天使の住まう都から

星ノ雫

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一章

017 君の名前は

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「大家さん、大家さん!」

 丁度庭の薬草畑に水をあげていた大家さんを見つけ、声を張り上げる。

「ケイタさんどうしたんです!?」

 大家さんは俺のただならぬ声に驚き駆けつけてくれた。

「……大家さん! ぜぇ……、ぜぇ……、この……、この子を診てもらえませんか?」

 俺は背を向けるようにしゃがみ、大家さんに少女が見えるようにしてお願いした。
 大家さんは俺たちの臭いに嫌な顔一つせず急いでしゃがみ込み、骨と皮だけのようなガリガリに痩せ細った少女を固定していたベルトを外しだす。
 いつの間にか眠っていた少女は大家さんに気が付くと、ゆっくりと目を開けた。

「……こんにちは」

「はい、こんにちは。――ケイタさん、とりあえず日陰に行きましょう」

 大家さんが少女を背負子しょいこから降ろしてくれたので荷物を放り出し、少女を抱えてテラスの日陰へ向かった。
 テラスにあるデッキチェアに座らせる。

「ケイタさん、お疲れのところ申し訳ないのですけど、お風呂の準備をお願いできないかしら?」

「わかりました!」

 大家さんは俺に風呂の準備を頼むと、早速精霊魔法を使って少女を診断し始める。
 俺は急いで風呂の準備に向かった。



「……状態はよろしくないですが、命に別状はなさそうですね。今、栄養ドリンクを飲んでもらってます」

 風呂の準備を終えて戻ってくると、美味しそうに栄養ドリンクを飲む少女の傍で大家さんは俺にそう教えてくれた。
 よかった、命に別状はなかったか! 俺はほっと胸をなでおろす。

「そういえば自己紹介がまだでしたね。
 ――はじめまして。私はサリアっていうの。あなたのお名前は何て言うのかしら?」

 とても慈愛に満ちた優しい声で大家さんはそう尋ねた。
 あああー! 今になって気が付いた! 俺、急いで帰ることばかり考えててこの子の名前すら聞いてなかったよ!
 少女は気まずそうにぽつりぽつりと呟く。

「私は……名前は……ありません。人造天使……試作三号……と……呼ばれて……ました」

「「人造天使試作三号!?」」

 この子の名乗った言葉に俺と大家さんは驚いて顔を見合わせてしまう。

「あの…………お兄ちゃん……お名前つけて……ください」

 それから少女は俺の方を向き、もじもじしながらそう言った。思わずドキリとしてしまう。

「俺なんかが名付け親でいいのかい?」

「うん……お兄ちゃんがいいの」

 少女はコクンと頷く。
 突然の事で思わず思考が停止してしまう。

「ケイタさん」

 名付けてあげては? と目で訴える大家さんに声を掛けられたので、首肯しゅこうで返す。
 しかし……どうしよう。情けない事に思い浮かぶのは漫画やアニメのヒロインの名ばかりだ。
 結局、学生時代からずっと好きで、死ぬその時まで最新刊を渇望していた、俺の一番好きだった漫画のヒロインから拝借する事にした。

「では、今日から君の名前は 『ラキシス』 だよ」

「ラキシス……私の名前はラキシス。――――登録確認。機能の制限を解除します」

 名前を噛み締めるようにつぶやいた後、突然機械的な口調で言葉を発した。
 そして額にあった縦に走る切り傷のような痕の部分が開き、なんと額に三つ目の瞳が現れる。
 その後、ラキシスを中心に大気が震えだし、周りから突風が巻き起こった。

「この子……大気の魔力マナを凄い勢いで吸収しています!」

 大家さんが驚いた声で教えてくれる。
 少女は乾物が水で戻されるように見る見るうちに変化していく。骨と皮だけのような体はたちまち肉付きが良く張りのある体を取り戻していった。

 暫くしたら、今にも即身仏になりそうだった子は美しい少女へと変貌していた。
 俺も大家さんもその姿の変わりようにとても驚いてしまう。
 ただ、大家さんは別の事でも驚いているようだ。

「嘘……あまりにもラクス様に似ている……」

「ラクス様?」

「あぁ……えっと、ケイタさんはご存じありませんか? この国をお造りになられた大天使ラクス様の事です」

 あっ、サブとヤスが言ってた降臨祭こうりんさいの天使様か!

「確か降臨際こうりんさいの時にお姿を拝見する事ができる大天使様でしたっけ?」

「そうです、そのお方です。そのお方にラキシスさんがとても良く似ているんで驚いてしまいました。
 ……っと、そうでした。ラキシスさん、私とお風呂に入りましょう。体を綺麗にしてあげますよ」

 大家さんはそう言うと、ラキシスの手を引き浴室に向かった。
 とりあえず俺は装備の汚れを落とすか。後で下水の鍵とルートマップも返却しにいかないといけないしな。



 暫くしたら大家さんとラキシスは浴室から戻って来た。

 大家さんに隅々まで綺麗にしてもらったラキシスは、とても美しい少女に様変わりしていた。煤を被ったように薄汚れていた髪はとても美しい銀髪に輝いている。
 俺は呆けた顏でラキシスをまじまじと見つめていたら、視線に気が付いたラキシスが恥ずかしそうに大家さんの後ろに隠れた。

「ふふ……ケイタさん、そんなに見つめちゃいけませんよ。それよりもケイタさんもお風呂を使ってさっぱりしてきてください」

「ああ、いや、すみません。ラキシスがあまりに綺麗になったものですから……。はい、使わせて頂きます!」

 俺もさっさと風呂で体を洗ってくる事にした。とにかく臭いもんね。大家さん本当にすみません。



 風呂から出ると、大家さんはラキシスの髪をいてくれていた。

「本当に何から何までありがとうございます! ――それで大家さん、俺、ラキシスと家族になる約束したんです。そこで住む所なんですが……」

「わかってますよ。勿論ラキシスさんもこれからうちで一緒に生活して構いません。安心してください」

「ありがとうございます!」

 俺は大家さんに深々とお辞儀をして感謝の気持ちを伝えた。

「お姉ちゃんも家族?」

 突然発せられたラキシスの言葉に大家さんは驚いたが、

「ええ、勿論家族よ。これからよろしくね」

 そう言い、ラキシスに微笑んだ。

 それから俺は大家さんに、今回のネズミ狩りが失敗に終わった事をギルドに報告に行かなくてはいけない事を伝えた。

「それでしたらケイタさんはギルドに行く前に、ラキシスさんと少しだけお留守番していてもらえないかしら?
 衣料品店が閉まる前にラキシスさんの下着と服を買ってきたいの」

 勿論二つ返事で了承し、大家さんにラキシスの服の代金を渡してお願いする。
 大家さんはラキシスのおおよその寸法をぱぱっと測り、足早に出かけてくれた。

 ラキシスは気持ちよくなったのか、ソファに座ってうたた寝をしている。
 俺はその間に俺たちが汚してしまったテラスの床やデッキチェアなどを洗う事にした。



 大家さんが帰って来たので、今度は俺がギルドへ出かける事にした。
 大家さんは俺が渡したお金よりもはるかに買い込んで来てくれていた。本当に申し訳ないと共に感謝しかない。

「気にしないでください。好きでやってる事なんで」

 そんな事を言っていたので、今頃は二人でお着換えをして楽しんでいる事だろう。

「こんにちは、大ネズミ狩りの報告に来ました」

 いつものように、ギルド裏手の解体作業場の受付に報告にきた。

「おう、今日は早えじゃねーか」

「ちょっと用事ができたんで、処理場からそのまま戻ってきたんです。なので今日は鍵とルートマップの返却だけですね。ネズミの尻尾は捨てちゃいました」

 そう言い、鍵とルートマップ、それにハンコの上から斜線が書かれたスタンプカードを返却する。

「おう、了解した。てことは復路の討伐はまだって事か。明日も行くなら継続で申請しとくけどどうする?」

「そうですね、それで今回のルートの依頼が達成されるならお願いしたいです」

「わかった、申請しとく。頼むぞ」

「わかりました」

 継続として次の日にまた続きができたのか。たしかにそうしないと復路の討伐が終わらないもんな。
 とりあえずギルドには報告した。急いで帰るか。



「ただいま帰りました」

「「お帰りなさい」」

 ラキシスは買ってもらった服に着替え、エプロン姿で大家さんの晩御飯の準備を手伝っていた。

「おぉ、良い服買ってもらったね。可愛いよ」

 そう言うと、ラキシスは 『えへへ』 とはにかむ。可愛いなあ。

「大家さんありがとうございます。俺では女物の服は選べませんから本当に助かりました」

「これくらいお安い御用ですよ」

 俺も早速部屋着に着替え、配膳を手伝う事にする。
 そうこうしているうちにミリアさんが帰って来た。

「ただいまーっ。あれ? この子どこの子?」

「ふふ、うちの子ですよ」

「訳あって俺の家族になりました」

「あの、ラキシスです。よろしくお願いします」

「えっ、そうなの? ふーん、じゃあたしも家族ね。 あたしはミリアって言うの。よろしくね」

 ミリアさんはすぐにラキシスを受け入れてくれた。あまり気にしない性格で助かる。

「ラキシスちゃんていうのか。ちょっと言いづらいわね。ラキちゃんでいい?」

「はい!」

 それから、食事をしながら俺がラキシスを保護した経緯を話していった。
 ラキシスは大家さんの料理に感激しながら食べていた。分かるよ、俺も旨さに毎回感激してるもん。
 大家さんも美味しそうに食べてくれる姿を見てニコニコ顔だ。

「ふぅーん、あんな所にいたんだ。ラキちゃんはどっから来たとかは覚えてないの?」

「わかりません。気が付いたらあそこにいました」

「そっかー。まーそういう事もあるわよ」

 ……あるのか? ほんとミリアさんは職場以外では適当だなあ。

「これからどうすんの?」

「とりあえずは私のお手伝いをしてもらう事にしました。勿論お給金も出しますよ」

 ミリアさんの問いに答えたのは大家さん。俺も冒険者として活動しないといけないから常に一緒にいるわけにもいかず、大家さんのこの申し出は本当にありがたかった。

「おぉ、いいねいいね」

「しっかしラキちゃんほんとにラクス様に似てるわね。もしかして隠し子だったりして」

 そんな談笑をしていると、来客を告げるチャイムが鳴った。
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