指令を受けた末っ子は望外の活躍をしてしまう？

外国は珍しいものがいっぱい

　吹いて来る西風にパタパタとなびくスカートを抑えながら、トティとナサリーは出迎えてくれたマルタ大使の後をついて歩いていた。

大使はもうおじいちゃんといってもいい歳だったが、来年の定年までは勤め上げるんだと言い張ってオディエ国に帰ってこないらしい。
ファジャンシル王国の住み心地がいいんだろうと父様は言っていた。


「皇女様、こちらが魔導車になります。」

まるで自分が作ったかのように自慢げな顔をして、マルタ大使は道べりに止まっている黒塗りの大きな馬車の扉を開けてくれた。
馬車の中からひんやりとした冷たい空気が流れ出てくる。

「え？　馬車なのにクーラーが効いてる。」

クーラーという商品が開発された時のことは魔法科学の歴史の時間に習いますよと家庭教師のシバ先生に教えてもらったことを思い出す。

「クーラーは十五年以上前に開発されてからだいぶ改良が進んでおります。わが国には家に設置するタイプのものが少数輸出されていますが、なにせ動力に使う燃料を供給するシステムが…あ、いや。これはちとトリニティ様には難しすぎましたな。」

え～、そこでやめないでよ。
面白い所だったのに…。

結局、大使が言おうとしたことは、国が主導してエネルギー供給システムの道筋を作っていかないと、一般には広まらないということね。これは兄様への手紙に書けるかも。


トティたちが乗り込むと、魔導車は静かに走り出した。
この馬車は普通の馬が引いているのではない。ペガサスと馬をかけ合わせて魔法のように速く走れる新種の馬を作っているらしい。中も馭者を入れて七人が座れるようになっていた。
こういうタイプのものをワゴン魔導車と言うそうだ。

魔導車は国外に一切輸出していないので、この国に来ないと乗ることができない。

うちにもこんな風に静かに速く走る馬車があったらなぁ。

母親の実家がある北のムーンランドは遠いので、なかなか訪ねて行くことが出来ない。
もう何年、おばあちゃんに会ってないだろう…。
基礎学校の入学のお祝いをもらった時に会って以来だから、もう二年になるのか。

ファジャンシル王国に留学することになったと、おばあちゃんに手紙を出したら、それじゃあいいものを送るからねって言ってくれてたけど、何を送ってくれるのかな？　おばあちゃんの手作りのクッキーかもしれないな。
あれナッツが入ってて美味しんだよね～。
貴族学院の寮は二人部屋だっていってたから、ルームメイトに分けてあげられるかもしれない。

ヤバっ、想像してたらお腹が空いてきちゃった。


「トリニティ様、お昼はファジャンシル王国でも有数のグルメ領と言われていますバール男爵領で食べることにしております。以前の東回りの道とは違って少し遠回りになりますが、ここで食事をしたことがあるというのは貴族間である種のステイタスになっているようですから、お友達との話題の一つになりますよ。」

「わぁ、それは楽しみね。」

マルタ大使もこの国が長いから、いろんなことに詳しいみたい。
外国に来たからにはその国独自の美味しいものを食べたいよね。どんなものが出てくるんだろう…。

トティたちが乗っている魔導車は、大きな旅館のような建物の車寄せにゆっくりと入っていった。



◇◇◇



　食堂の中へ入った途端にスパイスが効いた異国風の料理の香りがしてきた。

「これは何なのかなぁ。とってもいい匂い！」

「これはカレーの匂いです。南の大陸からもたらされた料理ですが、ファジャンシル王国で独自に改良されたようです。このタイプのカレーはラザフォード侯爵領が発祥の地になります。ここの領主は直々にその味を伝承されたそうで、本格的なラザフォード・カレーが食べられるんですよ。」

トティがマルタ大使と話をしていると、お仕着せを着た動作が洗練された店員が静かに歩み出てきて、深々と一礼した。

「ようこそおいでくださいました、大使。トリニティ皇女様がいらっしゃるということで、領主が後ほど挨拶に参りたいと申しております。」

あー…。
匂いはいいけど、公式行事みたいになってきちゃった。


個室に案内されて落ち着くと、トティは腹をくくって、公式用の当たり障りのない笑顔を振りまきながら、メニューを見て『カツカレー』というのを頼んでみた。
大使によるとオディエ国のかつ丼のタレがカレーになったものらしい。

しかし出てきたものを見て驚いた。

「トティ嬢ちゃま、これは丼ものじゃありませんね！」

ナサリーも同じことを思ったようだ。
横に長い楕円形の深めのお皿にご飯が入っている。
お皿にご飯を盛り付けるなんて？！　
これは新しい感覚だ。それにご飯をスプーンで食べるのよ。国に帰ってから、やってみたくなる。

揚げたてのパリッとしたカツのころもから、一口噛むと染み出てくる豚肉の旨味。
油が甘くて美味しいと思うなんて…。
そしてこの黄色いトロリとしたスパイシィなソースがご飯によく合う。
脂っこいものは醤油味でなければ食べられないと思っていたけど、そうじゃないんだな。

うーん、幸せ。
ファジャンシル王国って、いいとこだぁ～。
ここでなら留学生活も楽しめるかも。


この後、満腹になったトティが会ったロナルド・バール領主という人は、もう三十歳は過ぎているというのに明るくて軽い口調の人だった。
トティのことを子ども扱いするのは頂けなかったが、肩の凝るようなおじさんじゃなくて助かった。

「トリニティ皇女様、貴族学院に行ったらドルー・ラザフォードに挨拶を入れといたほうがいいですよ。あの子が大親分になるでしょうから…。」

「ドルー？」

「ええ、そうです。あの子は私にキックをかましますからねぇ。ホント、恐ろしい女の子です。」

そんな乱暴な子が貴族の学校に入れるのかしら？
おお、怖い。
ファジャンシル王国がいいところだと思ったばかりだったのに。


トティはこれから同級生たちに会うことに、ちょっと腰が引けてきた。

ああどうか、ドルー・ラザフォードが私に目を付けませんように…。