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桜の花びら
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明け方に風花が舞っていた。
まだまだ春は遠いらしい。
今日、2月16日は大切な日だ。
由紀恵は娘を連れて、恵子の家に来ていた。
さっき大地くんが泣き出したので、冷凍してあった母乳を解凍し始めた。
娘の桜が、泣いている大地くんの頭を撫でている。
「おかあしゃん、たいへんだよ。だぁいち、エーンエーンってないてる」
「よしよし、オムツ変えとこうねー。 桜、ありがとう、ちゃんと教えてくれて。やっぱりもうすぐお姉ちゃんになる人は違うねー」
「うんっ。しゃくら、おねえちゃんになりゅんだもんっ。だぁいちくんとぉー、おなかのひなちゃんっ」
「そうねー。よろしくお願いします、お姉ちゃん!」
「はぁーい!」
「ただいまー、泣いてるでしょ? もー、お乳が張って痛くてたまらない」
恵子が冷たい風と共に帰って来た。
「ごめーん、冷凍のやつを解凍しちゃった」
「いいよいいよ。最近よく飲むから、そっちは後でやる」
「はい、オムツは変えといた。さっきまでよく寝てたのよー」
恵子は手を洗って、大地くんを抱っこすると、椅子に座ってお乳を出した。
大地くんは新生児特有の急いた口元で乳首を探すと、口に咥えてジュッジュッと元気に吸い始める。
やっぱり男の子は飲みっぷりがいいわねぇ。
「良く寝てたのは疲れてたからよ。昨日の夜、長いこと夜泣きしたからね。幸次も今朝はやっと起きて仕事に行った」
「島田先生も大変ね。今、受験シーズンだから忙しいんでしょ?」
「受験って言えば思い出すわね、あの日も寒かった」
「センターの英語、難しかったわよねぇ。あ、でも恵子は出来てたんだ」
「由紀恵だって受かったじゃない、県短」
「ぎりぎりだったけどね。あとでネットで合格最低ラインを見て、ヒヤッとしたもん」
「幸次、あの時は私の合格より、由紀恵の合格の方を喜んでたわ。……実は、ちょっとヤケたの」
「あらま。あれは私が受かりそうになかったからよ。なんせ夏からの突然の進路変更だったもんで……先生にはご心配おかけしました」
由紀恵は恵子に向かって深々とお辞儀をした。
いくら感謝してもしきれない。この恵子と、島田先生には……
恵子は大地くんの顔を愛おしそうに見てから、由紀恵の方を見上げた。
声の調子がちょっと変わる。
「無事に帰ったわよ」
18歳の私は、時をスライドして行ったのね。
「そっか…………恵子には中三の時から本当に長々とお世話になりました」
「いえいえ、こっちも面白かったわ。おばあちゃんの願いも叶えられたしね」
「あれは……今でも誠二くんとよく話すの。恵子ってすごいなぁって」
「ふふふふ、我ながらいい仕事をしたわね」
由紀恵と誠二の結婚式の時、恵子は出席者全員の度肝を抜いた。
あれは今でも親戚中の語り草になっている。
披露宴の会場が突然暗くなったかと思うと、急にスクリーンが下りてきて映像が流れ始めた。
そんな予定はなかったので、出席者全員が何が始まったのかと驚いた。
スクリーンに、中三のおさげ髪の由紀恵が写ったかと思ったら、誠二くんの二十歳の頃の学生姿になり、次に、病院のベッドで寝ているおばあちゃんが画面いっぱいに出て来た。
亡くなる前の日なので、おばあちゃんの様子はひどく衰弱していた。
けれど目が、茶目っ気たっぷりに笑っていた。
「私は、予言する……よ。この……二人は、結婚する。最初の子……は…………可愛い女の……子。まだまだ……子宝に……恵まれる。幸せに……ね、由紀恵。みんな……いろいろ、ありがと……う」
そして、この映像が終わった後に恵子が〆のスピーチをしてくれたのだった。
「これは、5年前に亡くなった天国のおばあちゃんからのメッセージです。おばあちゃんは私にこのビデオを託されました。このビデオを使う時が来るのかと危ぶんだ時期もありましたが、無事に皆さんにご披露出来て、そしておばあちゃんに託された使命を全う出来て、こんなに嬉しいことはありません。由紀恵、誠二さん、本日はおめでとうございます。おばあちゃんの仰ったようにお幸せに!」
会場中は騒然として、そして歓声と、大きなあたたかい拍手に包まれた。
この時のことは生涯忘れないだろう。
「おかあしゃん、ぬりえできたー」
「あら、上手に出来たわねー こっちもぬってみたら?」
「はーいっ。こんどはきいろしゃん」
娘の桜は今、二歳四か月だ。
この桜の名前も、おばあちゃんの庭の桜の木から貰ったものだ。
おばあちゃんがいなかったら私も生きていなかったし、娘の桜もいなかっただろう。
あの日、読んだ本を思い出す。
私も繋がりの一員になれたよ! おばあ……ちゃん。
まだまだ春は遠いらしい。
今日、2月16日は大切な日だ。
由紀恵は娘を連れて、恵子の家に来ていた。
さっき大地くんが泣き出したので、冷凍してあった母乳を解凍し始めた。
娘の桜が、泣いている大地くんの頭を撫でている。
「おかあしゃん、たいへんだよ。だぁいち、エーンエーンってないてる」
「よしよし、オムツ変えとこうねー。 桜、ありがとう、ちゃんと教えてくれて。やっぱりもうすぐお姉ちゃんになる人は違うねー」
「うんっ。しゃくら、おねえちゃんになりゅんだもんっ。だぁいちくんとぉー、おなかのひなちゃんっ」
「そうねー。よろしくお願いします、お姉ちゃん!」
「はぁーい!」
「ただいまー、泣いてるでしょ? もー、お乳が張って痛くてたまらない」
恵子が冷たい風と共に帰って来た。
「ごめーん、冷凍のやつを解凍しちゃった」
「いいよいいよ。最近よく飲むから、そっちは後でやる」
「はい、オムツは変えといた。さっきまでよく寝てたのよー」
恵子は手を洗って、大地くんを抱っこすると、椅子に座ってお乳を出した。
大地くんは新生児特有の急いた口元で乳首を探すと、口に咥えてジュッジュッと元気に吸い始める。
やっぱり男の子は飲みっぷりがいいわねぇ。
「良く寝てたのは疲れてたからよ。昨日の夜、長いこと夜泣きしたからね。幸次も今朝はやっと起きて仕事に行った」
「島田先生も大変ね。今、受験シーズンだから忙しいんでしょ?」
「受験って言えば思い出すわね、あの日も寒かった」
「センターの英語、難しかったわよねぇ。あ、でも恵子は出来てたんだ」
「由紀恵だって受かったじゃない、県短」
「ぎりぎりだったけどね。あとでネットで合格最低ラインを見て、ヒヤッとしたもん」
「幸次、あの時は私の合格より、由紀恵の合格の方を喜んでたわ。……実は、ちょっとヤケたの」
「あらま。あれは私が受かりそうになかったからよ。なんせ夏からの突然の進路変更だったもんで……先生にはご心配おかけしました」
由紀恵は恵子に向かって深々とお辞儀をした。
いくら感謝してもしきれない。この恵子と、島田先生には……
恵子は大地くんの顔を愛おしそうに見てから、由紀恵の方を見上げた。
声の調子がちょっと変わる。
「無事に帰ったわよ」
18歳の私は、時をスライドして行ったのね。
「そっか…………恵子には中三の時から本当に長々とお世話になりました」
「いえいえ、こっちも面白かったわ。おばあちゃんの願いも叶えられたしね」
「あれは……今でも誠二くんとよく話すの。恵子ってすごいなぁって」
「ふふふふ、我ながらいい仕事をしたわね」
由紀恵と誠二の結婚式の時、恵子は出席者全員の度肝を抜いた。
あれは今でも親戚中の語り草になっている。
披露宴の会場が突然暗くなったかと思うと、急にスクリーンが下りてきて映像が流れ始めた。
そんな予定はなかったので、出席者全員が何が始まったのかと驚いた。
スクリーンに、中三のおさげ髪の由紀恵が写ったかと思ったら、誠二くんの二十歳の頃の学生姿になり、次に、病院のベッドで寝ているおばあちゃんが画面いっぱいに出て来た。
亡くなる前の日なので、おばあちゃんの様子はひどく衰弱していた。
けれど目が、茶目っ気たっぷりに笑っていた。
「私は、予言する……よ。この……二人は、結婚する。最初の子……は…………可愛い女の……子。まだまだ……子宝に……恵まれる。幸せに……ね、由紀恵。みんな……いろいろ、ありがと……う」
そして、この映像が終わった後に恵子が〆のスピーチをしてくれたのだった。
「これは、5年前に亡くなった天国のおばあちゃんからのメッセージです。おばあちゃんは私にこのビデオを託されました。このビデオを使う時が来るのかと危ぶんだ時期もありましたが、無事に皆さんにご披露出来て、そしておばあちゃんに託された使命を全う出来て、こんなに嬉しいことはありません。由紀恵、誠二さん、本日はおめでとうございます。おばあちゃんの仰ったようにお幸せに!」
会場中は騒然として、そして歓声と、大きなあたたかい拍手に包まれた。
この時のことは生涯忘れないだろう。
「おかあしゃん、ぬりえできたー」
「あら、上手に出来たわねー こっちもぬってみたら?」
「はーいっ。こんどはきいろしゃん」
娘の桜は今、二歳四か月だ。
この桜の名前も、おばあちゃんの庭の桜の木から貰ったものだ。
おばあちゃんがいなかったら私も生きていなかったし、娘の桜もいなかっただろう。
あの日、読んだ本を思い出す。
私も繋がりの一員になれたよ! おばあ……ちゃん。
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