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螺良 羅辣羅

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第七章

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 実津瀬が庭の階から宴の下座の席に着いた。
 舞の観覧に来ていた貴族の家族たちがぞろぞろと観覧席から帰りの車に乗るために騒がしい中、宮殿の池に面した東側の部屋に移動して、池に映る月を眺めながら宴の続きが行われた。料理と酒、そして音楽。そして今日の宴を歌にして読むなど、大王と限られえた王族、臣下たちが特別な夜を楽しんだ。
 実津瀬が席につくと、岩城本家の稲生、鷹野や友人たちが舞の労いと、勝負に勝てなかったことを残念がる言葉を発した。実津瀬は温かな言葉一つ一つに言葉を返した。
「よく聞こえなかったのだが、稲生に聞いたら、来年も同じように対決をすると桂様が仰ったとか。実津瀬、来年は文句なく圧倒してやれ!」
 実津瀬や稲生と一緒に私塾で学んだ友人の一人である永主(ながぬし)が言った。
「それは我々が望んでいることだが、あの雅楽寮の舞人も腕を上げているようだ。正直な話、どちらがどう良い悪いを言葉にするのは難しい。俺は実津瀬を贔屓目にみてしまうがな」
 稲生が言った。
「みんなからそう言ってもらえると、嬉しいよ。しかし、来年のことは今は考えられない」
「そうだな……。来年とは早いようでまだまだ先のことだ。これから先、何があるかわからない」
 そう言った後、永主は自分の言葉に驚き、すぐに口をつぐんだ。周りにいた実津瀬や稲生、誰も永主の言葉に言及しなかった。危うい言葉を発してしまったと永主自身がすぐに気づいた。
 飛躍した解釈をする者がいたら、先ほどの言葉はよくないものだった。
「あれ、酒はそちらにも届いていますか?」
 年下の鷹野が、この場では丁寧な言葉で盃の中身を気にした。
「ああ、こちらに徳利をくれ」
 稲生が言って、それをきっかけにその場は流れた。
 これから何があるかわからない。
 永主のこの言葉は単なる可能性の話をしていると受け取らない者もいる。この場でその言葉は「来年の月の宴ができない」ということであり、それはすなわち、来年の大王の生死について話していると取られかねないのだ。大王の死を願っていると言われたら、それは謀反の企みがあると取られかねない。
 永主にそんな気持ちは毛頭ないことはわかっているが、不用意な発言だった。
 実津瀬、稲生、鷹野以外にこの言葉を聞いている者はいないようで、四人は内心安堵した。
 大王の世を讃える歌が何首か詠まれ、大王はたいそう喜ばれた。
 大王は食事を数度口に運び、舌鼓を打ったが盃に注がれた酒は最初に口をつけただけで、その後持ち上げられることはなかった。そして、頃合いを見計らって、退席された。
 大后の手を握って部屋から退出する姿は妻を気遣っている優しい夫のように見えて、その実、大王を支えているのは大后であることをわかっている者はわかっている。
 大王が立ち去った後、宴の中心になったのは弟の有馬王子だった。
 有馬王子は御年二十一歳。健康で溌剌とした男子である。
 自分はものを知らないと言って臣下に和気あいあいと都の治安や食料、水、地方の政治について尋ねた。臣下たちは自信を持って、またはおずおずと有馬王子の質問に答えた。
 明るく快活な王子は的外れな質問をしても、笑って無知を詫びた。そういった態度に好感をもつ者もいて人望が集まり、有馬王子は次代の大王として期待されていた。先代、現代の大王の系譜から言うと現大王に息子がいないため、弟である有馬王子が続くものと考えるのが自然であるが、もう一人若くて人懐こい王子がいる。
 実由羅王子だ。
 先先代の大王の弟の孫にあたる王子だが、まだまだ若く五条岩城家が後見していて、現在政について勉強中である。意欲的で明るく、有馬王子と同じで自分の無知を隠すことなくなんでも聞いてくる。その若く率直な青年に人々は密かに注目していた。
 食事開始から一刻が経つころ宴は終わった。また飲み足りない、話し足りない者たちが粘っているが、大方の者たちは立ち上がり玄関へと向かった。
 実津瀬は本家によって行けと言う稲生と鷹野を振り切って五条の邸に戻った。父と弟の宗清は実由羅王子に付き添って実由羅王子の都の邸に付き添った。今夜はそこに泊まることになっている。
 実津瀬は供の綾目と共に五条の邸に戻る道中、同じ方向に帰る一向と一緒に大路を歩いた。自邸が近づくと人が減って行く中、実津瀬も五条で別れの挨拶をして自邸に着いた。
 深夜であるが、門の前には松明が立てられて、番人を置いていた。母が門を明けて待つように言ったのだろう。
「今夜は私が最後だ。待たせたね。門を閉めて寝てくれ」
 実津瀬の背中で重い門を内側から押して閉じる音がした。
「綾目も早く寝ておくれ」
 綾目と母屋で別れて、実津瀬はそのまま離れの夫婦の部屋に行った。暑い夏の夜のため、蔀戸が二つ開いている。妻戸を押して中に入ると、奥の部屋には灯りがついている。
「……実津瀬?」
 奥の部屋から声がした。
「今戻ったよ」
 実津瀬が返事した時には、芹は奥の部屋の前にある几帳を超えて実津瀬の前に飛び出していた。
「お帰りなさい」
 芹は笑顔で実津瀬を迎えた。
「うん。舞は」
「いいえ!」
 芹は実津瀬の言葉を遮った。
「素晴らしい舞でした。誰もがどちらが勝ってもおかしくないと思っていたはずです。私は、あなたが勝つことを疑わなかったし、揺らぐこともなかったけれど、相手も同じように素晴らしい舞を舞っていました。今回は勝ちとはならなかったけど、あなたが悔いの残る舞をしていないのであれば私は嬉しいわ」
「うん。悔いはしていない。相手も素晴らしかった。仕方のないことだ」
「あなたの顔がそれほど悲しい表情ではなかったので、よかったわ」
「ははは。気に病んでも仕方ない。これも宴の中の興だから」
「ええ。さ、こちらへ。着替えをしましょう」
 几帳から奥へ行くと、盥に水が用意されていていた。芹は実津瀬の腰の帯を解くと、その場に着ているものを全て脱ぎ落とした。
 左手の指のない芹のために、盥の水に浸した白布を実津瀬が絞った。それをセリが受け取って、実津瀬の体を拭いた。
「舞の後、着替えの時にも一度汗は拭いたのだけど、下着がこんなに濡れているなんて」
「今夜は特に暑かったわ。宴の熱戦で暑くなったのかしら」
 実津瀬の背後で芹はいって、その背中を丁寧に拭き終わると一度盥に白布を浸した。実津瀬が振り向いて屈み、盥の中の白布を絞った。それを芹は受け取って、広げて今度は実津瀬の肩から胸にかけて体を拭った。
 実津瀬は大人しく芹に身を任せていたが、芹の手が左胸に来た時、その手を取った。
「あと少しだから」
「もういい。我慢できないから」
 実津瀬は言って、芹の手から白布を奪い取るとポイっと下に落とした。そして、素早く屈んで芹の背中と膝裏に手をやると抱き上げた。
 そして御帳台の上に載せると、自分も上がった。
「お疲れになったでしょう」
 芹は実津瀬の左手を握った。
「うん。忙しい一日だった」
 芹は衾をはぐり、握った実津瀬の手を引きながら横になった。
「あなたには休息が必要ね。明日は呼ぶまで誰もここに来ないように言ってあるから、ゆっくりと休めるわ。淳奈も行きたいと言っても来させてはいけないと言ってあるの」
「淳奈に悪いなぁ」
 実津瀬は言って、芹の横に滑り込んだ。
「でも、それはありがたい。何も考えずあなたと欲望のままに過ごしたいんだ。少なくとも明日までは」
 実津瀬は深いため息と共に、芹の胸に顔を埋めた。
「勝負には拘っていないと思っていたのだが……負けたと決まってから思いの外、悲しんでいることに気づいた。……皆、気をつかって良い勝負だった、負けていなかったと褒めてくれたり、元気づけてくれようとしたが、それが申し訳なくてね。私が落ち込んでいるように見えるのだろう」
「そんなことないわ。……あなたは落ち込んでなどいない。さっきも言ったけど、悲しみの顔ではなかったが。とても穏やかな顔をしていたわ。私は嬉しかった」
「そうかい。私は都一の舞人の称号をえ損ねたよ」
「そんなものあろうとなかろうと、実津瀬は実津瀬よ。そんな称号はなくても私の実津瀬に変わりはないわ。こうして私の元に帰って来てくれるだけで私は満ち足りるの」
 芹は実津瀬の背中を抱いた。
「うん。あなたがいてくれたから今回も役目は果たせた」
 実津瀬は芹の胸から顔を上げて、身を引き上げて今度は芹を胸に抱きしめた。
 それから芹は実津瀬の舞について感想を言った。実津瀬が力強い舞をしていたのに、少し優しく軽く舞ったところは淳奈と私がふざけていたのを真似したのね、と。実津瀬はそうだよ、と答える。芹は淳奈が僕と母さまの舞を真似してると言って喜んでいた、と言った。あの子は舞にのめり込んでいきそうよ、と実津瀬の胸の上で含み笑いをした。
 舞うことを好きになって、将来、自分のように宮廷の宴で舞うようになったらと思うと、実津瀬は複雑な気持ちになった。
 そんな話をしていたら実津瀬が静かになった。芹が耳をすませば寝息が聞こえてきた。
 怒涛の一日だったから、流石に体が休みたいといったのだろう。芹は実津瀬の体を抱き返して目を瞑った。
 翌朝、目覚めた実津瀬はしばらくぼうっと天井を見つめていた。胸の上にいる芹はまだ目覚めておらず、芹が自然と目覚めるのを待っている間、ぼんやりと考えた。
 やっと仰せつかった大一番が終わったのだから、今は来年のことなど考えないでおこう。麻奈見が言ったように気まぐれな桂だから言った通りになるかわからないし、永主が言ったように来年宴が開催されるかもわからない。
 芹も朝から宴の支度をし、夜は実津瀬が帰るのを待って、寝落ちるまで起きていたのだから眠たいだろう。眠れるだけ寝かしておいてやりたいが、やはり実津瀬は待っていられなくなって、芹の腰に手をやり、帯を弄った。腹の前で結んだ帯の端を引っ張って解き、寝衣の前を開いて、その肌に口づけた。胸を強く押されたせいで芹は目を覚ました。
「……ん……実津瀬……起きたの?……まだ早いのではなくて」
 寝ぼけた声で言った。
 確かにいつも通りに起きてしまった。陽は東の山頂からまだ出ておらず、あたりはまだ蒼い夜の終わりだった。
「ああ、いつも通りに目覚めてしまった」
 言った後は、芹の体を腕の中で一回転させて、寝衣を剥がすように脱がせて、後ろからピッタリと体を添わせてその体を愛した。
「ん……ん」
 白々と夜が明けて行く中、芹はゆっくりと自分の体を愛撫する実津瀬の手に恍惚となリ、果てた。
 二人でまたしばらくまどろんでいたが、目を覚ました芹が体を起こしたので、その胸の上に頭をおいていた実津瀬も目覚めた。
「んん……もう起きなくてはいけない時間かい?」
「いいえ、あなたはまだ横になっていてくださいな。でも、いくら呼ぶまで来るなと言っても、もうだいぶ陽も高くなりました。二人でいつまでも部屋にこもっているのもよくないでしょう?」
「そんなこといいじゃない。昨夜のことを考えると皆、わかってくれるよ。まだまだ、だらだらとこうして芹に触れていたい」
 そう言って芹の腰を抱きしめて押し戻し、その平たい腹に口づけた。芹は実津瀬の頭を抱いて、再びその愛撫に身を任せた。
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