閏述|極限環境における経済活動の終端シナリオについて

八角泰三

文字の大きさ
18 / 43
第5章 制度的実装形態の比較

5.1 政府発行型(インフラ的生産)モデル

しおりを挟む
本節では、カロリー基準に基づく経済活動を、政府発行型(インフラ的生産)モデルとして実装した場合の構造と特性を整理する。このモデルにおいて政府は、通貨発行主体としてではなく、生存に必要な基礎的生産を維持するインフラ運営主体として位置づけられる。

政府発行型モデルの中核は、食料・酸素・水・温度制御といった生存に不可欠な要素を、公共インフラとして一元的に生産・配分する点にある。これらの生産活動は、直接的に ML 上のカロリーとして記録され、個体への配分は CR 操作として反映される。ここで重要なのは、政府が「価値」を発行するのではなく、生存条件そのものを安定供給することで、結果としてカロリーが流通する構造になっている点である。

このモデルにおいて、政府は価格調整や市場介入を行わない。配分の基準は、最低生存条件を満たすための必要量に限定され、余剰の配分や選択の自由は制度の外部に委ねられる。その結果、政府の役割は、経済主体というよりも環境条件の維持装置に近づく。

安定性の観点から見ると、政府発行型モデルは、初期段階および極限環境下において高い有効性を示す。生産量と人口規模が比較的固定されている場合、インフラ的生産は予測可能性が高く、減衰や不可逆操作を織り込んだ上でも、最低限の生存を保証しやすい。この点において、本モデルは、ハビタット建設直後や災害後の再建期に適している。

一方で、このモデルには構造的な制約が存在する。第一に、生存以上の選択を内部で扱えない点である。政府発行型モデルは、最低限の生存を維持することには適しているが、個体ごとの嗜好やリスク選好の差異を反映する仕組みを持たない。その結果、余剰カロリーの利用や生存効率係数に基づく最適化は、制度の外部で発生する。

第二に、政府自身が単一障害点となる点である。生産設備の故障、運営判断の遅延、あるいは予測モデルの誤差が累積した場合、その影響は集団全体に波及する。ML 上では記録の整合性が保たれていたとしても、物理的生産が停止すれば、記録は意味を失う。

さらに、政府発行型モデルでは、減衰と不可逆性が制度内部に吸収されやすい。損失や効率低下は、個体の選択ではなく、インフラ全体の性能として現れるため、責任の所在が曖昧になりやすい。この点は、安定性を高める一方で、調整速度を低下させる要因ともなる。

以上より、政府発行型(インフラ的生産)モデルは、生存の底を支える構造として高い信頼性を持つが、経済活動全体を内包するモデルではない。本研究の枠組みにおいて、本モデルは単独で完結する制度ではなく、他の実装形態と併存することで初めて機能する基盤的構成要素として位置づけられる。次節では、この基盤の上に企業的主体がどのように振る舞い得るかを検討する。

【参考文献】
大槻 伸輔『配給という生活――戦後初期における食糧管理の記録』(国民生活叢書、1951)
マーガレット・L・ハリス『配給国家の設計――非常時における生存インフラの政治学』(オルタナ・ポリティクス出版、2124)
地球外居住庁 編『恒常ハビタットにおける基礎生存インフラ運用白書』(地球外居住庁報告書、2189)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七
SF
拓也は、かつての恋人・純への後悔を抱えたまま生きてきた。ある日、過去へ戻れる不思議なアプリを手に入れるが戻った先で彼を待っていたのは、若き日の純ではなく――純そのものになってしまった自分自身だった。かつての恋人とやり直すはずが、過去の自分を相手に恋をするという奇妙で切ない関係が始まっていく。時間と心が交差する、不思議な男女入れ替わりストーリー。

処理中です...