なおこちゃんの手紙【モキュメンタリー】

武州青嵐(さくら青嵐)

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39話 11月18日 20:00 居酒屋美喜治

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「初めまして、というべきでしょうか。多々良リョウのペンネームで活動を行っております、伊勢涼子です」

 テーブルを挟んで向かいに座る白髪の女性に涼子は頭を下げた。
 見た感じ、70歳は超えていそうな女性だ。
 落ち着いた雰囲気を持った女性で、ふくよかだがしっかりした体幹。小学校の支援ボランティアをしていると膳所から聞いていたが、確かにとうなずいてしまいそうになる。子どもはこういう「おばあちゃん」に、心を開いたりするからだ。

「カクヨムではお世話になっております。白樺文江と申します」

 女性はぺこりと頭を下げた。
 店内はかなりにぎわっているが、それでもよく通る声だ。教員と歌手は喉が生命線のようなところがある。

「ぼくは伊勢の夫で御子柴陽太と申します。以前は小学校教員をしていましたが、いまは容器メーカーの営業をしています」

 涼子の隣に座っている陽太が笑顔で自己紹介した。涼子はうんざりとした顔をし、膳所は快活に笑った。

「なんで、よーたが来てんだよ」
「涼ちゃんをひとりで行かせられないでしょうよ。なにかあったらぼくが守らなくっちゃ」

 細腕で力こぶを作って見せるから、涼子はさらにうんざりした。だが、白樺が破顔するから、涼子は白樺に対して肩をすくめてみせた。

「結婚した途端、箱入り嫁になってしまって」
「あらあら。それは大変」
「で。俺が……まあ、自己紹介するのもなんだけど、膳所高登です」

 ぺこりと頭を下げたとき、作務衣を来た店員がドリンクとつきだしを持ってやってきた。
 陽太以外は全員ビール。いまはまだ精神科で薬を処方してもらっている陽太だけがソフトドリンクだった。

「では」
 膳所がジョッキを少し掲げる。かちり、かちりと互いのグラスを軽くぶつけ、そして一口あおる。

「あの、メモを取らせていただいても?」
 白樺がうなずくのを確認してから、涼子はバッグから筆記用具を取り出した。

「なにからお話すればいいのかしら……」
 白樺はテーブルにジョッキを置いたものの、持ち手を握ったまま視線をその白泡の上に定めた。

「なんというか……。本当に私が至らなかったばかりにこんな事態になってしまって……」
「あの。白樺先生は妻のファンなんですか?」

 どんどん気持ちが沈み込みそうになっている白樺に声をかけたのは、御子柴だった。
 顔を向けると、彼はにこにこ笑っていた。

「カクヨムに書き込んだ、と妻から聞いたので」
「もともとは、異世界転生系を読もうと思って」
「異世界転生系ですか? 白樺先生が?」

 涼子が目を丸くする。膳所が御子柴に「異世界転生って?」と小声で尋ね、「まんまだよ。異世界に転生して人生やりなおす」と端的に説明していた。

「私、いま小学校でスクールアシスタントのボランティアをしているんだけど……。特支にいる児童の見守りをしていてね」
「特支……。特別支援学級ですか? いま、在籍児童数、多いらしいですよね」

「ええ。私が現役の頃は特別支援学校に通っていたような児童も、いまではほとんど地域の学校に進学をしますからね。それに、昔では考えられなかったような……その、学力的にはなんの問題もないけれど、対人関係に問題がある子もたくさんいるので」
「ですよね」

 膳所が深くうなずく。

「教員はどうしても知的や身体的にハンデのある児童に目が行きがちで……。発達にかたよりのある児童はボランティアさんがいてくださって助かります」

「助かっているのかどうかは……。ただ、話し相手ぐらいにはなろうと思って。で、その高学年の子がラノベが好きでね。異世界転生とか、おれつえーって言うの? そういうのが好きというから、勧められるままにカクヨムで読んでいたんです」

「なるほど。……そういえば私も教員時代、生徒にあわせて歌い手とかゲーム実況者とかをネットで観たり聞いたりした覚えがあります」

 涼子が相槌を打つ。

「好きなものを知ることで児童がより深くわかる気がしますよね。……ただ、私はそこまでのめりこめないので……。ときどき、好きなジャンルの作品を拝見していて」
「え、ひょっとして……」

 涼子が目を丸くする。白樺は照れたように笑った。

「昔から、ホラーが好きで……。伊勢先生の怪談実話、更新が楽しみです」
「これはどうもありがとうございます」

 白樺と涼子はふたたびジョッキをあわせ、琥珀色の液体を喉に流し込んだ。

「『なおこちゃんの手紙』を見たときは、本当に驚いて……。まだ残っていたのか、と」

 白樺がつぶやくように言う。
 涼子が口を開こうとした時、店員が刺身もりやサラダを運んできた。

「白樺先生は、『なおこちゃんの手紙』をご存じなんですね?」
 店員が立ち去るのを見計らい、涼子が改めて問う。「もちろん」。白樺は言った。

「私が教員時代、担任をしていたクラスに在籍していたのが、安室直子ちゃんでした」
「やすむろなおこ」

 涼子がペンを走らせる。白樺が漢字を伝えた。

「彼女は複雑な家庭の子で……。お母さんは夜のお仕事をされていて、生活が非常に不規則でした。お母さんのお仕事がお休みのときは学校に来ることができるんですが、お仕事のときはどうやら早朝に帰宅するお母さんを、夜通し待っているようで……。そうなったら、まず、登校時間に起きることが難しく。学校は常に休みがちでした」

「生活は成り立っていたんですか?」
 料理を取り分けていた御子柴が尋ねる。

「金銭的には問題なかったようです。ただ、直子ちゃんのみなりにまで気を遣わないお母さんで……。彼女はいつもお母さんのTシャツや、サイズのあわない靴を履いていました」

 白樺はビールで口を湿らすと、深い息を吐く。

「ご飯も……その、お弁当とかならいいんですが。タンパク質もとれますし、ご飯とか。噛むと顎も鍛えられるでしょう? だけど、直子ちゃんの言うままに買い与えるのか、いつも菓子パンを食べているイメージでした。ときどき、ならいいんです。だけど、毎食がそうで……。だからなのか、歯もぐらぐらで……」

 涼子の頭に浮かぶのは、スティックパンの袋をぶら下げた、ピンクのTシャツを着ているあの女児の姿。

「私が担任をしたのは3年生のときでした。児相も動き出そうとしていて、教頭を中心に職員室でもチームが組まれました。なので、私は決して孤立していたわけでも無支援な状態で直子ちゃんを任されたわけではなかったことは、強調したいと思います」

 白樺がきっぱりと言う。

「直子ちゃんは新学期から全く姿を見せませんでした。一週間に一度は彼女のアパートに管理職とともに訪問し、宿題を渡したり、生活の確認をしました」

 学習は、ほとんどできていなかったらしい。よくて2年生程度の学力だった、と白樺は振り返った。

「あるとき、クラスの女子が終わりの会で提案したんです。『直子ちゃんにお手紙を書こう』と」
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