Infinity 

螺良 羅辣羅

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第三部 Waiting All Night

118話

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 実津瀬と蓮は体から力一杯声を出して泣いた後は、落ち着きを取り戻して母に甘え始めた。礼は二人を膝の前に座らせると水を飲ませた。泣き過ぎで目尻が赤くなった二人は、小さな手を椀に添えてごくごくと勢いよく飲んでいる。
 それから三人で手を繋ぎ合って歌を歌ったり、筆を持って二人が字を書くのを手伝ってやったりした。そのうち、二人は礼の膝に頭を載せてうとうとし始めた。思い切り泣いて疲れたのだ。
 礼が二人の頭を撫でたり、柔らかな耳たぶをそっとつまんだりして、二人は安心して眠りに落ちた。
 乳母が礼に近づいて来て、礼から一人ずつ子供を受け取って、奥の褥に寝かせた。
 最後に澪が近づいて来て。
「礼様、よかったですわね。実津瀬様や蓮様はあなた様を許す時を待っていたのですわ。子供らしい、必死な姿でした。こちらも涙を誘われました」
「そうね……子供達に許してもらえてよかった……」
「あなた様もお休みなさいませ」
 礼は立ち上がって自分の部屋へと戻った。
久しぶりに二人の重さを両手に感じて、少し疲れて奥の寝室で横になろうかと思った時だった。
 澪が困惑した顔で現れた。
「どうしたの?」
「礼様にお客様ですわ。……後宮から」
「後宮?……碧様」 
 大王の第五妃である碧妃は岩城一族出身で、実言の従姉妹であるが実言を兄と慕っており、礼も何かと頼りにされて後宮に何度も上がって相手をしている。
 この度の春日王子の謀反は後宮にも多大な影響があっただろう。春日王子は大王から王宮の中に自室を与えられて、後宮の妃とも自由に部屋へ行って会話を楽しんでいた。妃たちにとっては信頼した楽しい人だった春日王子が我が夫を裏切り、争いを起こすとは思いもよらないことで、その心中は穏やかではいられない。
 碧妃も苦しい心の内を手紙で訴えて来たのかと思った。
 澪が首を振る。
「いいえ、碧様のところの遣いではないようです。……詠様というお妃様のところの方」
 それも、礼に直接手紙を手渡したいという。
「お断りして、私が受け取りましょうか?」
 使者の申し出に、一旦は聞き入れようとここまで来た澪は、やはり自分が受け取るべきと思い直した。が、礼はそれを止めた。
「いいのよ。詠様は碧様のお姉さまのような方。私も後宮でお会いしたことがあるわ。こんな時ですもの、何か私がお役に立てることがあるのかもしれない。……その使者に会うわ」
 礼は門のすぐそばの階まで渡殿を渡って行った。
 使者は女で、供の婢を一人つけていた。
「私が礼よ」
 使者は現れた左目に眼帯をした小柄な女を見上げた。着ている物は上等で、聞いていた通りの女人が現れたので、この人物が岩城の妻だと思った。
「わたくしは、詠妃から遣わされた者です。詠様から、礼という女人に必ずお渡しするように言われてこの箱を預かって参りました。どうか、お受け取りくださいませ」
 頭を下げて詠妃の手紙が入った箱を差し出した。澪は階を下りてその箱を取って、階の上の礼に渡した。礼は受け取り、階の上から言った。
「詠様……とても久しぶりですわ。息災でいらっしゃいますか」
 使者の女は下げた頭をまだ下げて頷いた。
「必ず読むとお伝えしてください」
 女は頷き。
「どうか。詠様の気持ちをお汲み取り下さいませ」
 と言い置いて、帰って行った。
「礼様……」
「部屋で休むわ」
 心配そうな顔の澪に、礼は美しい螺鈿細工に彩られた漆の箱を大事に抱えて奥へと入って行き、机の前に座って目の前の箱を見つめた。
 どういうことだろう……。
 心の中で首を傾げた。
 詠妃は……碧様に親身に世話を焼いてあげていた優しい方……、詠妃との記憶をたどると……そう、春日王子との出会いは詠妃だった……。
 春日王子と詠妃……。
 礼は心を決めて美しい螺鈿細工の上を指でなぞると、掛けてある紐を解いて中を開けた。中には薄紫の紙が折りたたまれて入っていた。
 礼は取り出して開く。美しい文字が流れるように書かれている。 
 
 『今はもうこの世にはいないあの方のことはとても残念なことでした。後宮でお会いし、楽しいお話しをしてくださり、催しをして楽しませてくれたあの方が大王を裏切るとは思いもよらないことでした。しかし、そのことを受け止めて、今はお気を落とされている大王を少しでもお慰めしたいと思っています。
 あなたには、あの方のことで迷惑をかけたかもしれない。どうか、一言謝らせてくれないか。
そして
こうして、私たちはあの方との繋がりがあった。その繋がりの痕跡は残しておいてはいけない。しかし、消し去ることはできない。それは私たちの心の中にあるのだから。私たちはお互いに助け合って、そのことを封印しなくてはならない。
 明日の午刻(正午)に、後宮の薔薇の庭園に来ておくれ。それは、言うまでもなく一人で。
私たち二人が抱える秘密をはっきりと解消させよう。
 将来のためにも、私たちは二人きりで語り合わなければならない。』

 詠妃の手紙を読み終えて礼は顔を上げた。手はその手紙を閉じた。
 文面通りに読んでいいものだろうか。
 後宮での春日王子と詠妃、そして礼。それぞれの繋がりをねたに強請ろうというのだろうか。
 礼は、はっとなる。
 詠妃は自分自身のことを心配しているのだろうか……。春日王子と……詠妃の繋がりを。それを世に出さないために。
 礼は、この手紙をどうしたらいいか、わからなかった。
 その時に、後ろから明るい声が聞こえた。
「礼!」
 実言だった。
「子供達がとうとう根負けしたそうじゃないか……お前に甘えられて安心した顔をして寝ていたよ」
 実言はすぐに、礼の後ろまでやってきていた。
 礼はすぐに手紙を箱に戻して、振り返った。
「今日は、お帰りが早いのね」
 実言は笑顔になって礼の前に座った。
「そうだよ。お前に早く会いたくてね」
 夜明け前に帰って来て短い眠りに入る前に帰りが遅いと咎めるようなことを言ったから気にしてくれていたようだ。
「子供達のところに行ってきたの?」
「このところ会えていなかったからね。そうしたら、お前にどこにも行くなと泣いて、抱きついて離れなかったと聞いてね。お前も辛い思いをしていただろうから、嬉しいよ」
「診療所から人が来たので、階まで下りて話しを聞こうとしたのだけど、急に私が外に行こうとしたものだから、子供達は心配になったのね。どこに行くのか、どこにも行くなと言ってくれて。私が長い間留守にしたことで、子供達にはどんなに悲しい思いをさせていたのか、思い知ったわ」
 礼は言うと、膝を立て。
「今朝は私よりも早く目覚めて宮廷に行かれたでしょう。お疲れでしょうから、奥でお休みになりますか?」
 と言って、立ち上がろうとした。
「礼、その箱は何?」
 実言は礼の背中に隠れている美しい箱を目ざとく見つけて訊いた。
 礼の心は迷っている。この手紙を実言に見せることは、詠妃にとっていいことにはならないだろう。同性への同情を感じて、夫に隠し事をする気持ちになった。
「これは、お母さまからもらった箱よ……」
 礼はとっさに嘘を言った。
 実言は笑った顔のまま言う。
「お前は私を信頼していないのかね?」
 礼は、困った顔をして実言を見た
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