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リョウブ
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ヴィラレライトの中心にそびえる塔を出たテオは、なだらかな丘陵地帯を抜ける小道を歩いていた。
歩みを進めるにつれ、周囲の景色が少しずつ、だが確かな鮮やかさを増していく。
靴底に心地よい土の弾力を返し始める。遠くでぼんやりと鳴っていた単調な水音は、近づくにつれて、無数の水滴が石にぶつかり合う複雑で精緻なせせらぎへと解きほぐされていった。
陽光を弾いてきらきらと輝く水面の上では、透き通った瑠璃色の羽を持つ小鳥たちが、楽しげな弧を描いて飛び交っていた。彼らのさえずりは、まるで計算し尽くされた管弦楽のように美しく重なり合い、森の空気を震わせている。
豊かで緻密な自然の営みが広がる小川のほとりに、一人の貴人が佇んでいた。
淡い翠色の髪をしたアシュプルのエンジュだ。彼は川岸の丸い石の上に膝を抱えて座り、水面に浮かんだ一枚の落ち葉が、小さな渦に巻き込まれてくるくると回る様を、瞬きもせずに熱心に見つめていた。
「おはよう、エンジュさん。」
テオが元気よく声をかけると、エンジュはゆっくりと振り返り、水面と同じくらい穏やかな微笑みを浮かべた。
「おはよう、テオ。今日の川のせせらぎは、昨日よりもわずかにハ長調に近い気がするよ。水と石がぶつかる和音が、とても心地いいんだ。」
「そっか!それはよかったね。」
「ああ。君も良い一日を。」
エンジュが再び落ち葉の軌道へと視線を戻すのを見届け、テオは小川にかかるアーチ状の橋を渡った。
ヴィラレライトの空は、いつ見上げても完璧な蒼色をしている。
綿菓子のように白く丸い雲が、目に見えないほどの遅さで、ゆったりと東から西へと流れていく。
小川を背にして登った、風の吹き抜ける小高い丘の上。そこでアシュプルのリョウブは、柔らかな草の絨毯に仰向けに寝転がっていた。
大樹のように穏やかな面持ちをした彼は、両手を頭の後ろで組み、瞬きもせずに遥か上空を見つめている。四日前から同じ場所に留まっていることを示すように、風に舞った草花が彼の衣服を覆っていた。
丘を登りきったテオが、彼の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「おはよう、リョウブさん。」
リョウブはゆっくりと首だけを動かし、テオの顔を認めて穏やかに微笑んだ。
「やあ、テオ。どうしたんだい?何か忘れ物かい?」
テオは不思議そうに目をぱちくりとさせた。
「忘れ物?ちがうよ。リョウブさんが今日は何をしてるのかなって思って、見に来たんだ。」
「何をしているか、だって?」
リョウブは少しだけ困ったように眉を下げた。
「さっき、君に雲を見ていると言ったばかりじゃないか。……いや、待てよ。」
リョウブの視線が、テオの頭上から、空のずっと高い位置で輝く太陽へと移る。
完璧な蒼空の中で、太陽はすでに中天のやや西側に傾きかけていた。リョウブの瞳の奥で、わずかな戸惑いがさざ波のように揺れる。
「そうか。テオ、私たちが最後に会ったのは、いつだったかな?」
「四日前のお昼すぎだよ。ここに来て、リョウブさんと少しお話ししたよね。」
「……なるほど。四日、か。」
リョウブは小さく息を吐き、ゆっくりと身を起こした。長い銀色の髪から、カサリと乾いた草の葉がこぼれ落ちる。
「声をかけてくれてありがとう、テオ。私はどうやら、あの雲の輪郭を追いかけているうちに、少しばかりぼんやりしてしまっていたようだ。」
その言葉を聞いて、テオはくすくすと笑った。
「リョウブさんは、本当にのんびり屋さんだね。」
「そうだね。私たちには、急いでやらなければならないことなど、何一つないからね。」
リョウブは立ち上がったテオの小さな肩を、労うように優しくポンと叩いた。
「その点、毎日こうして皆のところを回っている君は、とても働き者だ。感心するよ。」
「えへへ、そうかな。」
褒められたテオは嬉しそうに笑うと、首を傾げてリョウブの顔を見上げた。
「リョウブさん、今日は何をするの?」
「そうだな。」
リョウブは、自分が丸一日かけて見つめ続けていた完璧な蒼空を、もう一度だけ見上げてから、ふうと息をついた。
「空も十分見たことだし……そういえば、ヒバからボードゲームに誘われていたな。」
「ヒバさんなら、たぶんお家にいるよ。」
「そうか、ありがとう。ちょっと訪ねてみるよ。」
リョウブは柔らかな草の絨毯から立ち上がり、衣服についた葉を軽く払い落とすと、ゆっくりとした足取りで丘を下っていった。その後ろ姿を見送ったテオは、小脇に抱えていたノートを開き、羽ペンを取り出した。
インクの滲まない真っ白なページに、テオの丸っこい文字が綴られる。
『リョウブ、空を見終わる』
歩みを進めるにつれ、周囲の景色が少しずつ、だが確かな鮮やかさを増していく。
靴底に心地よい土の弾力を返し始める。遠くでぼんやりと鳴っていた単調な水音は、近づくにつれて、無数の水滴が石にぶつかり合う複雑で精緻なせせらぎへと解きほぐされていった。
陽光を弾いてきらきらと輝く水面の上では、透き通った瑠璃色の羽を持つ小鳥たちが、楽しげな弧を描いて飛び交っていた。彼らのさえずりは、まるで計算し尽くされた管弦楽のように美しく重なり合い、森の空気を震わせている。
豊かで緻密な自然の営みが広がる小川のほとりに、一人の貴人が佇んでいた。
淡い翠色の髪をしたアシュプルのエンジュだ。彼は川岸の丸い石の上に膝を抱えて座り、水面に浮かんだ一枚の落ち葉が、小さな渦に巻き込まれてくるくると回る様を、瞬きもせずに熱心に見つめていた。
「おはよう、エンジュさん。」
テオが元気よく声をかけると、エンジュはゆっくりと振り返り、水面と同じくらい穏やかな微笑みを浮かべた。
「おはよう、テオ。今日の川のせせらぎは、昨日よりもわずかにハ長調に近い気がするよ。水と石がぶつかる和音が、とても心地いいんだ。」
「そっか!それはよかったね。」
「ああ。君も良い一日を。」
エンジュが再び落ち葉の軌道へと視線を戻すのを見届け、テオは小川にかかるアーチ状の橋を渡った。
ヴィラレライトの空は、いつ見上げても完璧な蒼色をしている。
綿菓子のように白く丸い雲が、目に見えないほどの遅さで、ゆったりと東から西へと流れていく。
小川を背にして登った、風の吹き抜ける小高い丘の上。そこでアシュプルのリョウブは、柔らかな草の絨毯に仰向けに寝転がっていた。
大樹のように穏やかな面持ちをした彼は、両手を頭の後ろで組み、瞬きもせずに遥か上空を見つめている。四日前から同じ場所に留まっていることを示すように、風に舞った草花が彼の衣服を覆っていた。
丘を登りきったテオが、彼の顔を覗き込むようにして声をかけた。
「おはよう、リョウブさん。」
リョウブはゆっくりと首だけを動かし、テオの顔を認めて穏やかに微笑んだ。
「やあ、テオ。どうしたんだい?何か忘れ物かい?」
テオは不思議そうに目をぱちくりとさせた。
「忘れ物?ちがうよ。リョウブさんが今日は何をしてるのかなって思って、見に来たんだ。」
「何をしているか、だって?」
リョウブは少しだけ困ったように眉を下げた。
「さっき、君に雲を見ていると言ったばかりじゃないか。……いや、待てよ。」
リョウブの視線が、テオの頭上から、空のずっと高い位置で輝く太陽へと移る。
完璧な蒼空の中で、太陽はすでに中天のやや西側に傾きかけていた。リョウブの瞳の奥で、わずかな戸惑いがさざ波のように揺れる。
「そうか。テオ、私たちが最後に会ったのは、いつだったかな?」
「四日前のお昼すぎだよ。ここに来て、リョウブさんと少しお話ししたよね。」
「……なるほど。四日、か。」
リョウブは小さく息を吐き、ゆっくりと身を起こした。長い銀色の髪から、カサリと乾いた草の葉がこぼれ落ちる。
「声をかけてくれてありがとう、テオ。私はどうやら、あの雲の輪郭を追いかけているうちに、少しばかりぼんやりしてしまっていたようだ。」
その言葉を聞いて、テオはくすくすと笑った。
「リョウブさんは、本当にのんびり屋さんだね。」
「そうだね。私たちには、急いでやらなければならないことなど、何一つないからね。」
リョウブは立ち上がったテオの小さな肩を、労うように優しくポンと叩いた。
「その点、毎日こうして皆のところを回っている君は、とても働き者だ。感心するよ。」
「えへへ、そうかな。」
褒められたテオは嬉しそうに笑うと、首を傾げてリョウブの顔を見上げた。
「リョウブさん、今日は何をするの?」
「そうだな。」
リョウブは、自分が丸一日かけて見つめ続けていた完璧な蒼空を、もう一度だけ見上げてから、ふうと息をついた。
「空も十分見たことだし……そういえば、ヒバからボードゲームに誘われていたな。」
「ヒバさんなら、たぶんお家にいるよ。」
「そうか、ありがとう。ちょっと訪ねてみるよ。」
リョウブは柔らかな草の絨毯から立ち上がり、衣服についた葉を軽く払い落とすと、ゆっくりとした足取りで丘を下っていった。その後ろ姿を見送ったテオは、小脇に抱えていたノートを開き、羽ペンを取り出した。
インクの滲まない真っ白なページに、テオの丸っこい文字が綴られる。
『リョウブ、空を見終わる』
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