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序章
序章-1「初めての生贄は奴隷少女でした」
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見慣れない建物だった。
目を覚ますと椅子に座った体勢でここにいた。簡易的に作られた小さな建物であるが、随分と寂れてしまっている。
室中には、四人程度が腰かけられる長椅子と古くて掠れてしまった貼り紙が貼ってあるだけだった。
建物のどこもかしこも痛んでおり、建っているのがやっとという印象を受ける。
外に出てみると、雑木林が広がっていた。
「どこだ……ここは……」
振り返ってみても先ほどの寂れた小屋が木々に囲まれてポツンとあるだけで、何年も使われていないであろう獣道が薄っすらと伸びていた。
「ここに居ても、仕方ないか……」
俺は獣道に誘われるように歩みを進めることにした。
***
小屋を出る時に確認したが、手元には何も持っていない。
しいて言うなら、ポケットの中にあった、小ぶりな鈴があるだけだ。
「なにか手がかりになるようなものがあればよかったんだが……」
これだけ草木が多いと飛び出ている枝や葉っぱで傷を負いそうだ、気をつけて歩かないと。
「さて、結構な時間を歩いたが……、一向に草と木々のオンパレードか」
てっきり歩いていけば町か大きな道に出るとでも思ったんだが……。
「……一端休憩にするか」
近くにあった手ごろな岩に腰かける。
「そもそもなんでこんなところにいるんだ、俺は……」
獣道を歩きながら考えていた。
まず、なぜあの場所に寝ていたのか。寝る前に何をしていたのか。
思い出そうとしても名前以外の記憶がない。なにをしていたのか、どこに住んでいたのか、頭からすっぽりと抜け落ちてしまっている感覚だ。
そしてこの雑木林、果たしてどこかに繋がっているのだろうか。もしかしたら、森の中をただ歩き回っているだけでどこにも繋がっていない可能性もある。
そして何よりも問題なのは食料だ。このまま無駄に歩いても体力を消耗するだけだ。
「はぁ……考えれば考えるほど不安だ」
とりあえず現状を打破しなければならない。
ジリジリッジリジリッ。
と思った、その時。大きな音が俺の耳にいきなり響いてきた。
頭の中を抉る低音と高音の交じり合った音。
「なんだこの音っ!」
思わず耳を押さえ屈みこんでしまう。
しかし、音は治まることはなく、頭の中でガンガン鳴り響き続ける。
こんな音を聴いたらその場から逃げ出したくなるのが普通のはずだ。
けど、今の俺には小さな手掛かりに思えた。
頭を抱えながら音のするほうに草木をかき分け、進んでいく。
ただ考えなしに歩くより、なにかあるのではないかと浅はかな期待を持っていた。歩いた先に何もないかもしれない。
しかし、今の俺は藁をも掴む気持ちで歩き続けたのだった。
***
音が近づくにつれ、頭への不快感は増していく。油断したら気を失いそうだ。
地獄のような時間を歩いた……。どれぐらい歩いたか覚えていない。だが、たどり着いた先には一つの道があった。その道には一台の荷車が倒れている。
道は俺の場所より低いところにあり、全体を見渡せた。
荷車の近くには一人の男性が頭を抱え倒れており、目の前には子供の背丈ほどの花が複数本生えていた。
花たちは植物には似つかない紫の光を周囲に放ちながら左右に揺れ続けており、その花たちが揺れるたびに不快な音が鳴り響く。
この音はあの花が出してるのかよっ……。
ちくしょう、このままだと音のせいでぶっ倒れそうだ。
こうなりゃイチかバチかだ。
足元にあった手ごろな石を掴み取る。そしてそれを異質な光を放つ花に向かって投げつけた。
――が、あいにく石は響き続ける音のせいでコントロールを誤り花にあたることはなく、はるか遠くの草木に消えていく。
しかし、幸運にも石があたった草木の音に惹きつけられるように、揺れることをやめた花たちはその方向に体を引きずりながら進んでいったのだった。
うまくいったのか……?
その後、花たちが帰ってこないことを確認し、荷車のある場所に滑り落ちると男の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
男の肩を叩いてみるも返事がない。
「大丈夫かよ。おい」
男の肩を強くゆする。
「うぅ……」
男のうめき声が漏れた。
意識はあるみたいだ。
……ほっとした。
ただでさえ訳も分からない状況だっていうのに、人が死ぬのを目の前で見る羽目になるなんてトラウマものだ。そんなのは勘弁してくれ。
「……っ」
すると荷車のほうから別の声が聞こえた気がした。
一人だけじゃなかったのか。
荷台にいるであろう人の安否を確認するため、荷台に付けられた雨風をしのぐための布の中を覗き見る。
そこには果物が袋や箱の中から飛び散るように散乱している。
そしてその中にフードをかぶった少女が鎖につながれ倒れていた。よく見ると、首には頑丈そうな首輪がつけられている。
「大丈夫か」
「……っ!」
少女は体を震わせ俺から距離を取った。
これは傷つく。女の子に怯えられるというのがこんなにも傷つくことだったとは。
「俺は君のことが心配で……えっと」
自分の言う言葉で余計不審者感が増していく気がした。
ただ、ここで黙ってしまったら、それこそ不審者になるうえ、変な空気になってしまうだろう。それは何とか避けたい。
「頭が痛くなったりしてないか? 荷車が倒れてたけどケガは?」
少女はこちらを怪しんでいる様子だったが、
「……いえ、大丈夫です」
目をそらしてからぽつりを小さな声でそう言うのだった。
「そうか、安心した……あんな頭を呻らせる音だったから」
二人の安否を確認し、ほっと安堵し腰を下ろす。
少女はなぜか俺の顔を見続けていた。貫頭衣のような服にフードがついたものを着ていて、さっきまで顔をしっかりと見ることができなかったが……。
よく見ると、この少女。とてつもなく可愛い。
いや、可愛いというより綺麗という言葉が似あう。
海を彷彿とさせる濃い青髪、それに色白い肌。そして翡翠のような透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
思わず顔を背けてしまう。当たり前だろ、こんな綺麗な子に見つめられたら目をそらさないはずがない。
「そうだ、さっきの男の人っ!」
外に倒れていた男の人を思い出し荷車の中から出ようとした。
「……っ」
だが、腕をつかまれ、俺の行動は阻止された。俺の行動を阻止できるのはこの場に一人しかいない。腕を掴んだのは少女だった。
「……お願いがあります」
少女は次の言葉を言いよどんでいる様子だ。
だか意を決したのか、口の中に含んでいた言葉を放った。
「アタシを奪ってください」
――それがその少女との出会いの始まりで。俺がこの世界で得た初めての生贄だった。
目を覚ますと椅子に座った体勢でここにいた。簡易的に作られた小さな建物であるが、随分と寂れてしまっている。
室中には、四人程度が腰かけられる長椅子と古くて掠れてしまった貼り紙が貼ってあるだけだった。
建物のどこもかしこも痛んでおり、建っているのがやっとという印象を受ける。
外に出てみると、雑木林が広がっていた。
「どこだ……ここは……」
振り返ってみても先ほどの寂れた小屋が木々に囲まれてポツンとあるだけで、何年も使われていないであろう獣道が薄っすらと伸びていた。
「ここに居ても、仕方ないか……」
俺は獣道に誘われるように歩みを進めることにした。
***
小屋を出る時に確認したが、手元には何も持っていない。
しいて言うなら、ポケットの中にあった、小ぶりな鈴があるだけだ。
「なにか手がかりになるようなものがあればよかったんだが……」
これだけ草木が多いと飛び出ている枝や葉っぱで傷を負いそうだ、気をつけて歩かないと。
「さて、結構な時間を歩いたが……、一向に草と木々のオンパレードか」
てっきり歩いていけば町か大きな道に出るとでも思ったんだが……。
「……一端休憩にするか」
近くにあった手ごろな岩に腰かける。
「そもそもなんでこんなところにいるんだ、俺は……」
獣道を歩きながら考えていた。
まず、なぜあの場所に寝ていたのか。寝る前に何をしていたのか。
思い出そうとしても名前以外の記憶がない。なにをしていたのか、どこに住んでいたのか、頭からすっぽりと抜け落ちてしまっている感覚だ。
そしてこの雑木林、果たしてどこかに繋がっているのだろうか。もしかしたら、森の中をただ歩き回っているだけでどこにも繋がっていない可能性もある。
そして何よりも問題なのは食料だ。このまま無駄に歩いても体力を消耗するだけだ。
「はぁ……考えれば考えるほど不安だ」
とりあえず現状を打破しなければならない。
ジリジリッジリジリッ。
と思った、その時。大きな音が俺の耳にいきなり響いてきた。
頭の中を抉る低音と高音の交じり合った音。
「なんだこの音っ!」
思わず耳を押さえ屈みこんでしまう。
しかし、音は治まることはなく、頭の中でガンガン鳴り響き続ける。
こんな音を聴いたらその場から逃げ出したくなるのが普通のはずだ。
けど、今の俺には小さな手掛かりに思えた。
頭を抱えながら音のするほうに草木をかき分け、進んでいく。
ただ考えなしに歩くより、なにかあるのではないかと浅はかな期待を持っていた。歩いた先に何もないかもしれない。
しかし、今の俺は藁をも掴む気持ちで歩き続けたのだった。
***
音が近づくにつれ、頭への不快感は増していく。油断したら気を失いそうだ。
地獄のような時間を歩いた……。どれぐらい歩いたか覚えていない。だが、たどり着いた先には一つの道があった。その道には一台の荷車が倒れている。
道は俺の場所より低いところにあり、全体を見渡せた。
荷車の近くには一人の男性が頭を抱え倒れており、目の前には子供の背丈ほどの花が複数本生えていた。
花たちは植物には似つかない紫の光を周囲に放ちながら左右に揺れ続けており、その花たちが揺れるたびに不快な音が鳴り響く。
この音はあの花が出してるのかよっ……。
ちくしょう、このままだと音のせいでぶっ倒れそうだ。
こうなりゃイチかバチかだ。
足元にあった手ごろな石を掴み取る。そしてそれを異質な光を放つ花に向かって投げつけた。
――が、あいにく石は響き続ける音のせいでコントロールを誤り花にあたることはなく、はるか遠くの草木に消えていく。
しかし、幸運にも石があたった草木の音に惹きつけられるように、揺れることをやめた花たちはその方向に体を引きずりながら進んでいったのだった。
うまくいったのか……?
その後、花たちが帰ってこないことを確認し、荷車のある場所に滑り落ちると男の元に駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
男の肩を叩いてみるも返事がない。
「大丈夫かよ。おい」
男の肩を強くゆする。
「うぅ……」
男のうめき声が漏れた。
意識はあるみたいだ。
……ほっとした。
ただでさえ訳も分からない状況だっていうのに、人が死ぬのを目の前で見る羽目になるなんてトラウマものだ。そんなのは勘弁してくれ。
「……っ」
すると荷車のほうから別の声が聞こえた気がした。
一人だけじゃなかったのか。
荷台にいるであろう人の安否を確認するため、荷台に付けられた雨風をしのぐための布の中を覗き見る。
そこには果物が袋や箱の中から飛び散るように散乱している。
そしてその中にフードをかぶった少女が鎖につながれ倒れていた。よく見ると、首には頑丈そうな首輪がつけられている。
「大丈夫か」
「……っ!」
少女は体を震わせ俺から距離を取った。
これは傷つく。女の子に怯えられるというのがこんなにも傷つくことだったとは。
「俺は君のことが心配で……えっと」
自分の言う言葉で余計不審者感が増していく気がした。
ただ、ここで黙ってしまったら、それこそ不審者になるうえ、変な空気になってしまうだろう。それは何とか避けたい。
「頭が痛くなったりしてないか? 荷車が倒れてたけどケガは?」
少女はこちらを怪しんでいる様子だったが、
「……いえ、大丈夫です」
目をそらしてからぽつりを小さな声でそう言うのだった。
「そうか、安心した……あんな頭を呻らせる音だったから」
二人の安否を確認し、ほっと安堵し腰を下ろす。
少女はなぜか俺の顔を見続けていた。貫頭衣のような服にフードがついたものを着ていて、さっきまで顔をしっかりと見ることができなかったが……。
よく見ると、この少女。とてつもなく可愛い。
いや、可愛いというより綺麗という言葉が似あう。
海を彷彿とさせる濃い青髪、それに色白い肌。そして翡翠のような透き通った瞳に吸い込まれそうになる。
思わず顔を背けてしまう。当たり前だろ、こんな綺麗な子に見つめられたら目をそらさないはずがない。
「そうだ、さっきの男の人っ!」
外に倒れていた男の人を思い出し荷車の中から出ようとした。
「……っ」
だが、腕をつかまれ、俺の行動は阻止された。俺の行動を阻止できるのはこの場に一人しかいない。腕を掴んだのは少女だった。
「……お願いがあります」
少女は次の言葉を言いよどんでいる様子だ。
だか意を決したのか、口の中に含んでいた言葉を放った。
「アタシを奪ってください」
――それがその少女との出会いの始まりで。俺がこの世界で得た初めての生贄だった。
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