星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

文字の大きさ
38 / 49

〜episode2〜 第9章:偽物と本物

しおりを挟む
「歌え! 優音!」
蓮の声が合図だった。
優音の指先が、ギターの弦を強く弾く。
ジャラァン……と、乾いたアコースティックの音が、静まり返ったスタジオの空気を切り裂いた。
曲は『Orient Blue』。
アダムが「最新のビート」で塗り固め、SARAHに歌わせていた曲の、これが本来の姿(オリジナル)だ。
派手なシンセサイザーも、重低音もない。あるのは木の鳴りと、優音の喉だけ。

Blue... 滲む街の灯り
雨に濡れた靴で どこへ行けばいい?

歌い出しの瞬間、会場の空気が震えた。
SARAHの歌声にはなかった、湿度と痛み。
それは、LAの冷たい雨、異国での孤独、そして蓮と再会したサンタモニカの夜——優音が実際に経験し、その身に刻み込んできた感情の奔流だった。
「……な、なんだこれは」
マイクを握りしめていたSARAHの手が下がる。
彼女はアダムに与えられた「正解の音程」をなぞっていただけだった。だが、目の前で歌う優音の歌は、音程を超えた「叫び」だ。
機械でどれだけ補正しても作れない、圧倒的な説得力。
「Stop! Stop the music!(止めろ! 音楽を止めろ!)」
アダムが顔を真っ赤にして叫んだ。
「放送事故だぞ! カメラを切れ!」
彼はコントロールルームに向かって怒鳴り散らす。しかし、カメラの赤いランプは消えない。
モニター室にいた統括プロデューサーが、ヘッドセットを押さえながら呟いていた。
「……撮り続けろ。これは、テレビ史に残るぞ」
アダムの狼狽も、SARAHの呆然とした表情も、そして優音の魂の熱唱も、すべてが全国に生中継されていた。
蓮は、優音の横でじっと前を見据えていた。
手にはまだ、あの傷だらけの黒いスマホが握られている。
(届いてるぞ、優音。このボロボロの箱に閉じ込められていたお前の叫びが、今、世界中に解放されてる)

Orient Blue
夜明けを待つ 私の祈り

サビの高音。優音の声が掠れる寸前まで張り上げられる。
それは美しいだけの声ではない。泥臭く、生々しく、そして何よりも力強い。
観客席から、すすり泣く声が聞こえ始めた。
誰からともなく、手拍子が起こる。最初はまばらだった音が、次第にうねりとなり、アダムの怒鳴り声を完全にかき消した。
最後のコードがかき鳴らされ、余韻がスタジオに溶けていく。
数秒の静寂の後。
ワアァァァァッ!
割れんばかりの歓声と拍手が爆発した。
演出された拍手ではない。誰もが「本物」に心を震わせた、衝動的な喝采だった。
優音は肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、もう迷いも恐怖もない。
「……負けた」
ステージの端で、SARAHがポツリと呟いた。彼女は潔くマイクを床に置くと、優音に向かって小さく拍手を送った。操り人形が、自分の意志を持った瞬間だった。
「No... My perfect plan...(嘘だ……僕の完璧な計画が……)」
アダムはその場にへたり込んだ。
彼の足元には、誰にも見向きもされなくなったSARAHのマイクが転がっている。
その時、美月がゆっくりとアダムに歩み寄った。
彼女はアダムを見下ろし、冷ややかに言い放った。
「残念だったわね、ミスター・プロデューサー。日本のエンターテインメントは、あなたが思うほどチョロくないのよ」
そして、カメラに向かってウインクをした。
「主演女優賞は、彼女で決まりね」
偽りのメッキは剥がれ落ちた。
スポットライトの中、ギターを抱えた小さなシンガーと、彼女を守り抜いた男の姿だけが、真実として輝いていた。
(第9章 完)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

フッてくれてありがとう

nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」 ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。 「誰の」 私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。 でも私は知っている。 大学生時代の元カノだ。 「じゃあ。元気で」 彼からは謝罪の一言さえなかった。 下を向き、私はひたすら涙を流した。 それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。 過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ

月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。 泣くのも違う。怒るのも違う。 ただ静かに消えよう。 そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。 画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。 相手に気付かれた? 見られた? 「未練ある」って思われる!? 恐怖でブロックボタンを連打した夜。 カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日

クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。 いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった…… 誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。 更新が不定期ですが、よろしくお願いします。

処理中です...