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十一
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十一
ペルフェが、目を覚ましたのは、それから、二時間後だった。
医務院の個室で静かな灯りの下。
「……おにいさん……?」
掠れた声でそう呼ばれた瞬間胸の奥が熱くなった。
「いる」
即座に答えて、顔を寄せる。
「……ここ……」
「医務院だ」
「……あ……」
しばらく、状況を整理するように瞬きを繰り返していたがやがて思い出したように目を見開く。
「……治療……」
「終わった」
「……え……」
「成功だ」
そう言うとペルフェはしばらく言葉を失っていた。
「本当に……?」
「ああ」
「じゃあ……」
彼は自分の胸にそっと手を当てる。
「……あ……」
少し驚いたような顔。
「……苦しく……ない……」
「……」
「……なんか……軽い……」
その言い方があまりにも自然で、胸が詰まる。
「それが普通、だ……」
俺は少しだけ声を落として言った。
「……え……」
ペルフェは、きょとんとした顔で、俺を見る。
「今までが異常だった」
「……そう、なんですね……」
しばらく黙って自分の呼吸を確かめるようにゆっくり息を吸って吐いていた。
そして――
「……すごい……」
ぽつりと、言った。
「……息、するのって、こんなに……楽だったんですね……」
その言葉に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……今まで……」
「……ああ」
「……ずっと……」
言葉が、途切れた。
しばらく沈黙。
やがてペルフェの目からぽろっと涙が零れた。
「……あ……」
「……どうした」
「……わかりません……」
涙を拭おうとして手が震える。
「……なんか……」
声が震えている。
「……悔しい……のか……嬉しい……のか……」
俺は、無言で、その手を掴んだ。
「……両方だ」
低く言う。
「……それでいい」
ペルフェは少し驚いたように俺を見てそれからふっと笑った。
「……おにいさん……」
「……なんだ」
「ありがとうございます……」
「礼はいらねえ」
そう言いながら喉の奥が少しだけ詰まる。
「むしろ、生きててくれて……」
その言葉にペルフェは目を見開いた。
「……え?」
「……俺の方が……感謝してる……」
そう言うとペルフェは少し困ったように笑った。
「変なの……」
「……そうか」
「はい……」
でもその笑顔は柔らかかった。
しばらく静かな時間が流れる。
そしてペルフェが小さく言った。
「おにいさん……」
「ん」
「僕……」
少し迷うように言葉を選んでから――
「……今まで」
視線を落とす。
「……生きてるだけで……迷惑かけてる気がして……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
「……でも……」
視線を上げる。
「……今……」
目が少しだけ潤んでいる。
「……生きてて……よかったって……思います……」
その一言で胸の奥が静かに、確実に崩れた。
「……ああ」
低く、答える。
「……それでいい」
ペルフェは、しばらく、俺を見つめてから、ぽつりと、言った。
「……おにいさん」
「ん」
「もし……」
一瞬、ためらってから――
「もし、王宮から離れられたら……」
「……離れる」
即答だった。
「え……」
「……お前が、そうしたいなら……」
「えっと……」
少し戸惑ったように瞬きをする。
「……そんな……簡単に……」
「簡単だ」
即断。
「……俺が連れ出す……」
その言葉にペルフェはしばらく固まっていたが、やがてくすっと笑った。
「……おにいさん……本当に……」
「……何だ」
「無茶苦茶ですね……」
「……今さらだろ……」
その会話に少しだけ空気が和らぐ。
だが、次の瞬間――控えめなノック音が響いた。
医務院の扉が、静かに開く。
そこに立っていたのは、見覚えのある青年だった。
サイラス――ではない。
もう少し年が下で整った顔立ち。
だがその表情には明らかな緊張と決意が混じっていた。
その隣にもう一人。
威厳のある佇まいの青年。
落ち着いた眼差し。
一目で“ただ者じゃない”と分かる雰囲気。
医師たちが、息を呑む。
「……第一王子殿下……」
誰かがそう呟いた。
ペルフェが目を見開く。
「……兄上……?」
そして、もう一人。少年が、一歩前に出る。
「……久しぶりだね、にい」
その声には少しだけ気まずさと気遣いが混ざっていた。
「……ル――」
ペルフェは、言いかけて、言葉を止める。
「……第三王子……?」
青年は、苦笑する。
「……ああ」
「……ルシアン……」
――ここで、第三王子ルシアン、正式登場。
俺は内心で、舌打ちしそうになるのを堪えた。
――王族、勢揃いかよ。
第一王子は静かにペルフェに歩み寄り、深く息を吸ってから言った。
「……無事でよかった」
短い言葉だったが、嘘はなかった。
「治療が成功したと聞いた」
「はい……」
ペルフェは少し戸惑いながらも頷く。
第三王子ルシアンはペルフェを見て、ほっとしたように息を吐いた。
「……本当に……よかった……」
その反応は、あまりにも素直で、胸に引っかかる。
第一王子は、俺に視線を向ける。
「……あなたが、殿下の付き添いの方ですか」
「ああ」
短く答える。
「命を救ってくれたと聞いています」
「……救ったのは、俺じゃない」
即答だった。
「こいつ自身だ……」
ペルフェは少し驚いた顔で俺を見る。
第一王子はわずかに目を細めてから頷いた。
「……そうでしょうね」
それから、視線を、静かに鋭くする。
「……ところで」
空気が、変わる。
「……今回の件、すでに調査を開始しています」
ペルフェが少し緊張したように身を強張らせる。
第三王子ルシアンは慌ててフォローするように言った。
「……大丈夫だよ。にいを責める話じゃない」
「……うん……」
第一王子は、続ける。
「……殿下の体内から毒の残滓が検出されたことは既に確認済みです」
俺は内心で少しだけ頷く。
――仕事が早い。
「……犯人は……」
ペルフェが恐る恐る尋ねる。
第一王子は一瞬言葉を選ぶように間を置いてから言った。
「……まだ断定はできません。ただ――」
視線が俺に向く。
「……あなたの推測とほぼ一致しています」
その言葉で背筋が冷えた。
――つまり。
「……大臣、か」
第一王子は頷いた。
「……現在身柄を拘束しています」
その一言で部屋の空気が一気に張り詰めた。
「……拘束……」
ペルフェが息を呑む。
「……はい」
第一王子は静かに続ける。
「……長年にわたり殿下に対して微量の毒物を混入した飲食物を提供していた疑いがあります」
「そんな……」
「……証拠は既にいくつか押さえました」
第三王子ルシアンが、少しだけ険しい顔になる。
「本当に……許せない……」
その言葉にペルフェは視線を落とす。
「……僕……」
「……君は、何も悪くない」
第一王子が、即座に言った。
「……被害者だ」
その言葉にペルフェは少しだけ目を見開いた。
――同じ言葉を、俺も、さっき言った。
「……ありがとう、ございます……」
小さく、そう言う。
第一王子は、頷いてから、視線を俺に戻す。
「……あなたには正式に感謝を述べたい」
「いらねえ」
即答だった。
「俺は、ただ……」
言いかけて、言葉を探す。
「……こいつが生きててくれればそれでいい……」
その言葉にペルフェの頬がわずかに赤くなる。
第三王子ルシアンは少し目を丸くしてから、ふっと笑った。
「……いい人だな?」
「黙れ」
即答だった。
場の空気が少しだけ和らぐ。
第一王子は静かに咳払いをしてから続ける。
「……今回の件は王宮として正式に処理します」
「処理……」
ペルフェが少し不安そうに呟く。
「……殿下の安全は最優先事項です」
第一王子の声は落ち着いていた。
「……ですが……」
少しだけ視線が鋭くなる。
「……あなたが王宮外で過ごしていた経緯については説明が必要になります」
――来た。
ペルフェが息を詰める。
「……ごめんなさい……」
小さく、そう言いかけた瞬間――
「……俺が連れ出した」
俺は即座に言った。
ペルフェが驚いたように俺を見る。
第一王子も少しだけ目を細める。
「……あなたが?」
「ああ」
「……理由は?」
「……守るためだ」
即答だった。
「……王宮にいたら、殺されてたかもしれねえ」
その言葉に空気が凍る。
第三王子ルシアンが慌てて言う。
「……お兄様、でも……結果的に……」
第一王子は手で制する。
「……分かっています」
そう言ってから、俺を見る。
「……あなたの判断は結果的に殿下の命を救いました」
「……結果論だ」
「それでもです」
第一王子は、はっきり言った。
「感謝しています」
その言葉に、少しだけ、肩の力が抜ける。
「だが……」
まだ、終わりじゃない。
「王宮としては、殿下の保護責任があります」
「つまり……」
「王宮に、戻っていただく必要があります」
その言葉に、ペルフェの表情が、わずかに曇る。
「でも……」
「……ただし」
第一王子は、言葉を継ぐ。
「殿下の意向も最大限尊重します」
ペルフェは少しだけ驚いた顔をする。
「……本当ですか……?」
「ええ」
第一王子は、頷く。
「今回の件を受けて、殿下の安全管理体制は、大きく見直されます」
「それって……」
「つまり……」
第三王子ルシアンがにやっと笑う。
「……もう、勝手に毒盛られるような環境じゃなくなるってこと」
「ルシアン……」
「……事実でしょ」
その軽い口調にペルフェは少しだけ苦笑した。
第一王子は、俺を見る。
「……貴方はどうしたいですか」
「は?」
思わず、聞き返す。
「殿下の意思は尊重します。ですが……」
「……ですが?」
「あなたの存在が、殿下にとって重要であることは明らかです」
その言葉にペルフェが息を呑む。
「……だからあなたの処遇についても殿下の意向を確認したい」
処遇という言い方が、あまり好きじゃなかったが――
「……ペルフェ」
俺は、視線を落とす。
「どうしたい」
ペルフェは、少しだけ戸惑ったように、視線を彷徨わせたが、やがて、俺を見る。
「……僕……」
少し、ためらってから――
「……おにいさんと……一緒に……いたい……」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。
第一王子は少しだけ目を細めてから頷いた。
「……分かりました」
「……え?」
「……あなたには、殿下の“非公式護衛”として、王宮への滞在を許可します」
その言葉に、ペルフェが、目を見開く。
「……ほ、本当ですか?」
「ええ」
第一王子は、穏やかに言った。
「少なくとも、事件の調査が完了するまでは」
第三王子ルシアンが、にやっと笑う。
「よかったね」
「……ありがとう、ございます……」
ペルフェは、ぺこりと頭を下げる。
俺は少しだけ息を吐く。
――最悪、拘束されるかと思ってた。
第一王子は視線を俺に戻す。
「……ただし」
「まだあるのか」
「あなたには、一定の監視がつきます」
「だろうな」
「王宮内での行動には、制限がかかります」
「当然だ」
「それでも、構いませんか」
「構わねえ」
即答だった。
「こいつの側にいられるなら」
その言葉に、ペルフェの頬が、わずかに赤くなる。
第三王子ルシアンが、楽しそうに言う。
「お兄様。これはもう……」
「……ルシアン」
第一王子が、低く制する。
「……冗談です」
そう言いながらにやにやしている。
場の空気が少しだけ和らいだ。
第一王子はペルフェに向き直る。
「……殿下。今日はゆっくり休んでください」
「……はい……」
「詳しい話は、後日、改めて」
「分かりました……」
第三王子ルシアンがペルフェに近づき、少しだけ、声を落とす。
「本当に、よかったね」
「……うん……」
「ごめん。もっと早く、気づけなくて……」
その言葉にペルフェは少し驚いたように目を見開いてから首を振る。
「……ルシアンのせいじゃないです……」
「そう言ってくれると、嬉しいな」
二人のやり取りを俺は少し距離を取って見ていた。
――ルシアンは、じゃない。
少なくとも、今は。
第一王子は医師に向き直る。
「……殿下の容態は?」
「……安定しています。今後は経過観察になります」
「……分かりました」
そう言ってから二人は静かに部屋を出ていった。
扉が閉まると部屋には俺とペルフェだけが残る。
しばらく沈黙。
やがてペルフェが、小さく言った。
「……おにいさん」
「ん」
「怒ってます……?」
「何に」
「王宮の人たちに……」
「……まあ」
正直に言う。
「信用は、してねえ」
「……ですよね」
「でも……」
視線をペルフェに戻す。
「……お前の兄たちは……少なくとも……敵じゃねえ……」
「……うん」
ペルフェは、少しだけ安心したように頷く。
「……それなら」
「ん」
「よかった……」
その言葉に胸の奥が少しだけ温かくなる。
しばらく静かな時間が流れる。
そしてペルフェがぽつりと言った。
「……おにいさん」
「何だ」
「僕……」
少し、言い淀んでから――
「もう倒れなくて、いいんですよね……」
その言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ああ」
低く、はっきり言う。
「もう、倒れなくていい」
ペルフェはその言葉を、何度も噛み締めるように目を閉じた。
「……よかった……」
その声はかすかに震えていた。
俺はそっと彼の頭に手を置く。
「寝ろ」
「はい」
そのまましばらく髪を撫でているとペルフェの呼吸がゆっくりと安定していく。
眠ったのを確認してから俺は椅子に座り天井を見上げる。
――終わった。
いや――
――一区切り、だ。
毒は抜けた。
犯人は拘束された。
ペルフェは、生きている。
それだけで十分なはずなのに――
胸の奥にはまだ別の感情が、残っていた。
――このまま、終わらせる気は、ない。
ペルフェが何年も奪われてきた“普通”を、全部取り戻すまで。
ペルフェが、目を覚ましたのは、それから、二時間後だった。
医務院の個室で静かな灯りの下。
「……おにいさん……?」
掠れた声でそう呼ばれた瞬間胸の奥が熱くなった。
「いる」
即座に答えて、顔を寄せる。
「……ここ……」
「医務院だ」
「……あ……」
しばらく、状況を整理するように瞬きを繰り返していたがやがて思い出したように目を見開く。
「……治療……」
「終わった」
「……え……」
「成功だ」
そう言うとペルフェはしばらく言葉を失っていた。
「本当に……?」
「ああ」
「じゃあ……」
彼は自分の胸にそっと手を当てる。
「……あ……」
少し驚いたような顔。
「……苦しく……ない……」
「……」
「……なんか……軽い……」
その言い方があまりにも自然で、胸が詰まる。
「それが普通、だ……」
俺は少しだけ声を落として言った。
「……え……」
ペルフェは、きょとんとした顔で、俺を見る。
「今までが異常だった」
「……そう、なんですね……」
しばらく黙って自分の呼吸を確かめるようにゆっくり息を吸って吐いていた。
そして――
「……すごい……」
ぽつりと、言った。
「……息、するのって、こんなに……楽だったんですね……」
その言葉に胸の奥がぎゅっと締め付けられる。
「……今まで……」
「……ああ」
「……ずっと……」
言葉が、途切れた。
しばらく沈黙。
やがてペルフェの目からぽろっと涙が零れた。
「……あ……」
「……どうした」
「……わかりません……」
涙を拭おうとして手が震える。
「……なんか……」
声が震えている。
「……悔しい……のか……嬉しい……のか……」
俺は、無言で、その手を掴んだ。
「……両方だ」
低く言う。
「……それでいい」
ペルフェは少し驚いたように俺を見てそれからふっと笑った。
「……おにいさん……」
「……なんだ」
「ありがとうございます……」
「礼はいらねえ」
そう言いながら喉の奥が少しだけ詰まる。
「むしろ、生きててくれて……」
その言葉にペルフェは目を見開いた。
「……え?」
「……俺の方が……感謝してる……」
そう言うとペルフェは少し困ったように笑った。
「変なの……」
「……そうか」
「はい……」
でもその笑顔は柔らかかった。
しばらく静かな時間が流れる。
そしてペルフェが小さく言った。
「おにいさん……」
「ん」
「僕……」
少し迷うように言葉を選んでから――
「……今まで」
視線を落とす。
「……生きてるだけで……迷惑かけてる気がして……」
胸がぎゅっと締め付けられる。
「……でも……」
視線を上げる。
「……今……」
目が少しだけ潤んでいる。
「……生きてて……よかったって……思います……」
その一言で胸の奥が静かに、確実に崩れた。
「……ああ」
低く、答える。
「……それでいい」
ペルフェは、しばらく、俺を見つめてから、ぽつりと、言った。
「……おにいさん」
「ん」
「もし……」
一瞬、ためらってから――
「もし、王宮から離れられたら……」
「……離れる」
即答だった。
「え……」
「……お前が、そうしたいなら……」
「えっと……」
少し戸惑ったように瞬きをする。
「……そんな……簡単に……」
「簡単だ」
即断。
「……俺が連れ出す……」
その言葉にペルフェはしばらく固まっていたが、やがてくすっと笑った。
「……おにいさん……本当に……」
「……何だ」
「無茶苦茶ですね……」
「……今さらだろ……」
その会話に少しだけ空気が和らぐ。
だが、次の瞬間――控えめなノック音が響いた。
医務院の扉が、静かに開く。
そこに立っていたのは、見覚えのある青年だった。
サイラス――ではない。
もう少し年が下で整った顔立ち。
だがその表情には明らかな緊張と決意が混じっていた。
その隣にもう一人。
威厳のある佇まいの青年。
落ち着いた眼差し。
一目で“ただ者じゃない”と分かる雰囲気。
医師たちが、息を呑む。
「……第一王子殿下……」
誰かがそう呟いた。
ペルフェが目を見開く。
「……兄上……?」
そして、もう一人。少年が、一歩前に出る。
「……久しぶりだね、にい」
その声には少しだけ気まずさと気遣いが混ざっていた。
「……ル――」
ペルフェは、言いかけて、言葉を止める。
「……第三王子……?」
青年は、苦笑する。
「……ああ」
「……ルシアン……」
――ここで、第三王子ルシアン、正式登場。
俺は内心で、舌打ちしそうになるのを堪えた。
――王族、勢揃いかよ。
第一王子は静かにペルフェに歩み寄り、深く息を吸ってから言った。
「……無事でよかった」
短い言葉だったが、嘘はなかった。
「治療が成功したと聞いた」
「はい……」
ペルフェは少し戸惑いながらも頷く。
第三王子ルシアンはペルフェを見て、ほっとしたように息を吐いた。
「……本当に……よかった……」
その反応は、あまりにも素直で、胸に引っかかる。
第一王子は、俺に視線を向ける。
「……あなたが、殿下の付き添いの方ですか」
「ああ」
短く答える。
「命を救ってくれたと聞いています」
「……救ったのは、俺じゃない」
即答だった。
「こいつ自身だ……」
ペルフェは少し驚いた顔で俺を見る。
第一王子はわずかに目を細めてから頷いた。
「……そうでしょうね」
それから、視線を、静かに鋭くする。
「……ところで」
空気が、変わる。
「……今回の件、すでに調査を開始しています」
ペルフェが少し緊張したように身を強張らせる。
第三王子ルシアンは慌ててフォローするように言った。
「……大丈夫だよ。にいを責める話じゃない」
「……うん……」
第一王子は、続ける。
「……殿下の体内から毒の残滓が検出されたことは既に確認済みです」
俺は内心で少しだけ頷く。
――仕事が早い。
「……犯人は……」
ペルフェが恐る恐る尋ねる。
第一王子は一瞬言葉を選ぶように間を置いてから言った。
「……まだ断定はできません。ただ――」
視線が俺に向く。
「……あなたの推測とほぼ一致しています」
その言葉で背筋が冷えた。
――つまり。
「……大臣、か」
第一王子は頷いた。
「……現在身柄を拘束しています」
その一言で部屋の空気が一気に張り詰めた。
「……拘束……」
ペルフェが息を呑む。
「……はい」
第一王子は静かに続ける。
「……長年にわたり殿下に対して微量の毒物を混入した飲食物を提供していた疑いがあります」
「そんな……」
「……証拠は既にいくつか押さえました」
第三王子ルシアンが、少しだけ険しい顔になる。
「本当に……許せない……」
その言葉にペルフェは視線を落とす。
「……僕……」
「……君は、何も悪くない」
第一王子が、即座に言った。
「……被害者だ」
その言葉にペルフェは少しだけ目を見開いた。
――同じ言葉を、俺も、さっき言った。
「……ありがとう、ございます……」
小さく、そう言う。
第一王子は、頷いてから、視線を俺に戻す。
「……あなたには正式に感謝を述べたい」
「いらねえ」
即答だった。
「俺は、ただ……」
言いかけて、言葉を探す。
「……こいつが生きててくれればそれでいい……」
その言葉にペルフェの頬がわずかに赤くなる。
第三王子ルシアンは少し目を丸くしてから、ふっと笑った。
「……いい人だな?」
「黙れ」
即答だった。
場の空気が少しだけ和らぐ。
第一王子は静かに咳払いをしてから続ける。
「……今回の件は王宮として正式に処理します」
「処理……」
ペルフェが少し不安そうに呟く。
「……殿下の安全は最優先事項です」
第一王子の声は落ち着いていた。
「……ですが……」
少しだけ視線が鋭くなる。
「……あなたが王宮外で過ごしていた経緯については説明が必要になります」
――来た。
ペルフェが息を詰める。
「……ごめんなさい……」
小さく、そう言いかけた瞬間――
「……俺が連れ出した」
俺は即座に言った。
ペルフェが驚いたように俺を見る。
第一王子も少しだけ目を細める。
「……あなたが?」
「ああ」
「……理由は?」
「……守るためだ」
即答だった。
「……王宮にいたら、殺されてたかもしれねえ」
その言葉に空気が凍る。
第三王子ルシアンが慌てて言う。
「……お兄様、でも……結果的に……」
第一王子は手で制する。
「……分かっています」
そう言ってから、俺を見る。
「……あなたの判断は結果的に殿下の命を救いました」
「……結果論だ」
「それでもです」
第一王子は、はっきり言った。
「感謝しています」
その言葉に、少しだけ、肩の力が抜ける。
「だが……」
まだ、終わりじゃない。
「王宮としては、殿下の保護責任があります」
「つまり……」
「王宮に、戻っていただく必要があります」
その言葉に、ペルフェの表情が、わずかに曇る。
「でも……」
「……ただし」
第一王子は、言葉を継ぐ。
「殿下の意向も最大限尊重します」
ペルフェは少しだけ驚いた顔をする。
「……本当ですか……?」
「ええ」
第一王子は、頷く。
「今回の件を受けて、殿下の安全管理体制は、大きく見直されます」
「それって……」
「つまり……」
第三王子ルシアンがにやっと笑う。
「……もう、勝手に毒盛られるような環境じゃなくなるってこと」
「ルシアン……」
「……事実でしょ」
その軽い口調にペルフェは少しだけ苦笑した。
第一王子は、俺を見る。
「……貴方はどうしたいですか」
「は?」
思わず、聞き返す。
「殿下の意思は尊重します。ですが……」
「……ですが?」
「あなたの存在が、殿下にとって重要であることは明らかです」
その言葉にペルフェが息を呑む。
「……だからあなたの処遇についても殿下の意向を確認したい」
処遇という言い方が、あまり好きじゃなかったが――
「……ペルフェ」
俺は、視線を落とす。
「どうしたい」
ペルフェは、少しだけ戸惑ったように、視線を彷徨わせたが、やがて、俺を見る。
「……僕……」
少し、ためらってから――
「……おにいさんと……一緒に……いたい……」
その言葉に胸の奥がじんわりと熱くなる。
第一王子は少しだけ目を細めてから頷いた。
「……分かりました」
「……え?」
「……あなたには、殿下の“非公式護衛”として、王宮への滞在を許可します」
その言葉に、ペルフェが、目を見開く。
「……ほ、本当ですか?」
「ええ」
第一王子は、穏やかに言った。
「少なくとも、事件の調査が完了するまでは」
第三王子ルシアンが、にやっと笑う。
「よかったね」
「……ありがとう、ございます……」
ペルフェは、ぺこりと頭を下げる。
俺は少しだけ息を吐く。
――最悪、拘束されるかと思ってた。
第一王子は視線を俺に戻す。
「……ただし」
「まだあるのか」
「あなたには、一定の監視がつきます」
「だろうな」
「王宮内での行動には、制限がかかります」
「当然だ」
「それでも、構いませんか」
「構わねえ」
即答だった。
「こいつの側にいられるなら」
その言葉に、ペルフェの頬が、わずかに赤くなる。
第三王子ルシアンが、楽しそうに言う。
「お兄様。これはもう……」
「……ルシアン」
第一王子が、低く制する。
「……冗談です」
そう言いながらにやにやしている。
場の空気が少しだけ和らいだ。
第一王子はペルフェに向き直る。
「……殿下。今日はゆっくり休んでください」
「……はい……」
「詳しい話は、後日、改めて」
「分かりました……」
第三王子ルシアンがペルフェに近づき、少しだけ、声を落とす。
「本当に、よかったね」
「……うん……」
「ごめん。もっと早く、気づけなくて……」
その言葉にペルフェは少し驚いたように目を見開いてから首を振る。
「……ルシアンのせいじゃないです……」
「そう言ってくれると、嬉しいな」
二人のやり取りを俺は少し距離を取って見ていた。
――ルシアンは、じゃない。
少なくとも、今は。
第一王子は医師に向き直る。
「……殿下の容態は?」
「……安定しています。今後は経過観察になります」
「……分かりました」
そう言ってから二人は静かに部屋を出ていった。
扉が閉まると部屋には俺とペルフェだけが残る。
しばらく沈黙。
やがてペルフェが、小さく言った。
「……おにいさん」
「ん」
「怒ってます……?」
「何に」
「王宮の人たちに……」
「……まあ」
正直に言う。
「信用は、してねえ」
「……ですよね」
「でも……」
視線をペルフェに戻す。
「……お前の兄たちは……少なくとも……敵じゃねえ……」
「……うん」
ペルフェは、少しだけ安心したように頷く。
「……それなら」
「ん」
「よかった……」
その言葉に胸の奥が少しだけ温かくなる。
しばらく静かな時間が流れる。
そしてペルフェがぽつりと言った。
「……おにいさん」
「何だ」
「僕……」
少し、言い淀んでから――
「もう倒れなくて、いいんですよね……」
その言葉に胸がぎゅっと締め付けられる。
「……ああ」
低く、はっきり言う。
「もう、倒れなくていい」
ペルフェはその言葉を、何度も噛み締めるように目を閉じた。
「……よかった……」
その声はかすかに震えていた。
俺はそっと彼の頭に手を置く。
「寝ろ」
「はい」
そのまましばらく髪を撫でているとペルフェの呼吸がゆっくりと安定していく。
眠ったのを確認してから俺は椅子に座り天井を見上げる。
――終わった。
いや――
――一区切り、だ。
毒は抜けた。
犯人は拘束された。
ペルフェは、生きている。
それだけで十分なはずなのに――
胸の奥にはまだ別の感情が、残っていた。
――このまま、終わらせる気は、ない。
ペルフェが何年も奪われてきた“普通”を、全部取り戻すまで。
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だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
悩ましき騎士団長のひとりごと
きりか
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アシュリー王国、最強と云われる騎士団長イザーク・ケリーが、文官リュカを伴侶として得て、幸せな日々を過ごしていた。ある日、仕事の為に、騎士団に詰めることとなったリュカ。最愛の傍に居たいがため、団長の仮眠室で、副団長アルマン・マルーンを相手に飲み比べを始め…。
ヤマもタニもない、単に、イザークがやたらとアルマンに絡んで、最後は、リュカに怒られるだけの話しです。
『悩める文官のひとりごと』の攻視点です。
ムーンライト様にも掲載しております。
よろしくお願いします。
病み墜ちした騎士を救う方法
無月陸兎
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目が覚めたら、友人が作ったゲームの“ハズレ神子”になっていた。
死亡フラグを回避しようと動くも、思うようにいかず、最終的には原作ルートから離脱。
死んだことにして田舎でのんびりスローライフを送っていた俺のもとに、ある噂が届く。
どうやら、かつてのバディだった騎士の様子が、どうもおかしいとか……?
※欠損表現有。本編が始まるのは実質中盤頃です
可愛い系イケメンが大好きな俺は、推しの親友の王子に溺愛される
むいあ
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「あの…王子ーー!!俺の推しはあなたの親友なんだーーー!!」
俺、十宮空也は朝、洗面台に頭をぶつけ、異世界転生をしてしまった。
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その漫画には俺の大好きな推しがいて、俺は推しと深くは関わらないで推し活をしたい!!と思い、時々推しに似合いそうな洋服を作ったりして、推しがお誕生日の時に送っていたりしていた。
すると、13歳になり数ヶ月経った頃、王宮からお茶会のお誘いが来て…!?
王家からだったので断るわけにもいかず、お茶会に行くため、王城へと向かった。
王城につくと、そこには推しとその推しの親友の王子がいて…!?!?
せっかくの機会だし、少しだけ推しと喋ろうかなと思っていたのに、なぜか王子がたくさん話しかけてきて…!?
一見犬系に見えてすごい激重執着な推しの親友攻め×可愛いが大好きな鈍感受け
陰キャな俺、人気者の幼馴染に溺愛されてます。
陽七 葵
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主人公である佐倉 晴翔(さくら はると)は、顔がコンプレックスで、何をやらせてもダメダメな高校二年生。前髪で顔を隠し、目立たず平穏な高校ライフを望んでいる。
しかし、そんな晴翔の平穏な生活を脅かすのはこの男。幼馴染の葉山 蓮(はやま れん)。
蓮は、イケメンな上に人当たりも良く、勉強、スポーツ何でも出来る学校一の人気者。蓮と一緒にいれば、自ずと目立つ。
だから、晴翔は学校では極力蓮に近付きたくないのだが、避けているはずの蓮が晴翔にベッタリ構ってくる。
そして、ひょんなことから『恋人のフリ』を始める二人。
そこから物語は始まるのだが——。
実はこの二人、最初から両想いだったのにそれを拗らせまくり。蓮に新たな恋敵も現れ、蓮の執着心は過剰なモノへと変わっていく。
素直になれない主人公と人気者な幼馴染の恋の物語。どうぞお楽しみ下さい♪
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