記憶喪失だったが、元奴隷獣人少女とイチャイチャしながらも大鎌担いで神を殺す旅に出ました!

梅酒 凪都

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序章

序章-3「生贄と天使」

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 アオイの頭上には、あるはずのない箇所に毅然と耳が立っていた。

「お前、その耳……!」

 髪を後ろに結って、肩より下ぐらいまで伸びるその姿は普通の女の子であるが、その頭部には獣の耳がついている。毛に覆われた三角形で先の尖った形をしていた。

「……ああ、まだ言ってませんでしたね」

 アオイは俺の驚いた表情を見ても言葉を遮らず続ける。

「――アタシ、獣人なんです」

 獣人? 獣人なんて物語でしか聞いたことがない。

 アオイの姿を改めて見ると、お尻の部分にも毛深い尻尾が付いていて左右に揺れ動いていた。

 いろんなことが起こりすぎて頭の中が破裂しそうだ。一度情報をまとめたい。

「……と、とりあえず聞きたいことはあるが、ここにいたら、またあの花みたいなのに襲われかけない。荷物を持って移動しよう」

「アタシはそれで構いませんカズナリ様」

「その様っていうのはやめてくれ」

 ***

 それから俺たちは、商人からありがたくいただいた荷物を持って移動する。ありがたく譲っていただいたんだ、奪ったんじゃない……うん。

 商人から貰ったものは、アオイいわく数日は持つであろう食料と水、それにそこそこの金額の硬貨らしい。

 アオイが全ての荷物を持とうとしていたが、俺も持つことを納得させ、二人で手分けをし荷物を腰に括り付け歩き始めた。

 重要そうな硬貨はアオイに持ってもらうことにした。下手に俺が持ってて無くしてしまうと話にならないからな。

アオイに硬貨を渡した際に「こんな貴重なものをアタシが持っていていいのでしょうか?」と言っていたが、アオイに逃げられたら今の俺はそれこそ野垂れ死にだ。言語が通じないと分かった時点で俺の生存への望みは限りなく薄くなった。

 コミュニケーションこそ生きる上で最も重要なことだ。

「アオイはそれをもって逃げたりするのか?」とちょっといじわるな質問をしてしまったが、間髪入れずに「そんなはずありません」って言っていた。

 女の子を信じることが紳士の必須条件。アオイに預けるのが一番だ。

 森の中を歩き続ける。アオイは俺の後ろにつき歩いてきている。

「アオイ、聞きたいことがあるんだが聞いていいか?」

 だが、アオイからは反応が返ってこない。さっきまでは普通に会話をしていたはずなのにおかしい。俺はアオイのほうを振り返る。

「アオイ?」

 そこで、アオイの首輪が薄っすらと光っているのに気が付く。アオイがなにかに抵抗しているようで、その額には汗がにじみ出ており、苦しそうな表情をしている。

「か、カズナリ様っ」

 しかし、その抵抗も意味をなさず、何かに導かれるように、アオイの足が森の奥へと向かって行ってしまう。

「おい、アオイ待てよ!」

 俺は慌ててその後を追うように駆け出した。

 ***

 やがて、アオイは森の奥のある場所に入って行く。

「なんだあれは……」

 明らかに自然にできたものではない。人工的に積み上げられた岩の壁だ。

 いや、近くに来てわかったが壁というより門に近い。

 中を覗くと階段があり洞窟に繋がっているようだ。

 今は躊躇している暇はない。俺はアオイを見失わないためにも、その階段を急いで下りていく。

 洞窟の中は、じめじめとしており、灯りはない。次第に目が暗闇に慣れ始めたのか、中の様子が見えてくる。

 道がまっすぐと続いているようで、アオイの姿を見失ってしまった俺は道に従いまっすぐ進み続けた。

 ***

 歩き続けると、大きな広間に出る。洞窟の中にこんな空間があるなんて……。

 その先には石でできた大きな台があり、その上にアオイが倒れていた。

「アオイ!」

 俺はその姿を見るなり駆け寄り、アオイの元へ近寄る。

 怪我はしていない。しかし、目は開いておらず気を失っているようだ。俺はアオイの肩を持ち、アオイを起こす。

「アオイ、起きろ!」

「……カズナリ……様」

 アオイの完全に開ききっていない瞳がこちらを見る。俺はアオイが無事あることに安心し、胸をなでおろす。

「アオイ、気が付いたか……」

 首輪が光かってからアオイの様子がおかしくなっていたことに不安を感じた俺はアオイに問いかける。

「いったい、どうなってるんだ。いきなり走り始めて……」

 アオイはどこか暗い表情になりながら、首輪に触れる。

「この首輪は、奴隷の証」

 奴隷の証だって……。

「とりあえず、こんなところから離れよう」

 俺はアオイの腕を掴んで一刻も早くここから逃げようとした。しかし、アオイの腕を掴んだ時、気が付いた。

 ――目の前にいた。神々しい白き翼を大きく開き、ローブで体を包んだ何者かに。

 その大きさは俺たちの何倍もある上、宙に浮いていて俺たちが見上げる形にならざるおえない。

「今宵の生贄は獣人か」

 目の前のその存在が俺に、いやアオイに向かって話しかける。

 俺はアオイをかばうように立ち、その存在をにらみつける。

「カズナリ様……お逃げください」

 そう言う、アオイの声はどこか諦めているようにか細く聞こえた。

「お前のことを、放って逃げられるかよ」

 せっかく、記憶の無い中で仲良くなれた唯一の存在だ。それにこんなかわいい子を放って逃げるなんて男として、そんなことはできない。

「ふっ……、神の使いである、天使に刃向かうか気か……」

 ローブを纏った存在――天使と名乗るその存在は、フードで顔が見えないが笑っているようだ。

「ああ、アオイを生贄に貰ったのは俺だからな。その命は俺のものだ」

「そうか……なら、奪い返すまでだ。……いや、そうか。お前が」

 天使が俺を見つめる。どういうことだ、俺のことを知っているような言い方をしている。

「お前、俺のことを知っているのか」

「いや……ふむ、そうか……そうであったか」

 天使は自分だけで納得したのか、俺の全身を見続けている。

「なんだ、なにを知っているんだ。俺の知らな――」

 言葉を全て言い終わる前に、目の前にいたはずの天使が姿を消していた。

 次の瞬間、俺は入り口近くの壁に大きく吹き飛ばされていた。

「カズナリ様!」

 天使に殴られ吹き飛ばされたのか、壁に叩きつけられた右半身に痛みが走る。

「ははは……そうか、その程度か今のお前の力は」

 ちくしょう。俺は体勢を立て直し、天使に走り寄り、腰の小刀を天使の体に突きつける。

 だが、その攻撃が当たることはなく、小刀を突きつけた俺の体とともに天使の体を貫通してしまう。

「無意味だ……」

 そして、その場で天使の腕に叩きつけられる。

「ぐはっ!」

 地面に打ち付けられた衝撃でうめき声が出る。

「カズナリ様!……っ」

 アオイの苦しむ声を聞きこえ、目を見開くと天使の手にアオイの体は強く握りしめられていた。

「……っ、逃げてくださいカズナリ様!」

 俺はその場に立ち上がり、再び神に小刀を突きつけるため飛び掛かる。

 だが、天使に簡単に薙ぎ払われて俺の体は再び吹き飛ばされてしまう。

 いまだ天使の手の中にはアオイが握り締められており、その力が増していったのかアオイが先ほど以上に苦しみもがいていた。

 なにか手段はないのか……。

 天使が笑いながら俺を見つめる。

「無駄だ……天使を傷つけることなぞ、人には不可能だ」

 アオイが天使に体を強く掴まれながら叫ぶ。

「逃げてくださいカズナリ様! 天使相手に人では攻撃が通用しません!」

「……っ! お前を置いて、逃げられるかよ」

 天使の下にある祭壇に視線を移す。

 するとそこには大きな鎌があった。

 ここで命を落とすぐらいなら。

 俺は祭壇に向かって走り出す。

 天使は俺の行動に気がつき、大きく手を振りかざす。

 俺はそれを寸でで右にかわし、走り続ける。

 ローブに包まれ顔は見えないが、その奥にあるであろう口がニヤリと笑った気がした。

「……ふふふ」

「カズナリ様! 避けてください!」

 アオイの叫ぶ声が聞こえ俺は咄嗟に前へ大きく飛び転がる。

 すると、後方から大きな物音が聞こえた。

 振り返ると俺がさっきまで存在していた場所には朽ちたシャンデリアが落ち砕け散っていた。

 アオイの声がなければ今頃俺はその下敷きになっていたであろう。

「ほう……ならば、突き刺され死ぬがよい」

 祭壇はすぐそこにまで迫っている。俺は躓きそうになりながらも、手を伸ばしその大鎌の柄を手に掴む。

 天使は右手を剣のように鋭く変化させ、俺を狙っていた。その右腕が俺の体に迫る気配を背中に感じる。

 俺の背中は切りつけられる……しかし、その腕で突き刺されるまではいかなかった。

 なぜなら、天使の右腕を大鎌で俺が刈り取っていたからだ。

「なぜだ……。痛い、痛いぞぉぉおおおおお」

 天使が失った右腕を抑えるようにもがき苦しむ。

 その瞬間、左手に捕らえられていたアオイの体が宙に放たれる。

「きゃっ!」

 アオイの落とされる位置に滑り込み、アオイを抱きしめる。その温もりに俺は一瞬の安堵を得る。

「大丈夫か、アオイ」

「はい、アタシは大丈夫です。ですが、カズナリ様が怪我を」

「そんなのはあとだ。今はあの野郎をどうにかしないと」

「痛いぞ、痛かったぞ。痛いのは久しぶりだ……。……ふふふ」

 天使は俺とアオイに向かって左手を振りかざしてきた。

 だか、俺はそれを大鎌で腕ごと切り落とす。

 そして、天使に向かって走りこみ、その首元に大鎌の刃を突きつけ。

 思いっきり引き、首を刈り取った。

「なぜ我が殺される。……俺の役目もこれで終わりだ」

 天使はローブの奥にある顔から不敵な笑みを覗かせるとともに消え去っていった。そして、俺はその場に倒れてしまう。

 倒せた……、だけど背中の傷がズギズギ痛む。

 アオイが駆け寄って来ているのが見える。

 なにか俺に叫んでいるようだ。だけど、返事をしようにも声が出すことができない。すまないアオイ、返事ができないみたいだ。

 その瞬間、俺の耳には鈴の音が聞こえたような気がした。しかし、それを確認できるほど意識ははっきりしていなかった。

 ***

 ――side アオイ――

 カズナリ様が天使の首を大鎌で切り落とした。その瞬間、その姿は跡形もなく空中に飛び散るように消え去っていった。

 アタシの目にはローブの奥の瞳が笑っているようにも、泣いているようにも見えた気がした。

 命を二度も救ってくれた人物の元に駆け寄る。

「カズナリ様!」
 
 背中からは大量の血を流し続けている。すぐに手当てをしないと……。

 アタシは、治癒魔法ヒールをカズナリ様の背中に当て続ける。しかし、血が止まることはない。

「傷が深すぎる……」

 治癒魔法ヒールが追いつかない程の大怪我だ。このままにしていたら、カズナリ様の命が危ない。

 わかっていながらも今のアタシには追いつかない治癒魔法ヒールをかけ続けていることしかできない。

「お願い……カズナリ様の命を」

 チリーン

 その瞬間、鈴の音が鳴った。カズナリ様の腰につけられている鈴からだ。

 その音ともに、カズナリ様の背中の傷口が塞がり始める。

 どういうこと……。アタシの治癒魔法ヒールが効いているわけではない。なにか特別な力が治している。

 やがて、その光は止み。背中の傷が塞がったカズナリ様とアタシだけがその場に取り残された。

 ***

 アタシは洞窟を抜け、カズナリ様を背負い人の匂いのする方に向かって歩き続けた。カズナリ様はあの後も目を覚まさない。

 死んでしまったかもしれない、そんな考えが頭をよぎる。そのたびに頭からそんな考えを無くす。カズナリ様は生きている、アタシが助けないと……。

 人の匂いが近い。今のアタシの力ではカズナリ様を背負うので精一杯なので長い時間歩くことができない。

 目の前に人の影がぼんやりと見える。その安心感とともにアタシの体力の限界を迎えた。

「……お願い、します。カズナリ様を」

 アタシは駆け寄ってくるその人影に伝え、その場で気を失ってしまった。

 ***
――side カズナリ――

 目が覚めると俺はベッドの上にいた。

 体を起こし、周りを見渡す。どこかの部屋のようだ。だが、誰もいる気配がない。

 俺はたしか……天使と戦って……。

 すると、扉が開かれアオイの姿が見えたかと思うと、俺の姿を見るなり俺の体に抱き着いてくる。

「カズナリ様!」

 アオイの大きくもなくだからと言って小さくもない柔らかなふくらみが俺の体に当たっている。こんなときに、こんなことを考えてはいけないと思いつつも、その感触を感じ取ってしまう。

 俺の意識がその一か所に集中する。アオイが動くたびにそのやわらかい感触も動き回り、その感触に包まれている気分になる。

 いやいや、待て。ここでこそ紳士的な対応をしないと。

「アオイ」

 俺はアオイの名を呼び、肩を持ち体を離す。あの感触が恋しくないといえば嘘になるがしかたない。

「俺はいったい……どうなったんだ」

 アオイは先ほどの安堵した表情から一転し、真剣な表情で俺に言う。

「カズナリ様は、アタシを生贄にしようとしていた天使を倒しました」

 天使を倒したのか、この俺が……。

「いえ、正確には殺したといった方がいいでしょうか」

 アオイはベッドの横に視線を向け言葉を続ける。その視線の先には俺が洞窟で手にしていた大鎌が置かれている。

「その大鎌で神の首を撥ね、アタシを神の生贄になる運命から救ったのです」

 アオイは跪き懇願するように言う。

「カズナリ様、生贄として貴方にアタシの命を捧げます。ですので、アタシの復讐の為に神を殺してください」

 ――それがこの世界で交わした初めての盟約だった。
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