その渇望ゆえに宇宙をさまよわずにはいられない

八角泰三

文字の大きさ
7 / 7

トトカ - 美食の星

しおりを挟む
その惑星への定期航路は、利用者の姿を見かけることはほとんどないが、減便も廃止もされておらず、便名だけは今も時刻表に残っている。

着陸して、まず目の前に広がるのは商業区画だ。広く取られた通路の両脇に、同じ規格の店舗が並ぶ。すべての間口は閉じられ、表示灯は消え、看板だけが残っていた。
かつて、この通りを人が行き交っていたのだろうということは、説明されなくても分かる。
床材の摩耗、天井の高さ、無駄に多い案内板。それらは、長く使われる前提で設計された場所の名残だった。

この星は、以前「美食」で知られていた。料理名を挙げれば、誰しも一度は耳にしたことがある。この星を発祥とするレシピは、少なくない。

この星がまだ美食でにぎわっていたころ、ここへ来る理由は単純だった。来れば、必ず美味しいものが食べられる。しかも、前に来たときよりも確実に美味しい。それは評判ではなく、ほとんど前提として共有されていた。

レシピは常に公開されており、他の星でも再現はできたし、実際、多くの料理が各地に広まった。それでも、最新で、最も美味しい一皿は必ずこの星にあった。

その前提を支えていたのが、味を評価し、改訂するための仕組みだった。

それは、人類の食の歴史から導かれた「トトカ」と呼ばれるアルゴリズムに基づいていた。
料理を、味・におい・食感・温度・見た目といった要素に分解し、物理的に分析してトトカに入力すると、分析対象よりも「わずかに美味しい」と感じられるよう調整されたパラメータが出力される。
出力された値は、分子物理学的な手法でレシピとして再現され、完成した料理は再び同じ手続きを通過する。

この星では、「美味しい」は工夫するものではなく、更新され続けるものとして扱われていた。

私がここへ来たのは、その味を生み出していた仕組みが、今も更新を続けていると聞いたからだ。

最新のレシピは、一般向けに開放された試験区画で提供されている。調理と検証を兼ねた施設で、かつては予約だけで数年先まで埋まり、立ち入りそのものが特別な体験とされていた場所だ。今は、入口に人影はなく、受付端末の待ち時間表示は常にゼロを示している。

清掃の行き届いた豪華な席に着くと、間を置かずに料理が運ばれてきた。その料理に最適化されているのであろう飲み物も、同時に置かれる。説明はない。

先ずはドリンクを口に含む。温度は低すぎず、香りは立ちすぎない。舌の表面が均一に湿り、これから来る味を受け取る準備が整う。

見た目だけなら、過剰な装飾はない料理。だが、皿の配置、立ち上がる匂い、湯気の消え方まで含めて計算されていることが分かり、期待が高まる。
いや、味は期待するものではなく、美味いと確信するものだと、この星の作法を思い返す。

噛む。
塩味が先に現れ、すぐに甘味が重なり、その奥から旨味が追いついてくる。それは、今まで感じたことのない、複雑な味わいだった。

嚥下する。
香りと感触が口腔の奥に残り、遅れて別の要素が立ち上がる。余韻は長く、体験が収まる気配がない。

完食し、しばらく思いにふける。

かつて美食の最前線だった名残なのだろう。味の評価を求められることはない。客観的に最適解された味なのだから、聞くまでもない。だとしても、それを感じる主観は私のものだ。

私は、この「美味い」が理解できなかった。

最新のレシピは、人類の理解を超えてしまったのか。それとも、アルゴリズムそのものが破綻していたのか。

賑わいを失ったフロアを見渡す。人の気配はないが、照明も空調も、必要なだけ維持されている。かつて、この仕組みが生み出した莫大な財産は、今でもこの星のインフラを容易に支えている。

この装置にエネルギーが供給され続ける限り、レシピの更新は続く。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

おめでとう。社会貢献指数が上がりました。

水井伸輔(Mizui Shinsuke)
SF
「正しく」生きれば、どこまでも優しいこの国。 17歳のシュウは、社会貢献指数を高め、平穏な未来を手に入れようとしていた。しかし、システムに疑問を抱く父のランクは最低の「D」。 国家機能維持条項が発令された夜、シュウの端末に現れたのは、父の全権利を支配するための「同意」ボタンだった。 支配か、追放か。指先ひとつで決まる、親子の、そして人間の尊厳の行方。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【新作】1分で読める! SFショートショート

Grisly
ファンタジー
❤️⭐️感想お願いします。 1分で読める!読切超短編小説 新作短編小説は全てこちらに投稿。 ⭐️忘れずに!コメントお待ちしております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

処理中です...