恋と鍵とFLAYVOR

六葉翼

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【星とほおずき 後編】




図書室のエアコンは故障したままだった。

6月半ばだというのに、気温は27℃を記録し、夕方になっても涼しくならなかった。

蒸し暑くて作業中の身にはこたえる。気まぐれに動き出しはしないかとエアコンのリモコンのボタンを押してみるがカビ臭い空気が吐き出すだけだった。

全国的にインハイの予選が終わり今は県大会の真っ最中だ。

運動部に所属している図書委員はレギュラーでも補欠でも、この時期顔を出さない。

OBの方で古書店を営む方から書籍の寄付があった。なんでも父親の代から続いていた古書店をたたむ事になったので、母校に寄付したいとの事だった。

あまりに沢山の本が学校に届けられたため、学校では空いている教室に本を保管した。半年前の事だ。

そもそも、うちの高校には現在は使われていない旧校舎というものが存在していた。

あまり借り手のない古い本などは、そちらの教室を利用して、手厚く保管されていた。しかし私が1年生の時の春休みに、旧校舎は老朽化して危険という理由で取り壊された。

春休み旧校舎から新校舎の空き部屋へ書籍の移動が行われた。

勿論図書委員の仕事である。

本というのは一冊なら大したこと事ないが荷物になると存外重い。

春休みのあの労働は図書委員全員の骨身を軋ませ記憶に染みついているはずだ。

本は重い。もう2度と運びたくない。部活の方がよっぽどマシだ。

そもそもレギュラーじゃないやつなんて大会に合わせた練習では殊更お呼びではないはずだが。

全員逃げた。

さっきからしゃがみ込んで、古書店から届いた希少本を目敏く見つけ、目を輝かせて読み耽るこの男、音無悠斗を除いて。

「隅田サンリオSF文庫って知ってる?」

「サンリオってキティちゃんとかマイメロの?」

「そう、そのサンリオが昔出版社を立ち上げてさ。海外の未発表のSF小説や有名無名作家の作品を売り始めたんだ」

「あまり聞いた事ないけど」

「およそプロのバイヤーなら契約しないような玉石混合ぶりで実に面白いんだ、まさにカオスだよ」

「今音無君が目の前の現実から逃避して読み耽ってるのが、それなわけね」

「だってこれゼラズニーとKディックがリレー式に書いた【怒りの神】だよ、あり得ないだろ普通」

「コラボなんて音楽だって小説だってお互いの持ち味を殺し合うだけで面白かったためしがないわ」

「こっちはナボコフ…【枯れ草熱】もある!今日僕これ借りて帰っていいかな!?」

「誰も読まないから好きなだけ持って帰りなさい。でも、その前に現実を見て」

目の前の現実、書籍を詰め込んだ段ボールの山。

「大体今になってなんでアニメ研究会なんて部が発足するわけ?ほんと意味分かんない」

うちの高校は規則でがんじがらめという訳ではなく、比較的自由な校風で知られている。

だからと言ってけしてリベラルという訳ではない。それは文化部の分布を見れば分かる事だ。

茶道に書道に歌留多、ブラバン。昔からよくある古典的な文化部の名前はあるものの、軽音や漫画といった今では普通にどこの高校にもありそうな部は存在しない。同好会すら認めてもらえないのが現状だ。

過去にそれらの部を発足しようとした先輩方もいたようだが認められなかったらしい。

現校長の教育方針で。

「そういったものはあくまでもサブカルチャーであって、文化とは言えない。本校の校風にはそぐわない」

随分アナクロな話だ。昭和も遠くになりにけり…その時代は軽音部とかあったらしいが、そこがいつしか不良の溜まり場になり…何がしか事件でもあったのかも知れない。

それが突然【アニメ研究会】の部活承認とは、我が校にとっては石器時代から産業革命なみの進歩だ。

「遊井先生の功績だね」

音無君は本のページをめくりながら言った。

遊井先生は昨年赴任した物理の先生でこの学校のOBだ。

「ソロモンよ私は帰って来た」という謎の挨拶と共に我が校に赴任して来た、新任の物理の先生だ。

一体どんな手段と、どれだけ情熱を傾けたのか想像もつかないが。

保守的な文化部の中にアニ研は誕生した。ぱちぱち。

アニ研の使う予定の空き部屋には沢山の蔵書が保管されていて、それを急遽図書室に移動させなくてはならない。とんだ皺寄せだった。

全ての本に図書番号を貼り付け図書カードを付ける。

古書店から寄贈された本は値札を外して…。

「音無君、さっきから気になってたんだけど」

私は書籍が詰め込まれた段ボールの横に置かれた棺桶みたいな長方形の段ボールを指差して言った。

「これは一体何!?」

「ああ、それは本棚だよ」

なんですって!!

「自分たちで組み立てろって事?そこまで、まる投げ?信じられない!」

「組み立てないで配送するから安いらしいね」

とても1日で終わる作業ではなかった。

そう言えば音無君は今日は家族と用事があるんだった。早く帰して上げないと。

口では文句を言っていた私だけど、この作業自体ちっとも嫌ではなかった。

どうせ他の委員たちは何くれとなく理由を拵えては来ないだろうし。

私は放課後のゆっくり流れる時間を彼と過ごしていられる。その時間を幸せだと思う。いつか必ず失われてしまう…だから大切にしたい。気がつくと音無君は、さっきまで夢中だった文庫本を置いて窓際に立っていた。

黄昏時のその光景が何時も私を憂鬱にさせる。日頃軽口をたたいたりふざけあったりして、少しだけ彼との距離が縮んだ。

そう思える時があっても結局は彼が心の奥底で何を求めているか知ってしまうからだ。

魔法の呪文とは音だ。

本人は気づいていなくても音無君の言葉には力がある。発する言葉で場の空気を変える事は誰にも出来る。

私は音無君が物語について話す姿を見るのが好きだ。次第に熱を帯びて桜色に紅潮する頬や指先、時々髪をかきあげるしぐさ。ちゃんとご飯食べてるのか心配したくなる細い足とか。

彼の口元から発せられた言葉が私のいるつまらない世界を変容させる。

けれど、いつの間にか彼の言葉の端布一つ一つが、見知らぬ女の姿を象作り始めた。私の心は乱れた。

彼は心の奥底に大切しまい込んで思い慕い恋焦がれていた。

彼はそれを死神と呼んだ。

虚であれ実であれ、昔彼が幼い頃に何度となく死線をさ迷った事は間違いない。

その中で出逢った少女が死神だというなら彼は死そのものに恋をしたのだ。

彼を死に近づけるわけには行かない。

死人を甦らせる事は出来なくても人が死を呼び寄せる事など簡単な事だ。

応身を持たぬ死神ならば尚の事。

私は積み上げた言の葉の積み木に毒の欠片を混ぜる。

乾電池とか…現代の日常的な普段私たちが使い慣れ親んだ世俗的な言葉。

それを音無君に使わせるだけで忌まわしい積み木は崩れ落ちる。

目に見えない柊の枝を振るい邪を払ってあげる。

音無君、私本当は千と八百年続く星の神様の巫女なの。なっていたかも知れないけれど、ならなかった。

なれずに良かった、と今は思っているの。小学校に入る前におばあちゃんについて伏見の家に行ってたら音無君には逢えてなかった。何1つ修行もしてないし、何も出来ないけど、音無君…私あなたを守りたいの。

香りはよくないものだ。香りには反魂の力が宿る。何処かの馬鹿が持ち込んだ香りが…とてもいけない。その証拠に、ここ最近の音無君の様子が変なのは、今窓の外に車を停めてる、あいつらのせいだ。

「いいわね、お金持ちって…私もお金持ちになりたいなあ」

私は音無君の背中越しに語りかける。我ながら本当に俗っぽい台詞だと思う。

だけど、正気に戻って欲しいの、音無君。

呆れた顔で私の事を見てくれたら、私今日も安心して家に帰れるから。

でも、やっぱり、こちらを向かなくていい。

ふと図書室の入り口の扉に目をやる。

音も立てず気配すら醸さず死神はもう、そこに来ていた。

随分とまあ、ふざけた格好をした女だ。

これが死神だっていうの?

全身素肌に白い花弁を張りつけた、蘭の花で作られた人形じゃないか。

表情はない。死に行く者の苦悶や嘆きを聞く耳と姿を見通すニつの瞳はあっても言葉をかける口は必要ないからか。

音無君が言ってた鎌は持っていない。やはり記憶違いか。

鎌なんて持ってなくても、あんたが此処にいちゃいけない禍々しい存在だって事は分かるけどね。

幼い頃に閉じてしまった私。そんな私の視界に入って来るあんたは相当にやばい。

だけど。

「やだ、スカートのホックが外れちゃった」

怖かった。けれど私は精一杯すっとんきょうな声で叫んだ。

「音無君、今私スカート落ちそうだから、こっち見ないでね」

「ええ!?分かったよ」

「窓に映るから下も向いてて」

「隅田のパンツなんか興味ないよ」

でしょうね。

背中を合わせると音無君の体温が私の背中越しに伝わる。

私は前を向く。真っ直ぐに目を反らさずにそいつを見返す。

そいつは私なんか最初から見ていない。黒くて吸い込まれそうな瞳は音無君だけ見つめていた。

そっと音無君の右手にポケットから取り出したものを握らせる。

「それ、持ってて」

「なにこれ?」

「大切な御守りなの」

おばあちゃんが亡くなる前に「澄香に」と残してくれた形見の大切な御守りだ。

おばあちゃん私と音無君を守って。

一歩前に出る。

「隅田、もういいか?」 
「もう少し」

また一歩、前にでる。

足元に漣みたいに花。辺り一面に咲く花が、懐こい猫みたいに踝を撫でる。

何も持たない、バルサ板一枚割る力もない。

お願い開いて。一度は開いていたものならば。

もう一度だけ、開いて。

目を閉じて拳を握りしめて祈る。

神様、お願い。お願い-

がちりと胸の奥で開く錆びた錠前の音を私は聞いた。スカートの中から足元を風が吹き抜ける。

そっと目を開ける。

懐かしい。懐かしくて涙が出そうになる。

私と死神の前に堰を作るようにして居並ぶ、私のけん族たち。

黒鳥も猫も魚もいる。

緑さんは私が最初に名前をつけた背の高い裸の女。いつもそうしていたように今も、ぼかんと口を開けたまま虚ろな目をして虚空を見ている。

「…上がり」

私はおばあちゃんが教えてくれた、たった1つの呪文を囁いた。


「おばあちゃん、いただきます」

「はい、よろしゅうお上がり」

校舎の外のグランドの野球部の誰かの金属バットが芯を食った音がした。

髪の一本残すな。

静寂の中刃のような犬歯を剥き出しにした子たちが一斉に女に襲いかかる。

緑さんだけが、じっと動かず立ちつくしたまま。

藪蚊を払うような仕草だった。

ほんの一瞬女は右腕を左の肩先まで上げた。

それで全ての私のけん族は切り裂かれ四散した。

身の丈よりもさらに半身ばかり長い大鎌。

女の腕はいつの間にか鎌に変わっていた。

高々と差し上げた大鎌は夜空に浮かぶ無慈悲な三日月のように見えた。


刃が音も立てず反転して内向きに戻る。まるでからくり人形だ。

女は眉一つ動かさない。

散り散りに四散した我が眷属は赤い光珠となって宙を漂う。 

けれど死神、お前に彼らは殺せない。お前の持つ大鎌は生者の魂と肉体を分かつもので、彼らは最初から命など持たない。

他國に眠る神の息吹から生じた者達。端から死神如きに切れる筈がない。

戯れに何処かの神が拵えた人形、足元に咲く命の花を刈るだけの存在。神々の農夫ですらない案山子。それが、あんたの正体だ。

間違って、この世に迷って出て来たなら今すぐあの世に帰してあげる。

緑の体がゆるりと傾く。こちらに顔を向けて、にっこりと微笑む。

その笑顔があんまりチャ-ミングなので私の不安はたちまち霧散した。

緑さんは静静と中央に進み出て長い両腕を水平に持ち上げる。

幾つも枝が体の皮膚を突き破り生え出る。赤い光珠が彼女の枝に梢に集う。

辺りが闇に包まれると珠は尚一層光を放つ。

闇夜の鬼灯。宙にある星ではなく、この世にある星。瞬きすらしない瞳を持つ者。

それが私たちの先祖が代々祀る鬼灯の神様。

その神威をもってお前を消し去る。

天神、経津主神・武甕槌神を遣して、葦原中国を平定めしむ。時に二の神曰さく。天に悪しき神有り。名を天津甕星と日う。亦の名は天香香背男。請ふ、先ず此の神を誅ひて、然して後に下りて葦原中国を撥はむ。
 
『天津甕星を私たちの先祖は神として祀って来たの。

天津甕星は金星の神。

西洋ではサタン。

アステカではケツアルクアトル…これはマヤのククルカンと同一神ね。

メソポタミア文明の神イシュタルも金星神…日本では星神信仰はとても珍しいの』

…そう母が教えてくれた。

母方の血筋は天津甕星を祀る一族と代々言い伝えられて来た。

天津甕星はまつろわぬ神々の中でも取分悪神邪神と恐れられ大和の神でさえ力による調伏は遂に叶わなかった。

「しかし天津甕星は人であった」

研究者である母の考えである。

多くの神話を研究する学者が指摘する通り大和の朝廷に滅ぼされた豪族の1人、時を経てまつろわぬ神と呼ばれるようになった者達の一人であろうと。

所詮は人間。

私たちの先祖は天津甕星を隠れ蓑にして生きて来た。

母の旧姓は狩鹿。如何にも天津甕星の別名天香香背男の縁の家系を匂わせているが。

カガは太古の言葉で輝く星を意味する。けれど別の意味もある。

母は大学時代に古代神話と山岳信仰についての研究を進めていた。論文を発表する段になって、祖母からストップがかかったらしいが。

母と祖母との間でどのような取り引きが為されたかは不明だ。しかし母は自分の望む未来を手に入れ祖母は片目をなくした。

祖母が亡くなるまでニ人の間に確執はなかった。

まだ国稚く海葦牙の如く萌え騰つ頃。私の先祖は神と出会い盟約を結んだ。

大陸から神を名乗る一族が渡来しこの国を治めた時代よりも遥か昔の話だ。

黒鳥の翼は目の前を常闇に変える。三日月の形をした山猫の口と爪。魚の鱗が閃くと無数の鬼灯を灯す枝がたわむ。まるでサ-チライト。

暗がりの中で無限の命と鎌首を持つ大蛇の蒼黒い体躯が、ぞろりと床を這う。

瞬きする間さえ与える事なく大蛇は目の前の女の四肢に絡みつく。

鎌を振る事はおろか差し上げた右腕を降ろす事すら叶わない。

「隅田」

「まあだよ」

音無君、ごめんね。目の前にいる貴方の初恋の女の子、今から粉々になって食べられてしまうけど。

私は可笑しくて可笑しくて仕方ないの。

さあ早く、もうあまり時間がない。

締め上げて全部の骨を砕いたら、そいつを腹の底に拡がる彼岸に落とせ。

目の前に女の素肌から剥がれ落ちた無数の花弁が舞っている。

女のか細い体を蛇の腮が一呑みにする。

もはや踝の先しか見えない。それもやがて消え失せ。案外と呆気ない。

「終わった」

思わず安堵の溜め息を吐いていた。

守れた。

私大切な人を守れたんだ。

辺り一面に花。

足元だけでなく壁のように空間も重力も無視して私と音無君は四方を埋め尽くす花の壁に囲まれていた。

まるで棺の中に閉じ込められたように。

「音無君」

彼がぼんやりとした顔で振り向く。

背後の花の壁を突き破り白い女の腕が延びる。

「隅田」

花の壁が目の前で吹き飛ぶ。舞い落ちる花弁は床に触れる事なく降り注ぐ。やがて大気に溶けるようにして消えた。

香りだけが残った。

ああ…この香りか…音無君が言ってた初恋の女の子の残した香り…。

体を支えている両足から力が抜ける。

「音無君、今見た?」

「見たって隅田のパンツか?」

「見たでしょ?」

「全然見てないよ」

「そうなの?他には?」

「他にって何だよ」

音無君は気づいてない。彼が手にしている御守りが赤く光っている。

御守りの中は開けた事はないけど中身は多分おばあちゃんの義眼だ。

ありがとう、おばあちゃん。

御守りの中の光は消えた。

「隅田」

音無君が真剣な顔で私の顔を覗き込む。近いってば。

「何かな、音無君」

手を伸ばして私の髪に触れる。

「何処で、つけたんだ」

「何が?」

「隅田の頭の上に白い花弁」

私はそれを見た途端に力が抜けて倒れ込む。

「隅田!大丈夫か?!」

生まれて初めて彼の腕に抱かれた。最初で最後かも知れないと思った。

音無君が私を抱き止める時指先から離れた花弁が雪みたいに溶けるのが見えた。

「今日はその御守り…持って帰ってね」

「何言ってんだ隅田!?大丈夫か?」

「今日は音無君女難の相が出てるみたいだから…気をつけて」

私はそれだけ彼に言い残すと気を失った。




小野瀬繭が帰った後の図書室に私はいた。

トランプみたいに綺麗に並べられた紅茶のティ-パック。そこから音無君の好きなダ-ジリンを一つ抜いて彼のために紅茶を入れたのだった。

今そこには先程まで無かった筈の祖母の御守りが置いてある。黒く乾いた血がこびりついている。指先で触れると中の硝子玉は粉々に砕けていた。

「面白い余興だったかしら音無君?」

彼の席には音無君が座っていた。彼は私たちの話なんて最初から聞いていないようだ。

うっとりと夢見るような眼差しを隣に座った死神に向けている。

死神は微笑んでいた。

歪な微笑み…それは音無君の…私は思わず舌打ちをする。

見えないものが見えると幸せになれない…か。

「あんたは何なの?本当にただの死神?」

「聞いたけど、お通夜の時小野瀬の横で『いやん』って言ったのあんたでしょ?」

金色の光に包まれて微笑む女は答えない。

「あんたたち、一体何をするつもりなの!?」

我ながらよくこの凄まじい障気の中で耐えられたものだ。

こちらが誘導したとは言え小野瀬が言の葉の扇で場の空気を撹拌してくれたからだ。あの子には音無君と同等の力がある。しかし影響も受けやすく感受性も強い。

小野瀬の事が心配だ。

小野瀬、私はあんたに「幽霊やもののけの類いは見ないし信じない」そう確かに言った。でも見えないとは言ってない。

フェアじゃないかも知れないけど、あんたを巻き込むわけには行かない。

これは死の芳香に憑かれたあんたを嗅ぎつけて姿を現したのだから。

「音無君、不本意だけど私にも守らなくちゃいけないものがあるの」

かつてゲーテは言った。

「全ての植物の根本は一つである」

それは半分間違いで半分は正解。植物の根本は一つではない。

しかし同種の植物は意識を共有する。

つまりね、あなたがタンポポの花を苛めるのならタンポポは全てあなたの敵となるって事。

窓の外を見る。子供の頃ずっと目にしていた景色が広がる。

そこかしこに鬼灯の木が電波塔のように立ち並ぶ私の原風景。

全ての赤く輝く鬼灯が死神、お前を見ている。刈れるものなら刈ってごらん。

死神が微笑む。

死神と音無悠斗君の姿が夕暮れの景色の中に消えて行くのを私は見ていた。

「さようなら、音無君。出来れば星になって遠くから私たちを見ていてね」

私は机の荷物をかき集め鞄に詰め込んで放課後の図書室を後にした。

夏休みは愛子さんのいる母の実家を訪ねてみよう。

私は自分自身について知らない事が多すぎる。

見えない事から目を背ける事は不幸にならない、たった一つの道ではないと今の私は思うの。

たとえそれが間違った選択であっても私はそれを自分で選びたい。

ついさっき私にそれを伝えて部屋を出て行った女の子がいた。

それはもう生意気でいけすかない女だけど。

「小野瀬」

私は彼女の名前を呟きながら三階の廊下を息を切らせ走った。



【鰯の弔い】  

稲村の海は凪いでいた。電車に乗って七里ヶ浜までやって来たけれど。

海水浴で賑わったであろう砂浜に足あとを残すのは私と小野瀬の二人だけ。

小野瀬は大事そうに抱えた箱を逆さまにする。中から零れ落ちたのはきらきら光る小魚みたいな鍵だった。

無数の鍵は海の底に落ちて波にのまれてすぐに見えなくなった。

 「大漁だ」  

小野瀬が突然気がふれたように叫んだ。

「大漁だねえ」 

私はため息まじりに呟く。まったくよくもこれだけため込んだもんだ。

「朝焼け小焼だ!大漁だ!」      

私も負けじと海に向かって叫ぶ。それは音無君がすきだった金子みすゞの弔いの詩だった。

朝焼け小焼けだ

大漁だ

大羽鰯の大漁だ

浜は祭のようだけど

海の中では何万の

鰯の弔いするだろう


波の飛沫が目に入って少し痛かった。

「やっぱくらげいるじゃん!」

 


   そやな。                         
                                    
              




                       【星とほおずき後編  完】
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