サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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第五章 聖なる夜をいとし子と

ゆく年くる年

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 冴えた朝の空気が部屋の中にまで侵入してきている。

顔に当たる冷たい空気に目が覚めたセーラは冷え込んだ広い部屋を見て、田舎のクレイボーン邸に来ていたことを思い出した。同じように部屋が広くても、エミリーの家ではこんなに寒かったことがない。

「おお、寒いっ!」

暖房設備が違うのかしら。それともここが北部だから気温が低いのかもしれないわね。

大急ぎで服を着て、手早く部屋の暖炉に火を灯す。
じんわりと燃え始めた薪を見ながら、昨夜のデビッドのキスを思い出した。抱きしめられた安心感と、それとは相反するドキドキとうずくような高揚を感じたあの瞬間。

火照ってきた自分の頬が暖炉の照り返しのせいなのか、デビッドへの思いのせいなのかわからない。

朗らかで真っすぐなデビッド。
子ども達に好かれ、兄弟とも信頼し合っているようだ。見た目はいかにも仕事をバリバリしている大人の男の人と言う雰囲気だが、時折見せるやんちゃで子どもっぽい仕草に親しみを感じる。

そうやってデビッドのことを一つ一つあげていくたびに、この短期間でもうすっかりとらえられてしまっている自分に気がつく。
小さい頃から憧れてきたセドリックに対する思いとは全然違う別の何かがセーラの中に生まれていた。

「…覚悟を決める時が来たのかもね、セーラ。」

思い悩んでいてもしょうがない。なるようにしかならないもの。
デビッドがセーラ哲学と評した考え方を今こそするべきなのだろう。

「失うものは何もない、か…。」

デビッドとのことが上手くいかなくても元の生活に戻るだけ。失うものは何もないと最初は思っていた。けれど、今となっては失うものがたくさんある。
エミリーたち家族。メアリやミセスコナー。

そして…デビッド。

プロポーズを断って元の生活に戻れるわけがないじゃない。もし独りで生きていくことを決めたとしても、一生手放してしまった心を求めて悔いる自分が見える。

初めて目の前に差し出された愛。

チャンスには前髪しかないのよっ。この愛を捕まえる勇気を出しなさいっ!

セーラはシンと冷えた部屋を歩き回りながら、自分の中に勇気を呼び起こす。今、言わなければまた気持ちが挫けてしまうかもしれない。

セーラは意を決して、デビッドとの部屋を繋ぐ扉を叩いた。乾いたノックの音がセーラの心臓を締めつけて縮み上がらせるようだ。

「ん~、あぁ~。…ん、寒いなっ。…誰? セーラ?」

気の抜けたデビッドの声が帰って来る。彼はまだ眠っていたようだ。

「入ってもいい?」
「いいよ~。」

セーラが部屋へ入ると、寝ぼけ顔のデビッドがベッドの上に座ってガウンを羽織ろうとしていた。

「早いね。あ…ふぁ~、まだ夜明け前じゃん。」

カーテンの外が少し明るくなりかけてはいたが、まだ陽は登っていない。
目を覚まそうと顔を擦っているデビッドの側に行って、セーラは大声で宣言した。

「デビッド、私あなたと結婚することにしたわっ!」

「そう、そりゃあ良かった。…ん? なんだってー?!」

「もしまだ気が変わってなかったら、あなたの奥さんにしてください。」

「変わってるわけがないじゃないか!!」

それからのデビッドは素早かった。ベッドを飛んで下りると、セーラを力任せに抱きしめた。
まだ寝床の温もりのあるデビッドの暖かな身体が、冷え切ったセーラの身体を包み込む。

「ファイナルアンサー?」

「イエス。もう逃げないことにしたの。」

「イャッホーーーーーッ!!!」

デビッドは勢いのままセーラを抱き上げてくるくる回す。二人の喜びが弾けてどちらからともなく笑い声が漏れてきた。

「フフフッ、わかったわかったから降ろしてっ。」

「嫌だねっ!」

そこへデイビーの泣き声が聞こえてきた。

「クソッ、空気を読まない奴だ。」

「タオルが投げ込まれたようね。デイビーの支度が済んだらまたここへ来るわ。それまでに目を覚ましといてね。」

「目は完全に覚めたよっ! 行っておいで、マイラバー。」

デビッドに優しくオデコにキスをされて、セーラは隣の部屋へ帰った。

自分の口元がだらしなく緩んでいるのがわかる。こんなに高揚した気分はいつ以来だろう。


デビッドも喜んでくれていた。好きな人が自分のことで喜ぶことがこんなに嬉しいなんて。

ふと頭に浮かんだセディのクールな顔に顔をしかめたセーラは、心の中でセディに文句を言った。
お前を好きになる奴なんかいないですって? お生憎さま。

同情もあるのかもしれないが、デビッドの言った運命の人、魂のバディという言葉を信じてみよう。あの真っすぐな性格の人の愛を素直に受け止めよう。
そして、幸福を恐れることをやめなければならない。愛することに初心者であることを自覚して、勇気をもって前に進んで行かなくちゃ。



**********



 今年最後の日にこんなどんでん返しがあるなんて…。

セーラの説得に長期戦を覚悟していたデビッドは、ウキウキする気分を押さえられなかった。明日から始まる新年が輝かしく希望に満ちたものに感じられる。

執務室から出て、表廊下の窓越しに深く雪を被った庭の木々を眺める。遠くにそびえるペナンシェラ山系の高い山々を背景に、こじんまりした地元の町並みが木々の間から見えている。

ドナシェラ大叔母さまにとんだお荷物を預けられてしまったと思っていたが、家庭持ちになろうとしている今、自分がこの上ない宝物を手にしていたということにデビッドは遅ればせながら気づき始めていた。
多くの人々の日々の営みを守っていく仕事。領地管理人のドッジスに丸投げをしていたクレイボーン伯爵としての職務をになっていこうという気概が、デビッドの胸の中に生まれようとしていた。


デビッドは昼食の前にリネン室にセーラを迎えに行った。
セーラが自分の婚約者として最初にしたいことが、まさかリネン室の片付けだとは思いもしなかった。下働きの二人の女の子に指示を出しながら、デイビーを抱っこしたままセーラが歩き廻っているのが見える。

あれほど無理をするなと言ったのに…。

「セーラ、君はまだ産後の疲れが取れてないんだからあまり動き回っちゃダメだよ。座ってるように言ったろ。」

セーラの腕からデイビーを抱きとりながらデビッドがたしなめると、セーラがにっこり笑ってデビッドを歓迎してくれた。

「さっきまで座ってたのよ。お仕事は終わったの?」

「ああ、これでしばらくは大丈夫だと思う。」

「それじゃあ私も今日はここまでにしておくわ。アマンダもドラも急な仕事を引き受けてくれてありがとう。帰りに管理人室によってバイト代を貰って帰ってね。」

「はい、奥様。」

「あの…これからもこういう仕事があるんでしょうか? …だったら私、ストランドまで働きに出なくても家にいて兄弟の世話ができるんですが。」

「アマンダのお母さんは病気がちだって言ってたわね。」

セーラが問いかけるようにデビッドの顔を見上げたので、デビッドは笑ってセーラに頷いた。

「あなたは手際もいいし、これから私たちもこちらにくることが多くなると思うから、たぶん雇ってあげられると思うわ。詳しいことはドッジスさんと相談してまた連絡します。」

「ありがとうございます! 奥様、旦那様。ドラ、行こうっ。」

アマンダは満面の笑みで、ドラの手を引っ張って広い廊下を駆けていった。


デビッドはそんな若い娘たちの様子を見ながらクスクス笑った。

「どうしたの?」

「いや、ああいう元気のいいタイプは今までこの家にいなかったと思ってさ。ドナシェラ大叔母さんは慇懃いんぎんですましたタイプの人間が好きだったからね。屋敷の廊下をバタバタ走るような女中は見たことがないんだ。」

デビッドがそう言うと、セーラの顔色が変わった。

「不味かったかしら…?」

「いいや、ここはこれからセーラの家になるんだからね。セーラの色が出た家にするといい。僕も今までの女中よりアマンダみたいな子が家にいる方が元気が出るよ。お客さんへの対応なんかは少しずつ躾ければいいんだし。」

「はぁ~、そのしつけが難しいわ。エミリーに教えて貰わなくちゃ。」

「僕もセーラもこれから勉強だよ。」

「え? デビッドも?」

「僕も次男だからね。長男のアル兄さまほど領地経営について意識して考えてこなかった。今にして思えばもっとおじい様や父様のやってることをよく見ておけばよかったと反省してる。ま、これからさ。経験を積んで覚えていかなきゃならないことだしね。『意志あるところに道は通ず』諦めずに取り組む思いさえあればなんとかなるよ。最初から完璧な人なんているわけがない。失敗しながらやっていこう!」

「さすが社長さん、ありがたいお言葉ありがとうございます。」

ふざけて頭を下げるセーラに腰をぶつけてじゃれながら、デビッドは自分の言った言葉を反芻はんすうしていた。

学生時代にタイラーと一緒に今の会社を立ち上げた時のような興奮を再び感じている。

新しい年に向かって、デビッドとセーラは前を向いて歩き出そうとしていた。
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