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第三部 Waiting All Night
108話
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春日王子は階を上がってきた岩城実言と対峙し、睨み合っている。
「春日王子、大王はあなた様から直接に話を聞きたいとおっしゃっておいでです。どうか私たちと共に都に戻って、大王とお話しください」
実言が言うと、春日王子はすぐさま言い返した。
「私が戻って大王と話をしたところで、元の鞘には収まるまい。兄上は収めたいであろうが、お前たちはそうは思っていないだろう」
春日王子は、大王の取り巻きたちが自分を反逆者にして、その地位を剥奪し追放しかかることを優に想像している。岩城はその急先鋒だろう。実言の言葉は白々しく聞こえて、春日王子は苦笑した。
「私が都に戻る気は無いと言ったら、どうするんだ、お前は」
「そうおっしゃるなら、力づくで都までお連れするまで」
実言はそう返答した。
「そう言えば私がはい、そうですかと従うとも思ってはいまい」
「王子が拒否されるなら、交渉は決裂です。大王より許可をいただいた、王族の逮捕に向けて行動するだけです」
実言は胸の内からちらりと折りたたんだ書状を見せた。中をじっくりと見なくてもそこには大王の証である印が押され、逮捕を許可すると書かれているのだ。
「そうなれば、ここで決着をつけなくてはなるまいな」
春日王子は言って、崖にせり出した舞台の方へと歩き出す。
「岩城!こっちへ来い。私とお前の二人で話をつけなくてはなるまい。他の者は見届けよ。どちらがこの勝負に勝つのか。負けた者は勝者のその信念に従う。しかし、これは二人の対決だから、勝ったからといって負けた方の兵士たちを好き勝手に扱うのはやめよう。無用に命を取るのはやめようではないか。なあ、岩城」
「王子!それは、大王の求めることではございません!」
「はあ、それどういうことだ?お前は自分の命が惜しいのか?怖気づいたか?」
春日王子は体の半分を空に張り出した舞台の方へ向けて歩きながら、実言に言った。
「それとも」
そこで、庇の間に足を踏み入れた実言に顔を向けて言った。
「お前は、私を倒せると思っているのか?私以上に、剣にすぐれているというのかい?」
実言は春日王子を追って邸の中を進んだ。それについて、両軍の兵士が睨みを利かせて横歩きで足を運びお互いの大将の後ろを守った。
春日王子が庇の間を越えて、崖に柱を立てて作られた一段下がった舞台に出た。腰にはいた剣の柄に手をやり、引き抜き振り上げてから一周振り回した。剣の先が襲って来るほどの近さでもないのに、皆は身をのけ反らせて一歩二歩と後ずさりした。その後で、春日王子の剣先は下を向き、舞台の真ん中を指して、後を追ってきた実言にここに来いと示した。
実言は山裾からその姿全部を現わした朝日に目を細めながら、春日王子の前に進み出た。
夜明け前の行動で暗い中に目が慣れていて、朝日はこんなにも明るいものかと驚いた。
「剣を抜け!」
春日王子は言った。
「王子、今から私と都へ戻りましょう。大王はあなた様と話をしたいとおっしゃっています」
「お前はまるで兄と私は元に戻れる余地があるようなことを言うな。しかし、もう、都では私は謀反人になっているのだろう。お前の嘘を信じると思うか。そんなことを誰も信じたりはしない。ここで私とお前がこうして剣で決着をつけた方がいいというものだ。さあ、抜け」
春日王子は顎をしゃくって実言の腰に下がっている剣を指し示した。
実言の手はゆっくりと腰に下げた剣の柄を握った。
「それでいい」
春日王子は真っすぐに実言を見つめて言った。
「今、お前が私の前に立つのを見ると、つくづく私はあの時お前の首を落としておけばよかったのにと、後悔している。あの時ここで殺してしまうくらいなら一人でも多く兵士として戦いに行かせた方がいいと考えてお前を北方の戦に行かせたが、お前に一縷の生きる望みを与えてしまった。そして、こうして私を逮捕するために目の前に立たせてしまった」
春日王子は礼と実言との間に起きた昔の出来事を思い出して、口を曲げて自嘲的な笑みを漏らした。
実言は剣の柄を力強く握ると、ゆっくりと鞘から剣を抜いた。
「それでいい」
春日王子はもう一度言った。
「遠慮することはない。私も命懸けだから、お前をいたわる余裕もないだろう」
春日王子は下ろしていた剣先を上げて、実言を指した。
実言は剣を抜いたが、下におろしたままで春日王子を見ている。
「自分からは何もしないか……。致し方ない。私から口火を切ろう」
春日王子は素早く態勢を取って、実言に向かって踏み込み剣を振り下ろした。肩幅に足を広げて、春日王子に正対したままじっとしていた実言も、春日王子が踏み込んだと同時に剣を立ててそれを受け、防いだ。
春日王子はすぐに実言から離れ、実言もすぐさま後ろに飛び退った。それを見て、春日王子が踏み込み横に空を切る。実言は一歩後ろに下がって、剣先を避ける。反射的に、実言は春日王子に向かって剣を突き出して、春日王子はそれを見切って、下からはね上げて実言の上体を上向かせた。そこをすかさず突いてくる。実言は、その鋭い剣先を体をよじってかわし、一回転して春日王子の正面に立った。
「そんなことでいいのか?」
春日王子は言うと、すぐに剣を繰り出してきた。
実言は受けて、鍔を合わせて離れると、春日王子に向かって一振りする。春日王子はその剣を避けて、今度は春日王子が実言に向かって剣を振り上げた。実言は剣を横にして上からくる春日王子の剣を受けた。すぐさま春日王子は実言の腕に向かって剣を上げて、実言の袖に触れた。
「ああっ!」
周りを取り囲んでいる春日王子の軍勢、大王軍の兵士ともに初めて剣が体に当たったことに驚き、声を上げた。
春日王子も実言もその腕を見た後、同時に顔を上げて目が合った。
「かすっただけだな、惜しいこと」
春日王子は言って、攻撃する態勢を再び取り、すぐさま実言に向かって剣を振り下ろす。
春日王子は容赦なく、実言は防戦一方であった。かわしてはいるものの、春日王子の激しい攻撃に立ち遅れて、剣先が腕や肩に触れてくる。衣服の上をかすっているだけならいいが、そのうち白い衣は内側から赤みを帯びて来た。
大王軍の兵士たちは、怪我をしている実言を心配しながら、一方的に攻撃を受けているその姿に失望した。
肩で息をするほどに激しく切り合っている春日王子と実言は、春日王子が再び実言に向かって剣を振り下ろし、実言が剣を横にして防いだ。が、実言の袖がだらりと垂れ下がって、その場の皆は切られたのだとわかった。
「ああっ!」
と大王軍からは悲壮な叫びが起こった。
「いつまで、こんなことをしているつもりだ。お前は私に切り刻まれたいわけではあるまい。お互いに本気になろう。体力ばかりを使って、この舞台の上でひっくり返りたいわけではない。お前の人を食ったような澄ました顔も、いつまでもそのままではおれまいよ。早いところ決着をつけよう」
春日王子は言った。実言は切られて垂れ下がった袖を反対の手で引きちぎった。額に滲んだ汗を拭うと、剣を持ち直した。
「お前の考えていることはわかっている。だが、お前の思うようにはいかないよ。お前が自分の思うようにしたければ、その剣で真剣にかかって来い!」
実言の下におろした剣を持つ右手に血が滴ってきた。一滴、ぽたりと剣を握っている人差し指の関節の先から落ちた。
実言はふうと息を吐き、自分の態勢を整えた。
侮ったわけではないが、春日王子の剣の腕は相当のものである。宮中で弓や剣の技を競うことがあるが、その場で春日王子が披露したことはない。噂でその力を耳にしていたが、実際に目にしたことはないため、半信半疑であった。しかし、実際は名うての実力者であった。
強く、重い剣を何度も受けては、避けてを繰り返すのは体力と気力を奪われる。いつの間にか剣先があたって、体は傷ついている。今は緊張と興奮で痛みもないが、この先さらに傷を負い、出血がひどくなれば急に体が動かなくなることもある。
実言は大王が望む形で春日王子を都へと連れてかえりたかった。それは、今ある姿のままということだ。口で説得できれば、それが一番良いが王子がそれを良しとしない。剣の技量でどうにか優勢になり、捕らえられればいいと思ったが、それこそ春日王子を見くびった罰ということだろう。
相手も命懸け。自分もやすやすと命を渡すことはできない。
実言はもう一度剣の柄を握りなおす。
真剣勝負をするしかないのだ。最後に自分の思うような結末になればそれでよい。
「王子……あなた様の剣の技量は伝え聞いておりましたが、そのお姿は拝見しておらず、その実力を知ることができておりませんでした。こうして、少しずつ体に傷がつくたびにあなた様の鋭い剣裁きに自分の愚かさをかみしめていました。できれば、あなた様の心が大王の気持ちに寄り添っていただくことを待っておりましたが、それを待つまでに私の命が尽きそうです。ですので、あなた様がおっしゃる通りに私も命を賭けてあなた様を倒します。大王の名代としてここに参ったのですから、ただ黙って自分の命を落とすわけにはいきません」
実言は言うと、剣を持ち上げて構えた。
「春日王子、大王はあなた様から直接に話を聞きたいとおっしゃっておいでです。どうか私たちと共に都に戻って、大王とお話しください」
実言が言うと、春日王子はすぐさま言い返した。
「私が戻って大王と話をしたところで、元の鞘には収まるまい。兄上は収めたいであろうが、お前たちはそうは思っていないだろう」
春日王子は、大王の取り巻きたちが自分を反逆者にして、その地位を剥奪し追放しかかることを優に想像している。岩城はその急先鋒だろう。実言の言葉は白々しく聞こえて、春日王子は苦笑した。
「私が都に戻る気は無いと言ったら、どうするんだ、お前は」
「そうおっしゃるなら、力づくで都までお連れするまで」
実言はそう返答した。
「そう言えば私がはい、そうですかと従うとも思ってはいまい」
「王子が拒否されるなら、交渉は決裂です。大王より許可をいただいた、王族の逮捕に向けて行動するだけです」
実言は胸の内からちらりと折りたたんだ書状を見せた。中をじっくりと見なくてもそこには大王の証である印が押され、逮捕を許可すると書かれているのだ。
「そうなれば、ここで決着をつけなくてはなるまいな」
春日王子は言って、崖にせり出した舞台の方へと歩き出す。
「岩城!こっちへ来い。私とお前の二人で話をつけなくてはなるまい。他の者は見届けよ。どちらがこの勝負に勝つのか。負けた者は勝者のその信念に従う。しかし、これは二人の対決だから、勝ったからといって負けた方の兵士たちを好き勝手に扱うのはやめよう。無用に命を取るのはやめようではないか。なあ、岩城」
「王子!それは、大王の求めることではございません!」
「はあ、それどういうことだ?お前は自分の命が惜しいのか?怖気づいたか?」
春日王子は体の半分を空に張り出した舞台の方へ向けて歩きながら、実言に言った。
「それとも」
そこで、庇の間に足を踏み入れた実言に顔を向けて言った。
「お前は、私を倒せると思っているのか?私以上に、剣にすぐれているというのかい?」
実言は春日王子を追って邸の中を進んだ。それについて、両軍の兵士が睨みを利かせて横歩きで足を運びお互いの大将の後ろを守った。
春日王子が庇の間を越えて、崖に柱を立てて作られた一段下がった舞台に出た。腰にはいた剣の柄に手をやり、引き抜き振り上げてから一周振り回した。剣の先が襲って来るほどの近さでもないのに、皆は身をのけ反らせて一歩二歩と後ずさりした。その後で、春日王子の剣先は下を向き、舞台の真ん中を指して、後を追ってきた実言にここに来いと示した。
実言は山裾からその姿全部を現わした朝日に目を細めながら、春日王子の前に進み出た。
夜明け前の行動で暗い中に目が慣れていて、朝日はこんなにも明るいものかと驚いた。
「剣を抜け!」
春日王子は言った。
「王子、今から私と都へ戻りましょう。大王はあなた様と話をしたいとおっしゃっています」
「お前はまるで兄と私は元に戻れる余地があるようなことを言うな。しかし、もう、都では私は謀反人になっているのだろう。お前の嘘を信じると思うか。そんなことを誰も信じたりはしない。ここで私とお前がこうして剣で決着をつけた方がいいというものだ。さあ、抜け」
春日王子は顎をしゃくって実言の腰に下がっている剣を指し示した。
実言の手はゆっくりと腰に下げた剣の柄を握った。
「それでいい」
春日王子は真っすぐに実言を見つめて言った。
「今、お前が私の前に立つのを見ると、つくづく私はあの時お前の首を落としておけばよかったのにと、後悔している。あの時ここで殺してしまうくらいなら一人でも多く兵士として戦いに行かせた方がいいと考えてお前を北方の戦に行かせたが、お前に一縷の生きる望みを与えてしまった。そして、こうして私を逮捕するために目の前に立たせてしまった」
春日王子は礼と実言との間に起きた昔の出来事を思い出して、口を曲げて自嘲的な笑みを漏らした。
実言は剣の柄を力強く握ると、ゆっくりと鞘から剣を抜いた。
「それでいい」
春日王子はもう一度言った。
「遠慮することはない。私も命懸けだから、お前をいたわる余裕もないだろう」
春日王子は下ろしていた剣先を上げて、実言を指した。
実言は剣を抜いたが、下におろしたままで春日王子を見ている。
「自分からは何もしないか……。致し方ない。私から口火を切ろう」
春日王子は素早く態勢を取って、実言に向かって踏み込み剣を振り下ろした。肩幅に足を広げて、春日王子に正対したままじっとしていた実言も、春日王子が踏み込んだと同時に剣を立ててそれを受け、防いだ。
春日王子はすぐに実言から離れ、実言もすぐさま後ろに飛び退った。それを見て、春日王子が踏み込み横に空を切る。実言は一歩後ろに下がって、剣先を避ける。反射的に、実言は春日王子に向かって剣を突き出して、春日王子はそれを見切って、下からはね上げて実言の上体を上向かせた。そこをすかさず突いてくる。実言は、その鋭い剣先を体をよじってかわし、一回転して春日王子の正面に立った。
「そんなことでいいのか?」
春日王子は言うと、すぐに剣を繰り出してきた。
実言は受けて、鍔を合わせて離れると、春日王子に向かって一振りする。春日王子はその剣を避けて、今度は春日王子が実言に向かって剣を振り上げた。実言は剣を横にして上からくる春日王子の剣を受けた。すぐさま春日王子は実言の腕に向かって剣を上げて、実言の袖に触れた。
「ああっ!」
周りを取り囲んでいる春日王子の軍勢、大王軍の兵士ともに初めて剣が体に当たったことに驚き、声を上げた。
春日王子も実言もその腕を見た後、同時に顔を上げて目が合った。
「かすっただけだな、惜しいこと」
春日王子は言って、攻撃する態勢を再び取り、すぐさま実言に向かって剣を振り下ろす。
春日王子は容赦なく、実言は防戦一方であった。かわしてはいるものの、春日王子の激しい攻撃に立ち遅れて、剣先が腕や肩に触れてくる。衣服の上をかすっているだけならいいが、そのうち白い衣は内側から赤みを帯びて来た。
大王軍の兵士たちは、怪我をしている実言を心配しながら、一方的に攻撃を受けているその姿に失望した。
肩で息をするほどに激しく切り合っている春日王子と実言は、春日王子が再び実言に向かって剣を振り下ろし、実言が剣を横にして防いだ。が、実言の袖がだらりと垂れ下がって、その場の皆は切られたのだとわかった。
「ああっ!」
と大王軍からは悲壮な叫びが起こった。
「いつまで、こんなことをしているつもりだ。お前は私に切り刻まれたいわけではあるまい。お互いに本気になろう。体力ばかりを使って、この舞台の上でひっくり返りたいわけではない。お前の人を食ったような澄ました顔も、いつまでもそのままではおれまいよ。早いところ決着をつけよう」
春日王子は言った。実言は切られて垂れ下がった袖を反対の手で引きちぎった。額に滲んだ汗を拭うと、剣を持ち直した。
「お前の考えていることはわかっている。だが、お前の思うようにはいかないよ。お前が自分の思うようにしたければ、その剣で真剣にかかって来い!」
実言の下におろした剣を持つ右手に血が滴ってきた。一滴、ぽたりと剣を握っている人差し指の関節の先から落ちた。
実言はふうと息を吐き、自分の態勢を整えた。
侮ったわけではないが、春日王子の剣の腕は相当のものである。宮中で弓や剣の技を競うことがあるが、その場で春日王子が披露したことはない。噂でその力を耳にしていたが、実際に目にしたことはないため、半信半疑であった。しかし、実際は名うての実力者であった。
強く、重い剣を何度も受けては、避けてを繰り返すのは体力と気力を奪われる。いつの間にか剣先があたって、体は傷ついている。今は緊張と興奮で痛みもないが、この先さらに傷を負い、出血がひどくなれば急に体が動かなくなることもある。
実言は大王が望む形で春日王子を都へと連れてかえりたかった。それは、今ある姿のままということだ。口で説得できれば、それが一番良いが王子がそれを良しとしない。剣の技量でどうにか優勢になり、捕らえられればいいと思ったが、それこそ春日王子を見くびった罰ということだろう。
相手も命懸け。自分もやすやすと命を渡すことはできない。
実言はもう一度剣の柄を握りなおす。
真剣勝負をするしかないのだ。最後に自分の思うような結末になればそれでよい。
「王子……あなた様の剣の技量は伝え聞いておりましたが、そのお姿は拝見しておらず、その実力を知ることができておりませんでした。こうして、少しずつ体に傷がつくたびにあなた様の鋭い剣裁きに自分の愚かさをかみしめていました。できれば、あなた様の心が大王の気持ちに寄り添っていただくことを待っておりましたが、それを待つまでに私の命が尽きそうです。ですので、あなた様がおっしゃる通りに私も命を賭けてあなた様を倒します。大王の名代としてここに参ったのですから、ただ黙って自分の命を落とすわけにはいきません」
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