天使の住まう都から

星ノ雫

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一章

012 薬草採取 1

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 そこにいたのは鹿の親子だった。向こうも俺の存在に気が付き逃げていく。

 ――ふぅ……。

 他にも何かいないか周囲に注意を向けるが、大丈夫そうだったので緊張を解き剣を鞘に戻す。
 ここは色々な生き物が水場にしてそうだから、あまり長居はしないほうがよさそうだ。そう思った俺は、さっさと立ち去る事にする。

 ところで獣と魔物の大きな違いは何か。分かりやすいのは、相対したら逃げるか向かってくるかのどちらからしい。
 獣も場合によっては向かってくる奴はいるが、魔物は小型だろうが何だろうが問答無用で向かってくる。

 そして魔物が魔物と言われる所以ゆえんは、心臓の横辺りに魔石を持っているから。
 魔石は、様々な魔道具や魔動機を動かすのに使われる。所謂いわゆるこの世界での、電池代わりの役割を担っていた。
 そのため魔石は、ギルドへ卸すと結構良い値段で買い取ってくれるのだ。



 俺は先程のとろから、更に上流に向かって沢登りをしながら薬草を採取していく。
 四半刻は越えた辺りだろうか、気が付くと小さな滝の所まで来てしまっていた。

 ――どうしよう……。

 小さな滝を見上げながら思案する。もう少し進むべきか、ここらで引き返すべきか……。

 結局俺は、ここで引き返す事にした。
 もう少し進んでみようかとも考えたが、今日は初めての薬草採取。あまり無理はしない方が良いかなと判断する。

 来るときは薬草採取に必死で気が付かなかったが、振り返ると、とても美しい景観が広がっていた。

 ――うん……、見晴らしも良いし、ここで少し休憩してから戻ろう。

 俺は手頃な岩に腰を下ろすと渓流を眺めながら、昨日の夜に大家さんから頂いたサンドイッチを頬張る。
 今日も大家さんの優しさに感謝です。

 渓流釣りが好きな人にはたまらない場所なんだろうなーと辺りを眺めていたら、滝壺のすぐ近くに小さな花が群生しているのに気が付いた。

 ――あれ? もしかしてクロセリナの花?

 近づいてよく見てみると多分そうだ。見せてもらった生薬と、非常によく似ている。
 これも大家さんに教えてもらった薬草の一つで、結構貴重らしい。――これは思わぬ収穫だ!

 俺は携帯シャベルを取り出し、慎重に根ごと採取していく。
 自生地は貴重なので、また採取できるよう数株は残しておく。花が無くなれば気が付きにくくなるため、この場所はしっかりと手帳にメモしておいた。

 やったやった! 大家さん喜んでくれるかな? 喜んでくれるといいな!
 大家さんの笑顔を想像して、ちょっとウキウキしてしまった。



 帰りも見落としていたケルナコを採取しながら、沢を下っていく。
 浮足立っていたのだろう。俺は先程鹿の親子がいたとろに、また何かがいる事に気が付くのが遅れてしまった。

 ――ヤバッ!

 ゾクリとした感覚がして抜刀しながら斜め後方に倒れこんだら、ホーンラビットが飛んできた。……本当に剛速球のボールのようにだ!
 マジかよ、丁度俺の胸の位置だった場所を通過していきやがった……!

 俺は慌てて起き上がり、剣を構える。
 抜刀した剣が偶然当たったのか少し傷を負ったようだが、ホーンラビットはすぐにこちらへ角を向けると、再び突進してきた。
 うへぇ、こいつ威力上げるためか回転しながら飛んできてるぞ!?

 ――シッ!

 俺は右斜め前に送り足で移動しつつ右逆袈裟に切り上げる。
 よし、手ごたえありだ! どうだ、首が落ちたか? 

 なんて確認をしようとした矢先に、なんと別のもう一匹が俺の左側面から飛んできた。
 慌てて左手の手刀で叩き落とし、逃げる間を与えず突き刺してとどめを刺す。

「あっぶねー、もう一匹いたのかよ!」

 思わず声を出してしまうほど動揺してしまっていた。
 ハッとして慌てて周りを警戒するも、これ以上は気配を感じない。

 初めて魔物を倒した。
 最弱と言われるホーンラビットだったが、まさかこれほど鋭い突進をしてくると思わず、今更ながらゾッとしてしまう。
 何も鍛錬せず薬草採取に来ていたら、上手く剣の刃筋を立てる事ができずヤバかったと思う。あの時止めてくれたミリアさんと大家さんには本当に感謝しかない。

 倒した二匹を見ると、最初にかっ飛んできた方は金色の毛並みをしていた。なんかすごく綺麗。
 側面からきたもう一匹はオレンジに近い茶色のような色をしている。コイツの方が向かってくる速度が遅かったから、隙を突かれたけど何とかなった気がする。
 金色の方は喉のあたりがぱっくりと裂けていたが首を落とせてなかった。こいつあの斬撃避けたのかよ……。

 さてどうしよう。俺まだ獲物の解体の講習受けてないから、正直どうやったらいいのか分からない。
 昔ネットで見た記憶では、内臓取って川にドボンだった気がする。確か冷やすのが目的だったような……。
 とりあえず二匹を持って、渓流のとろからもう少し下った所で作業に移った。

 急いで腹を開き内臓を取ってから、紐に縛って川に沈めた。言うだけなら簡単だけど、正直初めてだから色々と酷い状況になってる。……汚い。
 俺のヘタクソな結果は証拠隠滅だとばかりに、川の水で作業した石の上を洗い流しておいた。

 そうそう、魔石は忘れずに回収したよ。
 魔石を眺めながらしばし休憩し、ホーンラビットが冷たくなるのを待つ。
 
 ――これが魔石なのか。……綺麗だな。

 まるでザクロの実のような色をしたその石は、日の光を通すと美しく輝いている。目を凝らすと、俺でも内に宿る魔力マナの揺らめきが見て取れた。
 最弱な魔物だからちっぽけな魔石だったけど、初めて手に入れた魔石。なんだかとても嬉しかった。

 ――さて、そろそろいいかな?

 紐を手繰たぐり、川からホーンラビットを上げる。
 待ってる間に見つけた手頃な木の棒に二匹をくくり付けると、俺は担いで足早に帰っていった。



「こんにちはサリーちゃん。常設依頼の品って、どこへ持っていけばいいのかな?」

「こんにちはケイタさん! えっとですね、あちらの納品カウンターにお願いしますっ! ――あっ、今トマス君が手を振ってる所です~」

 サリーちゃんが指さした方を見ると、少年が手を振っていた。

 ――あれ? 彼はたしか……。

 俺はサリーちゃんにお礼を言うと、見知った少年が手を振るカウンターの方へ向かった。

「こんにちは。――トマス君はここの職員だったんだね」

 目の前にいる少年は、剣術の講習にずっと参加している最年少の少年だった。
 初心者の俺に親切にしてくれる良い先輩である。

「はい、まだ見習いなんですけどね。 【鑑定技能スキル】 というギフトを持ってるんで、こちらで働かせてもらってます。――おっ、ホーンラビットじゃないですか! ケイタさんやりましたね! 初討伐おめでとうございます!」

 トマス君は俺が担いでいるホーンラビットに気が付くと、サムズアップをして俺の初討伐を祝福してくれた。
 俺、昨日の講習でホーンラビットの事を皆に聞いていたからね。トマス君はちゃんと覚えてくれていたようだ。
 俺もサムズアップをして返す。

「ありがとう! みんな余裕って言ってたけど、ちょっと危なかったよ。――早速納品したいんだけどお願いできるかな? ホーンラビット二匹とケルナコなんだけど」

「分かりました。品物はこちらのカウンターにお願いします。すぐに査定しますので少々お待ちください」

 早速俺は、テーブルにホーンラビット二匹とその魔石、そして採取したケルナコの半分を並べていく。

「あっ、これゴールデンホーンじゃないですか! そりゃ苦戦するわけですよ」

「ゴールデンホーン?」

「はい。こいつはホーンラビットの希少種で、ゴールデンホーンて呼ばれているんですよ。こいつの魔力マナまとった突貫攻撃はかなり危険で、ワイルドボアですら腹に穴を開けられるくらいなんです」

 なっ!? マジかよ! 危なかった……。
 うーん、これはやっぱり早めに胸当ても揃えた方がいいな……。

「あっ、そうだ。俺まだ解体のやり方分からなくてさ、とりあえず内臓取って川で冷やしただけなんだけど大丈夫?」

「大丈夫ですよ、解体作業はギルドで専用の工房がありますので、そちらに回します。――うん、処理が早く川で冷やしたので肉の質も問題ないですね」

 良かった、肉は傷んでなかったか。

「もし今後大型の獲物を持ってこられる場合は、裏手の解体作業の工房へ直接持って行ってください。ギルドの横に荷車も通れる道がありますから、そちらから回って貰って構いません。――そうそう、当ギルドは荷車の貸し出しもしてますので、よければ活用してください」

 俺に説明をしながらも、トマス君は手際よく査定をしていく。

「――ケイタさん、このゴールデンホーンの角と革はどうします? 結構希少なので、皆さん自分で持ち帰る事が多いんですけど」

「へぇー、みんな何に使ってるの?」

「装飾用なので、まぁ……男性でしたら女性へのプレゼントとかですかね? あはは……」

 そういう事か……。そうだな、俺も日頃お世話になってる大家さんに渡して、有効活用してもらおうかな?

「なるほど、じゃ俺も持ち帰りたいな」

「分かりました。ではこちらで処理した後で返却しますね。――こちらの札を持って後日受け取りに来てください。処理の手数料は今回の査定額から差し引いておきますね」

 そしてトマス君は紙にさらさらっと査定内容を記入していった。

「はい、ではこちらの査定用紙を受付のカウンターに提出して依頼の完了をしてください。――本日はギルドへの納品ありがとうございました」

「こちらこそありがとう」

 なるほどね、この査定用紙を持って次は受付のカウンターで清算するわけか。
 おっ、ミリアさんがいるな。折角だし、挨拶がてらミリアさんのカウンターに向かうとしよう。
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