39 / 49
〜episode2〜第10章:星降る夜明けとチェリーの味
しおりを挟む
騒動から一ヶ月後。
アダムは詐欺罪や著作権侵害などで訴えられ、日本から逃げるように去っていった。
優音と蓮への疑いは完全に晴れ、二人は「権力に屈しなかったアーティスト」として、その存在感を不動のものにしていた。
二人は久しぶりに、あの公園に来ていた。
物語の始まりの場所。
「怖かった?」
蓮が缶コーヒーを開けて渡す。
優音はそれを受け取ると、一口飲んでから短く答えた。
「まさか。蓮が隣にいたのに?」
優音は不敵に笑ってみせた。その表情は、かつての守られるだけの少女ではない。蓮と背中を預け合って戦い抜いた、相棒の顔だった。
「言うねえ」
蓮が苦笑してベンチに背を預ける。
「ま、俺たちのシナリオにしては、ちっとばかりハードな展開だったが」
「そう? 退屈しなくて良かったんじゃない」
優音はポケットから無造作に何かを取り出した。
カサッ、と乾いた音がする。
赤い包み紙。棒付きキャンディ。
器用に片手で包装を剥くと、甘い香りがふわりと漂った。
「ねえ、蓮」
「あん?」
蓮が横を向いた瞬間、優音は何の躊躇いもなく、そのキャンディを蓮の口に放り込んだ。
「……むぐっ!?」
不意を突かれた蓮が目を丸くする。
優音は悪びれもせず、口の外に出た白い棒を指先で弾いた。
「借りは返す主義なの」
口の中に広がる、強烈な甘酸っぱさ。
チュッパチャプス、チェリー味。
蓮の脳裏に、灰色の高校時代がフラッシュバックする。
屋上の踊り場。
自分が強引にねじ込んだあのキャンディ。
「あの日、あんたが強引にこれ食わせなきゃ、私のスイッチは入らなかった」
優音はポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと笑った。
「だから、そのお返し。……文句ある?」
蓮は口の中のキャンディを転がした。
その時、電流が走ったように、あるフレーズが脳裏に蘇った。
優音がブレイクしたきっかけであり、ドラマの主題歌だったあの曲——『片想い』のサビの歌詞だ。
♪ 星の夜 願い込めて CHE.R.RY
♪ 指先で送るキミへのメッセージ
(……そうか)
蓮はハッとして、隣にいる優音を見た。
ずっと比喩だと思っていた。可愛い語呂合わせだと思っていた。
だが、違った。
あの歌詞は、あの日、屋上で俺が指先で弾いて渡した、このキャンディのことだったのだ。
彼女はずっと前から、一番最初の出会いの瞬間から、歌の中に俺へのメッセージを隠していた。
「……気づくのが遅えよ、俺も」
蓮は棒を咥えたまま、自嘲気味に、けれど最高に嬉しそうに呟いた。
「何が?」
「なんでもねえよ」
蓮は立ち上がり、夜空を見上げた。
ベタつくような接触はない。愛の言葉もいらない。
その答え合わせは、二人の胸の内だけで十分だ。
「さて、行くか」
「うん」
「次の現場が待ってる」
二人は歩き出した。
振り返ることはない。
冬の東京の夜空には、雲ひとつなく、満天の星が輝いていた。
その星々は、かつて屋上から見上げた時のような遠い憧れではなく、手を伸ばせば届く照明(スポットライト)のように、二人の背中を鋭く照らしていた。
『星を仰ぐふたりのシナリオ エピソード2』
—— 完 ——
アダムは詐欺罪や著作権侵害などで訴えられ、日本から逃げるように去っていった。
優音と蓮への疑いは完全に晴れ、二人は「権力に屈しなかったアーティスト」として、その存在感を不動のものにしていた。
二人は久しぶりに、あの公園に来ていた。
物語の始まりの場所。
「怖かった?」
蓮が缶コーヒーを開けて渡す。
優音はそれを受け取ると、一口飲んでから短く答えた。
「まさか。蓮が隣にいたのに?」
優音は不敵に笑ってみせた。その表情は、かつての守られるだけの少女ではない。蓮と背中を預け合って戦い抜いた、相棒の顔だった。
「言うねえ」
蓮が苦笑してベンチに背を預ける。
「ま、俺たちのシナリオにしては、ちっとばかりハードな展開だったが」
「そう? 退屈しなくて良かったんじゃない」
優音はポケットから無造作に何かを取り出した。
カサッ、と乾いた音がする。
赤い包み紙。棒付きキャンディ。
器用に片手で包装を剥くと、甘い香りがふわりと漂った。
「ねえ、蓮」
「あん?」
蓮が横を向いた瞬間、優音は何の躊躇いもなく、そのキャンディを蓮の口に放り込んだ。
「……むぐっ!?」
不意を突かれた蓮が目を丸くする。
優音は悪びれもせず、口の外に出た白い棒を指先で弾いた。
「借りは返す主義なの」
口の中に広がる、強烈な甘酸っぱさ。
チュッパチャプス、チェリー味。
蓮の脳裏に、灰色の高校時代がフラッシュバックする。
屋上の踊り場。
自分が強引にねじ込んだあのキャンディ。
「あの日、あんたが強引にこれ食わせなきゃ、私のスイッチは入らなかった」
優音はポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと笑った。
「だから、そのお返し。……文句ある?」
蓮は口の中のキャンディを転がした。
その時、電流が走ったように、あるフレーズが脳裏に蘇った。
優音がブレイクしたきっかけであり、ドラマの主題歌だったあの曲——『片想い』のサビの歌詞だ。
♪ 星の夜 願い込めて CHE.R.RY
♪ 指先で送るキミへのメッセージ
(……そうか)
蓮はハッとして、隣にいる優音を見た。
ずっと比喩だと思っていた。可愛い語呂合わせだと思っていた。
だが、違った。
あの歌詞は、あの日、屋上で俺が指先で弾いて渡した、このキャンディのことだったのだ。
彼女はずっと前から、一番最初の出会いの瞬間から、歌の中に俺へのメッセージを隠していた。
「……気づくのが遅えよ、俺も」
蓮は棒を咥えたまま、自嘲気味に、けれど最高に嬉しそうに呟いた。
「何が?」
「なんでもねえよ」
蓮は立ち上がり、夜空を見上げた。
ベタつくような接触はない。愛の言葉もいらない。
その答え合わせは、二人の胸の内だけで十分だ。
「さて、行くか」
「うん」
「次の現場が待ってる」
二人は歩き出した。
振り返ることはない。
冬の東京の夜空には、雲ひとつなく、満天の星が輝いていた。
その星々は、かつて屋上から見上げた時のような遠い憧れではなく、手を伸ばせば届く照明(スポットライト)のように、二人の背中を鋭く照らしていた。
『星を仰ぐふたりのシナリオ エピソード2』
—— 完 ——
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
今さらやり直しは出来ません
mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。
落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。
そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。
すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。
だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。
イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。
変わり果てた現実を前に、
夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。
深い後悔と悲しみに苛まれながら、
失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。
しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。
贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。
そして、母の心を知っていく子供たち。
イネスが求める愛とは、
そして、幸せとは――。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【短編】ちゃんと好きになる前に、終わっただけ
月下花音
恋愛
曖昧な関係を続けていたユウトとの恋は、彼のインスタ投稿によって一方的に終わりを告げた。
泣くのも違う。怒るのも違う。
ただ静かに消えよう。
そう決意してトーク履歴を消そうとした瞬間、指が滑った。
画面に表示されたのは、間の抜けたクマのスタンプ。
相手に気付かれた? 見られた?
「未練ある」って思われる!?
恐怖でブロックボタンを連打した夜。
カモメのフンより、失恋より、最後の誤爆が一番のトラウマになった女子大生の叫び。
初恋だったお兄様から好きだと言われ失恋した私の出会いがあるまでの日
クロユキ
恋愛
隣に住む私より一つ年上のお兄さんは、優しくて肩まで伸ばした金色の髪の毛を結ぶその姿は王子様のようで私には初恋の人でもあった。
いつも学園が休みの日には、お茶をしてお喋りをして…勉強を教えてくれるお兄さんから好きだと言われて信じられない私は泣きながら喜んだ…でもその好きは恋人の好きではなかった……
誤字脱字がありますが、読んでもらえたら嬉しいです。
更新が不定期ですが、よろしくお願いします。
フッてくれてありがとう
nanahi
恋愛
「子どもができたんだ」
ある冬の25日、突然、彼が私に告げた。
「誰の」
私の短い問いにあなたは、しばらく無言だった。
でも私は知っている。
大学生時代の元カノだ。
「じゃあ。元気で」
彼からは謝罪の一言さえなかった。
下を向き、私はひたすら涙を流した。
それから二年後、私は偶然、元彼と再会する。
過去とは全く変わった私と出会って、元彼はふたたび──
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
