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秋空に舞う
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一心に書類に向かっていた手を止め、ダグラスはふと顔をあげて窓の外を見た。
何かに呼ばれたような気がしたのだ。
すると高く澄み渡った秋空の中を、猛スピードでこちらにやって来るものが見えた。
ん? 飛び竜のミケかな?
だがラザフォード侯爵家専属の郵便配達人であるミコトは飛び竜の色を空の色に同化させるのが得意な小人だ。あんな風に遠くの空にいる時から竜影が見えるのはおかしい気がする。
小さな黒い点だったものがみるみるうちに大きくなって、ラザフォード侯爵邸全体を眩しい金の光に包んだかと思うと、そいつは音もなく広い庭をランディングして降りてきた。
ダグラスは持っていた万年筆をポロリと取り落として、書斎の掃き出し窓を開けてテラスに飛び出していった。後ろからバタバタと音がして、引っ越しの用意をしていた家族や雇人たちも書斎に飛んで入って来たのがわかった。
「金の飛び竜だ!!」
「うおぉ、初めて見た!」
「大きいんですね~」
竜の後ろに郵便馬車はついておらず、背中のカゴに乗っていた年寄りの小人がヒョイと身軽に飛び下りて、ダグラスの方へやって来た。
「ダグラス・ラザフォード侯爵に特殊小包です。」
「まぁ、コクル村の村長さんじゃないですか! お元気でなによりです。」
母が懐かしそうに駆けていって、竜に乗ってきた小人と握手をしている。ダグラスは村長さんから手のひらサイズの小包を受け取って、興味津々で中を開けてみた。
するとこちらからも眩しい光の粒々が湧きだしてきて、妖精のリベルがキラキラと光の粉をまき散らしながら飛び出してきた。
いつもの緑色の服ではなくて、今日は真っ白なふわふわしたドレスを纏っている。そしてタイピンのようなものを両腕でしっかりと抱えていた。
「いったいどうしたんだ、リベル? もしかしてトティからの届けものかい?」
「重いよ~ 早く受け取って、ダグラス。」
「う、うん。」
リベルの持っていたものを手のひらにのせると、どこかで見たようなタイピンがそこにあった。
「……もしかして、これ! シーカで失くした僕のタイピンかい?!」
「そうみたいだね。アーロンがトティとダグは縁があるから、自分は諦めるってさ。」
「はぁ?! アーロンがトティを諦めるぅ?」
「ちょっとちょっとダグ兄様、どういうこと? アーロンって、アーロン王子殿下のこと? まさか王子様とトティをとり合ってたの?!」
ドルーに責められるように言われても、ダグラスにも何が何だかよくわからない。
アーロンが言ったこともだが、ここに自分のタイピンがなぜあるのかもわからないのだ。
急に風が巻き起こったのでハッとして空を見ると、金の飛び竜が力強く秋の空へ消えていくのが見えた。
「どうやら私の懸念は的外れだったようだな。」
父のエクスムア公爵が首を振りながらダグラスの肩をポンポンと叩いた。
先日のドルーの誕生パーティーで、従兄弟のパーシヴァルがトティに手を出した不祥事があったことから、父はダグラスにもトティへの接触に注意するように言ってきた。隣国の皇女様ではあるし、アーロン殿下との縁談が出ているのなら、なおさら近づき過ぎないほうがいいと言われて、ダグラスもなるべくトティと顔を合わせないように努めてきた。
ただ、父から言われたことを頭では理解していたが、心の方は引き裂かれるような痛みを感じ続けていた。
侯爵位を継いだばかりで、普通ならやる気に満ちて仕事に向かっていくものなのだろうが、ため息ばかりついているダグラスを見て、領地管理人のヒップスも心配していた。先日、父に「大学をもう一年続けさせてあげたほうが良かったんじゃないですか?」と進言していたらしい。
それを聞いてダグラスも、なるべくため息をつかないようにしようと決心したばかりだったのだ。
皆で書斎に入って、ダグラスが通訳しながらリベルの話を聞いたところ、アーロンが言った「縁」というものがよくわかった。
そうか、王陛下はそんなに自分のことを買ってくださってるんだ……
「フフフフ、トティがお義姉さんになるのかぁ。どっちかっていうと妹だけどね。」
話を聞いて一番喜んだのは、ドルーだ。
弟のマイケルはニヤニヤしながら、わざと浮遊魔法を使ってジャンプしている。
「ヒャッホー、女嫌いの兄貴が惚れるのはどんな女かと思ってたら、いやに子どもっぽい子じゃないか。兄貴はロリだったのか?」
ぶちかましてやろうとしたら、浮遊してフワッと避けられた。
本当にこいつは昔っから掴み所がない。ダルトン爺さんが早くから魔法を教えるからいけないんだよな。
「ほらね、ドルー姉様に怒られたけど、家の事を話しておいて良かったじゃない。」
末の妹のシェリルは、どうやらトティにラザフォード侯爵家のよもやま話をしてしまったらしい。
本当に、うちの兄弟姉妹ときたら……
「ダグラス、まだトティにプロポーズしてないんでしょ?」
母様に言われて、ダグラスも緩んでいた顔を引き締めた。
そうだ、リベルの言うことだけを聞いていたけど、トティが自分のことをどう思ってるのかはわからないんだ。嫌われてはいないと思うけど、生まれ育った国を出てここに嫁いできてくれるほどの思いなのかどうかはわからない。
トティの話の中にはお父様や兄様の名前がよく出てきた。ファジャンシル王国で独自に進化してきた品物や料理に興味を持っているようだった。色々学んで国に帰りたいと言っていたじゃないか。
「そうだね。引っ越しで忙しい時だけど、レイトの街へ行ってきてもいいかな?」
「ああ、鉄は熱い内に打てだ。こういう話は何をさておいても、早いのに越したことはない。これからすぐに向かいなさい。」
「はい!」
父にも後押しされて、ダグラスはすぐに旅仕度をした。
どうかトティが僕と同じ気持ちでありますように。
ダグラスの乗った魔導車は、飛ぶようにトティのもとへと走り始めた。
何かに呼ばれたような気がしたのだ。
すると高く澄み渡った秋空の中を、猛スピードでこちらにやって来るものが見えた。
ん? 飛び竜のミケかな?
だがラザフォード侯爵家専属の郵便配達人であるミコトは飛び竜の色を空の色に同化させるのが得意な小人だ。あんな風に遠くの空にいる時から竜影が見えるのはおかしい気がする。
小さな黒い点だったものがみるみるうちに大きくなって、ラザフォード侯爵邸全体を眩しい金の光に包んだかと思うと、そいつは音もなく広い庭をランディングして降りてきた。
ダグラスは持っていた万年筆をポロリと取り落として、書斎の掃き出し窓を開けてテラスに飛び出していった。後ろからバタバタと音がして、引っ越しの用意をしていた家族や雇人たちも書斎に飛んで入って来たのがわかった。
「金の飛び竜だ!!」
「うおぉ、初めて見た!」
「大きいんですね~」
竜の後ろに郵便馬車はついておらず、背中のカゴに乗っていた年寄りの小人がヒョイと身軽に飛び下りて、ダグラスの方へやって来た。
「ダグラス・ラザフォード侯爵に特殊小包です。」
「まぁ、コクル村の村長さんじゃないですか! お元気でなによりです。」
母が懐かしそうに駆けていって、竜に乗ってきた小人と握手をしている。ダグラスは村長さんから手のひらサイズの小包を受け取って、興味津々で中を開けてみた。
するとこちらからも眩しい光の粒々が湧きだしてきて、妖精のリベルがキラキラと光の粉をまき散らしながら飛び出してきた。
いつもの緑色の服ではなくて、今日は真っ白なふわふわしたドレスを纏っている。そしてタイピンのようなものを両腕でしっかりと抱えていた。
「いったいどうしたんだ、リベル? もしかしてトティからの届けものかい?」
「重いよ~ 早く受け取って、ダグラス。」
「う、うん。」
リベルの持っていたものを手のひらにのせると、どこかで見たようなタイピンがそこにあった。
「……もしかして、これ! シーカで失くした僕のタイピンかい?!」
「そうみたいだね。アーロンがトティとダグは縁があるから、自分は諦めるってさ。」
「はぁ?! アーロンがトティを諦めるぅ?」
「ちょっとちょっとダグ兄様、どういうこと? アーロンって、アーロン王子殿下のこと? まさか王子様とトティをとり合ってたの?!」
ドルーに責められるように言われても、ダグラスにも何が何だかよくわからない。
アーロンが言ったこともだが、ここに自分のタイピンがなぜあるのかもわからないのだ。
急に風が巻き起こったのでハッとして空を見ると、金の飛び竜が力強く秋の空へ消えていくのが見えた。
「どうやら私の懸念は的外れだったようだな。」
父のエクスムア公爵が首を振りながらダグラスの肩をポンポンと叩いた。
先日のドルーの誕生パーティーで、従兄弟のパーシヴァルがトティに手を出した不祥事があったことから、父はダグラスにもトティへの接触に注意するように言ってきた。隣国の皇女様ではあるし、アーロン殿下との縁談が出ているのなら、なおさら近づき過ぎないほうがいいと言われて、ダグラスもなるべくトティと顔を合わせないように努めてきた。
ただ、父から言われたことを頭では理解していたが、心の方は引き裂かれるような痛みを感じ続けていた。
侯爵位を継いだばかりで、普通ならやる気に満ちて仕事に向かっていくものなのだろうが、ため息ばかりついているダグラスを見て、領地管理人のヒップスも心配していた。先日、父に「大学をもう一年続けさせてあげたほうが良かったんじゃないですか?」と進言していたらしい。
それを聞いてダグラスも、なるべくため息をつかないようにしようと決心したばかりだったのだ。
皆で書斎に入って、ダグラスが通訳しながらリベルの話を聞いたところ、アーロンが言った「縁」というものがよくわかった。
そうか、王陛下はそんなに自分のことを買ってくださってるんだ……
「フフフフ、トティがお義姉さんになるのかぁ。どっちかっていうと妹だけどね。」
話を聞いて一番喜んだのは、ドルーだ。
弟のマイケルはニヤニヤしながら、わざと浮遊魔法を使ってジャンプしている。
「ヒャッホー、女嫌いの兄貴が惚れるのはどんな女かと思ってたら、いやに子どもっぽい子じゃないか。兄貴はロリだったのか?」
ぶちかましてやろうとしたら、浮遊してフワッと避けられた。
本当にこいつは昔っから掴み所がない。ダルトン爺さんが早くから魔法を教えるからいけないんだよな。
「ほらね、ドルー姉様に怒られたけど、家の事を話しておいて良かったじゃない。」
末の妹のシェリルは、どうやらトティにラザフォード侯爵家のよもやま話をしてしまったらしい。
本当に、うちの兄弟姉妹ときたら……
「ダグラス、まだトティにプロポーズしてないんでしょ?」
母様に言われて、ダグラスも緩んでいた顔を引き締めた。
そうだ、リベルの言うことだけを聞いていたけど、トティが自分のことをどう思ってるのかはわからないんだ。嫌われてはいないと思うけど、生まれ育った国を出てここに嫁いできてくれるほどの思いなのかどうかはわからない。
トティの話の中にはお父様や兄様の名前がよく出てきた。ファジャンシル王国で独自に進化してきた品物や料理に興味を持っているようだった。色々学んで国に帰りたいと言っていたじゃないか。
「そうだね。引っ越しで忙しい時だけど、レイトの街へ行ってきてもいいかな?」
「ああ、鉄は熱い内に打てだ。こういう話は何をさておいても、早いのに越したことはない。これからすぐに向かいなさい。」
「はい!」
父にも後押しされて、ダグラスはすぐに旅仕度をした。
どうかトティが僕と同じ気持ちでありますように。
ダグラスの乗った魔導車は、飛ぶようにトティのもとへと走り始めた。
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