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ヴィーネ - 生きるために飲む酒
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紛争や疫病ではない、少し変わった理由で渡航が制限されている天体がある。
その天体に足を踏み入れると、先ず最初に強烈なアルコール臭に出迎えられる。その刺激に鼻を突かれ、目が潤み、肺はむせかえる。初めて訪れる人は、酒を飲んでもいないのに酔いそうな空気の中にあって、平然としている係員をアンドロイドだと思うかもしれない。
惑星の住民は、ほぼアルコールのみを口にして生活している。食料はなく、食事もない。あるのはアルコールと、アルコール代謝のために設計された身体だけだ。
もともとこの天体は、工業生産を主とする平凡な拠点だった。標準的な工場設備が並び、工業製品を生産して天体外へ輸出し、代わりに食料を輸入していたのだが、ある技術革新が引き金となり変化が始まった。
鉱物資源と地熱を利用してアルコールを大量に生成できるようになったのだ。
工業プラントの一部が発酵槽に転用され、アルコールの製造が始まった。初期は工業用だったが、飲用アルコールの「ヴィーネ」が登場すると、飲酒の習慣が少しずつ住民に広がる。そして、飲酒を禁止する宙域との交易が制限された。
交易が減り、食料の供給が不安定になっても、住民はヴィーネを飲み続け、ヴィーネで食事を補うようになった。精製後のヴィーネには殺菌処理を施さず、酵母や共生菌を生きたまま残し、濾過もしない。菌体からビタミンやアミノ酸を得ることで、最低限の栄養を確保するのだ。
この変化に合わせて、住民の身体設計思想も更新された。新生児は出生時にアルコール分解酵素の発現を高める処置を受け、やがてアルコールを効率よくエネルギーに変換できる身体へと成長する。
こうした特殊な生活様式が周辺宙域との摩擦を生み、この天体は外交的に孤立した。一部の例外を除き外界との接触は断たれ、ついに人々は「食べる」ことを放棄した。
アルコール禁止が常識となっている宙域からすれば、ここでの生活は倫理的にも衛生的にも受け入れがたい存在だ。だが、アルコール愛好家によるヴィーネの評価は高く、わずかに続く交易の中で流通している。
もちろん一般に流通しているヴィーネは、殺菌や濾過の工程を経ており、衛生基準をクリアしたものだけだ。現地で常飲される「ヴィーネ原酒」が外に出ることは無い。
今回、私はヴィーネ原酒の醸造施設を見学する許可を得た。内部は蒸気と酵母の香りが混ざり合い、酔いの気配を濃厚に感じさせる。
施設の一角で、ヴィーネ原酒を試飲する機会に恵まれた。酵母の活動が続いている原酒は、アルコール度数が高く、匂いがキツい。酸味も鋭く、沈殿物の異物感も不快だ。洗練された一般流通品と比べれば、明らかに飲みにくく、不味い。
これは嗜好品ではなく、生存のための燃料なのだ。「美味い」と形容する言葉を使う者はおらず、酒の良し悪しは、エネルギー変換効率と栄養価で評価される。食事という機能を失った彼らは、味覚を育てる機会を与えられず、何かを失ったことすら忘れてしまった。
私はこの沈殿物まじりの液体から、彼らの強い意志を感じずにはいられなかった。
その天体に足を踏み入れると、先ず最初に強烈なアルコール臭に出迎えられる。その刺激に鼻を突かれ、目が潤み、肺はむせかえる。初めて訪れる人は、酒を飲んでもいないのに酔いそうな空気の中にあって、平然としている係員をアンドロイドだと思うかもしれない。
惑星の住民は、ほぼアルコールのみを口にして生活している。食料はなく、食事もない。あるのはアルコールと、アルコール代謝のために設計された身体だけだ。
もともとこの天体は、工業生産を主とする平凡な拠点だった。標準的な工場設備が並び、工業製品を生産して天体外へ輸出し、代わりに食料を輸入していたのだが、ある技術革新が引き金となり変化が始まった。
鉱物資源と地熱を利用してアルコールを大量に生成できるようになったのだ。
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交易が減り、食料の供給が不安定になっても、住民はヴィーネを飲み続け、ヴィーネで食事を補うようになった。精製後のヴィーネには殺菌処理を施さず、酵母や共生菌を生きたまま残し、濾過もしない。菌体からビタミンやアミノ酸を得ることで、最低限の栄養を確保するのだ。
この変化に合わせて、住民の身体設計思想も更新された。新生児は出生時にアルコール分解酵素の発現を高める処置を受け、やがてアルコールを効率よくエネルギーに変換できる身体へと成長する。
こうした特殊な生活様式が周辺宙域との摩擦を生み、この天体は外交的に孤立した。一部の例外を除き外界との接触は断たれ、ついに人々は「食べる」ことを放棄した。
アルコール禁止が常識となっている宙域からすれば、ここでの生活は倫理的にも衛生的にも受け入れがたい存在だ。だが、アルコール愛好家によるヴィーネの評価は高く、わずかに続く交易の中で流通している。
もちろん一般に流通しているヴィーネは、殺菌や濾過の工程を経ており、衛生基準をクリアしたものだけだ。現地で常飲される「ヴィーネ原酒」が外に出ることは無い。
今回、私はヴィーネ原酒の醸造施設を見学する許可を得た。内部は蒸気と酵母の香りが混ざり合い、酔いの気配を濃厚に感じさせる。
施設の一角で、ヴィーネ原酒を試飲する機会に恵まれた。酵母の活動が続いている原酒は、アルコール度数が高く、匂いがキツい。酸味も鋭く、沈殿物の異物感も不快だ。洗練された一般流通品と比べれば、明らかに飲みにくく、不味い。
これは嗜好品ではなく、生存のための燃料なのだ。「美味い」と形容する言葉を使う者はおらず、酒の良し悪しは、エネルギー変換効率と栄養価で評価される。食事という機能を失った彼らは、味覚を育てる機会を与えられず、何かを失ったことすら忘れてしまった。
私はこの沈殿物まじりの液体から、彼らの強い意志を感じずにはいられなかった。
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