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第二章 アルテア大陸
教会
しおりを挟む先ほどよりも雨足は弱まり、屋根に打ち付ける音は穏やかになっていた。
気絶したり負傷しているガルディアの騎士達は、キルアさんの迅速なる行動によって今は一か所に縛られ、纏められている。
彼等も敵側とはいえ、今まで自分が所属していた都市の人達だ。
そんな彼らを不当に扱うわけにはいかない。
誰しも望んでこの場所に立っているわけではない。
私は家族を養うために志願していたカナリアの姉を知っている。
彼女は優秀ではあったが、前線に出るべき人ではなかった。
カナリアの姉は二年前に、このアルテア大陸の前線基地で亡くなっている。
遺体がガルディアの遺体安置所に送られてきた時には、目を覆いたくなるような光景だったのを今でも覚えている。
その頃からだろうか、カナリアは本気で笑うことはなくなった。
こういった戦争での敗残兵の扱いは様々あるが、アルテアの場合は戦う意思のない者は丁重に扱ってくれるらしい。
指揮をとっていたダルタニアンが倒されたことにより、残っていたガルディアンナイトの騎士達は一気に戦意を喪失したようだ。
今は大人しく、動ける者はキルアさんの指示の元、負傷者の怪我の手当てを行っている最中だ。
「悪いなこんなとこまで来てもらって」
「いえ、気にしないでください、それよりここはいったい……」
ガイアスさんに連れられ、しばらく都市の中を歩くこと数分、一つの壊れかけの家にたどり着いた。
「ここはな…… 教会と呼ばれた場所だ。 まぁとりあえずここじゃ濡れるから中に入るか」
錆びついたドアを開け、中に入っていくと、目についたのは汚れた長いテーブルと、椅子、使われなくなった台座に、埃を被った額縁、窓なんかはひび割れているものの、雨漏りはしていないようだ。
「クリーン」
ガイアスさんが浄化魔法を唱え、部屋の埃は消え去っていく。
「そんなに時間は経ってないと思ったんだけどな」
テーブルに触れながら悲しげにガイアスさんは話を続ける。
「ここの神父はな…… 御子に選ばれたんだ」
御子…… アルテアではそうなのか、かつてガルディアで勇者召喚が行われた際に生贄となった、サーシャ=ウル=ガルディアは巫女と呼ばれた。
「ここの神父であるアスタルはな、貧乏ではあったが、真面目で、自分が孤児だったからそんな子供を救うために孤児院としてこの教会を作っていたんだ。」
ガイアスさんはそんな彼と知り合いだったのか……
「当初は勇者召喚なんてやるはずじゃなかったんだ。 魔王がいないこの時代に、勇者召喚を行うなんて戦争の火種にしかならないと誰しも思ったさ、だけどなある時、それは突然行われたんだ」
「待ってくれ、誰しも反対した勇者召喚が何故行われているんだ? 国王であるシェリアの父も止めたんだろう?」
「もちろんだ。 ゴートン王も反対だった。 それなのに強行突破で勇者召喚を行った人物がいたんだ。 長老会のファムナス、奴は勝手にアスタルを攫い、無理矢理勇者召喚を行った」
示し合わせたかのように、同じ時期に三人の勇者が召喚されるなんて……
「ファムナスは勇者召喚を行った後に自殺しやがったんだ。 証拠も全て炎に飲まれちまった」
テーブルを叩き、悔しそうにガイアスさんは歯噛みする。
「アリア、お前はこの戦争をどう思う」
「どうとは……」
「俺はこの戦争は何か別の目的があるようにしか思えないんだ」
別の目的……
思えばガルディアに居た際も不自然な事は多くあった。
勇者召喚の日時の急な変更、同じ時期に起こる三大陸間の勇者召喚、トロンの謎の失踪、シェリア達の誘拐、これがもし同じ事に繋がっているのだとしたら……
「でもまぁ…… まずは目先の事を片付けないとそんな時間もないか」
もうガルディアンナイトの本隊はナウル村のすぐ近くまで来ている。
一日体力を回復したらすぐにでも向かわなければならない。
「それに、アリア、右腕を見せてみろ」
「!?」
「隠そうとしていてもわかる。 姫様やマーキスの前ではうまく隠せてたようだが」
仕方なくガイアスさんに右腕を見せる。
「包帯もとるぞ」
これだけは知られたくなかったが……
包帯がガイアスさんの手によって解かれていく。
「やはりな…… 新しい右手が生えてきてるな」
そこにはむき出しの傷口からわずかに右腕が生えかけていた。
ただ生えかけてきているだけで動かせはしない。
違和感は戦っている最中に起こった。
ずっと幻肢痛があったのに、突然無くなったのだから。
今まで傷が治るのが多少なりとも早かったりはしたが、今回はあまりにもおかしすぎる。
失った腕が新たに生えてくるなど普通はありえない。
失ったものは元には戻ることなどないのだから。
「なぁアリア…… お前はいったい何者なんだ?」
汗が噴き出る。
動悸がやけに煩い。
そんなこと私が一番疑問に思っていることだ。
私は本当に人間なのか?
私はあの家で生まれてそして……
思い…… だせない。
こんなことあるはずが……
「その顔を見るとお前もわからないみたいだな、いい意味でわかりやすい奴だ。 とりあえずその腕は隠しておけ、何を言われるかわからん。 安心しろ俺は誰かに言いふらしたりしねぇよ、その為にここに来たんだからな」
「ありがとう…… ございます……」
包帯を再びぐるぐると巻き、外れないようにしっかり固定する。
「まぁ、俺はお前が何であろうと助けてもらった恩はちゃんと返すさ」
ガイアスさんはポンと私の肩を叩き、励ましてくれるが、私の心の中は靄がかかったように曖昧な返答しかできなかった。
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