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第五章 聖なる夜をいとし子と
愛しい子
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セーラはデビッドを部屋の外へ追い出して、赤ちゃんの口に乳首を含ませた。
生まれたての赤ちゃんというのは抱きにくいし、ちっとも乳首に吸い付かない。
あちらは乳首をただ舐めている感じで、こちらはくにゃくにゃした身体を支えなければならない。慣れない抱っこに肩が凝ってきた。
こんなことでお互いが、本当にやっていけるのだろうか?
30分も四苦八苦していると、赤ちゃんは焦れて泣き出すし、こっちもくたびれて泣きたくなってくる。
そんな時に軽いノックの音がして誰かが入って来た。
看護士さんかと思ったらどうも違うようだ。上質な生地の洋服を着た年配のご婦人だ。手には大きな荷物を持っている。
「失礼します。メリークリスマス。なかなか…苦労しているようね。」
「こんばんは。初めてなので…お互いが初心者なんです。」
セーラは肩をすくめて、にじみかけていた涙をぬぐった。
ご婦人は部屋の中まで入って来て、自己紹介をした。
「誰かと思ってるでしょうね。デビッドの母親のマーガレットよ。このジュニアちゃんの服やオムツを持って来たの。あなたの入院道具もね。」
「あの、ミセスサマー、違うんです! デビッドはおかしなことを言ってますが、私は…。気持ちが弱くなっててつい、イエスの返事をしたんです。すぐに、すぐに消えますから。」
セーラの叫びに呼応するかのように、赤ちゃんは大声で泣きだした。
そんな二人の様子をマーガレットは推し量るように見ていた。そして、顔元を和らげるとベッドの近くまでやって来た。
「まあまあ、そんなことは後でもいいのよ。大事なのはこの子のことでしょ。こんなに泣いて、お乳が足りてないようね。体重を量りましょう。私がミルクをこしらえて来るわ。」
マーガレットは、セーラの手から赤ちゃんを取り上げると手馴れた様子で体重を量り、記録用紙を見て「まぁ、全然飲めてないわ。」と言ったかと思うと、首を振りながら赤ちゃんを抱っこしたまま、外に出て行ってしまった。
その間セーラは何が起こっているのかわからず、呆然としてマーガレットの行動を眺めていた。
マーガレットと入れ替わりにデビッドが部屋に入って来たので、セーラは慌ててはだけていた手術着の胸の前を合わせた。
「そのままのほうがいい眺めなのに。」
「バカねっ。そういう訳にはいきません。」
「なんだよ。結婚したら眺め放題なんだから一緒だろ。」
「…その事だけど、ご家族に反対されたでしょ。無理なのよ。会ったばかりだし、身分も違いすぎるみたいだし。」
「プハッ、さっきからいやに弱気だな。変更は認めない。僕はあの子の父親になると決めた。そして君の夫になると決めたんだ。僕は頑固だからね。君もいいかげん覚悟した方がいいよ。」
デビッドは軽口をたたいているように見えるが、目の中には誰にも動じない強い光があった。
この男ときたら…本人が言っているように本当に頑固だわ。
朝から雪の中を歩き回った挙句の心労、急な出産、そしてさっきまでの慣れない授乳と続いて、さすがのセーラもそんなデビッドに言い返す気力もなかった。
もう布団を被ってふて寝するしかない。
デビッドが何やらバッグから取り出してゴソゴソしている音は聞こえていたが、セーラはもう放っておくことにした。「セーラ、着替えだよ。」という声を遠くに聞いたような気がした時には、もうセーラは眠りに落ちていた。
そんなセーラの様子に気付いたデビッドは、ベッドの側に来て愛おしそうにセーラの寝顔を眺める。
あの雪の中を陣痛の痛みを抱えて、教会に向かって必死に歩いていたセーラ。身の上話からも苦労の日々だったことがわかる。好きだった男にお腹の子だけ残して死なれて、どんなに心細かったことだろう。それでも笑いを忘れない。
強いね、君は。
あどけない寝顔は、小さな女の子のようだ。思わず顔がほころんでしまう。
「よほど疲れてたんだな。おやすみ、僕の可愛い戦士。」
デビッドはセーラの髪をかき上げると、おでこにそっとキスをした。
**********
翌朝、セーラが目を覚ますと胸が痛いほど腫れあがっていた。両方の胸がゴリンゴリンに張っている。
「うーん、痛い。何これ?」
するとグスグスと鼻を鳴らしていた赤ちゃんが「ほゃぁほんゃあ、ほんぎゃぁほんぎゃあ!」と本格的に泣き出した。
「ん~、またお乳か。…バディ、お前も好きだなぁ。」
デビッドが半分寝ぼけながら、とろんとした声で赤ちゃんに答えている。
どうも夜中に起きてミルクを飲ませてくれていたようだ。セーラはちっとも気付かなかった。
余程ぐっすりと眠っていたらしい。
セーラは本能に従って赤ちゃんを抱き上げると、胸にぎゅっとデイビーを抱きしめた。
何かを探すように口を空けながら顔を揺らすデイビーの前に乳首を突き出すと、昨夜とは打って変わって飛びつくようにして乳首を口に含んだ息子は、ウンクッウンクッと力強くお乳を飲み始めた。
痛かった片方のお乳が、見る間にスッと楽になって行くのがわかる。反対側も飲んで欲しいけど、この子は当分乳首を放しそうにない。
カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、デイビーの一生懸命な顔を照らしている。
「ふふ、可愛い。まつげが長いわ。このキリっとした眉毛はセディに似てるわね。耳の形は私かしら。不思議、こんなに小さな手なのに爪が綺麗に生えてるなんて。この長細い爪の形も私に似てるみたい。」
意図して出来た子ではないのに、セドリックと自分の血を引いている姿かたち。セーラは言いようもない敬虔なものをそこに感じた。
自分の見知らぬ母親と父親のことをつい考えてしまう。セーラの顔も、二人に似ているのだろうか? そんな確かめるすべもないことを思って苦笑が漏れた。
「お乳を飲ませるのが上手くなったみたいだね。」
その声に目を向けると、デビッドがソファベッドに座って、セーラとデイビーをじっと見ていた。
昨日恥ずかしかった胸を見せていることも、今朝は何とも思わない。母親になるというのはこういうことなんだろうか。
「昨夜はありがとう。夜中にデイビーにミルクをやってくれたんでしょ。」
「うん、君はぐっすり眠ってたから、起こすのは忍びなかったんだ。この子はデイビーと呼ぶことになったんだね。」
「ええ、さっき抱き上げた時に、心の中で自然にそう呼んでたの。」
「いいね。デビーより可愛いよ。看護士のスーザンはデビーベビーって韻を踏んで呼んでるけどね。」
デビッドの面白がっている声音に、セーラの眉がピクリとあがる。
「スーザンですって? いつの間にそんなに親しくなったのかしら?」
「やきもちかい? 嬉しいな。」
「そ、そんなことはないわよ。ちょっと疑問だっただけ。」
「夜中にバディにミルクを飲ましてる時に、ちょっと話しただけだよ。」
「バディ?」
「ああ、僕の相棒だからね。…初めて腕に抱いた時に何だか魂の結びつきを感じたんだ。教会の雪の中で君を抱いた時にも感じたな。病院のスタッフに君を預けた時には、訳のわからないひどい喪失感を感じたよ。…セーラ、僕たちは出会うべくして出会ったんだと思う。君といると自然だ。僕たちは一緒にいるべきなんだよ。」
デビッドの言葉がセーラの胸の中にスッと入って来た。
朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ時のように自然と顔がほころぶ。
この人ったら、本当に…。
「そうね、そうかもしれないわね。」
デビッドはそれを聞くとニヤリと笑った。
「もう反論は許さないからね。僕の家族への説得は二人で取組んで行こう。うちのおじいさまは手強いぞ~。セーラはその笑顔で僕を助けてくれよ!」
「もうっ、なんて現金な。あなたには負けたわ。ええ、あなたの言う通りにやってみましょう。上手く行かなくても、その時はその時だわ。なるようにしかならないものね。」
「セーラ哲学かい? いい考え方だね。」
デビッドはセーラのような苦労は知らないだろう。手の中に何も持っていない生活では、先のことを思い悩んでもしょうがないのだ。
「銀のスプーンをくわえて生まれて来た人には、わからないわ。」
「え? なんか言った?」
「ううん、何でもない。」
デイビーを抱き直してもう片方の胸の乳首をくわえさせながら、セーラは「上手くいかなくても、元の生活に戻るだけ。失うものは何もないわ。」と心の中で呟いたのだった。
生まれたての赤ちゃんというのは抱きにくいし、ちっとも乳首に吸い付かない。
あちらは乳首をただ舐めている感じで、こちらはくにゃくにゃした身体を支えなければならない。慣れない抱っこに肩が凝ってきた。
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30分も四苦八苦していると、赤ちゃんは焦れて泣き出すし、こっちもくたびれて泣きたくなってくる。
そんな時に軽いノックの音がして誰かが入って来た。
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「失礼します。メリークリスマス。なかなか…苦労しているようね。」
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「あの、ミセスサマー、違うんです! デビッドはおかしなことを言ってますが、私は…。気持ちが弱くなっててつい、イエスの返事をしたんです。すぐに、すぐに消えますから。」
セーラの叫びに呼応するかのように、赤ちゃんは大声で泣きだした。
そんな二人の様子をマーガレットは推し量るように見ていた。そして、顔元を和らげるとベッドの近くまでやって来た。
「まあまあ、そんなことは後でもいいのよ。大事なのはこの子のことでしょ。こんなに泣いて、お乳が足りてないようね。体重を量りましょう。私がミルクをこしらえて来るわ。」
マーガレットは、セーラの手から赤ちゃんを取り上げると手馴れた様子で体重を量り、記録用紙を見て「まぁ、全然飲めてないわ。」と言ったかと思うと、首を振りながら赤ちゃんを抱っこしたまま、外に出て行ってしまった。
その間セーラは何が起こっているのかわからず、呆然としてマーガレットの行動を眺めていた。
マーガレットと入れ替わりにデビッドが部屋に入って来たので、セーラは慌ててはだけていた手術着の胸の前を合わせた。
「そのままのほうがいい眺めなのに。」
「バカねっ。そういう訳にはいきません。」
「なんだよ。結婚したら眺め放題なんだから一緒だろ。」
「…その事だけど、ご家族に反対されたでしょ。無理なのよ。会ったばかりだし、身分も違いすぎるみたいだし。」
「プハッ、さっきからいやに弱気だな。変更は認めない。僕はあの子の父親になると決めた。そして君の夫になると決めたんだ。僕は頑固だからね。君もいいかげん覚悟した方がいいよ。」
デビッドは軽口をたたいているように見えるが、目の中には誰にも動じない強い光があった。
この男ときたら…本人が言っているように本当に頑固だわ。
朝から雪の中を歩き回った挙句の心労、急な出産、そしてさっきまでの慣れない授乳と続いて、さすがのセーラもそんなデビッドに言い返す気力もなかった。
もう布団を被ってふて寝するしかない。
デビッドが何やらバッグから取り出してゴソゴソしている音は聞こえていたが、セーラはもう放っておくことにした。「セーラ、着替えだよ。」という声を遠くに聞いたような気がした時には、もうセーラは眠りに落ちていた。
そんなセーラの様子に気付いたデビッドは、ベッドの側に来て愛おしそうにセーラの寝顔を眺める。
あの雪の中を陣痛の痛みを抱えて、教会に向かって必死に歩いていたセーラ。身の上話からも苦労の日々だったことがわかる。好きだった男にお腹の子だけ残して死なれて、どんなに心細かったことだろう。それでも笑いを忘れない。
強いね、君は。
あどけない寝顔は、小さな女の子のようだ。思わず顔がほころんでしまう。
「よほど疲れてたんだな。おやすみ、僕の可愛い戦士。」
デビッドはセーラの髪をかき上げると、おでこにそっとキスをした。
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翌朝、セーラが目を覚ますと胸が痛いほど腫れあがっていた。両方の胸がゴリンゴリンに張っている。
「うーん、痛い。何これ?」
するとグスグスと鼻を鳴らしていた赤ちゃんが「ほゃぁほんゃあ、ほんぎゃぁほんぎゃあ!」と本格的に泣き出した。
「ん~、またお乳か。…バディ、お前も好きだなぁ。」
デビッドが半分寝ぼけながら、とろんとした声で赤ちゃんに答えている。
どうも夜中に起きてミルクを飲ませてくれていたようだ。セーラはちっとも気付かなかった。
余程ぐっすりと眠っていたらしい。
セーラは本能に従って赤ちゃんを抱き上げると、胸にぎゅっとデイビーを抱きしめた。
何かを探すように口を空けながら顔を揺らすデイビーの前に乳首を突き出すと、昨夜とは打って変わって飛びつくようにして乳首を口に含んだ息子は、ウンクッウンクッと力強くお乳を飲み始めた。
痛かった片方のお乳が、見る間にスッと楽になって行くのがわかる。反対側も飲んで欲しいけど、この子は当分乳首を放しそうにない。
カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、デイビーの一生懸命な顔を照らしている。
「ふふ、可愛い。まつげが長いわ。このキリっとした眉毛はセディに似てるわね。耳の形は私かしら。不思議、こんなに小さな手なのに爪が綺麗に生えてるなんて。この長細い爪の形も私に似てるみたい。」
意図して出来た子ではないのに、セドリックと自分の血を引いている姿かたち。セーラは言いようもない敬虔なものをそこに感じた。
自分の見知らぬ母親と父親のことをつい考えてしまう。セーラの顔も、二人に似ているのだろうか? そんな確かめるすべもないことを思って苦笑が漏れた。
「お乳を飲ませるのが上手くなったみたいだね。」
その声に目を向けると、デビッドがソファベッドに座って、セーラとデイビーをじっと見ていた。
昨日恥ずかしかった胸を見せていることも、今朝は何とも思わない。母親になるというのはこういうことなんだろうか。
「昨夜はありがとう。夜中にデイビーにミルクをやってくれたんでしょ。」
「うん、君はぐっすり眠ってたから、起こすのは忍びなかったんだ。この子はデイビーと呼ぶことになったんだね。」
「ええ、さっき抱き上げた時に、心の中で自然にそう呼んでたの。」
「いいね。デビーより可愛いよ。看護士のスーザンはデビーベビーって韻を踏んで呼んでるけどね。」
デビッドの面白がっている声音に、セーラの眉がピクリとあがる。
「スーザンですって? いつの間にそんなに親しくなったのかしら?」
「やきもちかい? 嬉しいな。」
「そ、そんなことはないわよ。ちょっと疑問だっただけ。」
「夜中にバディにミルクを飲ましてる時に、ちょっと話しただけだよ。」
「バディ?」
「ああ、僕の相棒だからね。…初めて腕に抱いた時に何だか魂の結びつきを感じたんだ。教会の雪の中で君を抱いた時にも感じたな。病院のスタッフに君を預けた時には、訳のわからないひどい喪失感を感じたよ。…セーラ、僕たちは出会うべくして出会ったんだと思う。君といると自然だ。僕たちは一緒にいるべきなんだよ。」
デビッドの言葉がセーラの胸の中にスッと入って来た。
朝の空気を胸いっぱいに吸い込んだ時のように自然と顔がほころぶ。
この人ったら、本当に…。
「そうね、そうかもしれないわね。」
デビッドはそれを聞くとニヤリと笑った。
「もう反論は許さないからね。僕の家族への説得は二人で取組んで行こう。うちのおじいさまは手強いぞ~。セーラはその笑顔で僕を助けてくれよ!」
「もうっ、なんて現金な。あなたには負けたわ。ええ、あなたの言う通りにやってみましょう。上手く行かなくても、その時はその時だわ。なるようにしかならないものね。」
「セーラ哲学かい? いい考え方だね。」
デビッドはセーラのような苦労は知らないだろう。手の中に何も持っていない生活では、先のことを思い悩んでもしょうがないのだ。
「銀のスプーンをくわえて生まれて来た人には、わからないわ。」
「え? なんか言った?」
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