恋と鍵とFLAYVOR

六葉翼

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【私と藤池と彼の彼女】




藤池。

案外律儀なやつなのかも知れない。

携帯を片手に、何だかそわそわした様子だ。

「よお、お待たせ」

「ああ、ちっとも来ないんで教室まで見に行ったよ」

「私が聞きたい事に答えてくれたら、すぐ帰っていいよ」

「彼女が『食事しない?』ってラインくれたんだ。もう校門の前に着いてるはずなんだ」

「ああ…それで」

私は納得した。

「彼女、待たされるのが嫌いなんだ」

「デートは?しなくていいの?」

「頼む!小野瀬さん…だっけ、時間ないんだ」

あんまり苛めても面白くないみたいだから。

「彼女が使ってる香水の銘柄教えて」

「知らない」

藤池は即答した。

「興味ないし」

「だって、あんた時々つけたりするんでしょ?」

「けど知らないよ」

「他にうちの学校の生徒で同じ事聞いた人いる?」

「いるよ、音無だっけ、確か三組の。あいつ事故で亡くなったんだよな。話したのは少しだけだけど、いいやつぽくて…」

「ありがと、藤池」

私は藤池の肩を叩くと下駄箱に向かった。

藤池も走って下駄箱に向かう。

昇降口を出て私は走る。
藤池も走る。

「なんで、小野瀬も走ってるんだ?」

「あんたの彼女に聞きたい事があるの」

「あん時の音無と同じかよ」

そうか、音無君もこんなかんじで藤池の彼女から直接聞いたんだね。

息を切らせ校門の前に辿り着く。そこはちょっとした騒ぎになっていた。

校門の外に停めたベンツに人だかりが出来始めている。

下校する生徒たちが興味深げに車内を覗いている。

だっさいジャージ姿の学年主任の宮崎が生徒を押し退け運転席の女性に声をかけているところだった。 

車内にいる綺麗な女性が藤池の彼女か。

眉間に皺を寄せタバコに火をつけ威嚇するように集まった野次馬に睨みをきかせている。

私の背後で「ああ~」という藤池の嘆く声が聞こえた。

宮崎が運転席の窓を叩く前にガラスが降りた。

「父兄!」

彼女が噛みつくように怒鳴った。気迫に押され宮崎は、すごすご退散した。

溜まっていた生徒たちに向かって。

「用のない者は速やかに下校しなさい!」

八つ当たりみたいに怒鳴った。

私はベンツの前の女性の前に進みでた。

「なに?芸能人じゃないわよ」

彼女はぞんざいに聞いた。

「すみません、お聞きしたい事があります」

ヤ〇ザとかプロ野球先週が乗ってるようなタイプじゃなくて、お洒落なコンパ-チブルのベンツ。

高そうだけど白いブラウスと黒のミニスカートを嫌みなく上品に着こなしていた。

短く束ねた明るい色の髪に濃すぎない化粧。社長夫人というよりアパレル関係の女性起業家といったかんじの女性だった。

「真吾の知り合い?」

こいつ、真吾って言うんだ。親の願い叶わずだね。

いつも間にか私の横に立つ藤池は狼狽した様子で。

「同級生なんだ」

「で、その同級生が私に何の用?」

「あの、いつもお使いの香水は?」

「それ聞くの流行ってるのかしら」

「以前にも誰かいたんですか」

「まあ、立ち話も何だから車に乗りなさい」

私は藤池と顔を見合せた。

「真吾!早くしなさい!私は壁の花じゃないのよ」

言われるままに私は助手席に藤池は後部席に腰を降ろした。

車内には煙草の香りと彼女の香水の香りが満ちていた。

彼女がアクセルを踏み込みハンドルをきる。周りにいた生徒を蹴散らすように車は走りだす。

「あら、誰か後ろから追いかけて来るみたいだけど…お友達じゃないの?」

ミラーを覗きこんだ彼女がくわえ煙草で私に言った。

振り向くと遠くから手を振りながら走ってくる隅田の姿が見えた。

「いいの?」

彼女が私にそう言った時車はもう県道に出ていた。

「彼女お金持ちが嫌いみたいなんで」

私は彼女にそう答えた。

「香水はゲランのブルーよ」

彼女はハンドルを握りながら答えてくれた。

「聞かれたのは貴女でニ度目、この間は男の子だったけど何かあるの?」

私が言い淀んでいると後部席の藤池に向かって。

「音楽でも聞いてなさい」

「いつもは怒るくせに」

そう言いながら藤池は鞄からヘッドセットのコ-ドを引っ張り出した。

「気がきかない男ね」

「まだスイッチ入れてないよ」

藤池が片手を上げた。私は別に構わないんだけど。

「私が好きな人がつけてた香水なんです」

「ゲランを?」

「はい」

「この香水は以前私がフランスで見つけたものなの。当時は日本では手に入らなくてね。現地で試した時は爽やかで華やかな香りで、主人も気にいってくれて、でも日本に戻ったらえらくセクシーな香りに変わってしまって。こっちは湿気が多いから…『これはこれで素敵だ』って主人のお気に入りだったの」

「だったって」

「私未亡人なの」

彼女は右手の薬指にはめたリングを私に見せた。

「貴女と同じように私の車の窓を叩いた男の子がいて、同じ事を聞いてきたわ」

「多分その彼です、私の好きな人」

「吸い込まれそうな黒い目をしてたわ」

「間違いありません」

「あんまり真剣な顔をして聞くものだから私は悪戯心がわいて、その子に聞いたの『貴方にとってこの香水に何か意味があるのかしら?』ってね」

彼は頷いた。

「僕の好きな人の香りに似てるんです」

「純粋に疑問だった。あまりにも彼のイメージと合わなかったから。もしかしたら私と真吾みたいな関係かもなんて考えたりもした」

それで彼女は悠斗君に聞いてみた。

「一体どんな彼女?」

音無君は彼女に答えた。

「僕の運命なんです」

僕の運命…か。胸に最後の楔が打ち込まれた気がした。

「その彼を好きなのが貴女?」

「はい、大好きでした。今でも」

「彼どうかしたの?」

「死にました。つい最近」

「そうなの」

街に出るための急な坂道でも彼女はギアに触れもしない。

スピードを上げたコンパ-チブルが悠斗君の命を奪った坂道を通り過ぎる。

途中轟音を上げ近づくトラックとすれ違う時も彼女の足はアクセルを踏んだまま。

彼女は素足で、横に無造作に置かれた赤いピンヒ-ルが二つ並んでいた。

振り返る間もなく車は坂道を通り過ぎ高速の高架トンネルを通り抜ける。

私たち二人は黙ったまま。後部席から藤池のヘッドセットから漏れるシャカシャカという音が聞こえてくる。

「方角はこっちでいい?」

「はい」

赤信号で車が止まる。

「これ、いい車ですね」

本革のシ-トを叩いて私がアホみたいに言う。

「こんな車、私なら悪い事か超玉の輿に乗らないと一生乗れないかも」

「主人と結婚した時周りから両方言われたものよ」

「藤池とは、どこで知り合ったんですか?」

「私が若い頃から通ってたレストランで彼がバイトしてたの。庶民的なお店よ」

「そうなんですか」

「亡くなった夫の遺言なの」

「藤池とつき合う事がですか?」

信号が変わって車は再び走りだす。

彼女の話によると彼女の旦那さんは彼女が勤める企業の社長だった。

「私は大学を卒業して務めた会社で彼の秘書をしていたの、出会ってから半年で彼からプロポーズされた。私は大学を出たばかりで彼は五十半ばだった」

「困ってるんだ」

ある日社長室で彼女は言われた。

「どうかされましたか」

彼女が訊ねると彼は言った。

「お金とか、知識とか今までの経験とか、もて余す日々が続いている」

「それは羨ましい悩みですね」

単なる自慢話かと思った。普段そんな事を言う人ではないのに意外な気はしたが、愛想よく受け流した。

「分かち合える人が僕には必要なんだ」

彼は真剣な表情で彼女に言った。

「君は僕と一緒になって必要なものだけ君の物にして欲しい。僕と結婚してくれないか」

彼はその年齢までに一度だけ結婚していた。お見合いで、ニ年で離婚した。

プロポーズしたのは生まれて初めてだと後で告白した。

「僕の事は少しだけ好きになってくれたらいいんだ。たくさんは愛さなくていい。僕は多分君より早く死ぬから」

「君は僕が生きている間に僕から学ぶ事があると思う。もしも僕が死んだら若い男とつき合えばいい。そして僕のような良い男に育ててやるんだ」

「それが旦那様の遺言ですか」

「そ、別に誰でもよかった」

「なぜ藤池を」

「お店に食事に行った時彼ウェイターの格好してて、他の人はみんな立派にウェイターの仕事をこなしてだけど彼だけ、なってなかったから。まだ何者でもないってかんじ、それだけよ」

「いくら、ご主人の遺言でも」

「私はたとえ彼が死んだ後でも従うの、何故だか分かるかしら」

「いえ、分かりません」

「彼が私の運命だからよ」

後部席の藤池を見る。彼は右手で頬杖をついて音楽を聞きながら車外の流れる景色を眺めていた。

彼の使っているヘッドセットは私が以前使っていた物と同じやつだ。

壊れてしまったので新しいのを買ったけど。

今のやつは曲間でも曲が鳴っている時でもヘッドセットをつけると外部の音は一切遮断されて何も聞こえない。

藤池のは違う。私には関係ない事だけど。

車は私が彼女に伝えた住宅街から全然違う道を走っていた。

「L'Heure bleueっていう名前のお店があるのよ。リコッタチ-ズのケ-キがおすすめなの、ご馳走するわ」

車は高速入口のゲ―トを通り過ぎた。

「高速にのればすぐだから」

やっぱり違うな。煙草の匂いと藤池のムスク、私と彼女の匂いが車内で混ざりあって。

悠斗君の部屋の香りとは全然違ってしまっている。

メールの着信が一件あった。母からだ。

「繭に荷物届いてます」

それだけ。私はスマホを鞄にしまうと彼女に。

「大丈夫です」

そう答えた時には車はもう高速に入っていた。
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