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Day33-③ Intrigue
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トワイライトが電話を切った直後。市役所の市長室にて――。
照明を落として、全てのカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、トワイライトの両目から放たれた光がプロジェクター宜しく、スクリーンに基地の食堂での様子を映し出している真っ最中である。
トワイライトが両目を瞑ると、光は消え、元の普通の目に戻った。緑色の瞳に。
続いてトワイライトはリモコンを操作し、部屋の蛍光灯をオンにする。
「フッハッハッハッ、ハッハッハッハッ……。ようやく面白くなって来たな。まさか『正義の極悪人』として名高い、デイブレイクの兄さんまでやって来るとはね……。フッフッフッ……」
トワイライトは身を震わせて、顔を紅潮させて笑っている。
それとは対照的に、隣に立っている中年太りした東洋人の男性は、どこか青褪めた顔をしている。
「笑い事じゃないだろ……!? 国連国軍は立場上、イオタだとかを事件から遠ざけようとしてるが、あの若いのがどれ程恐ろしい奴なのか、お前は知らないのか?」
「知ってるさ……。噂とネット知識だけならな」
と、トワイライトは欠伸をしながら答えた。
「その予習が、さっきの戦い振りを見て確信に変わった。それより『健一』サンよぉ? そもそも俺を詰るより、危険だ危険だと思うんだったら、何でデイブレイク兄貴がここに現れたんだ? アンタの汚職のリスク・マネージメントに隙が有り過ぎたんじゃあないのかぁ? アンタそれでも市長か?」
「そんな筈は無い! 私の『絶対服従』の能力の効果は絶対だ! 『無機生命体』にだって効くんだから自信が有る! 実際あの女司令官だって、私の事を信用し切ってる様だったじゃないか!」
「そーかー……。じゃあ、デイブレイク兄貴の情報網はよっぽど優れてるのか。ところで、今は無機生命体じゃなくて『第四生物』が正式な呼び名の筈だな?」
トワイライトは、「どうでも良いだろう、呼び方なんて」と反論する健一を尻目に、カーテンを僅かに開け、街の様子を見下ろす。一方、健一はテレビの電源を入れ、ニュースを映す。
ニュースでは、ヘリコプターからの街の全景や急拵えの検問所の前、そして避難所等が次々に映し出され、それぞれの所でキャスター達が現状を報道している。
検問所では、長蛇の列をなして車や徒歩で街から脱出して来る市民達がチェックを受けている様子、手の空いているらしき警官や軍人に度々インタビューをするも、その都度カメラを逸らされたり手で隠されたりしてあしらわれたりする様子が流されている。
避難所の様子は、医療班のテントや設備が慌ただしく設置されていたり、泣き叫ぶ女性、保安関係者に詰め寄る男性、力無く俯いて座り込む老人、そして、幼い子供達がはしゃぎ回っている。
「市民は全員避難したのかな? 火事場泥棒は街に大勢残ってると思うけどな。特に中国人ならやりかねねえ」
トワイライトは、「あっはっは」と笑うが、健一は黙ったままである。
健一は、一呼吸すると口を開いた。
「……で、ウチの自警団を軍隊と戦わせるに当たって、何か策は有るのか?」
「無い」
「え……」
健一は、口を半開きにした。
「分かってないな、市町の癖に……」
トワイライトは言葉を続ける。
「昔からこんな事を言われてる。『目標を決めるのは指導者。方法を決めるのは指揮官。達成するのは下っ端』。ってな」
「……。同意だが、そんな言葉は聞いた事も無いな」
「そりゃそうさ。今作った格言だからな」
健一は「おい……」とトワイライトに詰め寄った。
「お前の戯言にも、好い加減付き合い切れんぞ。こっちも軍隊から半ば命を狙われて、ストレスが溜まってるんだ。早く話を進めろ」
健一は指の骨を鳴らして威嚇するが、トワイライトは手をヒラヒラさせるだけだった。
「おいおい、俺に操られてるって設定なんだから、別に殺される心配は無いだろ。少なくともデイブレイク兄貴にさえ気を付ければな」
健一は「確かに……」と俯いた。
「で、戦法の事だけど、俺が全能の力で発現させた、絶対服従の能力でこう命令したの。『作戦区域は街の中。それぞれがベストと思われる方法で、死ぬまで、全力で、軍人と警官を殺し続けろ』ってな」
それを聞いて、深く溜め息を吐く健一。
「そんなシンプルで良いのか?」
「これが最善だ。敢えて大雑把な命令をする事により、臨機応変に対処する事が出来るんだ」
「そう言うもんかね……」
健一は腕組をし、更に深く考え込んだ。
「そう言うもんさ。ところで、翡翠の貔貅のメンバーの腕は確かなんだろうな?」
「それは問題無い。メンバー全員が何らかの格闘技の達人だし、銃についての訓練も受けている。それに、トップ4の残る3人、『青龍』、『白虎』、『玄武』に至っては知っての通り第五生物だ」
「ソイツ等の能力はどんなんだ?」
「自慢の、全能だかの超能力で調べてみろっ」
トワイライトは「ふーん……?」とへの字口になった。
「まあ良いや。この目で見るまでのお楽しみにしよう。しかしその第五生物の朱雀の奴は、えらくアッサリとやられちまったけど?」
「国良君か……。確かに計算外だったが、彼はまあ、どこか直情径行なきらいが有るから仕方無い。もっとも、デイブレイクの話術と身体能力が高かったせいでもある」
「じゃあ、隠し持ってる第四生物達の方はどうなんだ?」
「そうだな……、奴等を捕らえるには裏の業者が何人も犠牲になったんだ。だから相手が軍隊とは言え、かなりの戦い振りをしてくれる筈だ」
健一はタブレット端末を操作し、トワイライトに「ほら」と手渡した。
分割された画面にはそれぞれ一体ずつ怪物が映し出されている。
全身が炎で覆われた首の長い鳥、宙に浮いている両刃の刀、有刺鉄線を編み込んで形作られた東洋風の龍、銀色の金属光沢を放つ亀、妊娠している天使の石膏像。
「これで全部か? 数は少ないが確かに強そうだな……」
トワイライトはタブレットを返しながら「……見た目は」と付け加えた。
「別に負けたら負けたで構わん。私はもう、一生遊んで暮らせるだけの金は貯めたんだ。この辺で裏の仕事から手を引きたく思ってた」
「自警団のメンバーはどうするつもりだ?」
「知らん。向こうが情けを掛けてくれれば生き延びられるさ」
健一は壁の時計に目をやると、壁際の、お茶用品が一式用意されたテーブルに歩み寄る。
「お茶でも飲むが、お前もどうだ?」
「俺はコーヒーのが好きなんだけどな。毒入りのヤツ」
「……」
健一は無視しながら無色透明の急須に緑色の玉を一個入れ、ポットからお湯を注ぐ。
すると、お湯がクリアーな黄緑色に染まって行くと共に、緑の球体がゆっくりとフヤけ、花が開花する様子を早送りで再生したのと同様、急須の中に一輪の花が咲いた。
トワイライトは軽く身を乗り出した。
「へー……、こりゃ珍しい。珍しいから一杯くれ」
「これは『工芸茶』と言う種類のお茶で、中国の文化の一つだ」
健一はコップを二つ用意し、片方に少しだけ注いではもう片方にも少し注ぐ、と言う方法で交互にお茶を淹れる事でコップを満タンにした。
「口に合うか分からんが、飲んでみろ」
健一は片方のお茶をトワイライトに差し出す。
それを受け取り、トワイライトは鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
「良い匂いだ。でも、随分チマチマと淹れるんだな?」
「そうしないと味に差が出るんだ……」
「そう言うもんか。お気遣いドーモ」
トワイライトは直線的な湯気を立て続けているお茶に対して、何度もフーフーしては一啜りする事で、少しずつお茶を減らして行く。
「ほほう。お前の様なクズが猫舌とは、案外カワイイ所が有るもんだな」
「あっち―モンに慣れてないのは普段、色んな食い物を生のまんまで食ってるからで仕方が無い」
「そうか」
健一はお茶を飲み干すと、コップを片付け、自分の椅子に腰掛けた。
「戦いが始まるまで、あと1時間か……」
「結構淡々としてんな? 戦いが怖くないのか」
「こんな荒れた時代だ。いつでも死ぬ覚悟が出来てるし、粛清の時に妻も子も亡くした。今更何を怖がる」
「ちげえねえ」
トワイライトは音を立ててお茶をまた啜った。
「でもさっきの様子からすると、デイブレイク兄貴だけは怖いらしいな?」
「お前は勘違いをしてる。死ぬのが怖いんじゃない。その前に苦しむのが怖いんだ。あの若僧、第四生物か第五生物絡みの事件なら殺人も法的に罰せられないのを良い事に、拷問並みの苦痛を与えてから殺してるんだ。日本鬼子め……」
「そっか。俺は結構好きだな、あーゆー奴。ジョークのセンスも有るっぽいし。後で戦うつもりだよ」
「デイブレイクの事は好きにしろ。だが決して私の所には近寄らせるな……」
健一は両腕を枕にして、机へ顔を突っ伏した。
街がすっかり闇に包まれた1時間後、街の入り口に急設されたゲートには、カールを含む部隊の人員が集められていた。
「さて……、一仕事と行くか……」
発電機付きの照明に照らされながら、カールは突撃銃と拳銃との予備の弾倉全てに弾が入っている事を確認すると、突撃銃に挿しているものに、もう一つの弾倉をガムテープで上下逆に巻き付けていく。
「正義の味方もラクじゃないよな?」
そのカールに若い黒人男性が話し掛け、カールはその男性に返事をする。
「でもカネもらってるし、好きでやってるんだから、文句言ったら天罰食らうぜ? テレンスよ?」
テレンスと呼ばれた男性は、カールに、ヘルメットや暗視スコープやガス・マスクと言った頭の装備を渡しつつ、自分の顎を一撫でした。
カールは渡されたヘルメットを被りながら話を続ける。
「『正義』なんてチャラい台詞だろうし、何が正義かは俺も分かんねぇけど、悪い奴は放っておけない」
「もっともだな。でも、仕事にはちょっと真面目過ぎないか、お前? 善悪は俺達兵隊さんが考える事じゃないだろ? 俺達下っ端は道具だ。国と言う頭の命令に、司令官と言う手足が従い、その手足が俺達を使ってるだけだ。少しは気楽に行こうぜ」
「良いよな、お前は気楽で……」
「いやいや、話題のデイブレイクさんには負ける」
カールは、深く頷いた。
「そうだな……。良いよな、アイツは物凄く気楽で……」
「そう思うんだったらデイブレイクの仲間になったらどうだ? 長生き出来ないと思うけど」
「俺もそう思う。軍隊でさえ殉職率が高いのに、単身乗り込んで行くなんざ自殺行為だ」
「だからこそ、アイツの強さの裏付けになるんだな。二つ名もメチャクチャ多いし」
『全隊員、作戦開始の時刻によりテント前に集合せよ!』
テレンスの評価と同時に、スピーカーから集合を呼びかける声が響き、カールとテレンスは装備を整え、広場に設営されたテントの前に足早に整列をする。
カール達の前には、一人の男性がマイクを片手に仁王立ちしており、軽く息を吸って怒号の様な指示を出した。
『良し、集まったな!? それでは予定通り作戦行動に移る! 事前のブリーフィング通り、お前達Bチームの初めの目的は、下水道へと進入し、その奥に潜んでいる筈の妊婦の様な第四生物、「エンジェネレーターX」を撃破する事だ! 無論、敵の妨害にも遭う事だろう! 今回の敵はトワイライトなる男の超能力で操られている様だが、生死も手段も問わない。躊躇無く排除しろ!』
「ああ……、あの隊長の声、いつもいつも耳が痛む……」
テレンスは目だけを隣のカールに向けて呟いた。
「奇遇だな、俺もだよ」
カールも目だけを動かしてテレンスに目を合わせ、同調する。
『目的を達成した後は追って指示を出す! そして各自、最低限は身の安全に気を配り、被害状況等は逐一報告する様に! 質問は有るか⁉ 無いな⁉ 良し、総員出動!』
男性が、空いているもう片方の手を振り上げて勢い良く正面を指すと、全隊員が一糸乱れぬ動きで気を付けをし、そして敬礼をした。
『イエス・サー!』
マイクを使っていた隊長よりも大音量の合唱は、周辺の小鳥が飛び立ち、親と見物していた小さな子供は泣き出し、犬は吠え出す程であった。
その直後、エンジンが掛かったまま控えている数台の幌付きトラックに全員が駆け出して行く。
その途中で、カールがテレンスに小声で言う。
「あの隊長みたいなのを『ツンデレ』とかって言うのか?」
「いやいや、お前のオンナには負ける」
「あ、バレてたの」
「殆ど全員にな」
二人は同じトラックに乗り込み、隣同士に腰掛ける。満員になるや否や、車は走り出した。
カールはトラックの後ろに顔を向けて、流れて行く街の風景を眺める。
アスファルトにはヒビが入っていない所は無く、そこから丈の長い草が生えている。その植物の周りが大きく膨れている個所も散見される。
建物は、どこにも明かりは灯っておらず、全てに共通して、壁には綺麗な切り口の丸い穴が開いている。その穴を起点として亀裂が入り、崩落が進んでいる建物も幾つも在る。
そうした廃墟の中を、痩せて毛並みも悪い犬達や猫達が歩き回り、それ等は走って来るトラックに気付くと、吠えたり唸ったり追走したり、逆に逃げて行ったりしている。
「いつも思うが、どこの旧市街地も一向に片付けが進まないねぇ」
カールが、小声でテレンスに話し掛ける。
「世界中のどこに行っても、廃墟、廃墟で嫌になるな。人手不足……、いや人口不足だし、第四生物が居るせいで軍隊も復興に回せないし。人死にはいつもの事だし」
「だから俺達、『I.M.A.C』なんて、軍の特殊部隊が頑張らなくちゃならないんだ」
「応よっ」
会話を終えた所で、トラックは漁港へ差し掛かり、やがて停車した。
「着いたか……」
速やかにカール達が下車すると、一人の隊員の手招きによって、岸壁に開いている下水道の口の真上に小走りで集まる。
続いてロープを手にした隊員が、トラックのバンパーに付いているフックに結び付けると、ロープの両端を下水道の出入り口の前に垂らした。
隊員は二人ずつ、そのロープを伝って下水道内へと進入する。
最後のカールとテレンスが下水道に降り立つと、全員がライトを点灯させた。
先頭の隊員が奥を指差すと、全員が頷いて軽く腰を曲げて銃を構え、その姿勢で通路や水の中を、抜き足差し足忍び足で歩いて行く。通路を歩いている者は当然だが、水の中を歩いている誰もが水音を微かにしか立てずに進んでいる。それには、カールとテレンスも含まれている。
暫く直進し、丁字路に差し掛かると、先頭の人物が急に手を振り上げた。その途端、全員が足を止める。
左右の通路から音と音の間隔が殆ど無い水音と羽音が響いて来ており、その音量がどんどん大きくなって行く。
「Bチーム、接敵……」
先頭の者が無線に囁くと、『了解』と返事が来た。
姿を現した敵は、まるで童話に登場する様な乳飲み子の天使。……の石膏像の様な物である。大型犬に匹敵する大きさのそれが、水路を埋め尽くす程の大群で、這うか飛ぶかして進んで来ていたのである。各自、抜け落ちた羽根をナイフかダーツの様に手に持っている。
『撃て』
インカムからのその指示に一瞬の間も開けず、爆竹の破裂音にも似た銃声を響かせ、全員の突撃銃が火を噴いた。
全員が連射ではなく3点バースト射撃だが、銃口から飛び出る火花の明るさは「カメラのフラッシュの連発」と言う例えを超え、ライトを点けたも同然に通路を照らす。
その光の中、天使達は銃弾を受けて次々に粉々になり、灰色の粉が立ち込めて行く。
逆に相手の攻撃は、投げ付けられた羽根は突撃銃での打撃か射撃によってことごとく撃ち落され、斬り付けようと飛び掛って来た個体は、ある者は斬撃を受け止められた上に仲間の方に投げ返されてバラバラになり、またある者は打撃で床に叩きつけられた後に、乱射や踏み潰しの連打の追撃でトドメを刺されて行った。
カール達には、一撃すらも与えられていない。
「相手にならないな……」
と、カールが呟くと彼の銃が、排莢部が開きっ放しになったまま弾の発射が止まってしまった。
「ん、リ・ロード!」
そう叫ぶとテレンスが「おう!」とカールの前に立って単発に切り替えて発砲し、反対にカールは数歩下がっていそいそと銃から弾倉を外し、ポケットから新しいマガジンを取り出す。その様にして再装填を行っている者が何組か居る。
するとその時、肩から下を失った天使が一体、粉塵の目隠しを矢の様な速度で突き抜けて、テレンスに向かって飛来して来た。
「! 討ち漏ら――」
喋りながら銃口を向けるが、間に合わず、その天使はテレンスの首に掴み掛かった。瞬間、指が首に食い込んで行く。
「おっ……! ごえ……!」
テレンスは口から舌を突き出し涙目になるものの、引金から指は離すが銃は放さず、もう片方の手でその腕を引き放そうとする。しかし、その腕は中々首を離さない。
「今行く!」
丁度マガジンを交換し終えたカールは一足飛びでテレンスに近付き、その勢いを利用して飛び蹴りを食らわし、天使の腕を首から引き離した。
テレンスが首を押さえて俯き気味に咳込むのと、蹴り飛ばされた天使が壁に体を打ち付けた所を、銃床でカールが叩き潰すのはほぼ同時だった。
「大丈夫か?」
石膏の粉が振り掛かるのを意に介さぬ様子でカールがテレンスに振り返ると、「ゴホ……、ああ。どうもな」とテレンスは親指を立てた。
「アイツで最後だ!」
その号令で、現れた天使達の最後の一体が集中砲火で文字通り粉々になり、途端に辺りは元の静けさを取り戻した。すかさず隊員の二人が足元に転がる残骸に蹴飛ばす等して注意を払いつつ、曲がり角に一人ずつ背を預けてその先の通路の様子を伺う。
しかし、丁字路の先はどちらも、虫一匹の姿さえも在りはしなかった。
「ふー……、天使に攻撃するのは少し気が引けるな。敵とは言え」
カールは、銃床に付着した石膏の欠片を払いつつテレンスに語り掛けた。
「ああー……、そう言えばお前はちょっと信心深かったっけか?」
ここで、インカムに通信が入った。
『こちらも敵の排除をカメラから確認した。Bチーム、ターゲットの「エンジェネレーター」はその角を左に曲がった約200メートル先に居る筈だ。各自、体と武器にダメージは無いか確認後、速やかに進め。再装填も忘れるな』
カール達が返事をする前に通信が切れた。
「だ、そうだ。誰か怪我人は居るか?」
リーダー格の者が総員を見渡して質問するが、各々、首を横に振るかオーケーのポーズをするかである。そんな中、カールだけが手を挙げ、指名されるより先にテレンスを指差した。
「リーダー、テレンスが首絞められました」
「そうか。テレンス、首に異常を感じるか?」
リーダーに問われ、テレンスは前屈みになって息を吐き、顔を上に向けて息を吸う。その後、絞められた跡に手を当てて「あーあー……」と発音する。
「……大丈夫です、リーダー」
と返事をしながら、親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「よし、各自リ・ロードをしろ」
カール達はリーダーの指示に従って手早く弾を満タンに込め直し、終わった者は順次、「終わりました」、「準備オーケーです」、等と報告する。
最後の一人が装填を終えた事を告げると、リーダーは「よし」と進路を顎で指した。
リーダーが先頭に立ち、部隊は歩を進める。ちょっとした物音にも油断無く銃口を向け、最後尾のカールとテレンスが度々後歩きをする等、先程までにも増して警戒しつつ、且つ早歩き気味に。
目的のドアに到達すると、総員がドアの正面に立つのを止め、ドアから幾分離れた位置で壁に身を預ける体勢を取る。
先頭の二人がお互いに頷くと、片方がドアノブに手を掛け、もう片方が突撃銃を構え直す。
音が立たない程にそっとドアノブを回し、軽くドアを開ける。もう一度頷くと、今度は勢い良く全開にし、先頭の二人は室内に突入するや否や銃をドア脇に向けて、カール達に手招きをすると、そのまま横に小走りで広がる。続いて、カール達が一斉に室内に雪崩れ込んだ。
ドアの向こうは、若干の電灯で薄暗く照らされた、2階までの吹き抜けをもつ、大宴会場の様な広さを有する部屋であった。出入口は他にも複数存在しているが、朽ちた大型の機械類、棚や机で築かれたバリケードによって塞がれている。
カール達が入室したドアから見て最も奥の壁、そこにエンジェネレーターは居た。
エンジェネレーターは大柄で、脚を投げ出し気味に浅く座っているにも関わらず、頭部が天井に届いている。また、中途半端に広げた翼の先端も部屋の横幅に達している。
エンジェネレーターは、ゆったりとした服の上からでもわかる程に絶えず胎動している大きく膨らんだ腹を撫で、カール達に一瞥をくれると、微かに笑みを浮かべた。
市長の部屋において、トワイライトと健一は再びお茶を啜りながら、卓上のモニターに映し出されている、対峙しているカール達とエンジェネレーターの様子を観覧していた。
「始まった、か……」
健一は湯気混じりの溜め息を吐いた。トワイライトが話し掛ける。
「苦労して捕まえたらしい第四生物の内の一匹。一人位は道連れに出来るかね? 貴重とは言え、高々繁殖出来る能力だけで」
「どうかな……。ただ、奴等が言う所のエンジェネレーターの特殊能力は、それだけじゃない」
「ほー……」
画面の中では、カール達がエンジェネレータ―の股間か腹部か目掛けて目掛けて斉射する。だが、先程の戦闘とは違い、何度も命中して、やっと表面部分が削り取られる程度にしか傷が付かない。
健一は呟く。
「肉の薄い腹か、胎内に通じる股を狙う……。順当な攻撃だな」
「さっきのベイビー共とは違って、親はガチガチに硬いのか。これがコイツの他の能力か?」
「いや、これは玄武さんの超能力だ。彼女も、増兵出来る者を守る事が戦力維持に最適と判断したらしい。まあ、幾ら丈夫でも材質が変わった訳ではないが」
画面の中では、エンジェネレーターが反撃を開始している。
まずは片足をゆっくり振り上げ、その姿勢でズリ寄ると、比較的人が固まっている所へ、勢い良く踵落としをする。
真下に居た兵士達は各々左右に回避するものの、発生した振動によって体勢を崩され、エンジェネレーターはその隙を突いて、脚の間に居る者達を狙って両足を閉じる。その中にはカールも混じっている。
『避けろ!』
誰かの叫びが早いか、人の身長程の倍は有る太さの脚を、ある者は伏せてやり過ごし、またある者は攻撃範囲の外に全速力で逃げ出す。この攻撃を受けた者は居なかったが、若干、一纏まりにさせられてしまった。その中にカールも居た。
『しまった、石膏液が来る!』
カールが警告した瞬間、エンジェネレーターは頬を膨らませ、尖らせた唇から白濁した液体をカール達の中心に吹き付けた。
『危ない!』
カールは近くの体勢を直し切れていない仲間を押し退けつつ、自らも石膏液を避けようとするが、片足が液に触れてしまい、瞬間的に硬化した為、身動きを封じられてしまった。
『ああ、畜生!』
カールはブーツを脱ごうとチャックに手を伸ばすが、エンジェネレーターは既に掌を振り下ろし始めていた。
その時。
爆発音と共にエンジェネレーターの頭上の天井が砕け、夜空が露になる。エンジェネレーターはカールへの攻撃を中断し、そちらを見上げた。
その隙を突いて、カールは靴を脱ぐ事に成功し、「やっと来たかよ」と、そそくさとその場から離れる。
穴から一人の隊員が中を覗き込み、拡声器で喋る。
『Bチーム、御苦労だった! ここからはAチームが引き受ける! 総員、退避しろ!』
隊員が引っ込むと、指示通りカール達は部屋から一目散に脱出する。
エンジェネレーターが一瞬そちらに目を奪われ、再び穴を見やると、そこから何本かの太いホースが下げられていた。
「何をする気だ……?」
トワイライトが画面に食い入ると、次の瞬間、無色透明な液体が、ホースから勢い良く放たれた。
エンジェネレーターの体に掛かったその液体は、体を伝い流れるに従って白く濁って行く。加えて、伝わった箇所を抉り取りながら。
エンジェネレーターの体が溶けているのだ。
床に広がった液体によって、脚も崩れ去りつつある。
「何だ? あの薬液は……?」
トワイライトの問いに、健一はお茶を啜る。
「あれは、石膏溶解剤と呼ばれる物だ。火も銃も効かないなら、やはりそれしかないだろうな」
エンジェネレーターは、這って部屋から脱出しようとするが、手が床に触れた瞬間に砕け、顔を床に叩き付ける格好になり、顔のパーツが散らばる。
口しか残っていない顔を上げて身を起こそうとするも、最早四肢は失われており、胴体に入ったヒビが広がり、遂にエンジェネレーターは粉々になった。
残った破片も、溶解剤の中でやがて形を失ってしまった。
「何だ、やけにあっさりやられちまったな」
トワイライトは、椅子に浅く腰掛ける。
「どうやら囮を兼ねて、玄武さんの能力を確かめる為に部隊をよこした様だな。『硬化』の能力に銃が通じるか否かを」
健一は、軽く背伸びをした。
「だが……、石膏溶解剤は良いアイディアだが、そんな幾つも用意出来てるのか? 向こうはエンジェネレーターだかを倒したつもりだろうが、既に生産された物だけでも、まだ相当数居る」
「加えて隊員が約200人。他の第四生物と第五生物が何匹かずつ。戦闘のド素人の集まりとは言え、まだ何とかなるか? 駄目か?」
「私は彼等を信用している。仮に負けたとしても、生きて帰っては来られる筈だ」
「信用するのは簡単だからなあ」
トワイライトと健一は、同時に視線を合わせ、同時に視線を逸らした。
照明を落として、全てのカーテンを閉め切った薄暗い部屋の中で、トワイライトの両目から放たれた光がプロジェクター宜しく、スクリーンに基地の食堂での様子を映し出している真っ最中である。
トワイライトが両目を瞑ると、光は消え、元の普通の目に戻った。緑色の瞳に。
続いてトワイライトはリモコンを操作し、部屋の蛍光灯をオンにする。
「フッハッハッハッ、ハッハッハッハッ……。ようやく面白くなって来たな。まさか『正義の極悪人』として名高い、デイブレイクの兄さんまでやって来るとはね……。フッフッフッ……」
トワイライトは身を震わせて、顔を紅潮させて笑っている。
それとは対照的に、隣に立っている中年太りした東洋人の男性は、どこか青褪めた顔をしている。
「笑い事じゃないだろ……!? 国連国軍は立場上、イオタだとかを事件から遠ざけようとしてるが、あの若いのがどれ程恐ろしい奴なのか、お前は知らないのか?」
「知ってるさ……。噂とネット知識だけならな」
と、トワイライトは欠伸をしながら答えた。
「その予習が、さっきの戦い振りを見て確信に変わった。それより『健一』サンよぉ? そもそも俺を詰るより、危険だ危険だと思うんだったら、何でデイブレイク兄貴がここに現れたんだ? アンタの汚職のリスク・マネージメントに隙が有り過ぎたんじゃあないのかぁ? アンタそれでも市長か?」
「そんな筈は無い! 私の『絶対服従』の能力の効果は絶対だ! 『無機生命体』にだって効くんだから自信が有る! 実際あの女司令官だって、私の事を信用し切ってる様だったじゃないか!」
「そーかー……。じゃあ、デイブレイク兄貴の情報網はよっぽど優れてるのか。ところで、今は無機生命体じゃなくて『第四生物』が正式な呼び名の筈だな?」
トワイライトは、「どうでも良いだろう、呼び方なんて」と反論する健一を尻目に、カーテンを僅かに開け、街の様子を見下ろす。一方、健一はテレビの電源を入れ、ニュースを映す。
ニュースでは、ヘリコプターからの街の全景や急拵えの検問所の前、そして避難所等が次々に映し出され、それぞれの所でキャスター達が現状を報道している。
検問所では、長蛇の列をなして車や徒歩で街から脱出して来る市民達がチェックを受けている様子、手の空いているらしき警官や軍人に度々インタビューをするも、その都度カメラを逸らされたり手で隠されたりしてあしらわれたりする様子が流されている。
避難所の様子は、医療班のテントや設備が慌ただしく設置されていたり、泣き叫ぶ女性、保安関係者に詰め寄る男性、力無く俯いて座り込む老人、そして、幼い子供達がはしゃぎ回っている。
「市民は全員避難したのかな? 火事場泥棒は街に大勢残ってると思うけどな。特に中国人ならやりかねねえ」
トワイライトは、「あっはっは」と笑うが、健一は黙ったままである。
健一は、一呼吸すると口を開いた。
「……で、ウチの自警団を軍隊と戦わせるに当たって、何か策は有るのか?」
「無い」
「え……」
健一は、口を半開きにした。
「分かってないな、市町の癖に……」
トワイライトは言葉を続ける。
「昔からこんな事を言われてる。『目標を決めるのは指導者。方法を決めるのは指揮官。達成するのは下っ端』。ってな」
「……。同意だが、そんな言葉は聞いた事も無いな」
「そりゃそうさ。今作った格言だからな」
健一は「おい……」とトワイライトに詰め寄った。
「お前の戯言にも、好い加減付き合い切れんぞ。こっちも軍隊から半ば命を狙われて、ストレスが溜まってるんだ。早く話を進めろ」
健一は指の骨を鳴らして威嚇するが、トワイライトは手をヒラヒラさせるだけだった。
「おいおい、俺に操られてるって設定なんだから、別に殺される心配は無いだろ。少なくともデイブレイク兄貴にさえ気を付ければな」
健一は「確かに……」と俯いた。
「で、戦法の事だけど、俺が全能の力で発現させた、絶対服従の能力でこう命令したの。『作戦区域は街の中。それぞれがベストと思われる方法で、死ぬまで、全力で、軍人と警官を殺し続けろ』ってな」
それを聞いて、深く溜め息を吐く健一。
「そんなシンプルで良いのか?」
「これが最善だ。敢えて大雑把な命令をする事により、臨機応変に対処する事が出来るんだ」
「そう言うもんかね……」
健一は腕組をし、更に深く考え込んだ。
「そう言うもんさ。ところで、翡翠の貔貅のメンバーの腕は確かなんだろうな?」
「それは問題無い。メンバー全員が何らかの格闘技の達人だし、銃についての訓練も受けている。それに、トップ4の残る3人、『青龍』、『白虎』、『玄武』に至っては知っての通り第五生物だ」
「ソイツ等の能力はどんなんだ?」
「自慢の、全能だかの超能力で調べてみろっ」
トワイライトは「ふーん……?」とへの字口になった。
「まあ良いや。この目で見るまでのお楽しみにしよう。しかしその第五生物の朱雀の奴は、えらくアッサリとやられちまったけど?」
「国良君か……。確かに計算外だったが、彼はまあ、どこか直情径行なきらいが有るから仕方無い。もっとも、デイブレイクの話術と身体能力が高かったせいでもある」
「じゃあ、隠し持ってる第四生物達の方はどうなんだ?」
「そうだな……、奴等を捕らえるには裏の業者が何人も犠牲になったんだ。だから相手が軍隊とは言え、かなりの戦い振りをしてくれる筈だ」
健一はタブレット端末を操作し、トワイライトに「ほら」と手渡した。
分割された画面にはそれぞれ一体ずつ怪物が映し出されている。
全身が炎で覆われた首の長い鳥、宙に浮いている両刃の刀、有刺鉄線を編み込んで形作られた東洋風の龍、銀色の金属光沢を放つ亀、妊娠している天使の石膏像。
「これで全部か? 数は少ないが確かに強そうだな……」
トワイライトはタブレットを返しながら「……見た目は」と付け加えた。
「別に負けたら負けたで構わん。私はもう、一生遊んで暮らせるだけの金は貯めたんだ。この辺で裏の仕事から手を引きたく思ってた」
「自警団のメンバーはどうするつもりだ?」
「知らん。向こうが情けを掛けてくれれば生き延びられるさ」
健一は壁の時計に目をやると、壁際の、お茶用品が一式用意されたテーブルに歩み寄る。
「お茶でも飲むが、お前もどうだ?」
「俺はコーヒーのが好きなんだけどな。毒入りのヤツ」
「……」
健一は無視しながら無色透明の急須に緑色の玉を一個入れ、ポットからお湯を注ぐ。
すると、お湯がクリアーな黄緑色に染まって行くと共に、緑の球体がゆっくりとフヤけ、花が開花する様子を早送りで再生したのと同様、急須の中に一輪の花が咲いた。
トワイライトは軽く身を乗り出した。
「へー……、こりゃ珍しい。珍しいから一杯くれ」
「これは『工芸茶』と言う種類のお茶で、中国の文化の一つだ」
健一はコップを二つ用意し、片方に少しだけ注いではもう片方にも少し注ぐ、と言う方法で交互にお茶を淹れる事でコップを満タンにした。
「口に合うか分からんが、飲んでみろ」
健一は片方のお茶をトワイライトに差し出す。
それを受け取り、トワイライトは鼻を近付けて匂いを嗅ぐ。
「良い匂いだ。でも、随分チマチマと淹れるんだな?」
「そうしないと味に差が出るんだ……」
「そう言うもんか。お気遣いドーモ」
トワイライトは直線的な湯気を立て続けているお茶に対して、何度もフーフーしては一啜りする事で、少しずつお茶を減らして行く。
「ほほう。お前の様なクズが猫舌とは、案外カワイイ所が有るもんだな」
「あっち―モンに慣れてないのは普段、色んな食い物を生のまんまで食ってるからで仕方が無い」
「そうか」
健一はお茶を飲み干すと、コップを片付け、自分の椅子に腰掛けた。
「戦いが始まるまで、あと1時間か……」
「結構淡々としてんな? 戦いが怖くないのか」
「こんな荒れた時代だ。いつでも死ぬ覚悟が出来てるし、粛清の時に妻も子も亡くした。今更何を怖がる」
「ちげえねえ」
トワイライトは音を立ててお茶をまた啜った。
「でもさっきの様子からすると、デイブレイク兄貴だけは怖いらしいな?」
「お前は勘違いをしてる。死ぬのが怖いんじゃない。その前に苦しむのが怖いんだ。あの若僧、第四生物か第五生物絡みの事件なら殺人も法的に罰せられないのを良い事に、拷問並みの苦痛を与えてから殺してるんだ。日本鬼子め……」
「そっか。俺は結構好きだな、あーゆー奴。ジョークのセンスも有るっぽいし。後で戦うつもりだよ」
「デイブレイクの事は好きにしろ。だが決して私の所には近寄らせるな……」
健一は両腕を枕にして、机へ顔を突っ伏した。
街がすっかり闇に包まれた1時間後、街の入り口に急設されたゲートには、カールを含む部隊の人員が集められていた。
「さて……、一仕事と行くか……」
発電機付きの照明に照らされながら、カールは突撃銃と拳銃との予備の弾倉全てに弾が入っている事を確認すると、突撃銃に挿しているものに、もう一つの弾倉をガムテープで上下逆に巻き付けていく。
「正義の味方もラクじゃないよな?」
そのカールに若い黒人男性が話し掛け、カールはその男性に返事をする。
「でもカネもらってるし、好きでやってるんだから、文句言ったら天罰食らうぜ? テレンスよ?」
テレンスと呼ばれた男性は、カールに、ヘルメットや暗視スコープやガス・マスクと言った頭の装備を渡しつつ、自分の顎を一撫でした。
カールは渡されたヘルメットを被りながら話を続ける。
「『正義』なんてチャラい台詞だろうし、何が正義かは俺も分かんねぇけど、悪い奴は放っておけない」
「もっともだな。でも、仕事にはちょっと真面目過ぎないか、お前? 善悪は俺達兵隊さんが考える事じゃないだろ? 俺達下っ端は道具だ。国と言う頭の命令に、司令官と言う手足が従い、その手足が俺達を使ってるだけだ。少しは気楽に行こうぜ」
「良いよな、お前は気楽で……」
「いやいや、話題のデイブレイクさんには負ける」
カールは、深く頷いた。
「そうだな……。良いよな、アイツは物凄く気楽で……」
「そう思うんだったらデイブレイクの仲間になったらどうだ? 長生き出来ないと思うけど」
「俺もそう思う。軍隊でさえ殉職率が高いのに、単身乗り込んで行くなんざ自殺行為だ」
「だからこそ、アイツの強さの裏付けになるんだな。二つ名もメチャクチャ多いし」
『全隊員、作戦開始の時刻によりテント前に集合せよ!』
テレンスの評価と同時に、スピーカーから集合を呼びかける声が響き、カールとテレンスは装備を整え、広場に設営されたテントの前に足早に整列をする。
カール達の前には、一人の男性がマイクを片手に仁王立ちしており、軽く息を吸って怒号の様な指示を出した。
『良し、集まったな!? それでは予定通り作戦行動に移る! 事前のブリーフィング通り、お前達Bチームの初めの目的は、下水道へと進入し、その奥に潜んでいる筈の妊婦の様な第四生物、「エンジェネレーターX」を撃破する事だ! 無論、敵の妨害にも遭う事だろう! 今回の敵はトワイライトなる男の超能力で操られている様だが、生死も手段も問わない。躊躇無く排除しろ!』
「ああ……、あの隊長の声、いつもいつも耳が痛む……」
テレンスは目だけを隣のカールに向けて呟いた。
「奇遇だな、俺もだよ」
カールも目だけを動かしてテレンスに目を合わせ、同調する。
『目的を達成した後は追って指示を出す! そして各自、最低限は身の安全に気を配り、被害状況等は逐一報告する様に! 質問は有るか⁉ 無いな⁉ 良し、総員出動!』
男性が、空いているもう片方の手を振り上げて勢い良く正面を指すと、全隊員が一糸乱れぬ動きで気を付けをし、そして敬礼をした。
『イエス・サー!』
マイクを使っていた隊長よりも大音量の合唱は、周辺の小鳥が飛び立ち、親と見物していた小さな子供は泣き出し、犬は吠え出す程であった。
その直後、エンジンが掛かったまま控えている数台の幌付きトラックに全員が駆け出して行く。
その途中で、カールがテレンスに小声で言う。
「あの隊長みたいなのを『ツンデレ』とかって言うのか?」
「いやいや、お前のオンナには負ける」
「あ、バレてたの」
「殆ど全員にな」
二人は同じトラックに乗り込み、隣同士に腰掛ける。満員になるや否や、車は走り出した。
カールはトラックの後ろに顔を向けて、流れて行く街の風景を眺める。
アスファルトにはヒビが入っていない所は無く、そこから丈の長い草が生えている。その植物の周りが大きく膨れている個所も散見される。
建物は、どこにも明かりは灯っておらず、全てに共通して、壁には綺麗な切り口の丸い穴が開いている。その穴を起点として亀裂が入り、崩落が進んでいる建物も幾つも在る。
そうした廃墟の中を、痩せて毛並みも悪い犬達や猫達が歩き回り、それ等は走って来るトラックに気付くと、吠えたり唸ったり追走したり、逆に逃げて行ったりしている。
「いつも思うが、どこの旧市街地も一向に片付けが進まないねぇ」
カールが、小声でテレンスに話し掛ける。
「世界中のどこに行っても、廃墟、廃墟で嫌になるな。人手不足……、いや人口不足だし、第四生物が居るせいで軍隊も復興に回せないし。人死にはいつもの事だし」
「だから俺達、『I.M.A.C』なんて、軍の特殊部隊が頑張らなくちゃならないんだ」
「応よっ」
会話を終えた所で、トラックは漁港へ差し掛かり、やがて停車した。
「着いたか……」
速やかにカール達が下車すると、一人の隊員の手招きによって、岸壁に開いている下水道の口の真上に小走りで集まる。
続いてロープを手にした隊員が、トラックのバンパーに付いているフックに結び付けると、ロープの両端を下水道の出入り口の前に垂らした。
隊員は二人ずつ、そのロープを伝って下水道内へと進入する。
最後のカールとテレンスが下水道に降り立つと、全員がライトを点灯させた。
先頭の隊員が奥を指差すと、全員が頷いて軽く腰を曲げて銃を構え、その姿勢で通路や水の中を、抜き足差し足忍び足で歩いて行く。通路を歩いている者は当然だが、水の中を歩いている誰もが水音を微かにしか立てずに進んでいる。それには、カールとテレンスも含まれている。
暫く直進し、丁字路に差し掛かると、先頭の人物が急に手を振り上げた。その途端、全員が足を止める。
左右の通路から音と音の間隔が殆ど無い水音と羽音が響いて来ており、その音量がどんどん大きくなって行く。
「Bチーム、接敵……」
先頭の者が無線に囁くと、『了解』と返事が来た。
姿を現した敵は、まるで童話に登場する様な乳飲み子の天使。……の石膏像の様な物である。大型犬に匹敵する大きさのそれが、水路を埋め尽くす程の大群で、這うか飛ぶかして進んで来ていたのである。各自、抜け落ちた羽根をナイフかダーツの様に手に持っている。
『撃て』
インカムからのその指示に一瞬の間も開けず、爆竹の破裂音にも似た銃声を響かせ、全員の突撃銃が火を噴いた。
全員が連射ではなく3点バースト射撃だが、銃口から飛び出る火花の明るさは「カメラのフラッシュの連発」と言う例えを超え、ライトを点けたも同然に通路を照らす。
その光の中、天使達は銃弾を受けて次々に粉々になり、灰色の粉が立ち込めて行く。
逆に相手の攻撃は、投げ付けられた羽根は突撃銃での打撃か射撃によってことごとく撃ち落され、斬り付けようと飛び掛って来た個体は、ある者は斬撃を受け止められた上に仲間の方に投げ返されてバラバラになり、またある者は打撃で床に叩きつけられた後に、乱射や踏み潰しの連打の追撃でトドメを刺されて行った。
カール達には、一撃すらも与えられていない。
「相手にならないな……」
と、カールが呟くと彼の銃が、排莢部が開きっ放しになったまま弾の発射が止まってしまった。
「ん、リ・ロード!」
そう叫ぶとテレンスが「おう!」とカールの前に立って単発に切り替えて発砲し、反対にカールは数歩下がっていそいそと銃から弾倉を外し、ポケットから新しいマガジンを取り出す。その様にして再装填を行っている者が何組か居る。
するとその時、肩から下を失った天使が一体、粉塵の目隠しを矢の様な速度で突き抜けて、テレンスに向かって飛来して来た。
「! 討ち漏ら――」
喋りながら銃口を向けるが、間に合わず、その天使はテレンスの首に掴み掛かった。瞬間、指が首に食い込んで行く。
「おっ……! ごえ……!」
テレンスは口から舌を突き出し涙目になるものの、引金から指は離すが銃は放さず、もう片方の手でその腕を引き放そうとする。しかし、その腕は中々首を離さない。
「今行く!」
丁度マガジンを交換し終えたカールは一足飛びでテレンスに近付き、その勢いを利用して飛び蹴りを食らわし、天使の腕を首から引き離した。
テレンスが首を押さえて俯き気味に咳込むのと、蹴り飛ばされた天使が壁に体を打ち付けた所を、銃床でカールが叩き潰すのはほぼ同時だった。
「大丈夫か?」
石膏の粉が振り掛かるのを意に介さぬ様子でカールがテレンスに振り返ると、「ゴホ……、ああ。どうもな」とテレンスは親指を立てた。
「アイツで最後だ!」
その号令で、現れた天使達の最後の一体が集中砲火で文字通り粉々になり、途端に辺りは元の静けさを取り戻した。すかさず隊員の二人が足元に転がる残骸に蹴飛ばす等して注意を払いつつ、曲がり角に一人ずつ背を預けてその先の通路の様子を伺う。
しかし、丁字路の先はどちらも、虫一匹の姿さえも在りはしなかった。
「ふー……、天使に攻撃するのは少し気が引けるな。敵とは言え」
カールは、銃床に付着した石膏の欠片を払いつつテレンスに語り掛けた。
「ああー……、そう言えばお前はちょっと信心深かったっけか?」
ここで、インカムに通信が入った。
『こちらも敵の排除をカメラから確認した。Bチーム、ターゲットの「エンジェネレーター」はその角を左に曲がった約200メートル先に居る筈だ。各自、体と武器にダメージは無いか確認後、速やかに進め。再装填も忘れるな』
カール達が返事をする前に通信が切れた。
「だ、そうだ。誰か怪我人は居るか?」
リーダー格の者が総員を見渡して質問するが、各々、首を横に振るかオーケーのポーズをするかである。そんな中、カールだけが手を挙げ、指名されるより先にテレンスを指差した。
「リーダー、テレンスが首絞められました」
「そうか。テレンス、首に異常を感じるか?」
リーダーに問われ、テレンスは前屈みになって息を吐き、顔を上に向けて息を吸う。その後、絞められた跡に手を当てて「あーあー……」と発音する。
「……大丈夫です、リーダー」
と返事をしながら、親指と人差し指で輪を作ってみせた。
「よし、各自リ・ロードをしろ」
カール達はリーダーの指示に従って手早く弾を満タンに込め直し、終わった者は順次、「終わりました」、「準備オーケーです」、等と報告する。
最後の一人が装填を終えた事を告げると、リーダーは「よし」と進路を顎で指した。
リーダーが先頭に立ち、部隊は歩を進める。ちょっとした物音にも油断無く銃口を向け、最後尾のカールとテレンスが度々後歩きをする等、先程までにも増して警戒しつつ、且つ早歩き気味に。
目的のドアに到達すると、総員がドアの正面に立つのを止め、ドアから幾分離れた位置で壁に身を預ける体勢を取る。
先頭の二人がお互いに頷くと、片方がドアノブに手を掛け、もう片方が突撃銃を構え直す。
音が立たない程にそっとドアノブを回し、軽くドアを開ける。もう一度頷くと、今度は勢い良く全開にし、先頭の二人は室内に突入するや否や銃をドア脇に向けて、カール達に手招きをすると、そのまま横に小走りで広がる。続いて、カール達が一斉に室内に雪崩れ込んだ。
ドアの向こうは、若干の電灯で薄暗く照らされた、2階までの吹き抜けをもつ、大宴会場の様な広さを有する部屋であった。出入口は他にも複数存在しているが、朽ちた大型の機械類、棚や机で築かれたバリケードによって塞がれている。
カール達が入室したドアから見て最も奥の壁、そこにエンジェネレーターは居た。
エンジェネレーターは大柄で、脚を投げ出し気味に浅く座っているにも関わらず、頭部が天井に届いている。また、中途半端に広げた翼の先端も部屋の横幅に達している。
エンジェネレーターは、ゆったりとした服の上からでもわかる程に絶えず胎動している大きく膨らんだ腹を撫で、カール達に一瞥をくれると、微かに笑みを浮かべた。
市長の部屋において、トワイライトと健一は再びお茶を啜りながら、卓上のモニターに映し出されている、対峙しているカール達とエンジェネレーターの様子を観覧していた。
「始まった、か……」
健一は湯気混じりの溜め息を吐いた。トワイライトが話し掛ける。
「苦労して捕まえたらしい第四生物の内の一匹。一人位は道連れに出来るかね? 貴重とは言え、高々繁殖出来る能力だけで」
「どうかな……。ただ、奴等が言う所のエンジェネレーターの特殊能力は、それだけじゃない」
「ほー……」
画面の中では、カール達がエンジェネレータ―の股間か腹部か目掛けて目掛けて斉射する。だが、先程の戦闘とは違い、何度も命中して、やっと表面部分が削り取られる程度にしか傷が付かない。
健一は呟く。
「肉の薄い腹か、胎内に通じる股を狙う……。順当な攻撃だな」
「さっきのベイビー共とは違って、親はガチガチに硬いのか。これがコイツの他の能力か?」
「いや、これは玄武さんの超能力だ。彼女も、増兵出来る者を守る事が戦力維持に最適と判断したらしい。まあ、幾ら丈夫でも材質が変わった訳ではないが」
画面の中では、エンジェネレーターが反撃を開始している。
まずは片足をゆっくり振り上げ、その姿勢でズリ寄ると、比較的人が固まっている所へ、勢い良く踵落としをする。
真下に居た兵士達は各々左右に回避するものの、発生した振動によって体勢を崩され、エンジェネレーターはその隙を突いて、脚の間に居る者達を狙って両足を閉じる。その中にはカールも混じっている。
『避けろ!』
誰かの叫びが早いか、人の身長程の倍は有る太さの脚を、ある者は伏せてやり過ごし、またある者は攻撃範囲の外に全速力で逃げ出す。この攻撃を受けた者は居なかったが、若干、一纏まりにさせられてしまった。その中にカールも居た。
『しまった、石膏液が来る!』
カールが警告した瞬間、エンジェネレーターは頬を膨らませ、尖らせた唇から白濁した液体をカール達の中心に吹き付けた。
『危ない!』
カールは近くの体勢を直し切れていない仲間を押し退けつつ、自らも石膏液を避けようとするが、片足が液に触れてしまい、瞬間的に硬化した為、身動きを封じられてしまった。
『ああ、畜生!』
カールはブーツを脱ごうとチャックに手を伸ばすが、エンジェネレーターは既に掌を振り下ろし始めていた。
その時。
爆発音と共にエンジェネレーターの頭上の天井が砕け、夜空が露になる。エンジェネレーターはカールへの攻撃を中断し、そちらを見上げた。
その隙を突いて、カールは靴を脱ぐ事に成功し、「やっと来たかよ」と、そそくさとその場から離れる。
穴から一人の隊員が中を覗き込み、拡声器で喋る。
『Bチーム、御苦労だった! ここからはAチームが引き受ける! 総員、退避しろ!』
隊員が引っ込むと、指示通りカール達は部屋から一目散に脱出する。
エンジェネレーターが一瞬そちらに目を奪われ、再び穴を見やると、そこから何本かの太いホースが下げられていた。
「何をする気だ……?」
トワイライトが画面に食い入ると、次の瞬間、無色透明な液体が、ホースから勢い良く放たれた。
エンジェネレーターの体に掛かったその液体は、体を伝い流れるに従って白く濁って行く。加えて、伝わった箇所を抉り取りながら。
エンジェネレーターの体が溶けているのだ。
床に広がった液体によって、脚も崩れ去りつつある。
「何だ? あの薬液は……?」
トワイライトの問いに、健一はお茶を啜る。
「あれは、石膏溶解剤と呼ばれる物だ。火も銃も効かないなら、やはりそれしかないだろうな」
エンジェネレーターは、這って部屋から脱出しようとするが、手が床に触れた瞬間に砕け、顔を床に叩き付ける格好になり、顔のパーツが散らばる。
口しか残っていない顔を上げて身を起こそうとするも、最早四肢は失われており、胴体に入ったヒビが広がり、遂にエンジェネレーターは粉々になった。
残った破片も、溶解剤の中でやがて形を失ってしまった。
「何だ、やけにあっさりやられちまったな」
トワイライトは、椅子に浅く腰掛ける。
「どうやら囮を兼ねて、玄武さんの能力を確かめる為に部隊をよこした様だな。『硬化』の能力に銃が通じるか否かを」
健一は、軽く背伸びをした。
「だが……、石膏溶解剤は良いアイディアだが、そんな幾つも用意出来てるのか? 向こうはエンジェネレーターだかを倒したつもりだろうが、既に生産された物だけでも、まだ相当数居る」
「加えて隊員が約200人。他の第四生物と第五生物が何匹かずつ。戦闘のド素人の集まりとは言え、まだ何とかなるか? 駄目か?」
「私は彼等を信用している。仮に負けたとしても、生きて帰っては来られる筈だ」
「信用するのは簡単だからなあ」
トワイライトと健一は、同時に視線を合わせ、同時に視線を逸らした。
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