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43話 11月18日 20:00 居酒屋美喜治④
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随分長い間、誰もが黙っていたような気がする。
すぐそばの団体客がその間に何度も間欠泉のような爆笑をあげ、四人はただじっとそれを聞いていた。
「そのあとから、不可思議なことが起こるようになったのです」
ぽつり、と白樺が言い、涼子を含めた3人は彼女に顔を向けた。
「直子ちゃんが遊びに来る、と」
「……児童は、直子ちゃんが亡くなったことを知らなかった?」
膳所が言う。白樺は首を横に振った。
「クラス全員でお葬式に参加しましたから、それはありません」
「じゃあ……、幽霊が?」
陽太が急に身を小さくする。
「ということになるんでしょうか。私自身は見たり感じたりしたことはありませんが、多くの児童が直子ちゃんを見、そして混乱しました。自殺未遂をした児童もいますし、家出をして東京で見つかった子もいます。とにかく、ひどい状態になった児童は口をそろえて言います。直子ちゃんが来た、と」
白樺は空きジョッキを見つめたまま続けた。
「登校できない児童や、精神的に不安定になる児童が続出し、管理職が神主を呼びました」
「神主」
涼子が目を丸くする。白樺が苦笑した。
「カウンセラーが派遣されるいまでは考えられないでしょう? でもこれが功を奏したんです。少なくとも、うちのクラス以外は」
「……白樺先生のクラスは、違ったんですか?」
膳所がうかがう。白樺はジョッキのビールをすべて飲み干し、顔を前に向けた。
「私のクラスも落ち着きました。しかしそれは、神主によるものではありません。これでした」
そういってクリアファイルから最後の紙を取り出した。
それまでのものと違い、子どもが好きそうな便箋に書かれていた。
これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
だから、この手紙をもらったひとは、10日いないに、じぶんのともだち5人に、このなおこちゃんからの手紙をだしてください。文めんはおなじにしてください。
もし手紙をださなかったり、文めんを変えたら、なおこちゃんがやってきて、かくれんぼをすると言っています。
実際に◎◎小学校の・・・さんは手紙を出さなかったので、なおこちゃんに見つかり、別の世界に連れて行かれました。
なおこちゃんにもし出あってしまったら、『お父さんに言うぞ』と言えば消えるときがあります。
「これは……」
「なおこちゃんの手紙、だねぇ」
覗き込んだ涼子と陽太が言う。膳所は興味深そうだ。
「たぶん、オリジナルはこれだと思います。とある保護者が私にくれました。うちのクラスの児童は、この手紙を手当たり次第に5通出して、難を逃れようとしたようです」
「手あたり次第って……?」
涼子が小首をかしげると、白樺は苦笑した。
「これもいまなら考えられないことですが、昔は各クラスで連絡網というのがあって、児童の住所や電話番号が一覧になって年度開始時に配布されるんです。それを見たり、各家庭にある電話帳の住所を見たり。ある児童は、兄や姉の卒業アルバムに掲載されている住所を参考にして郵送したようです」
まさに手当たり次第に、直子ちゃんを押し付ける「友人」を探した、というところか。
「私はクラスの児童に『送るのなら先生に送りなさい』と言いました。『もし直子ちゃんを見たのなら、先生のところに行きなさいと伝えて』とも。ですが、児童から一通の手紙も届かず、直子ちゃんの姿もついぞ見ません。そして、数か月もすればそんなことが起こったことなど誰も口にしなくなりました」
白樺はジョッキ底に薄く残る琥珀色の液体を見つめる。
「それが心の自浄作用だというのならそうなのでしょうが……。私は直子ちゃんが哀れで……。そして受け持ちクラスの児童たちが憎くて仕方なくなり……。勝手ですよね。私が悪いのに。それで退職しました」
「そう……ですか」
「白樺先生、そのなおこちゃんって」
唐突に陽太が身を乗り出した。
大皿料理を横にどけ、スマホを差し出す。
なんだろう、と涼子も一緒にのぞきこんだ。
「あ、これ」
陽太が昼休みに送ってきた写真だ。
新規オープンの弁当屋。
「このショーケースに反射している姿。ほら、スマホをかまえたぼくと、それからこのピンクの……」
「直子ちゃん……」
白樺はこれ以上にないぐらいに目を見開き、それから絶句している。
やはりこの子が直子ちゃんらしい。
その様子を眺めた膳所は、薄気味悪そうに身を引いた。
「なんで、よーたの写真に写ってるわけ?」
「涼ちゃんが『なおこちゃんの手紙』をもらったからかなぁ。不完全だけど」
「うーん……どうだろうなぁ」
涼子がつぶやく。
「でも、家にもきたもんね」
「そうなんですか! ……え! ひょっとしたらスマホに交じってたあの声って……!」
膳所が愕然とする。陽太は顔をしかめてなにか言おうとしたが、涼子が先に言った。
「◎◎小学校の事件。該当児童は全員このなおこちゃんを見ておびえています」
「やっぱり私は手紙が届かなかったから直子ちゃんの存在が見えないんでしょうか。なぜ私のところには来ないの?」
狼狽えながら白樺が言う。
「手紙もあるでしょうが……。先生、当時ご結婚は?」
涼子に言われ、困惑しながらも白樺は応じた。
「ええ。当時は……結婚2年目ぐらい……だったかしら」
「失礼ですが、ご主人は自営業とかでは?」
「ええ。行政書士で……。自宅が事務所です」
「それを児童も知っていました? 直子ちゃんも?」
「……話したことはあります。『先生の結婚相手は家でお仕事をしています』って。直子ちゃんにも、家庭訪問時に」
「だからじゃないですか? なおこちゃん、お父さんが怖いんです。うちも夫であって父親ではないですが……御子柴の存在が分かった途端、帰りましたから」
石島に頼まれて面会した凛の家は母子家庭だった。
三沢の家も、優奈経由で探りをいれたら夫の帰宅が遅い。
仙田という凛に手紙を出した女児の家は、父親が単身赴任中だ。
いずれも、直子ちゃんにとっては好条件だったのだろう。
「直子ちゃん……。いまでもお父さんが怖いのね……。可哀そうに」
嗚咽交じりの白樺の声を、三人はなんともいえず顔を見合わせ、俯いた。
「あの、伊勢先生」
洟をすすり、白樺が顔を上げる。
「もしなおこちゃんが先生のところに来たら……。私のところに来るように言ってもらえますか? いまはもう夫もいません。あの子の怖がるものはなにもありません」
私があの子の面倒を見ます、と白樺はすすり泣いた。
すぐそばの団体客がその間に何度も間欠泉のような爆笑をあげ、四人はただじっとそれを聞いていた。
「そのあとから、不可思議なことが起こるようになったのです」
ぽつり、と白樺が言い、涼子を含めた3人は彼女に顔を向けた。
「直子ちゃんが遊びに来る、と」
「……児童は、直子ちゃんが亡くなったことを知らなかった?」
膳所が言う。白樺は首を横に振った。
「クラス全員でお葬式に参加しましたから、それはありません」
「じゃあ……、幽霊が?」
陽太が急に身を小さくする。
「ということになるんでしょうか。私自身は見たり感じたりしたことはありませんが、多くの児童が直子ちゃんを見、そして混乱しました。自殺未遂をした児童もいますし、家出をして東京で見つかった子もいます。とにかく、ひどい状態になった児童は口をそろえて言います。直子ちゃんが来た、と」
白樺は空きジョッキを見つめたまま続けた。
「登校できない児童や、精神的に不安定になる児童が続出し、管理職が神主を呼びました」
「神主」
涼子が目を丸くする。白樺が苦笑した。
「カウンセラーが派遣されるいまでは考えられないでしょう? でもこれが功を奏したんです。少なくとも、うちのクラス以外は」
「……白樺先生のクラスは、違ったんですか?」
膳所がうかがう。白樺はジョッキのビールをすべて飲み干し、顔を前に向けた。
「私のクラスも落ち着きました。しかしそれは、神主によるものではありません。これでした」
そういってクリアファイルから最後の紙を取り出した。
それまでのものと違い、子どもが好きそうな便箋に書かれていた。
これは、なおこちゃんからの手紙です。
なおこちゃんは、パンがすきなおんなの子です。
かくれんぼをしています。ときどき、みつからないようにでてきます。
おともだちをぼしゅう中です。
だから、この手紙をもらったひとは、10日いないに、じぶんのともだち5人に、このなおこちゃんからの手紙をだしてください。文めんはおなじにしてください。
もし手紙をださなかったり、文めんを変えたら、なおこちゃんがやってきて、かくれんぼをすると言っています。
実際に◎◎小学校の・・・さんは手紙を出さなかったので、なおこちゃんに見つかり、別の世界に連れて行かれました。
なおこちゃんにもし出あってしまったら、『お父さんに言うぞ』と言えば消えるときがあります。
「これは……」
「なおこちゃんの手紙、だねぇ」
覗き込んだ涼子と陽太が言う。膳所は興味深そうだ。
「たぶん、オリジナルはこれだと思います。とある保護者が私にくれました。うちのクラスの児童は、この手紙を手当たり次第に5通出して、難を逃れようとしたようです」
「手あたり次第って……?」
涼子が小首をかしげると、白樺は苦笑した。
「これもいまなら考えられないことですが、昔は各クラスで連絡網というのがあって、児童の住所や電話番号が一覧になって年度開始時に配布されるんです。それを見たり、各家庭にある電話帳の住所を見たり。ある児童は、兄や姉の卒業アルバムに掲載されている住所を参考にして郵送したようです」
まさに手当たり次第に、直子ちゃんを押し付ける「友人」を探した、というところか。
「私はクラスの児童に『送るのなら先生に送りなさい』と言いました。『もし直子ちゃんを見たのなら、先生のところに行きなさいと伝えて』とも。ですが、児童から一通の手紙も届かず、直子ちゃんの姿もついぞ見ません。そして、数か月もすればそんなことが起こったことなど誰も口にしなくなりました」
白樺はジョッキ底に薄く残る琥珀色の液体を見つめる。
「それが心の自浄作用だというのならそうなのでしょうが……。私は直子ちゃんが哀れで……。そして受け持ちクラスの児童たちが憎くて仕方なくなり……。勝手ですよね。私が悪いのに。それで退職しました」
「そう……ですか」
「白樺先生、そのなおこちゃんって」
唐突に陽太が身を乗り出した。
大皿料理を横にどけ、スマホを差し出す。
なんだろう、と涼子も一緒にのぞきこんだ。
「あ、これ」
陽太が昼休みに送ってきた写真だ。
新規オープンの弁当屋。
「このショーケースに反射している姿。ほら、スマホをかまえたぼくと、それからこのピンクの……」
「直子ちゃん……」
白樺はこれ以上にないぐらいに目を見開き、それから絶句している。
やはりこの子が直子ちゃんらしい。
その様子を眺めた膳所は、薄気味悪そうに身を引いた。
「なんで、よーたの写真に写ってるわけ?」
「涼ちゃんが『なおこちゃんの手紙』をもらったからかなぁ。不完全だけど」
「うーん……どうだろうなぁ」
涼子がつぶやく。
「でも、家にもきたもんね」
「そうなんですか! ……え! ひょっとしたらスマホに交じってたあの声って……!」
膳所が愕然とする。陽太は顔をしかめてなにか言おうとしたが、涼子が先に言った。
「◎◎小学校の事件。該当児童は全員このなおこちゃんを見ておびえています」
「やっぱり私は手紙が届かなかったから直子ちゃんの存在が見えないんでしょうか。なぜ私のところには来ないの?」
狼狽えながら白樺が言う。
「手紙もあるでしょうが……。先生、当時ご結婚は?」
涼子に言われ、困惑しながらも白樺は応じた。
「ええ。当時は……結婚2年目ぐらい……だったかしら」
「失礼ですが、ご主人は自営業とかでは?」
「ええ。行政書士で……。自宅が事務所です」
「それを児童も知っていました? 直子ちゃんも?」
「……話したことはあります。『先生の結婚相手は家でお仕事をしています』って。直子ちゃんにも、家庭訪問時に」
「だからじゃないですか? なおこちゃん、お父さんが怖いんです。うちも夫であって父親ではないですが……御子柴の存在が分かった途端、帰りましたから」
石島に頼まれて面会した凛の家は母子家庭だった。
三沢の家も、優奈経由で探りをいれたら夫の帰宅が遅い。
仙田という凛に手紙を出した女児の家は、父親が単身赴任中だ。
いずれも、直子ちゃんにとっては好条件だったのだろう。
「直子ちゃん……。いまでもお父さんが怖いのね……。可哀そうに」
嗚咽交じりの白樺の声を、三人はなんともいえず顔を見合わせ、俯いた。
「あの、伊勢先生」
洟をすすり、白樺が顔を上げる。
「もしなおこちゃんが先生のところに来たら……。私のところに来るように言ってもらえますか? いまはもう夫もいません。あの子の怖がるものはなにもありません」
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