみたいだから今日の分は試供品で用意していますが、服やオムツなども早めに用意してくださると助かります。」
「わかりました。すぐに用意します。」
「お乳をあげる前にあそこの計りにのせて体重を量って、飲んだ後にもう一度量って、この用紙に記入しておいてください。最初はお乳の出が悪いですから、こちらでミルクを用意しますからね。明日からはご自分で給湯室で用意して頂くことになります。新生児のミルク量はここに書いてますから確認をお願いします。」
「はい。色々とありがとうございます。」
看護士さんがニッコリ笑って去って行くのを、セーラは呆然と見ていた。
「勝手に請け負っちゃって。本当に大丈夫なの? 私はオムツの変え方を教えてもらいたかったんだけど!」
「大丈夫だよ。姪と甥が全部で17人いるからね。慣れてるんだ。」
「17人?! いったいあなたには何人兄弟かいるの?」
「5人兄弟だけど、長女のブリーのとこなんか七人を続けて毎年出産してたからね。何度手伝いに駆り出されたことか…。」
セーラには考えられない話だった。
とにかくこのデビッドという人は規格外過ぎる。
セーラが過去のことを話したのにひるむでもなく、家に帰る様子もない。
…この人、本気で私と結婚する気なのかしら?
デビッドが手際よく赤ちゃんのオムツを変える様子を見ながら、セーラはぼんやりと考え込んでいた。
「ところでさっきの看護士が言ってたことだけど、手伝おうか?」
セーラには何のことだかわからない。
「手伝うって、何を?」
「いや、その~…胸をマッサージするとかさ、言ってなかった? あれってダンナの役目だよね。」
あきれた。
「さっき出会ったばかりなのに何を言ってるのよ。それにまだダンナ様じゃないでしょ! 間に合ってますっ。あなたはそろそろお家に帰ったら?クリスマスでしょ。ご家族の方が待ってるんじゃないの?」
「家族なら、君と僕がこれからそうなるんじゃないか。君の方こそ何を言ってるんだよ!」
その言葉にセーラは衝撃を受けた。
「家族…。」
セーラは生まれてこの方、家族というものを知らなかったのだ。
「そう。結婚ってそういうことだろ。…亡くなられたご主人には悪いけど、今度は僕と新しい家族を作って欲しいな。ジュニアのためにも君と僕が早く仲良くなるのが一番だと思うんだ。」
「…ジュニア?」
「ああ、同じ家にデビッドが二人いちゃ、ややこしいからね。ジュニアかDJ、いや小さい頃ならデビーでもいいな。何て呼ぶことにする?」
デビッドの矢継ぎ早の言葉にセーラの頭は混乱していた。
さっきのプロポーズのことはあまり真剣に考えていなかった。どうせ家族の反対にでもあって、すぐにデビッドとは別れることになると思っていたのだ。
それで今後の事などよく考えもせず、返事をしてしまった。
けれどデビッドの方はこれからの事も考えているようだ。とてもじゃないけど話についていけない。
「ちょ、ちょっと待って。展開が早すぎて思考がついていかないわ。私が大仕事をやり終えたばかりだということも忘れないでちょうだい。まだ疲れで頭がぼんやりしてるの。…それに私はあなたがどこの誰だか、何歳でどんな仕事をして、どこに住んでるかも知らないのよ。」
セーラが文句を言うと、今度はデビッドの方がびっくりした。
「僕のことを知らないの? それで、結婚にイエスって言うなんてっ!」
「…その言葉、そっくりあなたにお返しするわ。」
セーラに冷静に指摘されて、デビッドもウッと言葉に詰まった。
「ほらねお互いさまでしょ。」
「…ごめん。何だか順番がおかしいけど、自己紹介するよ。名前はデビッド・サマー、25歳だ。仕事はロンドンでコンピュータゲームの製作会社を経営している。住まいも職場のビルの最上階に住んでる。ストランドには実家があるからクリスマス休暇で帰ってきてたんだ。」
経営? CEO(社長)ってこと?
…ということは、頭がおかしいんじゃないのね。
ハンサムで経済力もあって、この人ったらなんで私なんかに関わってるのかしら。変な性癖でもあってモテないとか?
「それで君は? セーラ・クルーって偽名じゃなくて本名なの?」
セーラは溜息をついた。
自己紹介をすればすべて終わるんじゃない。おかしいわ、そんなことも思いつかないなんて。ふふ、私も何やかやと自分に言い訳していたけれど、クリスマスの夢をみていたかったのかしらね。
「…セーラ・クルーは本名よ。孤児院のシスターが『小さな公女の物語』の作者のファンでね。主人公の名前をつけられたの。こんな雪の降る日に教会の裏口に捨てられてたんですって。私もこのままいけば、デビッドに同じ仕打ちをしたかもしれないわね。歳はたぶん20歳。でもそんなことで、本当の誕生日はわからないの。仕事はカフェの店員をしていたわ。でも妊娠してからは見栄えが悪いって言われて、厨房の皿洗いに回されたけど。ここにはお客さんのツテで仕事を紹介してもらいに来たの。…ほら、子連れだとどこも雇ってくれないし。」
「ご主人は? 保険とか、何かなかったの?」
「あの時は主人という言葉を使ったけど、私たちは結婚してなかったの。デビッドの父親は同じ孤児院で育ったセドリックって男で、軍隊に入ってたわ。海外への派遣が決まって生きて帰れないかもしれないから、女を経験させてくれって頼まれたの。お互い初めてだったから、避妊をしていないのに気づかなかったのよね。…彼が死んだって聞いた時、この世に何か残して逝きたかったのかしらって思ったわ。そんなにいい世の中じゃないのにね。本当にセディったら最後まで何を考えていたんだか…。」
セーラが物思いにふけっていると、デビッドがそんなセーラを見てポツリと言った。
「好きだったんだね、彼のこと。」
「なっ…そんなんじゃないわ。」
ムキになって言い返したけれど、デビッドはセーラを見て悲しそうに笑った。
「君は、好きじゃない奴に頼まれてそんなことをするタイプには見えないな。」
「会ったばかりのあなたに何がわかるって言うのよ!」
「んー、何でだろう? わからないけどわかるんだ。こういう感覚って初めてだよ。」
…………………………。
「ふふ、本当にあなたっておかしな人ね。さ、わかったでしょ。良い子はサッサとお家に帰りなさい。クリスマスの夢を見てたと思って今日のことは忘れることね。ここまで連れてきてくれてありがとう。親切なあなたに良いクリスマスが訪れますように。」
セーラがそう言うと、デビッドはニヤリと笑った。
「年下のくせに偉そうだな。良いクリスマスは来たよ。一世一代のプロポーズを承諾してもらったし。僕は家に帰るより君と将来のことを語り合うほうがいいな。」
「もう、デビッド・サマー…あなた私が言ったことを聞いてなかったの?」
「君にそうやって名前を呼ばれると母さまに叱られてるみたいだな。女って生まれつきそういう言い方を標準装備してるのか?」
「何ですって?!」
2人でそんな言い合いをしていると、コンコンとノックが聞こえて、看護士さんがベビーベッドを押して入って来た。
「ほらほらパパとママは何やら言い合いをしてるみたいよ、デビーベビー。子は鎹って言うからあなたが仲裁してあげなきゃね。」
看護士さんの言葉に応えたのか、デビッドジュニアが「ほゃあーほゃあー。」と泣き出した。一気に病室の空気が変わる。
「まずはオムツを変えてくださいね。あ、初めてのお子さんだったらレクチャーしましょうか?」
「大丈夫です。僕が慣れてますから。そのベビーベッドの下にあるセットを使えばいいんですね。」
「ええ、緊急で来られたみたいだから今日の分は試供品で用意していますが、服やオムツなども早めに用意してくださると助かります。」
「わかりました。すぐに用意します。」
「お乳をあげる前にあそこの計りにのせて体重を量って、飲んだ後にもう一度量って、この用紙に記入しておいてください。最初はお乳の出が悪いですから、こちらでミルクを用意しますからね。明日からはご自分で給湯室で用意して頂くことになります。新生児のミルク量はここに書いてますから確認をお願いします。」
「はい。色々とありがとうございます。」
看護士さんがニッコリ笑って去って行くのを、セーラは呆然と見ていた。
「勝手に請け負っちゃって。本当に大丈夫なの? 私はオムツの変え方を教えてもらいたかったんだけど!」
「大丈夫だよ。姪と甥が全部で17人いるからね。慣れてるんだ。」
「17人?! いったいあなたには何人兄弟かいるの?」
「5人兄弟だけど、長女のブリーのとこなんか七人を続けて毎年出産してたからね。何度手伝いに駆り出されたことか…。」
セーラには考えられない話だった。
とにかくこのデビッドという人は規格外過ぎる。
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