サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

文字の大きさ
85 / 100
第五章 聖なる夜をいとし子と

セーラ・クルー

しおりを挟む
 デビッドは興奮が収まると、少し顔を赤くしながらセーラに問いかけた。

「ところでさっきの看護士が言ってたことだけど、手伝おうか?」

セーラには何のことだかわからない。

「手伝うって、何を?」

「いや、その~…胸をマッサージするとかさ、言ってなかった? あれってダンナの役目だよね。」

あきれた。

「さっき出会ったばかりなのに何を言ってるのよ。それにまだダンナ様じゃないでしょ! 間に合ってますっ。あなたはそろそろお家に帰ったら?クリスマスでしょ。ご家族の方が待ってるんじゃないの?」

「家族なら、君と僕がこれからそうなるんじゃないか。君の方こそ何を言ってるんだよ!」

その言葉にセーラは衝撃を受けた。

「家族…。」

セーラは生まれてこの方、家族というものを知らなかったのだ。

「そう。結婚ってそういうことだろ。…亡くなられたご主人には悪いけど、今度は僕と新しい家族を作って欲しいな。ジュニアのためにも君と僕が早く仲良くなるのが一番だと思うんだ。」

「…ジュニア?」

「ああ、同じ家にデビッドが二人いちゃ、ややこしいからね。ジュニアかDJ、いや小さい頃ならデビーでもいいな。何て呼ぶことにする?」


デビッドの矢継ぎ早の言葉にセーラの頭は混乱していた。
さっきのプロポーズのことはあまり真剣に考えていなかった。どうせ家族の反対にでもあって、すぐにデビッドとは別れることになると思っていたのだ。
それで今後の事などよく考えもせず、返事をしてしまった。

けれどデビッドの方はこれからの事も考えているようだ。とてもじゃないけど話についていけない。


「ちょ、ちょっと待って。展開が早すぎて思考がついていかないわ。私が大仕事をやり終えたばかりだということも忘れないでちょうだい。まだ疲れで頭がぼんやりしてるの。…それに私はあなたがどこの誰だか、何歳でどんな仕事をして、どこに住んでるかも知らないのよ。」

セーラが文句を言うと、今度はデビッドの方がびっくりした。

「僕のことを知らないの? それで、結婚にイエスって言うなんてっ!」

「…その言葉、そっくりあなたにお返しするわ。」

セーラに冷静に指摘されて、デビッドもウッと言葉に詰まった。

「ほらねお互いさまでしょ。」

「…ごめん。何だか順番がおかしいけど、自己紹介するよ。名前はデビッド・サマー、25歳だ。仕事はロンドンでコンピュータゲームの製作会社を経営している。住まいも職場のビルの最上階に住んでる。ストランドには実家があるからクリスマス休暇で帰ってきてたんだ。」

経営? CEO(社長)ってこと?
…ということは、頭がおかしいんじゃないのね。

ハンサムで経済力もあって、この人ったらなんで私なんかに関わってるのかしら。変な性癖でもあってモテないとか?


「それで君は? セーラ・クルーって偽名じゃなくて本名なの?」

セーラは溜息をついた。
自己紹介をすればすべて終わるんじゃない。おかしいわ、そんなことも思いつかないなんて。ふふ、私も何やかやと自分に言い訳していたけれど、クリスマスの夢をみていたかったのかしらね。


「…セーラ・クルーは本名よ。孤児院のシスターが『小さな公女の物語』の作者のファンでね。主人公の名前をつけられたの。こんな雪の降る日に教会の裏口に捨てられてたんですって。私もこのままいけば、デビッドに同じ仕打ちをしたかもしれないわね。歳はたぶん20歳。でもそんなことで、本当の誕生日はわからないの。仕事はカフェの店員をしていたわ。でも妊娠してからは見栄えが悪いって言われて、厨房の皿洗いに回されたけど。ここにはお客さんのツテで仕事を紹介してもらいに来たの。…ほら、子連れだとどこも雇ってくれないし。」

「ご主人は? 保険とか、何かなかったの?」

「あの時は主人という言葉を使ったけど、私たちは結婚してなかったの。デビッドの父親は同じ孤児院で育ったセドリックって男で、軍隊に入ってたわ。海外への派遣が決まって生きて帰れないかもしれないから、女を経験させてくれって頼まれたの。お互い初めてだったから、避妊をしていないのに気づかなかったのよね。…彼が死んだって聞いた時、この世に何か残して逝きたかったのかしらって思ったわ。そんなにいい世の中じゃないのにね。本当にセディったら最後まで何を考えていたんだか…。」


セーラが物思いにふけっていると、デビッドがそんなセーラを見てポツリと言った。

「好きだったんだね、彼のこと。」

「なっ…そんなんじゃないわ。」

ムキになって言い返したけれど、デビッドはセーラを見て悲しそうに笑った。

「君は、好きじゃない奴に頼まれてそんなことをするタイプには見えないな。」

「会ったばかりのあなたに何がわかるって言うのよ!」

「んー、何でだろう? わからないけどわかるんだ。こういう感覚って初めてだよ。」

…………………………。

「ふふ、本当にあなたっておかしな人ね。さ、わかったでしょ。良い子はサッサとお家に帰りなさい。クリスマスの夢を見てたと思って今日のことは忘れることね。ここまで連れてきてくれてありがとう。親切なあなたに良いクリスマスが訪れますように。」

セーラがそう言うと、デビッドはニヤリと笑った。

「年下のくせに偉そうだな。良いクリスマスは来たよ。一世一代のプロポーズを承諾してもらったし。僕は家に帰るより君と将来のことを語り合うほうがいいな。」

「もう、デビッド・サマー…あなた私が言ったことを聞いてなかったの?」

「君にそうやって名前を呼ばれると母さまに叱られてるみたいだな。女って生まれつきそういう言い方を標準装備してるのか?」

「何ですって?!」


2人でそんな言い合いをしていると、コンコンとノックが聞こえて、看護士さんがベビーベッドを押して入って来た。

「ほらほらパパとママは何やら言い合いをしてるみたいよ、デビーベビー。子はかすがいって言うからあなたが仲裁してあげなきゃね。」

看護士さんの言葉に応えたのか、デビッドジュニアが「ほゃあーほゃあー。」と泣き出した。一気に病室の空気が変わる。


「まずはオムツを変えてくださいね。あ、初めてのお子さんだったらレクチャーしましょうか?」

「大丈夫です。僕が慣れてますから。そのベビーベッドの下にあるセットを使えばいいんですね。」

「ええ、緊急で来られたみたいだから今日の分は試供品で用意していますが、服やオムツなども早めに用意してくださると助かります。」

「わかりました。すぐに用意します。」

「お乳をあげる前にあそこの計りにのせて体重をはかって、飲んだ後にもう一度量って、この用紙に記入しておいてください。最初はお乳の出が悪いですから、こちらでミルクを用意しますからね。明日からはご自分で給湯室で用意して頂くことになります。新生児のミルク量はここに書いてますから確認をお願いします。」

「はい。色々とありがとうございます。」


看護士さんがニッコリ笑って去って行くのを、セーラは呆然と見ていた。

「勝手に請け負っちゃって。本当に大丈夫なの? 私はオムツの変え方を教えてもらいたかったんだけど!」

「大丈夫だよ。姪と甥が全部で17人いるからね。慣れてるんだ。」

「17人?! いったいあなたには何人兄弟かいるの?」

「5人兄弟だけど、長女のブリーのとこなんか七人を続けて毎年出産してたからね。何度手伝いに駆り出されたことか…。」

セーラには考えられない話だった。
とにかくこのデビッドという人は規格外過ぎる。

セーラが過去のことを話したのにひるむでもなく、家に帰る様子もない。


…この人、本気で私と結婚する気なのかしら?

デビッドが手際よく赤ちゃんのオムツを変える様子を見ながら、セーラはぼんやりと考え込んでいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

王宮地味女官、只者じゃねぇ

宵森みなと
恋愛
地味で目立たず、ただ真面目に働く王宮の女官・エミリア。 しかし彼女の正体は――剣術・魔法・語学すべてに長けた首席卒業の才女にして、実はとんでもない美貌と魔性を秘めた、“自覚なしギャップ系”最強女官だった!? 王女付き女官に任命されたその日から、運命が少しずつ動き出す。 訛りだらけのマーレン語で王女に爆笑を起こし、夜会では仮面を外した瞬間、貴族たちを騒然とさせ―― さらには北方マーレン国から訪れた黒髪の第二王子をも、一瞬で虜にしてしまう。 「おら、案内させてもらいますけんの」 その一言が、国を揺らすとは、誰が想像しただろうか。 王女リリアは言う。「エミリアがいなければ、私は生きていけぬ」 副長カイルは焦る。「このまま、他国に連れて行かれてたまるか」 ジークは葛藤する。「自分だけを見てほしいのに、届かない」 そしてレオンハルト王子は心を決める。「妻に望むなら、彼女以外はいない」 けれど――当の本人は今日も地味眼鏡で事務作業中。 王族たちの心を翻弄するのは、無自覚最強の“訛り女官”。 訛って笑いを取り、仮面で魅了し、剣で守る―― これは、彼女の“本当の顔”が王宮を変えていく、壮麗な恋と成長の物語。 ★この物語は、「枯れ専モブ令嬢」の5年前のお話です。クラリスが活躍する前で、少し若いイザークとライナルトがちょっと出ます。

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

婚約破棄された悪役令嬢の心の声が面白かったので求婚してみた

夕景あき
恋愛
人の心の声が聞こえるカイルは、孤独の闇に閉じこもっていた。唯一の救いは、心の声まで真摯で温かい異母兄、第一王子の存在だけだった。 そんなカイルが、外交(婚約者探し)という名目で三国交流会へ向かうと、目の前で隣国の第二王子による公開婚約破棄が発生する。 婚約破棄された令嬢グレースは、表情一つ変えない高潔な令嬢。しかし、カイルがその心の声を聞き取ると、思いも寄らない内容が聞こえてきたのだった。

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

処理中です...