サマー子爵家の結婚録    ~ほのぼの異世界パラレルワールド~

秋野 木星

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第五章 聖なる夜をいとし子と

カウントダウン

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 パチパチと燃える暖炉の火が、殺風景な執務室の空気を揺らしていた。デビッドは領地管理人のドッジスの話を聞きながら、今後の展開を考えていた。

「ではこのクレイボーン邸の従業員を増員することは可能なんだな。」

「はい。以前は奥様一人でしたが今の三倍の雇人がいました。五倍に増やされてもやっていけます。できたら地元バレルの町の者を雇って頂ければみなが喜びます。」

この伯爵領の後をついでからもデビッドがずっとロンドンに住み続けていたので、ドッジスはこれまでもデビッドに再三の帰郷を勧めていた。今回、デビッドが奥さんになる予定の人と子どもを連れて来たことで、ドッジスが浮足立っているのがデビッドにもよくわかった。


「そうか、セーラと相談してみるよ。その事とは別に、ウィルキンズ夫妻のことはどう思う?」

ドッジスは、顔をしかめながらもデビッドの方を見て正直に話そうと決めたようだった。

「これを言うのは心苦しいのですが、奥様が亡くなられてから二人ともこれと言った仕事をしておりません。実際、私は彼らに給料を払うのを苦々しく思ったことも度々です。」

「そうか。今回、家の中を見てそんな感じがしてたよ。ウィルキンズもマギーも歳だし、ドナシェラ大叔母さんの圧力がなくなって気が抜けたんだろうね。長年、あのおばさんに耐え忍んでくれたんだから、恩賞を与えて町にでも住んでもらおう。何処か家が空いてるかな?」

「はい。二、三軒心当たりがあります。ただ執事と女中頭はすぐにでも必要です。募集をかけますか?」

「そうだな。手配しといてくれ。」


 この事を体調の悪いウィルキンズに伝えるのは気が引けたが、社長でもあるデビッドはこの機を逃すべきではないとも思っていた。

案の定、二人とも自分の仕事にしがみつこうと引退を固辞しようとしたが、今なら恩賞と家を与えることを話すと、手のひらを返したように引退を受け入れてくれた。

やれやれ、これで一つ懸念が消えた。
後は料理人のローラとの話合いだ。長年、年寄り向けの料理ばかり作ってきてるから、メニューが病人食みたいなんだよな。でもローラのところへはセーラと一緒に行ったほうがいいと思う。
こういうのは奥さんの管轄だし。

デビッドにしてみれば、セーラが早く気持ちを固めてくれないかなと思っているが、キャスに電話で釘を刺されたように、セーラの気持ちを優先させなければならない。

…恋愛ってめんどくさいもんだな。

自分の考えだけではなく相手の考えがあっての「二人」なのだ。独身生活が長かったデビッドは、ついつい自分だけの好みや習慣で突っ走ってしまう傾向がある。そこを散々キャスに注意された。

 
 夕食後に家族用の居間でセーラやデイビーとくつろいでいると、デビッドは今までにない満ち足りた思いにとらわれた。

「このままここで君と一緒に暮らしていきたいな。」

「そうね、私もそんな気分。…でも、そうはいかないでしょ。あなたには会社があるんだし、私には勉強がある。」

「会社か…。その事なんだけど、四日後に日本に行かざるをえなくなった。」

「年明け早々ね。社長は辞められないんじゃない?」

「いや社長は辞める方向で話を勧めてる。ただ今回は日本の企業側が「伯爵」の僕をイメージ戦略の一部として欲しがってね。提携企業向けの広告塔として必要らしい。今後も会長として会社に籍を置きたければ、自分と一緒に日本へ飛べとタイラーがうるさいんだよ。」

デビッドがぶつくさ不平を言うと、セーラはクスリと笑って抱っこしているデイビーの寝顔を見つめた。

「仕事のことは少し電話で聞いたけど、タイラーって誰?」

「言ってなかったっけ? エメット・タイラー、現副社長だよ。僕の学生時代からの悪友で、あいつに社長を押し付けるつもりなんだ。ゲーム制作はあいつの管轄だから本当は僕が行かなくても全部説明できるんだけどね。ハァ~…でも仕事が済んだら今度こそ新幹線に乗ってノッコの家まで行って、帰りはアル兄さまたちと一緒に帰ってこようかと思ってるんだ。」

新幹線に乗ることを考えたら心が弾む。昔、シンカンセンジャーという変形ロボットで遊んだことを思い出す。

「…わかったわ。気をつけて行ってきてね。私も勉強を頑張るから。」

セーラに勉強と言われると、就職のことを考えているんじゃないかと不安になる。

「セーラ、その勉強のことだけど…。」

「どっちに転んでも必要な勉強だって思ってる。ロベルトって、本当に頭がいいわね。」

「あいつは子どもの頃から大学の研究員のような勉強をしてたからな。でも真面目なだけじゃなくて、僕と一緒にゲームをしたり騎士ごっこをしたりしてたから話は合うんだけど。夏休みは小さい頃からずっと一緒だった。クラフの別荘で泳いだりボート競走をしたりして。」

「別荘…?」

「小さいログハウスだよ。サマー家のサマーハウスって面白がって言ってたんだ。」

慌てて茶化したが、セーラの苦手な貴族らしいことを言ってしまったかと冷や汗をかく。


「デビッド、そんな顔をしなくてもいいわよ。もうここまで来たら少々のことでは驚かないから。なにせ王太子ご夫妻に会っちゃったし…。」

「キャスもリッチもフランクだろ。堅苦しい貴族ばかりじゃないからな。」

「うん、わかってる…わかってきた。それはそうと明日は今年最後の日でしょ。ニューイヤーパーティとかするの?」

「うーん、子どもの頃はパーティというか親しい人たちが集まってたな。若い頃は友達と飲み歩いてたし。でも最近は独りで家でゴロゴロしてた。セーラは?」

「私もたいてい独りだったよ。今年はお金を貯めてラッキーバッグをデパートに買いに行った。初めて買ったから、開ける時にドキドキしたわ。」

セーラの話が終わる前に、デビッドはセーラをデイビーごと抱え込んで抱きしめていた。

赤ちゃんの時から独りで頑張ってきたセーラ。
ここにいる20歳のセーラだけじゃなくて、19歳のセーラも18歳のセーラも…すべての20年間のセーラを抱きしめたい。

「これからは僕が一緒だ! ずっと、ずうっと!」

「うん。…ありがと。」


デビッドはセーラの頬に手をあてて、ついばむように初めての口づけをした。

暖炉の薪がカタンと小さく音を立てるまで、何度も何度も繰り返し求めあった。
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