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第五章 聖なる夜をいとし子と
奏でる過去
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両親との話し合いの場ではあったが、ブリー、アレックス夫妻、エミリー夫妻の5人の兄弟たちがセーラの親戚格で話し合いに参加することになった。
場所はおじい様の部屋である。
介護用ベッドの側に10人近い人間がテーブルを囲んで座っているのは、この部屋ではここ最近ない賑わいだった。
「ふん、こんな事でもないとお前たちは顔も見せん。」
久しぶりにストランド伯爵らしい威厳を持っておじい様が口火を切ると、即座にエミリーが口を挟んだ。
「あら、しょっちゅう来てるわよ。おじい様が覚えてないだけじゃない。」
「お前たちの時間と年寄りの時間は違うんだ。現に1月になって一度しか来てないじゃないか。」
「まあまあ、お義父さま。エミリーたちも仕事があって忙しいんですから。」
母様が嬉しそうにおじい様をなだめる。なだめることが必要なほど今日のおじい様は調子が良いらしい。
デビッドもおじい様の声の張りに、一安心した。自分が心労をかけておじい様の具合が悪くなったらどうしようとひそかに心配していたのだ。
「セーラとかいう行き倒れの妊婦はその人か?」
おじい様が威圧感のある目つきでセーラをじろりと見据えるものだから、デビッドの隣に座っていたセーラはビクリと身体を震わせた。
「ええ、こちらがセーラ・クルー。僕の婚約者です。それにもう妊婦じゃなくて、僕の息子の母親ですよ。」
「息子? デビッド…その、お前の本当の子どもではないんだろ?」
父様が遠慮がちにデビッドに聞いて来る。これだけは確認しておきたかったらしい。
「ええ、遺伝子の面ではね。でも魂の繋がりがあると思うんです。最初に抱いた瞬間に絆を感じましたから。」
デビッドがそう言うと、母様がノッコの方を振り返る。
「ノッコ、何かわかったことがあるの?」
「デイビーにはチラッとしか会ってませんから、まだ何とも言えません。でもセーラはデビッドと結ばれるのが二回目かもしれません。すぐ前の前世でデビッドの奥さんだったみたいです。その前はお兄さん、それより前はお父さんだったみたい。」
「なんだなんだ? 相変わらずノッコの言うことはよくわからんな。エバンジェリンがお前たちの子どもだったと言い出した時にも訳がわからなかったが…。」
おじい様が枕に頭をつけて溜息をつく。
先日亡くなったおばあ様はエバンジェリンという名前で、おじい様とは最後まで仲の良い夫婦だった。
しかし3つ前の過去生で、このおばあ様の魂はアル兄さまとノッコ夫婦の子どもだったそうだ。年代が逆転しているので、デビッドたちもその話を聞いた時は理解するのにしばらくかかった。
「ノッコ、お兄さんとお父さんと言ったけれど、それはセーラのことでデビッドのことじゃないんだろ?」
ノッコの前世話に慣れているアル兄さまが、疑問点をノッコに尋ねてくれる。
「あ、ごめんなさい。順を追って話しますね。」
そうしてノッコが皆に話して聞かせてくれたのは、本当に興味深い話だった。
**********
「今回は三つの前世が視えたの。最初の生の時にはセーラがお父さんでデビッドがその人の娘だった。
セーラの手を握った時に、私が今までに経験したことがないことが起こったわ。
前世が視える時、普通は音がハッキリわからないことが多いの。『サ』が付く名前を呼んでるみたいっていう風に…。でも今回は音楽が聞こえたの、それも三曲も。珍しいパターンよ。
最初に聞こえた曲は父親であるセーラが娘であるデビッドに捧げるために作った曲だと思う。
次の生の時には二人は兄弟だったみたい。弟であるデビッドが戦争に行く時に兄が捧げた曲。たぶん哀愁歌ね。
最後は妻が旦那様に捧げた恋の喜びの歌。曲を聞いた旦那様であるデビッドが有頂天になって喜んでいた場面が見えたの。
そこでエミリーに聞きたいんだけど、なつみさんを呼び出してくれる? 私が聞いたことがある曲は、小学校の給食の時にかかってた最後の曲だけ。他の曲はなつみさんの世界の曲かもしれないわ。」
「ふーん、いいよ。【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
エミリーが呪文を唱えて、前世の記憶人格である『なつみさん』を呼び出す。呼び出すといっても幽霊が出て来るとかではなく、ただエミリーの口が勝手に動き出すだけの可笑しな状態だが…。
(ピンポーーーン)
『ハァーイ。あら、今日は何事? 勢ぞろいね。まさか、おじい様が…。』
「まだ生きとるよ、なつみさん。」
『まぁ、ごめんなさい、ストランド伯爵。お元気そうで何よりですわ。ほほっ。』
「まったく。ノッコ、サッサと聞いてくれ。」
皆が笑いをこらえる中で、ノッコが鼻歌を歌ってなつみさんに作曲者を尋ねた。
『最初のはバッチェね。次はシュラーベルトかしら。最後の曲も綺麗な曲だけど、この曲の作曲者は知らないわ。』
「エヴァリンじゃないかっ! 1900年代初頭の女性作曲家だ。エバンジェリンの両親が彼女の曲が好きで娘に似たような名前をつけたんだ。」
なつみさんとおじい様のお陰で、皆にも作曲者の名前がわかった。なつみさんの世界とはパラレルワールドになっていて、こちらの世界とは微妙に違いがある。今回はなつみさんがいてくれたおかげで異世界の音楽家の名前もわかったというわけだ。
「バッチェとシュラーベルトとエヴァリンなのね。ねえノッコ、セーラが前世でその人物だったっていうわけ?」
ブリーが目を輝かせてノッコに尋ねる。母様もノッコの話を聞き逃すまいと黙ってノッコを注視している。
「ええ、その三人の作曲家がセーラの前世らしいわ。普通の人はその時々の生によって色々な違う職業についているものなんです。でも今回視えた人たちは全員作曲家だった。音楽が余程深く魂に刻まれているんでしょう。」
「しかし、今回は違うようだが…。」
「ええ、お義父さまが仰りたいことはわかります。今回はセーラの周りに楽器や音楽に触れる機会がなかった。それで才能が開花しなかったのじゃないかと思うんです。」
「ふーんセーラ、何か思い当たることがある?」
デビッドがセーラに聞くと、セーラは恐縮して頭を振った。
「ごめんなさい。何も思い当たらないわ。教会の聖歌隊には入ってたけど、特別褒められたことも無かったし。エヴァリンの曲はカフェでもかかってたけど、特に懐かしさを感じることもなかった…です。」
「まぁこの検証は後だよ。今はデヴとセーラの結婚をどうするかだ。」
アル兄さまが場を仕切り直しておじい様と父様の顔を伺う。
「私は…ノッコが問題ないと思ってるんだったら、結婚に賛成します。」
「マーガレット!」
母様の宣言に、父様とおじい様は顔をしかめる。
「あなた、デビッドはこの歳まで似合いの相手に出会えなかったんですよっ。このままだとこの子だけが結婚できないかもしれません。」
「君の言うことはわかるよ。しかし育ってきた環境が違いすぎる。今はよくてもこの先社会に出た時お互いが後悔しないという保証はない。」
「父様、僕たちだって…。」
「アル、私が言うわ。お義父さま、私も外国人で言葉も習慣も何もかも違いました。貴族でもない一般人です。でも皆さんに助けて頂いてなんとか生活できています。」
アル兄さまとノッコが自分たちの経験からセーラを応援してくれる。
「しかし…ノッコは大学に通っていた。英語もそこで勉強していたし。」
「父様、貴族だとか一般人だとかあまり関係ないと思うわ。貴族でもスガル侯爵のところの人たちみたいに下衆な人間はいるのよ。私も一般人のガビーと結婚したけど問題なくやってるわ。育ちや考え方の違いも夫婦間のちょっとしたスパイスになってる。」
「ブリジット…。」
ブリーが話すと父様の目も少し潤んでいる。やはり長女の意見は父様にとって胸に染み込むようだ。
「ふん、どうやらお前たちは兄弟で結束してきてるようだな。セーラ、あなたの意見を聞かせてもらおうか。」
おじい様が皆の意見を聞いた後で、急にセーラに話を振って来た。
「私は…私は、逃げだすつもりでした。」
「セーラ!」
「デビッド、黙って聞きなさい。それで? ここにいるということは考えが変わったんだね。」
「はい。王太子妃の姉弟の方もいらっしゃると伺って、私のような育ちの人間ではデビッドに相応しくないと思ったんです。でも…エミリーの家で暮らしているうちに貴族の方でも普通の人間なんだなと思うようになりました。疎外感を感じると思って覚悟していた暮らしに、心地よく馴染んでいたんです。生まれてからずっと周りに馴染めなかったのに。今、ロベルトとエミリー、そしてミセスコナーをはじめとした従業員の皆さんに貴族社会について、教養や領主の妻として必要な勉強等を教えてもらっています。これは今後も学び続けなければならないことだと思っています。」
「セーラは物覚えがいいということは、ここで付け加えておきます。」
ロベルトも冷静に意見を挟む。
「そして、デビッド。彼といると自然なんです。ずっと一緒にいたいそんな気持ちになります。もう二度と離れたくないと思いました。これが愛というものなのかどうかは正直私にはわかりません。身内の愛情を知りませんから。ただ、昨日デビッドが帰って来て、デビッドとデイビーと三人でいた時…こういうのが家族というものなのかなぁと思いました。」
「なるほど、セーラは冷静だ。デビッドほど浮足立ってはおらんようだな。」
おじい様はセーラが話している間中、じっとセーラの顔を見ていた。
「…それにミセスコナーがセーラを気に入っとるのか?」
「ええ、セーラのために食事のマナー講座もしてくれました。」
おじい様はエミリーの得意そうな声を聴いて笑い出した。
「そうか…ワハハ。ミセスコナーに気に入られたとあっては、わしらも認識を新たにせねばならんようだぞ、レオポルドっ。」
「…そのようですね、お父さま。」
おじい様の言葉に父様もしぶしぶ頷いた。
「セーラ、君をデビッドの婚約者として認めるよ。しかし勉強はこれからも続けていって欲しい。それだけはデビッドの親として、これから生まれるだろう子ども達の祖父として、重々頼んでおきたい。」
「はい。ありがとうございます。これからも頑張って勉強を続けます。」
父様に認められて、セーラも嬉しそうだ。この家に来て初めて満面の笑顔を見せてくれた。
デビッドの手をそっと握って来たセーラは、心底安心したように身体を寄せてきた。デビッドも思わずセーラの肩を強く抱く。
「あらあら、もう夫婦のようね。早く結婚式の予定を立てなくちゃ。ロブ、どのくらいかかりそう?」
「そうですね。三か月もあればある程度の格好はつくかと…。」
母様とロベルトが勝手に予定を立てている。
「三か月は長すぎるっ! 一か月で何とかしてくれっ。」
「デビッド、君も会社の整理があるだろ。セーラだって子育てしながら何もかもできないよ。」
ロブの言うことはもっともだ。デビッドも会社のことを言われてグッと言葉に詰まった。
皆もその会話にドッと笑う。
ブリーもセーラを手招きしてエミリーやノッコと女だけの会話を始めた。
「おいおいお前たち、寛ぐのはあっちに行ってやってくれ。わしは久しぶりに子ども達に会いたいよ。うるさくないように少人数で組んで見舞いに寄越してくれ。」
「そうだな。おじい様も疲れるといけない。さぁ皆、居間に移動だ。」
父様の号令で、皆はぞろぞろと部屋を出て行った。
デビッドは一人でおじい様の側に行って、年老いて小さくなったおじい様の身体をギュッとハグした。
「おじい様、セーラを認めてくれてありがとう。」
「坊主、子育ては本腰を入れてやらにゃならんぞ。フラフラせずにしゃんとやれよっ。」
「うん。また領地経営の仕方を教えてね。」
「ハハ、お前は最後まで人を使うのが上手いな。まぁ、そのためには度々顔を見せることだ。」
「来るよ。三人で。」
目を見交わすだけで、すべてをわかってくれる。デビッドはおじい様の頼もしい茶色の目の中に自分の姿が移るのを見た。
出来るだけ長く生きていて欲しい。
そして自分たちを見守っていて欲しいと祈らずにはいられなかった。
場所はおじい様の部屋である。
介護用ベッドの側に10人近い人間がテーブルを囲んで座っているのは、この部屋ではここ最近ない賑わいだった。
「ふん、こんな事でもないとお前たちは顔も見せん。」
久しぶりにストランド伯爵らしい威厳を持っておじい様が口火を切ると、即座にエミリーが口を挟んだ。
「あら、しょっちゅう来てるわよ。おじい様が覚えてないだけじゃない。」
「お前たちの時間と年寄りの時間は違うんだ。現に1月になって一度しか来てないじゃないか。」
「まあまあ、お義父さま。エミリーたちも仕事があって忙しいんですから。」
母様が嬉しそうにおじい様をなだめる。なだめることが必要なほど今日のおじい様は調子が良いらしい。
デビッドもおじい様の声の張りに、一安心した。自分が心労をかけておじい様の具合が悪くなったらどうしようとひそかに心配していたのだ。
「セーラとかいう行き倒れの妊婦はその人か?」
おじい様が威圧感のある目つきでセーラをじろりと見据えるものだから、デビッドの隣に座っていたセーラはビクリと身体を震わせた。
「ええ、こちらがセーラ・クルー。僕の婚約者です。それにもう妊婦じゃなくて、僕の息子の母親ですよ。」
「息子? デビッド…その、お前の本当の子どもではないんだろ?」
父様が遠慮がちにデビッドに聞いて来る。これだけは確認しておきたかったらしい。
「ええ、遺伝子の面ではね。でも魂の繋がりがあると思うんです。最初に抱いた瞬間に絆を感じましたから。」
デビッドがそう言うと、母様がノッコの方を振り返る。
「ノッコ、何かわかったことがあるの?」
「デイビーにはチラッとしか会ってませんから、まだ何とも言えません。でもセーラはデビッドと結ばれるのが二回目かもしれません。すぐ前の前世でデビッドの奥さんだったみたいです。その前はお兄さん、それより前はお父さんだったみたい。」
「なんだなんだ? 相変わらずノッコの言うことはよくわからんな。エバンジェリンがお前たちの子どもだったと言い出した時にも訳がわからなかったが…。」
おじい様が枕に頭をつけて溜息をつく。
先日亡くなったおばあ様はエバンジェリンという名前で、おじい様とは最後まで仲の良い夫婦だった。
しかし3つ前の過去生で、このおばあ様の魂はアル兄さまとノッコ夫婦の子どもだったそうだ。年代が逆転しているので、デビッドたちもその話を聞いた時は理解するのにしばらくかかった。
「ノッコ、お兄さんとお父さんと言ったけれど、それはセーラのことでデビッドのことじゃないんだろ?」
ノッコの前世話に慣れているアル兄さまが、疑問点をノッコに尋ねてくれる。
「あ、ごめんなさい。順を追って話しますね。」
そうしてノッコが皆に話して聞かせてくれたのは、本当に興味深い話だった。
**********
「今回は三つの前世が視えたの。最初の生の時にはセーラがお父さんでデビッドがその人の娘だった。
セーラの手を握った時に、私が今までに経験したことがないことが起こったわ。
前世が視える時、普通は音がハッキリわからないことが多いの。『サ』が付く名前を呼んでるみたいっていう風に…。でも今回は音楽が聞こえたの、それも三曲も。珍しいパターンよ。
最初に聞こえた曲は父親であるセーラが娘であるデビッドに捧げるために作った曲だと思う。
次の生の時には二人は兄弟だったみたい。弟であるデビッドが戦争に行く時に兄が捧げた曲。たぶん哀愁歌ね。
最後は妻が旦那様に捧げた恋の喜びの歌。曲を聞いた旦那様であるデビッドが有頂天になって喜んでいた場面が見えたの。
そこでエミリーに聞きたいんだけど、なつみさんを呼び出してくれる? 私が聞いたことがある曲は、小学校の給食の時にかかってた最後の曲だけ。他の曲はなつみさんの世界の曲かもしれないわ。」
「ふーん、いいよ。【アラバ グアイユ チキ チキュウ】」
エミリーが呪文を唱えて、前世の記憶人格である『なつみさん』を呼び出す。呼び出すといっても幽霊が出て来るとかではなく、ただエミリーの口が勝手に動き出すだけの可笑しな状態だが…。
(ピンポーーーン)
『ハァーイ。あら、今日は何事? 勢ぞろいね。まさか、おじい様が…。』
「まだ生きとるよ、なつみさん。」
『まぁ、ごめんなさい、ストランド伯爵。お元気そうで何よりですわ。ほほっ。』
「まったく。ノッコ、サッサと聞いてくれ。」
皆が笑いをこらえる中で、ノッコが鼻歌を歌ってなつみさんに作曲者を尋ねた。
『最初のはバッチェね。次はシュラーベルトかしら。最後の曲も綺麗な曲だけど、この曲の作曲者は知らないわ。』
「エヴァリンじゃないかっ! 1900年代初頭の女性作曲家だ。エバンジェリンの両親が彼女の曲が好きで娘に似たような名前をつけたんだ。」
なつみさんとおじい様のお陰で、皆にも作曲者の名前がわかった。なつみさんの世界とはパラレルワールドになっていて、こちらの世界とは微妙に違いがある。今回はなつみさんがいてくれたおかげで異世界の音楽家の名前もわかったというわけだ。
「バッチェとシュラーベルトとエヴァリンなのね。ねえノッコ、セーラが前世でその人物だったっていうわけ?」
ブリーが目を輝かせてノッコに尋ねる。母様もノッコの話を聞き逃すまいと黙ってノッコを注視している。
「ええ、その三人の作曲家がセーラの前世らしいわ。普通の人はその時々の生によって色々な違う職業についているものなんです。でも今回視えた人たちは全員作曲家だった。音楽が余程深く魂に刻まれているんでしょう。」
「しかし、今回は違うようだが…。」
「ええ、お義父さまが仰りたいことはわかります。今回はセーラの周りに楽器や音楽に触れる機会がなかった。それで才能が開花しなかったのじゃないかと思うんです。」
「ふーんセーラ、何か思い当たることがある?」
デビッドがセーラに聞くと、セーラは恐縮して頭を振った。
「ごめんなさい。何も思い当たらないわ。教会の聖歌隊には入ってたけど、特別褒められたことも無かったし。エヴァリンの曲はカフェでもかかってたけど、特に懐かしさを感じることもなかった…です。」
「まぁこの検証は後だよ。今はデヴとセーラの結婚をどうするかだ。」
アル兄さまが場を仕切り直しておじい様と父様の顔を伺う。
「私は…ノッコが問題ないと思ってるんだったら、結婚に賛成します。」
「マーガレット!」
母様の宣言に、父様とおじい様は顔をしかめる。
「あなた、デビッドはこの歳まで似合いの相手に出会えなかったんですよっ。このままだとこの子だけが結婚できないかもしれません。」
「君の言うことはわかるよ。しかし育ってきた環境が違いすぎる。今はよくてもこの先社会に出た時お互いが後悔しないという保証はない。」
「父様、僕たちだって…。」
「アル、私が言うわ。お義父さま、私も外国人で言葉も習慣も何もかも違いました。貴族でもない一般人です。でも皆さんに助けて頂いてなんとか生活できています。」
アル兄さまとノッコが自分たちの経験からセーラを応援してくれる。
「しかし…ノッコは大学に通っていた。英語もそこで勉強していたし。」
「父様、貴族だとか一般人だとかあまり関係ないと思うわ。貴族でもスガル侯爵のところの人たちみたいに下衆な人間はいるのよ。私も一般人のガビーと結婚したけど問題なくやってるわ。育ちや考え方の違いも夫婦間のちょっとしたスパイスになってる。」
「ブリジット…。」
ブリーが話すと父様の目も少し潤んでいる。やはり長女の意見は父様にとって胸に染み込むようだ。
「ふん、どうやらお前たちは兄弟で結束してきてるようだな。セーラ、あなたの意見を聞かせてもらおうか。」
おじい様が皆の意見を聞いた後で、急にセーラに話を振って来た。
「私は…私は、逃げだすつもりでした。」
「セーラ!」
「デビッド、黙って聞きなさい。それで? ここにいるということは考えが変わったんだね。」
「はい。王太子妃の姉弟の方もいらっしゃると伺って、私のような育ちの人間ではデビッドに相応しくないと思ったんです。でも…エミリーの家で暮らしているうちに貴族の方でも普通の人間なんだなと思うようになりました。疎外感を感じると思って覚悟していた暮らしに、心地よく馴染んでいたんです。生まれてからずっと周りに馴染めなかったのに。今、ロベルトとエミリー、そしてミセスコナーをはじめとした従業員の皆さんに貴族社会について、教養や領主の妻として必要な勉強等を教えてもらっています。これは今後も学び続けなければならないことだと思っています。」
「セーラは物覚えがいいということは、ここで付け加えておきます。」
ロベルトも冷静に意見を挟む。
「そして、デビッド。彼といると自然なんです。ずっと一緒にいたいそんな気持ちになります。もう二度と離れたくないと思いました。これが愛というものなのかどうかは正直私にはわかりません。身内の愛情を知りませんから。ただ、昨日デビッドが帰って来て、デビッドとデイビーと三人でいた時…こういうのが家族というものなのかなぁと思いました。」
「なるほど、セーラは冷静だ。デビッドほど浮足立ってはおらんようだな。」
おじい様はセーラが話している間中、じっとセーラの顔を見ていた。
「…それにミセスコナーがセーラを気に入っとるのか?」
「ええ、セーラのために食事のマナー講座もしてくれました。」
おじい様はエミリーの得意そうな声を聴いて笑い出した。
「そうか…ワハハ。ミセスコナーに気に入られたとあっては、わしらも認識を新たにせねばならんようだぞ、レオポルドっ。」
「…そのようですね、お父さま。」
おじい様の言葉に父様もしぶしぶ頷いた。
「セーラ、君をデビッドの婚約者として認めるよ。しかし勉強はこれからも続けていって欲しい。それだけはデビッドの親として、これから生まれるだろう子ども達の祖父として、重々頼んでおきたい。」
「はい。ありがとうございます。これからも頑張って勉強を続けます。」
父様に認められて、セーラも嬉しそうだ。この家に来て初めて満面の笑顔を見せてくれた。
デビッドの手をそっと握って来たセーラは、心底安心したように身体を寄せてきた。デビッドも思わずセーラの肩を強く抱く。
「あらあら、もう夫婦のようね。早く結婚式の予定を立てなくちゃ。ロブ、どのくらいかかりそう?」
「そうですね。三か月もあればある程度の格好はつくかと…。」
母様とロベルトが勝手に予定を立てている。
「三か月は長すぎるっ! 一か月で何とかしてくれっ。」
「デビッド、君も会社の整理があるだろ。セーラだって子育てしながら何もかもできないよ。」
ロブの言うことはもっともだ。デビッドも会社のことを言われてグッと言葉に詰まった。
皆もその会話にドッと笑う。
ブリーもセーラを手招きしてエミリーやノッコと女だけの会話を始めた。
「おいおいお前たち、寛ぐのはあっちに行ってやってくれ。わしは久しぶりに子ども達に会いたいよ。うるさくないように少人数で組んで見舞いに寄越してくれ。」
「そうだな。おじい様も疲れるといけない。さぁ皆、居間に移動だ。」
父様の号令で、皆はぞろぞろと部屋を出て行った。
デビッドは一人でおじい様の側に行って、年老いて小さくなったおじい様の身体をギュッとハグした。
「おじい様、セーラを認めてくれてありがとう。」
「坊主、子育ては本腰を入れてやらにゃならんぞ。フラフラせずにしゃんとやれよっ。」
「うん。また領地経営の仕方を教えてね。」
「ハハ、お前は最後まで人を使うのが上手いな。まぁ、そのためには度々顔を見せることだ。」
「来るよ。三人で。」
目を見交わすだけで、すべてをわかってくれる。デビッドはおじい様の頼もしい茶色の目の中に自分の姿が移るのを見た。
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