12 / 25
【アルカナ】
しおりを挟む「貴女はノ-ラのために一体何を…貴女が何かをしたから、彼女は今日まで人として生きられたのではないですか?」
「アルカナさ」
「アルカナ…貴女がノ-ラに贈ったという…」
「あれは一枚一枚が精霊の力を封じ込めた、強力な護符だったのさ」
「魔女を閉じ込めるための護符ですか」
「ノ-ラに渡した絵札は、大アルカナの22枚。月、星、太陽…それぞれに絵札には、謂れのある精霊が棲みついている。謂わば小宇宙を形成している。描かれた精霊の防壁を破壊すれば、外に出る事は可能だ。しかしいくら大古のマレキフィムと言えど、全て突破する事はまず不可能。もし無理に抗えば、力を使い果たし消滅するだろう」
「それで…貴女は彼女に占い師の仕事を後押ししたのですね」
「絵札が生活の糧ともなれば、手放す事もないだろうし、アルカナが主と認めた以上、あれは捨てても手元に戻ってしまうだろう。ノ-ラが絵札を大切にすれば守りも上がる」
「まさに鉄壁の護符という訳ですね」
「いや、一点に於いては脆い、それは魔法全般に言える事なのだけれど…絵札は川に流したら効果が無くなる。魔法というのは本来、流れる水には弱いものだ。魔法に携わるものは川辺を嫌う。流れる水には魔法を浄化する力があるからね」
「橋の近くで商いをするのを勧めたのも」
「少しでも、あの娘の中に潜むやつの力を抑えるためさ」
「貴女が橋を嫌うのも」
「それは…通行料をふんだくられるのが嫌だからさ」
「貴女は西ロンドンの一角に半世紀近く魔女の魂を封印された…なんて偉大なお方だ!」
「正確に言うとロンドン全域なのだがね」
彼女は悪びれる様子もなく言った。
「ロンドン…全域…ですか」
森の出口を顧みて男は思う。
「生きて出られぬかも知れぬ」
しかし、またそれも一興と思えば口元に自然と静かな笑みが浮かぶ。
とうに夜半を過ぎた時刻ともなれば、風切り羽を切り落とされたワタリガラスたちも濠の中に姿を見せない。
イ-スト・エンド、テムズ川の陲。20の塔からなる塔の中心であるホワイトタワー。
『女王陛下の城壁にして宮殿』
それが、この塔の正式な呼び名だ。
昔も今も王室が所有するロンドン塔は、現在は王室の住まいとはなっていない。
彼女が立っている塔の天守閣に当たる場所は現在は天文台として使われていた。
この場所からロンドンの街が一望出来る。
昼間の賑わいも消え失せ、工場の排煙が街全体を覆っている。新設されたばかりのガス灯の灯りが胞子のように揺れて見えた。
建物全体に灯りはなく、ブラッドタワーと呼ばれる右側の塔の窓から1人の婦人が彼女に手を振って見せた。
右手にぶら下げているのはランタンではなく、自身の首なのだが、書物にも歴史にも興味がない。彼女は婦人が誰だか分からなかった。
膝を少し曲げ婦人に挨拶を返す。
そして彼女は掌に55枚のアルカナをのせて命じた。
「人より長く魔女と同じく永らう石に身を隠せ」
風に命じた。
「彼らを運べ」
石に命じた。
「衛士の褥となるべく彼らを隠せ」
掌から絵札は離れ、騎手や聖杯やワンズは、ロンドンの至る所に身を潜めて来るべき戦の時を待った。
本来ならば使い方が違う絵札。絵札に込められた力により、古の魔女を封じ込め懐の短剣で止めをさすものだ。
短剣にはマレキフィムの反抗魔法者の魂たちが込められている。
孵化する前に指し貫けば、その禍々しい魂は元素に還り二度と再び再生は叶わぬはずだ。
禍の魂が眠り耽る歳月を研鑽と研究に費やした、剣と絵札は彼女達の叡知の結晶であった。
しかし彼女はそれを教え通りに使わなかった。
その報いは受けるつもりでいた。
彼女は曾て、両親とともに海を渡りこの国に流れ着いた。
どこの国であろうと、何も持たない他国の移民には差別や迫害はついて回る。
元より彼女の一族は母国での弾圧や迫害を逃れ、この国に来たのだから。
彼女の第二の故郷であるウェールズも例外ではなかった。
彼女の両親はそこを安住の地と決め必死で地域に溶け込もうと努力した。
子供である自分や幼い妹や弟のため、と分かっていた。
しかし彼女は、そんな両親や暮らしが嫌だった。
自分がまだ何も成し得ていない子供だから不当に扱われるのではなく、差別を受けていると分かっていた。いつも家や土地を出て、自由に生きてみたいと思っていた。
そんな時に師は彼女の目の前に現れた。
「お前を迎えに来た」
師は彼女に言った。
「迎えに来てなんて頼んでないわ」
彼女は師に向かって舌を出した。
すると師は柔和な笑顔を見せて彼女の頭を撫でた。
「お前自身は呼ばなくても、私はお前の魂に呼ばれて来たのだよ」
「魂」
「お前の魂は古くから私たちの仲間」
肌や髪や生まれた国など関係ない。魂が同じ仲間だと。
彼女は師の後を追い町を出た。本当は彼女が盗賊であろうと、何であろうと一向に構わなかった。
師の家に着くまでの間には、彼女が魔女であり、自分は魔女になるために呼ばれたのだと知った。
魔女の家で寝起きを共にし、魔女の家で魔女の食べる食べ物を食べた。
僅か1年の間に修行らしい事など何もしなかった。
彼女は1年で17歳の娘になった。マレキフィムのように、人の魂に寄生して生き永らえる事を彼女の一族はしない。
それでも見えない魔法の庇護を受けた彼女たちの寿命は永い。
その夜彼女がロンドンの街に仕掛けた術式は魔女の力を減退させ、この地に封じ込めるものである。
それは彼女とて例外ではない。その夜彼女は自らの力の大半を失った。
市井の人々と同じように年を重ね老いて死んで行く。彼女は魔女ではなくなった。
それが仲間や師に背いた自分に、自らが課した報いであった。
もはや魔法と名のつくものは、このロンドンの街から出る事も、入り込む事も不可能となった。
こうしてロンドンの街は、若い魔女の手により古き魔女の魂と、その魂を授かった少女と、彼女自身さえも閉じ込める禁忌の森となったのである。
その森の入り口に立ち、苦もなく入り込んだ者がいた。若い魔女はその時には未だ、それを知らずにいた。
0
あなたにおすすめの小説
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
四人の令嬢と公爵と
オゾン層
恋愛
「貴様らのような田舎娘は性根が腐っている」
ガルシア辺境伯の令嬢である4人の姉妹は、アミーレア国の王太子の婚約候補者として今の今まで王太子に尽くしていた。国王からも認められた有力な婚約候補者であったにも関わらず、無知なロズワート王太子にある日婚約解消を一方的に告げられ、挙げ句の果てに同じく婚約候補者であったクラシウス男爵の令嬢であるアレッサ嬢の企みによって冤罪をかけられ、隣国を治める『化物公爵』の婚約者として輿入という名目の国外追放を受けてしまう。
人間以外の種族で溢れた隣国ベルフェナールにいるとされる化物公爵ことラヴェルト公爵の兄弟はその恐ろしい容姿から他国からも黒い噂が絶えず、ガルシア姉妹は怯えながらも覚悟を決めてベルフェナール国へと足を踏み入れるが……
「おはよう。よく眠れたかな」
「お前すごく可愛いな!!」
「花がよく似合うね」
「どうか今日も共に過ごしてほしい」
彼らは見た目に反し、誠実で純愛な兄弟だった。
一方追放を告げられたアミーレア王国では、ガルシア辺境伯令嬢との婚約解消を聞きつけた国王がロズワート王太子に対して右ストレートをかましていた。
※初ジャンルの小説なので不自然な点が多いかもしれませんがご了承ください
拾われ子のスイ
蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】
記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。
幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。
老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。
――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。
スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。
出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。
清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。
これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。
※週2回(木・日)更新。
※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。
※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載)
※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。
※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる