星を仰ぐふたりのシナリオ

TAKAHARA HIROKI

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〜episode2〜 第9章:偽物と本物

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「歌え! 優音!」
蓮の声が合図だった。
優音の指先が、ギターの弦を強く弾く。
ジャラァン……と、乾いたアコースティックの音が、静まり返ったスタジオの空気を切り裂いた。
曲は『Orient Blue』。
アダムが「最新のビート」で塗り固め、SARAHに歌わせていた曲の、これが本来の姿(オリジナル)だ。
派手なシンセサイザーも、重低音もない。あるのは木の鳴りと、優音の喉だけ。

Blue... 滲む街の灯り
雨に濡れた靴で どこへ行けばいい?

歌い出しの瞬間、会場の空気が震えた。
SARAHの歌声にはなかった、湿度と痛み。
それは、LAの冷たい雨、異国での孤独、そして蓮と再会したサンタモニカの夜——優音が実際に経験し、その身に刻み込んできた感情の奔流だった。
「……な、なんだこれは」
マイクを握りしめていたSARAHの手が下がる。
彼女はアダムに与えられた「正解の音程」をなぞっていただけだった。だが、目の前で歌う優音の歌は、音程を超えた「叫び」だ。
機械でどれだけ補正しても作れない、圧倒的な説得力。
「Stop! Stop the music!(止めろ! 音楽を止めろ!)」
アダムが顔を真っ赤にして叫んだ。
「放送事故だぞ! カメラを切れ!」
彼はコントロールルームに向かって怒鳴り散らす。しかし、カメラの赤いランプは消えない。
モニター室にいた統括プロデューサーが、ヘッドセットを押さえながら呟いていた。
「……撮り続けろ。これは、テレビ史に残るぞ」
アダムの狼狽も、SARAHの呆然とした表情も、そして優音の魂の熱唱も、すべてが全国に生中継されていた。
蓮は、優音の横でじっと前を見据えていた。
手にはまだ、あの傷だらけの黒いスマホが握られている。
(届いてるぞ、優音。このボロボロの箱に閉じ込められていたお前の叫びが、今、世界中に解放されてる)

Orient Blue
夜明けを待つ 私の祈り

サビの高音。優音の声が掠れる寸前まで張り上げられる。
それは美しいだけの声ではない。泥臭く、生々しく、そして何よりも力強い。
観客席から、すすり泣く声が聞こえ始めた。
誰からともなく、手拍子が起こる。最初はまばらだった音が、次第にうねりとなり、アダムの怒鳴り声を完全にかき消した。
最後のコードがかき鳴らされ、余韻がスタジオに溶けていく。
数秒の静寂の後。
ワアァァァァッ!
割れんばかりの歓声と拍手が爆発した。
演出された拍手ではない。誰もが「本物」に心を震わせた、衝動的な喝采だった。
優音は肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、もう迷いも恐怖もない。
「……負けた」
ステージの端で、SARAHがポツリと呟いた。彼女は潔くマイクを床に置くと、優音に向かって小さく拍手を送った。操り人形が、自分の意志を持った瞬間だった。
「No... My perfect plan...(嘘だ……僕の完璧な計画が……)」
アダムはその場にへたり込んだ。
彼の足元には、誰にも見向きもされなくなったSARAHのマイクが転がっている。
その時、美月がゆっくりとアダムに歩み寄った。
彼女はアダムを見下ろし、冷ややかに言い放った。
「残念だったわね、ミスター・プロデューサー。日本のエンターテインメントは、あなたが思うほどチョロくないのよ」
そして、カメラに向かってウインクをした。
「主演女優賞は、彼女で決まりね」
偽りのメッキは剥がれ落ちた。
スポットライトの中、ギターを抱えた小さなシンガーと、彼女を守り抜いた男の姿だけが、真実として輝いていた。
(第9章 完)
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