1 / 2
先輩方が何を言っているか分かる件
しおりを挟む
例の、被災地のみならず日本中を大混乱に陥れた『東日本大震災』から5年が経ちました。ここ気仙沼市も、最近になってようやく復興が進んで参りました。きっと、これより加速度的に立ち直って行く事でしょう。状況は、刻一刻と変わって来ています。
そして私も。私、『八重樫 睦月』も、晴れて高校生になりました。それも、市内の最高ランクにして進学校でもある『香久留ヶ原高校』に。それに、この学校を選んだ理由はもう一つ有ります。それによって、私のこれからの3年間は、きっと、かつて無く有意義な物になって行く事でしょう……!
どうにも『式』と名の付く行事は堅苦しく、尚且つ長ったらしく感じるものです。その内の一つ、入学式もようやく終わり、その後のオマケと言うのか、ホームルームもたった今片が付きました。
「睦月、一緒に帰ろう!」
イソイソと帰り支度をしている私に足踏みしながら声を掛けて来たのは、セーラー服を着た一人の女子。その名は『東海林 始円』。私の、幼稚園時代からの親友です。何となく内気気味な私とは違って、何とも快活な女の子です。現に運動も得意ですし。
ところで「セーラー服」と限定したのは、私の制服はジャンパースカートだからです。
そう。この学校は、制服を色々有るタイプの中から選べる制度を執っているのです。色は若草色で統一されてはいますが。
ちょっと話が逸れますが、何でもこの学校、男子高時代は生徒の運動で私服がOKでした。が、女子高と合併と共に制服が義務付けられ、その後、男子高時代を知る生徒が運動を起こし、「せめて制服位は好きなデザインから選ばせろ」と言う要望が認められた、そんな紆余曲折な歴史を持っているのです。
そんな事はともかく、いつもなら始円の誘いには二つ返事で付いて行く所ですが、今日の私は用事が有るのです。会いたい人達が居るのです。
「ごめんね? 今日は私、会ってみたい先輩達が居て……」
始円はちょっと溜め息を吐きました。
「ああ……、前から言ってたパイセン達? 入学早々、あんまり良い噂は聞かなかったから、関わらない方が良いと思うけど?」
それは、私も百も承知です。でも悪い噂をしてるのは、「金儲けはセコイ事」なんて頭ごなしに考えてるからでしょう。……多分。
「えっと……、始円も他の人もそう言うけど、会ってみてから判断しても良いんじゃないかな?」
「まあ無理強いはしないけど。ソープとかに売られそうになったら、さっさと逃げて警察なりあたしなり呼びなよ?」
「いや、そこまで金の亡者じゃあ……。それに私なんかをソープに売る訳無いじゃない」
「そう? 睦月って結構カワイイと思うけど? まあ良いや。また明日ね?」
「うん。また明日」
お互いに手を振り、始円は教室を後にして行きました。
さて……、と。早く行かなくちゃ。始円だけではなく先輩達も帰っちゃいかねないので。
急ぎつつも、教科書等は大きい物から順に鞄の中にしまいます。私のこう言う所は昔から、「トロい」とか「のんびり屋」とか言われてますが、まあ昔から、「急いては事を仕損じる」と申します。
噂では例の人達はいつも、放課後の暫くの間は図書室に併設されている司書室に入り浸っているとか。取り敢えずはそこに行ってみましょう。
そして。やって来た訳ですが。ドアに鍵が掛かっています。まあ、当たり前と言えば当たり前ですけど……。それだけならまだしも、ノックをしたら男の人の声でこんな返事が返って来ました。
「合い言葉を言え」
……。……は……?
……合い言葉? もしや「合い言葉」と言えば良いとか言うオチでしょうか? これは流石に噂にもなっていなかったのでどうしようも有りません……。
等と1秒間の内に困惑していたら、ドアの向こうでは、「合い言葉なんて作ってねーだろ?」。「ちょっとしたお遊びだよ」。「無茶振りは可哀想ですよ……」。「気にしたら負け」。とか、代わる代わるに言っちゃってます。
因みに、最後の一言は女の人の声。それ以外は男の人の声です。
そう言う事……。つまりこれは、私がどう出るのか眺めてると。それもお遊びで。
良し分かりました。やってやるです。この人達が話に聞いていた通りの趣味の持ち主なら、私も同好の士としてはちょっと自信が有ります。この場合、合い言葉ネタとして尖っているものは……。
うん。アレが有りました。
とは言っても、何を言うでもありません。
「合い言葉ですね? ちょっと待って下さい、今からやりますから。3分待てば良いですか?」
「よーし、入れ!」
良かった……。このネタで認めて貰えた。ついでに司書室の中からは、何だか「くっくっくっ……」とか笑い声が聞こえて来てますし。
鍵の開く音の後、ドアが開いて姿を現したのは、スーツタイプの制服の、中肉中背の男の人。
「はい、いらっしゃいませー。どうぞどうぞ」
「失礼します……」
執事かなんか宜しくエスコートされて部屋の中に入ってみると、そこには後3人の男女がテーブルを囲ってソファーに座っていました。
「ん? 新入生? 何の用?」
まずは一人。見た感じ、小柄な私より少し大きい程度の男の人。ノートパソコンを何事か操作しています。制服はブレザータイプです。
「金目のモンでも持って来たとか?」
次に、やや背が高めであろう、超々美形でスタイル抜群な女の人。何と言うのか、お父さんが持ってたえっちなDVDの、お姉さん系の女優さんみたいな……。ですが、タイトスカートを履いたスーツ型の制服と言い、眼鏡を掛けて髪の毛はヘアピンでガチガチに固めている所と言い、何だかキャリアウーマンみたいです。
「そんな訳無いでしょうに……」
最後に、その女の人を諫めた男の人。長身で、学ランを着て、顔立ちがキリッとしています。が、どこと無く疲れた表情をしています。
「さ、座って座って。どこでも好きなトコに」
そう言って中肉中背先輩は空いている席に座ると、自分の隣をパンパン叩きました。
「新入生ちゃん、こっちおいで? このアホ3人は独り身なんだから」
……では、美女先輩のお隣に……。私は、おずおずと座りました。
「ハハハ。お約束の展開ですね……」
長身先輩は立ち上がり、部屋の隅に置いてある冷蔵庫から缶ジュースを一本持ち出し、封まで開けて「どうぞ、遠慮無く」と私の前に置きました。
「あっ、有り難う御座います。頂きます……」
私は、ジュースを一啜り。
「で、何しに来たの?」
キーボードを叩きつつ、小柄先輩。
そうでした……。
「え、はい。えーとその……。先輩方の仲間に入れて貰いたいなー……、……と思いまして……」
「うん、良いよ?」
と、小柄先輩。展開、早? 割とよく聞くジョークとは言え、実際にやられると少々驚きます。
すると、長身先輩が右手を挙げました。
「あの……、先輩方。まずは自己紹介するべきだと思いますが……」
「おっと、これは迂闊。じゃあ俺から」
進言により、小柄先輩が文字通り立ち上がりました。
「俺は『小保方 良一』。宜しくな?」
次に、中肉中背先輩。
「俺は和泉田。『和泉田 光』」
続いて美女先輩。
「あだしは、『野々村 綾華』」
……今ので何か、親近感と幻滅感を抱いたのは私だけでしょうか……?
最後に、中肉中背先輩改め光先輩が、長身先輩を手で指して、「そして健太郎君でーす!」。
それだけかいッ!
小柄先輩こと良一先輩は口笛を吹き鳴らし、美女先輩、いいえ綾華先輩は、「ウェェェェーーーーーーイ」と握った両手を突き上げて囃し立ててます。
「あの、自分の名前は『佐々木 健太郎』です。宜しくお願いします……」
深々頭を下げる健太郎先輩。この様子では、どーりで疲れた様な顔をしてる訳です。
いよいよ私の番ですか……。
おもむろに立ち上がり、まずは一礼。
「初めまして。新入生の、八重樫 睦月です。宜しくお願いしますっ」
言い終わったら、お辞儀で締めます。礼儀は大切に。静かに着席。
「はい、宜しく。学年は健太郎は2年で、俺達は3年なんだ。短い間だけど、ま、仲良くやろうぜ」
良一先輩はノートパソコンを折り畳み、「ところで、さ……」と呟きつつそれを鞄にしまいました。
「えっと、睦月ちゃん? 初めて会ったよね。何で俺達の事知ってんの?」
良一先輩は身を乗り出して来ました。光先輩も同じく。「そう。俺もそれが訊きたい」と。綾華先輩は綾華先輩で、私の前に腕をかざしてガードしてますし。
やっぱり、見ず知らずの人が自分達の事を知っていたら怪しく思うものなんですかね……?
「はい……。ウチのお父さんとお母さんが税務署で働いてまして……。去年、先輩達は企業について色々質問しに来たそうですね? それも制服姿で2度。だから職員の間でもちょっとした噂になってたそうですよ? それに、志望校の人達だったら遅かれ早かれ耳には入ってたと思います」
健太郎先輩は、「あの時ですか……」と腕組をしました。
「ふぅーん……。でェ、それとあだし等の仲間になりたいのとはどう繋がる訳ェん……?」
綾華先輩、耳元でえろえろな喋り方をするのは止めて下さい。しかも息まで吹き掛けて。実はこの人の方がえっち関係でアブない人なんじゃあるまいか。
「それは……、お金が全てとは言いませんけど、お金が無くちゃ……、いや、払わなければ生活出来ませんし。だったら、儲ける手段は幾つも知っておきたいな……、と思いまして」
「賢いね。流石は税務署職員の子供って所かな。なっ、健太郎?」
光先輩の急なフリに、健太郎先輩は何故か、腕組をしたまま溜め息を吐きつつ顔を背けました。……はて?
「カネ払わねーと生活出来ねー、か……。もっともな意見だな。俺もそう思う。でも、そうは思わないのか気付いてないのか、やたら反対して来る奴も居るんだよなあ……」
良一先輩は背もたれに寄り掛かり、天を仰ぎました。
「折角だからこの子も連れて行ってみる? 『新しい仲間が出来ました』って。『アンタ方はまだ一人も仲間が増えねーんですか?』とも訊いてやったりして」
綾華先輩……。何だかちょっと意地悪な性格をしている様です。
それにしても……。
「……誰の事を言ってるんですか?」
「ああ、それは――」
光先輩が何かを言い掛けましたが、健太郎先輩が「和泉田先輩、人の噂はあんまり言い触らすものではありませんよ」と手で制しました。
が、「良いんだよ。どーせあだし等みたく、すぐ耳に入るに決まってるから」と綾華先輩。
光先輩に代わって、良一先輩が話を続けます。私はジュースを一口。
「ごく簡単に説明すると、高校生の内に学生結婚してる奴が居るって事。それも臨月妊婦だ」
「ぶおおっ!」
私は、ジュースを吹き出しました。
「何? あんまり面白くて出しちゃったワケ?」
綾華先輩が私の口やら洟やら出したジュースやらをティッシュで拭いてくれました。
「すみません綾華先輩……。でも驚いただけですよ」
後始末も済んだし、では改めて。
「しかし……、結婚ンンンン!?」
「別に法律違反じゃないだろ。二人共18歳なんだから」
フォローする良一先輩。そりゃそうですが……。
「高校生でェェェェ!?」
「正確には、ウチの学校の男と隣の定時制の女な。リア充にも程が有るってか?」
嘲笑う光先輩。確かにこの学校、体育館の隣に定時制学校が建っています。
「しかも臨月ゥゥゥゥ!?」
「そう。気持ち悪いね?」
「うえー……」と舌を突き出す綾華先輩。
「自分はロマンチックだと思うんですが……」
最後に、健太郎先輩。私も何となくそうは思いますが……。いやでも、うーん……。
「信じられない……。現実にそんな話が有るんですね」
私の知識では、若年結婚の展開は、結婚も妊娠も後悔する程のドロ沼劇しか有りません。例外は一つだけ洋画で知ってますが。
「まぁ言いたい事は色々有るだろうけど、皆には祝福されてるから多分、めでたい事なんじゃね?」
良一先輩の一言で先輩達は全員揃って、腕組をして「うんうん」と頷きました。
うーん……。そうなのかな……。
「……そうですか……。そんな人達が居るとは夢にも思いませんでした。何だか会ってみたくなって来ました」
「そうか! 会ってみるか! 良し、早速行こうぜ! 入院してる病院はこのすぐ近くだから!」
急にテンションの上がった光先輩の声と共に、一斉に立ち上がる3年生トリオ。立ちっ放しだった健太郎先輩は軽くスクワットをしてます。
かくして私は、綾華先輩に「ほら早く」と手を引かれて、強制的に下校されられたのでした。
「そう言えばムッちゃん。さっきの合い言葉のネタで、よく3分待つとか知ってたな? 俺達の世代では滅多に知らないと思ってた」
病院への道すがら、光先輩が何の気無しに尋ねて来ました。
それよりも、『ムッちゃん』。私はムササビのゆるキャラですか。それとも擬人化された戦艦ですか。何だかプニプニしてそうなアダ名ですね。体重は標準値なんですが……。
しかし、そんな事は今はどうでも良い事。
「ムッちゃん、ですか。まあ好きに呼んで良いですよ? それより、ウチの両親は所謂『ヲタ』ってヤツでして……。私もその影響でサブカルチャーの知識にはちょっと自信が」
「ふーん……。じゃあさ、じゃあさ。二本足で立って歩くシロイルカのクレイアニメは知ってる?」
良一先輩……。またマニアな事を……。
「知ってますよ? それ、『おやつ大好き』なキャラですよね? お父さんがそのビデオ持ってますもん」
「ええ? 良く持ってるね、そんな良いモン」
綾華先輩は目を丸くしました。
「『良いモン』、ですか。確かにお父さん曰く『かなり貴重な一品』で、そのビデオテープは防湿庫の高価な奴に保管してる位ですから」
「うん。俺もそれが良いと思う。ビデオテープは、実はカビが生えるんだからな。それに売ってるビデオをダビングするのは著作権の侵害になるし。テレビの録画もそうだけどよ」
良一先輩は人差し指を立てて言いました。確かにお父さんも昔そんな事言ってた様な。今思い出しました。
「それにしても先輩達。『やたらサブカルチャーに詳しい』って噂も本当なんですね? だから私も『3分間待つ』って事をやろうと思ったんですよ」
「そんなに珍しくもないだろ?」
肩をすくめる光先輩。
それはそうかも知れませんが……。
そうこうしていると、病院が見えて来ました。
そして私も。私、『八重樫 睦月』も、晴れて高校生になりました。それも、市内の最高ランクにして進学校でもある『香久留ヶ原高校』に。それに、この学校を選んだ理由はもう一つ有ります。それによって、私のこれからの3年間は、きっと、かつて無く有意義な物になって行く事でしょう……!
どうにも『式』と名の付く行事は堅苦しく、尚且つ長ったらしく感じるものです。その内の一つ、入学式もようやく終わり、その後のオマケと言うのか、ホームルームもたった今片が付きました。
「睦月、一緒に帰ろう!」
イソイソと帰り支度をしている私に足踏みしながら声を掛けて来たのは、セーラー服を着た一人の女子。その名は『東海林 始円』。私の、幼稚園時代からの親友です。何となく内気気味な私とは違って、何とも快活な女の子です。現に運動も得意ですし。
ところで「セーラー服」と限定したのは、私の制服はジャンパースカートだからです。
そう。この学校は、制服を色々有るタイプの中から選べる制度を執っているのです。色は若草色で統一されてはいますが。
ちょっと話が逸れますが、何でもこの学校、男子高時代は生徒の運動で私服がOKでした。が、女子高と合併と共に制服が義務付けられ、その後、男子高時代を知る生徒が運動を起こし、「せめて制服位は好きなデザインから選ばせろ」と言う要望が認められた、そんな紆余曲折な歴史を持っているのです。
そんな事はともかく、いつもなら始円の誘いには二つ返事で付いて行く所ですが、今日の私は用事が有るのです。会いたい人達が居るのです。
「ごめんね? 今日は私、会ってみたい先輩達が居て……」
始円はちょっと溜め息を吐きました。
「ああ……、前から言ってたパイセン達? 入学早々、あんまり良い噂は聞かなかったから、関わらない方が良いと思うけど?」
それは、私も百も承知です。でも悪い噂をしてるのは、「金儲けはセコイ事」なんて頭ごなしに考えてるからでしょう。……多分。
「えっと……、始円も他の人もそう言うけど、会ってみてから判断しても良いんじゃないかな?」
「まあ無理強いはしないけど。ソープとかに売られそうになったら、さっさと逃げて警察なりあたしなり呼びなよ?」
「いや、そこまで金の亡者じゃあ……。それに私なんかをソープに売る訳無いじゃない」
「そう? 睦月って結構カワイイと思うけど? まあ良いや。また明日ね?」
「うん。また明日」
お互いに手を振り、始円は教室を後にして行きました。
さて……、と。早く行かなくちゃ。始円だけではなく先輩達も帰っちゃいかねないので。
急ぎつつも、教科書等は大きい物から順に鞄の中にしまいます。私のこう言う所は昔から、「トロい」とか「のんびり屋」とか言われてますが、まあ昔から、「急いては事を仕損じる」と申します。
噂では例の人達はいつも、放課後の暫くの間は図書室に併設されている司書室に入り浸っているとか。取り敢えずはそこに行ってみましょう。
そして。やって来た訳ですが。ドアに鍵が掛かっています。まあ、当たり前と言えば当たり前ですけど……。それだけならまだしも、ノックをしたら男の人の声でこんな返事が返って来ました。
「合い言葉を言え」
……。……は……?
……合い言葉? もしや「合い言葉」と言えば良いとか言うオチでしょうか? これは流石に噂にもなっていなかったのでどうしようも有りません……。
等と1秒間の内に困惑していたら、ドアの向こうでは、「合い言葉なんて作ってねーだろ?」。「ちょっとしたお遊びだよ」。「無茶振りは可哀想ですよ……」。「気にしたら負け」。とか、代わる代わるに言っちゃってます。
因みに、最後の一言は女の人の声。それ以外は男の人の声です。
そう言う事……。つまりこれは、私がどう出るのか眺めてると。それもお遊びで。
良し分かりました。やってやるです。この人達が話に聞いていた通りの趣味の持ち主なら、私も同好の士としてはちょっと自信が有ります。この場合、合い言葉ネタとして尖っているものは……。
うん。アレが有りました。
とは言っても、何を言うでもありません。
「合い言葉ですね? ちょっと待って下さい、今からやりますから。3分待てば良いですか?」
「よーし、入れ!」
良かった……。このネタで認めて貰えた。ついでに司書室の中からは、何だか「くっくっくっ……」とか笑い声が聞こえて来てますし。
鍵の開く音の後、ドアが開いて姿を現したのは、スーツタイプの制服の、中肉中背の男の人。
「はい、いらっしゃいませー。どうぞどうぞ」
「失礼します……」
執事かなんか宜しくエスコートされて部屋の中に入ってみると、そこには後3人の男女がテーブルを囲ってソファーに座っていました。
「ん? 新入生? 何の用?」
まずは一人。見た感じ、小柄な私より少し大きい程度の男の人。ノートパソコンを何事か操作しています。制服はブレザータイプです。
「金目のモンでも持って来たとか?」
次に、やや背が高めであろう、超々美形でスタイル抜群な女の人。何と言うのか、お父さんが持ってたえっちなDVDの、お姉さん系の女優さんみたいな……。ですが、タイトスカートを履いたスーツ型の制服と言い、眼鏡を掛けて髪の毛はヘアピンでガチガチに固めている所と言い、何だかキャリアウーマンみたいです。
「そんな訳無いでしょうに……」
最後に、その女の人を諫めた男の人。長身で、学ランを着て、顔立ちがキリッとしています。が、どこと無く疲れた表情をしています。
「さ、座って座って。どこでも好きなトコに」
そう言って中肉中背先輩は空いている席に座ると、自分の隣をパンパン叩きました。
「新入生ちゃん、こっちおいで? このアホ3人は独り身なんだから」
……では、美女先輩のお隣に……。私は、おずおずと座りました。
「ハハハ。お約束の展開ですね……」
長身先輩は立ち上がり、部屋の隅に置いてある冷蔵庫から缶ジュースを一本持ち出し、封まで開けて「どうぞ、遠慮無く」と私の前に置きました。
「あっ、有り難う御座います。頂きます……」
私は、ジュースを一啜り。
「で、何しに来たの?」
キーボードを叩きつつ、小柄先輩。
そうでした……。
「え、はい。えーとその……。先輩方の仲間に入れて貰いたいなー……、……と思いまして……」
「うん、良いよ?」
と、小柄先輩。展開、早? 割とよく聞くジョークとは言え、実際にやられると少々驚きます。
すると、長身先輩が右手を挙げました。
「あの……、先輩方。まずは自己紹介するべきだと思いますが……」
「おっと、これは迂闊。じゃあ俺から」
進言により、小柄先輩が文字通り立ち上がりました。
「俺は『小保方 良一』。宜しくな?」
次に、中肉中背先輩。
「俺は和泉田。『和泉田 光』」
続いて美女先輩。
「あだしは、『野々村 綾華』」
……今ので何か、親近感と幻滅感を抱いたのは私だけでしょうか……?
最後に、中肉中背先輩改め光先輩が、長身先輩を手で指して、「そして健太郎君でーす!」。
それだけかいッ!
小柄先輩こと良一先輩は口笛を吹き鳴らし、美女先輩、いいえ綾華先輩は、「ウェェェェーーーーーーイ」と握った両手を突き上げて囃し立ててます。
「あの、自分の名前は『佐々木 健太郎』です。宜しくお願いします……」
深々頭を下げる健太郎先輩。この様子では、どーりで疲れた様な顔をしてる訳です。
いよいよ私の番ですか……。
おもむろに立ち上がり、まずは一礼。
「初めまして。新入生の、八重樫 睦月です。宜しくお願いしますっ」
言い終わったら、お辞儀で締めます。礼儀は大切に。静かに着席。
「はい、宜しく。学年は健太郎は2年で、俺達は3年なんだ。短い間だけど、ま、仲良くやろうぜ」
良一先輩はノートパソコンを折り畳み、「ところで、さ……」と呟きつつそれを鞄にしまいました。
「えっと、睦月ちゃん? 初めて会ったよね。何で俺達の事知ってんの?」
良一先輩は身を乗り出して来ました。光先輩も同じく。「そう。俺もそれが訊きたい」と。綾華先輩は綾華先輩で、私の前に腕をかざしてガードしてますし。
やっぱり、見ず知らずの人が自分達の事を知っていたら怪しく思うものなんですかね……?
「はい……。ウチのお父さんとお母さんが税務署で働いてまして……。去年、先輩達は企業について色々質問しに来たそうですね? それも制服姿で2度。だから職員の間でもちょっとした噂になってたそうですよ? それに、志望校の人達だったら遅かれ早かれ耳には入ってたと思います」
健太郎先輩は、「あの時ですか……」と腕組をしました。
「ふぅーん……。でェ、それとあだし等の仲間になりたいのとはどう繋がる訳ェん……?」
綾華先輩、耳元でえろえろな喋り方をするのは止めて下さい。しかも息まで吹き掛けて。実はこの人の方がえっち関係でアブない人なんじゃあるまいか。
「それは……、お金が全てとは言いませんけど、お金が無くちゃ……、いや、払わなければ生活出来ませんし。だったら、儲ける手段は幾つも知っておきたいな……、と思いまして」
「賢いね。流石は税務署職員の子供って所かな。なっ、健太郎?」
光先輩の急なフリに、健太郎先輩は何故か、腕組をしたまま溜め息を吐きつつ顔を背けました。……はて?
「カネ払わねーと生活出来ねー、か……。もっともな意見だな。俺もそう思う。でも、そうは思わないのか気付いてないのか、やたら反対して来る奴も居るんだよなあ……」
良一先輩は背もたれに寄り掛かり、天を仰ぎました。
「折角だからこの子も連れて行ってみる? 『新しい仲間が出来ました』って。『アンタ方はまだ一人も仲間が増えねーんですか?』とも訊いてやったりして」
綾華先輩……。何だかちょっと意地悪な性格をしている様です。
それにしても……。
「……誰の事を言ってるんですか?」
「ああ、それは――」
光先輩が何かを言い掛けましたが、健太郎先輩が「和泉田先輩、人の噂はあんまり言い触らすものではありませんよ」と手で制しました。
が、「良いんだよ。どーせあだし等みたく、すぐ耳に入るに決まってるから」と綾華先輩。
光先輩に代わって、良一先輩が話を続けます。私はジュースを一口。
「ごく簡単に説明すると、高校生の内に学生結婚してる奴が居るって事。それも臨月妊婦だ」
「ぶおおっ!」
私は、ジュースを吹き出しました。
「何? あんまり面白くて出しちゃったワケ?」
綾華先輩が私の口やら洟やら出したジュースやらをティッシュで拭いてくれました。
「すみません綾華先輩……。でも驚いただけですよ」
後始末も済んだし、では改めて。
「しかし……、結婚ンンンン!?」
「別に法律違反じゃないだろ。二人共18歳なんだから」
フォローする良一先輩。そりゃそうですが……。
「高校生でェェェェ!?」
「正確には、ウチの学校の男と隣の定時制の女な。リア充にも程が有るってか?」
嘲笑う光先輩。確かにこの学校、体育館の隣に定時制学校が建っています。
「しかも臨月ゥゥゥゥ!?」
「そう。気持ち悪いね?」
「うえー……」と舌を突き出す綾華先輩。
「自分はロマンチックだと思うんですが……」
最後に、健太郎先輩。私も何となくそうは思いますが……。いやでも、うーん……。
「信じられない……。現実にそんな話が有るんですね」
私の知識では、若年結婚の展開は、結婚も妊娠も後悔する程のドロ沼劇しか有りません。例外は一つだけ洋画で知ってますが。
「まぁ言いたい事は色々有るだろうけど、皆には祝福されてるから多分、めでたい事なんじゃね?」
良一先輩の一言で先輩達は全員揃って、腕組をして「うんうん」と頷きました。
うーん……。そうなのかな……。
「……そうですか……。そんな人達が居るとは夢にも思いませんでした。何だか会ってみたくなって来ました」
「そうか! 会ってみるか! 良し、早速行こうぜ! 入院してる病院はこのすぐ近くだから!」
急にテンションの上がった光先輩の声と共に、一斉に立ち上がる3年生トリオ。立ちっ放しだった健太郎先輩は軽くスクワットをしてます。
かくして私は、綾華先輩に「ほら早く」と手を引かれて、強制的に下校されられたのでした。
「そう言えばムッちゃん。さっきの合い言葉のネタで、よく3分待つとか知ってたな? 俺達の世代では滅多に知らないと思ってた」
病院への道すがら、光先輩が何の気無しに尋ねて来ました。
それよりも、『ムッちゃん』。私はムササビのゆるキャラですか。それとも擬人化された戦艦ですか。何だかプニプニしてそうなアダ名ですね。体重は標準値なんですが……。
しかし、そんな事は今はどうでも良い事。
「ムッちゃん、ですか。まあ好きに呼んで良いですよ? それより、ウチの両親は所謂『ヲタ』ってヤツでして……。私もその影響でサブカルチャーの知識にはちょっと自信が」
「ふーん……。じゃあさ、じゃあさ。二本足で立って歩くシロイルカのクレイアニメは知ってる?」
良一先輩……。またマニアな事を……。
「知ってますよ? それ、『おやつ大好き』なキャラですよね? お父さんがそのビデオ持ってますもん」
「ええ? 良く持ってるね、そんな良いモン」
綾華先輩は目を丸くしました。
「『良いモン』、ですか。確かにお父さん曰く『かなり貴重な一品』で、そのビデオテープは防湿庫の高価な奴に保管してる位ですから」
「うん。俺もそれが良いと思う。ビデオテープは、実はカビが生えるんだからな。それに売ってるビデオをダビングするのは著作権の侵害になるし。テレビの録画もそうだけどよ」
良一先輩は人差し指を立てて言いました。確かにお父さんも昔そんな事言ってた様な。今思い出しました。
「それにしても先輩達。『やたらサブカルチャーに詳しい』って噂も本当なんですね? だから私も『3分間待つ』って事をやろうと思ったんですよ」
「そんなに珍しくもないだろ?」
肩をすくめる光先輩。
それはそうかも知れませんが……。
そうこうしていると、病院が見えて来ました。
0
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
幼馴染の許嫁
山見月あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。
彼は、私の許嫁だ。
___あの日までは
その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった
連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった
連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった
女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース
誰が見ても、愛らしいと思う子だった。
それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡
どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服
どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう
「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」
可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる
「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」
例のってことは、前から私のことを話していたのか。
それだけでも、ショックだった。
その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした
「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」
頭を殴られた感覚だった。
いや、それ以上だったかもしれない。
「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」
受け入れたくない。
けど、これが連の本心なんだ。
受け入れるしかない
一つだけ、わかったことがある
私は、連に
「許嫁、やめますっ」
選ばれなかったんだ…
八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる