閏述|極限環境における経済活動の終端シナリオについて

八角泰三

文字の大きさ
29 / 43
第8章 破綻パターンの例示

8.2 短期最適化への収束

しおりを挟む
本節では、前節で述べた予測精度への過度な依存が進行した結果として生じる、短期最適化への収束を破綻パターンとして整理する。ここでいう短期最適化とは、意図的な近視眼性や刹那的判断を指すものではない。むしろ、制度と個体がともに合理性を追求した結果として、評価の時間軸が不可逆的に短縮されていく過程を意味する。

予測モデルが高い精度を示し続ける環境では、将来に関する不確実性は数値として処理され、意思決定の対象から徐々に排除される。このとき、判断の基準は「長期的にどうなるか」ではなく、「次の更新までに何が最適か」へと移行する。評価周期が短縮されることで、行為の正当性は直近の成果によってのみ測られるようになる。

短期最適化が進行すると、非直接的寄与行為は急速に縮減される。点検、記録、学習、調停といった行為は、即時的な成果を生まないため、短期評価において不利である。しかし、これらの行為は、前章で示した成立パターンにおいて、誤差の蓄積を抑制する役割を果たしていた。短期最適化への収束は、制度が自らの緩衝材を削り取る過程として理解できる。

重要なのは、この収束が強制や怠慢によって起こるのではない点である。評価周期の短縮は、効率性と透明性を高めるための改善として導入されることが多い。結果として、行為の比較可能性は向上し、選択は容易になる。しかしその一方で、長期的な影響や遅延効果は、評価の枠外に追いやられる。

短期最適化への収束が破綻的である理由は、最適化そのものにあるのではない。問題は、最適化の対象が短期成果に限定されることで、制度が未来に対して無防備になる点にある。短期的には安定して見える運用が、環境変動や予測前提の崩壊に直面した際、急激に調整不能へと転じる。

この状態では、個体の行動も均質化する。評価指標が共有され、短期成果が唯一の基準となることで、行動の多様性は失われる。多様性の喪失は、予測モデルの外側にある事象への感度を低下させ、制度全体の脆弱性を高める。結果として、制度は自らの成功条件に縛られ、修正の契機を失う。

以上より、短期最適化への収束は、予測精度への依存と相互に強化されながら進行する破綻パターンである。この過程は、外部から見れば効率的かつ合理的に映るため、破綻として認識されるのは遅れる傾向にある。次節では、この収束が制度構造そのものを変質させ、特定の社会形態へと同型化していく過程を検討する。

【参考文献】
リチャード・E・コールマン『次の四半期まで生き残れ――短期評価が企業を壊すとき』(ストラテジック・アナリシス出版、2021)
江戸生活文化研究会 編『宵越しの銭は持たない――江戸庶民の時間感覚と経済』(東方生活史叢書、2169)
オスカー・L・ベネット『警報が鳴るころには――ハビタット運用トラブル小話集』(コスモノーツ・ライブラリ、2035)
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

身体交換

廣瀬純七
SF
大富豪の老人の男性と若い女性が身体を交換する話

本能寺からの決死の脱出 ~尾張の大うつけ 織田信長 天下を統一す~

bekichi
歴史・時代
戦国時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う風が尾張の大地を駆け巡る中、夜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戦いの予兆のように輝いている。この混沌とした時代において、信長はまだ無名であったが、彼の野望はやがて天下を揺るがすことになる。信長は、父・信秀の治世に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を追求し、反逆者とみなされることもあれば期待の星と讃えられることもあった。彼の目標は、乱世を統一し平和な時代を創ることにあった。物語は信長の足跡を追い、若き日の友情、父との確執、大名との駆け引きを描く。信長の人生は、斎藤道三、明智光秀、羽柴秀吉、徳川家康、伊達政宗といった時代の英傑たちとの交流とともに、一つの大きな物語を形成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

ビキニに恋した男

廣瀬純七
SF
ビキニを着たい男がビキニが似合う女性の体になる話

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

恋愛リベンジャーズ

廣瀬純七
SF
拓也は、かつての恋人・純への後悔を抱えたまま生きてきた。ある日、過去へ戻れる不思議なアプリを手に入れるが戻った先で彼を待っていたのは、若き日の純ではなく――純そのものになってしまった自分自身だった。かつての恋人とやり直すはずが、過去の自分を相手に恋をするという奇妙で切ない関係が始まっていく。時間と心が交差する、不思議な男女入れ替わりストーリー。

処理中です...