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第二章

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 蓮は景之亮が宿直の時の一人寝の夜に、真っ暗闇の中で息をつめて考える。
 叔父の宇筑が言うことに従う気は全くない。しかし、宇筑が言うことを蓮も思っているのだ。
 子供が欲しい。なぜ、私には子供ができないのだろう。
 景之亮は……子供が欲しいに決まっている。
 淳奈が生まれて、首も座った頃に、実津瀬が。
「景之亮殿、抱いていただけますか」
 と言った。
 五条の邸にいる蓮を迎えに寄った景之亮を誘って、蓮たちは離れに行き、淳奈が機嫌よく実津瀬に抱かれているのを覗き込んでいたのだ。
 景之亮は。
「よいのかな……こんな小さな子供を抱くのは初めてで」
 と言って、おずおずと手を差し出した。実津瀬がその手に淳奈をのせて腕を抜くと、景之亮の腕だけで抱く淳奈の感触に声を上げた。
「生まれた時よりは大きくなったと思っていたけど、やはり、小さなぁ。なんて軽いんだ」
 蓮は隣で景之亮様の体が大きいから、淳奈がことさらに小さく見えるのではと、内心思った。景之亮が腕を上下に動かして、淳奈をあやす姿を見ていた。
 朝、剃った髭が伸びて黒い顔の中に、目と口が動いている様子を淳奈は不思議そうに見つめていたが、突如として笑い顔になり、キャキャと楽しそうな声を上げた。
「まあ、景之亮様が面白い顔をなさるから、淳奈が可笑しくて笑っているわ」
 蓮は言った。
 じっと淳奈の目を見つめる景之亮。景之亮の視線を離さない淳奈。二人はしばらく見つめ合っていた。
「ああ、かわいいなぁ」
 そう言って、実津瀬の隣に座っている芹に淳奈を返した。
 その後も、景之亮は蓮と離れを訪ねては淳奈を抱いたりあやしたりしてきたが、蓮は最初に淳奈を抱いた時の景之亮の姿が目に焼き付いている。子供が嫌いであれば、おかしな顔を作って子供をあやしたりしない。人の子であってもとても優しい顔をする景之亮が、自分の子を抱いた時には果たしてどんな顔になるのだろう。
 景之亮に子供を抱かせてあげたい。しかし、三年の月日が経過したが、蓮の体にはその兆しはない。
 宇筑が言うように自分で叶えてあげあられないなら、他の者にその望みを託すしかないのか、そのことを考えるべきなのか。
 でも、それを考えると胸が苦しくなる。
 こうして、この部屋に一人で寝ている間、景之亮様が他の女の部屋で共寝をしているなんて、想像しただけで死んでしまいそうになる。
 では、景之亮様と別れればいいのか。そうすれば、景之亮様と他の女がどうしようと、自由よ。
 景之亮様を縛る理由はない。……縛ることはできない。
 私……景之亮様から離れることができるのかしら……。離れると思っただけで、水の中に顔をつけられて息ができない気持ちよ。
 蓮はうつらうつらして、いつものように夜が明けると体を起こした。
「まぁ、蓮様、どうされたのです?」
 曜が蔀を開けに来た時、蓮の顔を見て言った。
「え、どうしたの?」
「顔が夜通し起きていらしたように見えます」
 蓮は昨夜の自分の懊悩が顔に表れているのだと分かった。
 景之亮が宿直から帰ってくる日は、蓮は五条の実家には行かないで、景之亮が帰ってくるのを待っている。 
 今日も、朝餉を食べてから、机に向かって異国からもたらされた薬の本を写していた。
「蓮様、根をつめてはいけませんよ」
 丸が邸の中を見回って、蓮の元へとやって来た。
「大丈夫よ、それより、景之亮様のお帰りはまだかしらね」
「ええ、まだのようです。今日は少し遅いですかね」
 そう言った直後に、簀子縁をとんとんと歩く音が聞こえて来た。
 蓮と丸は顔を上げて、開け放している庇の間を見ていると、景之亮が現れた。
 蓮の姿を見ると、景之亮は笑顔を見せた。
「帰りなさいませ、景之亮様」
 蓮は立ち上がって景之亮を迎えた。
「お疲れになったでしょう。お食事は?」
 蓮が訊くと。
「宮廷で食べて来たよ」
「そう、では、奥のお部屋でお休みくださいな」
 景之亮の後ろについて、一緒に褥を設えた部屋へと入って行った。蔀を閉めて、部屋の中を薄暗くしている。
「蓮も疲れた顔をしているよ。何かあったのかい」
「え、私?……一人で寝るのは寂しくて、よく眠れなかったからかしら。やはり、景之亮様がいてくれないと、よく眠れないみたい」
「そうかい……ならば、今から少し寝るけど、一緒に寝るかい?」
「はい!」
 蓮は笑顔で答えて、景之亮の左腕に取りついた。
 二人は、褥の上に上がり、景之亮はすぐに横になった。
「ん?どうしたの?横にならない」
 座ったままの蓮を見上げた。
「景之亮様、私の膝をどうぞ。私は寝なくても大丈夫。景之亮様がいなくて寂しかったの」
「そうかい」
 景之亮はひょいっと、頭を上げて蓮の膝の上に載せた。
「蓮、無理をしていないだろうね」
 景之亮の体の下にした手を上げたので、蓮はその手を握った。
「いいえ、してないわ。昨日は、久しぶりに景之亮様が宿直だったから、一人で寝るのが寂しかっただけ」
「本当かい?また宿直をしなくてはいけない予定がある。あなたを一人寝にさせてしまうね」
 蓮は寂しいけれど、仕方がないわね、と言って、景之亮の肩を撫ぜた。
 しばらくすると景之亮は静かになり、蓮の手の中から景之亮の手が落ちた。
 宿直は大変だったようで、すぐに眠りに落ちて、静かな寝息を立てている。
 蓮は枕を引き寄せて、景之亮の頭を自分の膝から枕に置き換えた。
 私が離れてしまったら、景之亮様はどう?寂しい?苦しい?……でも、時が経てば、傍にいないのが当たり前になって、何にも気にならなくなってしまうかしら。
 私たち、そうやって別れを乗り越えるしかないかしら……。
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