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序章

序章-2「奴隷少女を生贄に」

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「アタシを奪ってください」

 少女の意を決した言葉だった。

「ちょっと待ってくれ、奪うって!? そんな物騒な。それに今はあの男の人の容体を確認しないと」

「……アタシは、奴隷……です」

 奴隷? そんなの古い歴史を遡らないと聞かない言葉だぞ。

「……この荷車を運転していた男は奴隷商。私はこれからどこかに奴隷として売り飛ばされます」

 奴隷商? なんだその物騒な言葉は。

「ですから、あの男からアタシを奪ってください」

 さっきから何を言っているんだ、この少女は……奪うだって? この少女を?

「いや待ってくれ、そんなこと突然言われても。お前の言ってることを信じろっていうのか」

 俺の言葉を聞いても、少女は俺から目を逸らさない。この状況、服装、そしてその少女の眼差し。その全てから少女の言葉に嘘がないことぐらい、いかに鈍感な俺でもわかる。

「だが、俺は力が強いわけでもない、あの男と真っ向からやりあってもこっちがやられるだけだ」

 そうだ、あの男の人さっき近くで見ただけだったが、相当いい体格をしている。そんじょそこらの男と喧嘩をしたら勝つことのほうが多いだろう。

「でも、あなたは……」

 彼女はそう言ってから少し目を瞑ってから言葉を発した。

「……蛮族の方ですよね?」

 蛮族? また奇怪な言葉がでてきた。

「商人、いやどんな人でも蛮族相手にやすやすと手を出しません、それを逆手に取ればっ……」

「勝手に話を進めないでくれ! 俺はお前をまだ奪うなんて約束をしていないし、まずその――蛮族? ってやつでもない」

「ですが……アタシにはあなたが最後の望みなんです。奴隷として売られてしまったら……」

 あぁ、やめてくれ、そんな悲しそうな顔しないでくれ。そういう顔に俺はどうしたらいいかわからなくなる。

「あー、なにか算段があるんだな?」

「……やって、くれるんですか?」

 少女は不安そうな声色だが、その目にはどこか期待の色が見える。

「いや、まず話を聞こう。答えはそのあとだ」

 知らない相手に対して二つ返事で、はい。やります。と言えばだいたい不幸な結末にしかならない。少女の頼みを断るつもりはなかったが、俺はそう答えた。

「計画……と言うには簡単なことではあるんですが。あなたがアタシを買い取る交渉をする。それだけです」

 買い取る交渉だと?

「まてまて、俺にはそんな商売人としての経験も才能もない。それに交渉って言ったて金なんてない。あるのは鈴だけだ。そんな物でお前さん一人を買い取れるとは到底思えない」

 しかも、俺は現状が全く分かっていない。そんな状態で交渉なんてできるはずがない。

「そもそもだ、奴隷の相場すらわからないだぞ俺は」

「いえ、あなたはアタシたち、つまりあの男を助けた。そして蛮族であるという点があります。だからこそできる手があるんです」

 あぁ……そうか、成り行きとはいえ謎の花どもを追い払ったのか俺は………。まぐれではあったが。

「だか、助けただけでお前さんを譲ってくれるとは思えないぞ。それにその蛮族ってのはなんなんだよ」

「……蛮族を知らないのですか?」

「あぁ、ちょっと勉強が足りてないんでね」

 嘘をついた。全く知らないというと逆にいいように使われることが多いからだ。この少女はそんなことをするとは思えないが念のためだ。

「蛮族は、人族やエルフのような特定の種族に属さない種族の総称です。その種族は多く存在し、種族毎に文化が違い、基本的に商人は蛮族と取引きはしません。なぜなら相手の文化を知る術がほとんど無に近いためです」

 また奇怪な言葉がたくさん出てきたけどもそこは流しておこう。全く知らないことが、相手にばれてしまいかねない。

「なるほど。だが、文化が違うからこそ取引きの幅が広がりそうな気もするが」

「いえ、現在蛮族と呼ばれている種族は領地に入っただけで殺す。または取引きを行おうとすればその対価に命を要求すると言われる種族ばかりです」

 問答無用に殺されるか、よくても命を引き換えにって、そりゃあ商人としてはそこまでのリスクはかけられないよな。

「まともな取引きができた種族だからこそ蛮族ではなくなったわけか」

「そうですね」

 少女はうなずき、俺の目を見て訴えかけるよう言い始めた。

「……なのであなたには蛮族として何を要求されるかわからない恐怖が商人にはあります。特にこの一帯のシャリームの森のならなおのこと」

 シャリームの森……この森をそう呼ぶのか。

 奇怪な言葉のオンパレードじゃないか……頭がこんがらがってくる。

「うむ……」

 さて、どうするか。

 現状、俺はいま何をするべきかわからない。

 ここでこの少女の頼みを断れば、命の保証は現段階ではある。

 しかしその先はどうだ?

 シャリームの森と呼ばれている、少女の話からするといわくつきの森を一人で出れるのか。そもそも出れたとしても、その先どうなるかわからない。

 リスクは常に付いて回る。であれば、少女の話に乗ってとりあえず頼れそうな者が傍いる状況を作った方がいいのかもしれない。

 それにこれだけ会話をしてしまっていたら、いつ男が起きてきてしまうかわからない。決断が急がなければ。

 だが、これだけ考えてみたものの最初から答えは決まっている。

 綺麗な子の頼みを断るのは紳士として万死に値する。

「よし、わかったその話に乗ろう」

「いいのですか? まだお礼の話をしていないのですが」

「そんなのはあとだ、とりあえず準備をしてくる」

「……準備?」

 ***

 男の容態も気になるところだが準備を怠るわけにはいかない。

「まあ、無いよりかは……ましかな」

 近くの大きな葉を木からちぎり、二つの穴をくりぬいた。そして手ごろな蔦を後ろに通して……。

「――よし、できた」

 あと棒として使えそうな手ごろな枝と、四角い葉っぱのようなものがあれば……。

 よし、即席にしてはまあまあじゃないか。さて、商人との交渉へ行くか。

 ***

 男はまだ先ほどと同じ態勢で寝込んでいる。

 とりあえず、まだうなされている男を起こさないと。

 おっと、その前になにか危なそうなもの持ってないか……っと。

 人のものを取るなんて罪悪感があるが、これをしなかったせいで死ぬなんてことはごめんだからな。

 念には念を入れて……。

 男の体を漁っていると、腰に刀のようなものを持っていた。

 ……あぶない。もしこんなの出されてたら計画通りになんて行かなかったはずだ。刀はいただいておいて、念のため腰に巻いておくか。

 では、男を起こそう。

 うめき声のする男の肩を揺らし、頬を叩いた。

 だが、うめき声をあげるだけで起きる気配がない。

 一発ぶん殴ってみるか。

 ゴスッ!

 結構な力で当ててしまった。

 すると男は目を覚まし、こちらの様子を見て目を丸くした……ように思える。

 そりゃそうだ、目を覚ましたらでかい葉っぱのお面をつけた人が目の前に立ってるんだから。

「――――!」
 すると男はなにかを口にして頭を下げていた。

 何かおかしい。

 ……まて、こいつ何言ってるかわからないぞ。

 さっきの少女は話が通じたのにコイツの言うことが全く分からない。そもそも言語としてまったく知らない言葉で話をしている。てっきりさっきの少女と会話が成立したから会話できると思い込んでいた。

 おい、こんなので交渉もくそもあるかよ。

 ――こうなれば、やりきるしかない。

 俺は片手に持っていた背丈ほどの棒を男の右肩と左肩に交互に乗せ、最後に思いっきり頭に振り落とした。

 棒の先には鈴をつけているので、男にはより棒の存在を感じることだろう。

 なにか昔見た物語でこんなことをやっていた気がするからとりあえずマネでやってみたが、男はその動作でもおびえているようだった。きっと、男にはなにか儀式の前触れと感じたのだろう。

 なら、まず縄張りを荒らされ怒っている雰囲気をだすか。

 俺と男の間に棒で地面に線を引き。男のほうから線を十字に書き加えた。

 そしてそこで俺は怒りを表すために大声で叫んだ。

 上ずった声が出てしまった。

 だが、一度恐怖を感じるとどんなものでも恐怖にしかならないようで男の目は先ほど以上に怖気づいていた……と思う。

「――――!」
 すると男が懇願するような表情で何かを言っている……ような気がする。言葉がわからないから仕方ない。

 それとなく、うなずくそぶりをして用意していた四角い葉っぱに傷をつけたものを取り出し男に見せる。

 いわゆる、契約書のような印象を持ってもらえるように用意したものだ。それを男に見せながら淡々と言葉を重ねた。

 そうして俺は片手に持っていた棒で荷台を指した。

 男は慌てて荷台の中にあった果物の袋と箱を数個ほどだけ出してきた。

 それとなく意図していることが伝わったらしい。

「―――――――!」
 男は頭を下げてきた。

 雰囲気的に、これで許してくれと言っているのだろう。

 これが全部であるかのように演じて多少の物資はちょろまかそうと魂胆なのかコイツは。命の危機だというのにずる賢いのはきっと商人だからだろう。

 先ほど、男から奪った刀を手にし男に向けた。そして、棒で荷台を再度指し示した。

 男はしらを切っているつもりなのか首を振るう。

 ――しかたない、脅すか。

 俺は先ほどやった動作と同じ動作をした。

 刀を男の右肩乗せる。

 その後ゆっくりと左肩に乗せる。

 男もこの動作に既視感を覚えたのか最後に頭の上に刀を移動させたとき。

「―――――――――――――――――――!」
 大きな声で頭を抱え叫んだ。

 俺は男の目の前に刀の先を突きつけ、荷台を棒で指し示し、再度大きな声で叫び続けた。

 男はどこかよろめいた様子で荷台に行き、残りの荷物と鎖で繋がれた少女を連れてきて目の前に座り込んだ。

 すると、少女の頭を押さえ自分も頭を下げてきた。

 コイツ、奴隷だからって少女をそんな扱いして……。

 俺は少女の腕を掴み立ち上がらせた。

「お前は俺の言葉がわかるのか?」

 少女に問いかけた。これでさっきのはなにかの幻でしたってなったら堪ったものじゃない。

「はい」

 これで安心した。男の言葉はわからないが、少女とは会話が成立するらしい。

「ならなんで男と言葉が通じないことを事前に教えなかったんだ」

 俺は思わず、少女に食ってかかってしまった。

「ベルネリア語なら話せると思っていたので……。」

 ベルネリア語なんて知るはずないだろ、俺は母国語以外話せないんだぞ。

「まあいい……ならこの商人との通訳をしてくれ、できるか?」

「はい、できます」

「ならこいつに、お前はこの領地に無断で足を踏み入れた。お前は我が一族の誇りを傷つけた。故にお前の命をいただかないとならない。と伝えろ」

 少女はコクッとうなずき男に言葉を伝える。

「―――――――――、―――――――」
 男は俺の目を見て首を大きく振り、何かをうったいかけている様子だった。

「なんだって?」

「荷車の物は差し上げますから、命だけは助けてくださいと言っています」

「なら、そうだな……。お前の命を救ったのは私だ。ならばお前の命をどうするか私の勝手だろうって伝えてくれ」

 男の顔は先ほどより血の気が引け、具合の悪そうな顔になる。

 それに伴い、声も小さくなり、いまにも倒れそうな表情だ。

「――――――」
「命だけはお救いくださいって何度も言っています」

 これぐらい脅せばいいだろう。

「なら最後だ、お前の命をいただく代わりに別の命――生贄を差し出せ、そうすれば助けてやる」

 少女は少し驚いた表情をしてこちらを見ていたが、淡々とその言葉を男に伝えていた。

 男の顔は歪んだ表情をしていたが、その表情は先ほどより血の気が戻っているように感じる。

「――――、―――――――!」
「ならそのガキをやります。ですのでお助けくださいって」

 まあ、そうだろうな。自分の命が助かるならそうするよな。

 それにしても、この少女のことをガキなんて呼ぶとは腹が立つな。

 俺は刀の剣先を男の首に近づけ、少しだけ傷をつけながら言った。

「ならば、少女を今から生贄としていただく。そしてもう二度とこの森に近づくな。二度とだ」

 少女は俺の言葉を淡々と男に伝えている様子だった。

 だが、先ほどまでとは訳するのが大変なのか多くの時間を有している様子だ。

 いや、よく見ると少し少女の目つきがきついものになっているように見える。

 ――まさか、コイツ。

 ***

 その後、男は速足で逃げるように荷車とともに森の向こうに姿を消した。

 そして残ったのは少女と荷車にあった荷物、そして男の持っていたであろう布袋だった。

「お前、最後に男になんて伝えたの?」

「えっ? それは……」

 少女は言いよどみながら

「少女を今から生贄としていただく。それに、持っている荷物とお金の半分を置いていけ。って……」

 やっぱり、たぶんそれ以外にも私怨をあいつにぶつけていたのだろう。どおりで長いこと話していたと思った。

「俺はそこまで要求してないんだけど」

 それってほとんど強盗とやってること同じだろ。いや、女の子を生贄に奪ってる時点でそれ以上のことしてるかもしれないが。

「でも、これから動くために何の無いと困るじゃないですか?」

 そういわれるとそうなんだけど、そこまで考えていたとは……。この少女恐るべし。

「お前見かけによらずいい性格してるな」

「そうでしょうか?」

「ああ、そうだよ」

 少女は屈託ない笑顔でそう言っていた、俺はその笑顔を見てこいつとなら今後も何とか過ごせていけそうな気がした。

 そして、その時初めて見た少女の笑顔に少しドキドキしてしまい思わず顔をそらす。

 でも、とりあえずはひと段落って感じだな。

「これからどうするかな……」

「これから奴隷もとい、生贄としてお仕えさせていただきます。ご主人様」

 突然、少女は目の前で丁寧な平伏をしてそう言い始めた。

「おいやめろって、俺はそんなことのためにお前さんを助けたんじゃない」

 少女に手を振りながら言う。

「ですが……、ではこれからどうすれば」

「それはお前さんが決めろよ」

 だが、正直なところは、

「……でも、少しだけ俺の付き合いをしてくれると助かるかな」

 この状況を一人だけで乗り越えられる自信がない。特に言語の壁が厳しい。

「であれば、ご主人様にお仕えさせていただきます」

 少女はいまだ平伏した状態でそう言った。

「そのご主人様ってのはやめろよ。俺にはちゃんとした名前があるんだ」

「俺はカズナリ=トノサキ。カズナリでもカズでも何でも呼んでくれ。お前の名前は?」

「はい、私の名前はアオイ=スループ。アオイとお呼びください。カズナリ様。」

「様はやめてくれ。よろしくなアオイ」

 俺はそう言い手を差し伸べた。

「はい。カズナリ……様」

 俺は彼女の――アオイの手を握った。その手は柔らかく、強く握ったら今にも壊れてしまいそうな、そんな手だったと記憶している。

 そしてそのとき、棒の先についていた鈴の音が鳴り、風が吹いた。温かい風だった。

 そのときのアオイは忘れない。



 ――なぜって、風でフードが外れそこには獣の耳があったのだから。
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