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一章
016 出逢い
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近づいて行ってみると、そこは崩落した地下水路の工事現場だった。
ヘルメットを被ったゴブリン達が作業をしている。
「おおっ? ケータじゃねーか?」
声のした方を見ると、やっぱり以前会ったヤスだった。
「やぁ久しぶり」
「ゲシャシャ、真面目にネズミ狩りやってんな!」
「まあね」
相変わらず変な笑い方をするなあ、君は。
「お前丁度いい所にきたな! 今からアニキの妙技が見れっからよ、ばっちり拝んでいきな!」
そう言い親指で指さす方を見ると、ヤスからアニキと呼ばれるサブは崩れた箇所を入念にチェックしている。
それから周りの作業者を下がらせ、修験者が指で印を結ぶような動作をした後、左掌を右手首に打ち、右手につくった剣指を気合と共にクイッと上に向けた。
「ふんっ!!」
――ザァーッ! コン! カン! カン! カン! コン! コン!……
気合の入った掛け声と共に、崩れていた箇所がまるで時間が巻き戻されるかのように順序良く修復していく。
「おおお凄い!」
「どうでぃ! すげぇだろ!」
ヤスは自分の事のように得意げだ。まあその気持ちも分かる。
一仕事終えたサブは額の汗を拭くと俺たちに気が付き、他の子分と共にこちらへやってきた。
「よう、ケイタじゃねーか。また会ったな」
「久しぶり。凄い技を見せてもらったよ。あれは魔法?」
「おぅ。俺の得意な土魔法だ。――ケイタはネズミ狩りか?」
「うん。まだこれから下水処理場へ向かうところ」
「そうか、気ぃつけて行けよ。俺らまだ作業が残ってるから――んじゃあな!」
「ありがとう。そっちも気を付けて」
「おぅ!」
サブ達と別れ、また地下水路を進んで行く。しかし凄いな、土魔法であんな事もできるんだ。
――そういえば今朝耳にしたゴブリンて、アイツ等の事なんじゃないのか?
思わずそんな事を考えてしまった。
今日も無事に中間地点の下水処理場まで到着だ。
どの下水処理場も全く作りが同じなので、迷わず階段を上がり、管理棟へハンコを貰いにいく。
この第二下水処理場の地上部分も緩やかな草原の丘が一面に広がる景色だ。
無事ハンコをスタンプカードに押してもらい、暫しの休息をとる事にする。丘の中腹に丁度良い石があったのでそこに腰掛ける。
――ここの眺めもいいねえ。
そんな事を考えながらサンドイッチを食べ終わり、デザートに持ってきたリンゴをかじろうとしたら風上から鼻につく饐えた臭いがしてきた。
そちらを見ると、蓑を被ったゴブリンと思われるぎょろりとした目が、じっとこちらを見ている。
――兎のように赤い瞳だ。
こちらの視線に気が付くと、さっと頭を下げてしまった。
――なんか気まずいな。
「……このリンゴ、食べるか?」
俺は手に持ったリンゴを掲げ、そう尋ねてみた。
何の反応も無いまま時間が過ぎていく。
思わずため息をつき、
「ここに置いておくよ」
俺はそう告げて、再び地下水路に潜る事にする。
下り階段を降る時に先ほど休憩していた石の所を見上げると、彼がリンゴを両手で持ち、こちらを見ている事に気が付いた。
――手に取ってくれたか。
野良猫においでおいでして寄ってきてくれた時のような、なんとなく嬉しい気分になった。
そして先ほどから頭の中で警鐘が鳴るように、彼の事が物凄く気になって仕方がない。
――もしかして女神様が言ってたのは彼の事なのか?
ふとそんな事が頭をよぎる。……まさかな。
その後もあのゴブリンの事が頭を離れず、街中に帰ってきてからも気になって仕方が無かった。
――明日もう一度確かめよう。
そう考えながら帰路に就く。
次の日も大ネズミ狩りの受付の列に並ぶ。
「おはようございます。冒険者証の提示をお願いします」
いつものように受付のお姉さんからそう尋ねられたので、俺は意を決して尋ねてみる。
「すいません、昨日第二下水処理場に忘れ物してきちゃったんで、できたら今日も中間地点が第二下水処理場になるルートにしてもらう事ってできます?」
「ああ、その程度の融通でしたら構いませんよ」
「ありがとうございます!」
お礼をいい、冒険者証を見せる。
そして鍵とルートマップ、スタンプカードを受け取り、はやる気持ちを抑えて出発した。
今日はお弁当も大家さんに無理を言って二つ用意してもらっている。
今日も順調に中間地点までこれた。とりあえず管理棟の職員からまたハンコを貰い、昨日と同じ場所で昼食を取る事にする。
今日はまだ食べず、少し待つ事にする。暫くしたら………………来た!
臭いと共に視線を感じた方を向く。そこには昨日と同じくじっとこちらを見る蓑を被ったゴブリンのぎょろりとした目があった。
俺はおどろかさないよう気を付けながら、彼に語りかけた。
「今日はサンドイッチもあるよ。……よければ一緒に食べないかい?」
サンドイッチの包みを掲げ、尋ねる事暫し……。
――こちらにゆっくりと近づいてきた!
近づいてきた彼の姿がはっきりと分かるようになって愕然とした。
この子は……ゴブリンなんかじゃない! 蓑と思われたのはこの子の煤だらけなぼさぼさの髪の毛で、ぎょろりとした目はあまりに栄養失調な状態で体がガリガリに痩せたせいだった。
俺は近づいてきた子の前に屈むと、震える手でサンドイッチの入った包みを渡した。
「……あり、がとう」
良い匂いのする包みを受け取ると、その子はニコーっと笑顔を作り、か細い声で俺にお礼を言った。
――この子だ!! 女神様が俺に託したのはこの少女に間違いない!! 昨日から頭の中で鳴ってた警鐘は正しかったんだ!!
どうしてこの子はこんな所にいるのか? 家族はいないのか? この子ひとりなのか? などの疑問が頭を巡るが、とりあえずそんな事は後回しだ。まずは食事を一緒に食べよう。
石に並んで座る少女は小さな口で一生懸命にもそもそと食べている。途中でせき込んだので、俺は慌てて水筒から水を飲ませてあげる。
それから、俺は少しづつ会話を持ちかけていった。
「美味しい?」
「……うん」
「それはよかった。……君はひとり?」
「……うん」
「えーっと、家族は?」
「……いない」
「どこに住んでるの?」
「……ここ」
女神様に託されたんだ、なんとかこの子を助けたい。……でもどうしよう、なんて声掛けたらいいんだ。
……もうストレートに聞いてみよう。俺は少女の前に膝をつき、目線を合わせる。
「俺、ケイタって言うんだ。――その……もし、もしよかったら……お兄さんと家族にならないかな? 美味しいご飯も、住む場所だってあるよ」
少女は俺の言葉に驚き、ポツリと呟く。
「……いいの?」
「もちろん!」
「……嘘つかない?」
「約束する!」
「…………あの、よろしくお願いします」
暫くの沈黙の後、少女はもじもじしながら答えてくれた。
よしっ!!! 出会えたよ女神様! 差し伸べた手を取ってくれたよ女神様!
改めてこの子の姿をよく見る。骨と皮しかないような手足で、よく立って歩くことができていたと不思議に思うくらいだ。
正直、この子の状態はかなり悪いと思う。一刻も早く適切な処置ができる人に診てもらった方が良い。
――大家さんに助けを求めよう。
俺の知る中で最も最適な人の顔が浮かぶと、直ぐに行動に移す事にした。
まず背負子から鞄を外し、外套と着替えを詰めた袋をクッション代わりにして、背負子で少女を背負って帰るための準備をする。
「じゃあ……とりあえずお兄さんの住んでるお家に行こうか」
「……はい」
「忘れ物とかはあるかい?」
首を横に振る。
とりあえず少女に俺の帽子を被せてやり、背負子に座らせて、落ちないようにベルトで括りつける。
「痛くない?」
「……大丈夫」
俺は管理棟の職員さんに、大ネズミ狩りを中断して正門から帰らせてもらうようお願いする。
「すみませんが大ネズミ狩りを中断して帰りたいので正門を通してもらえませんか?」
「いいですけど、どうかされたんですか?」
俺たちの臭いに鼻を摘まみながら尋ねてくる。
「ちょっとこの浮浪者の子を見つけてしまいましてね。ちゃんとした所で生活させてあげたいと思って、連れて帰る事にしました」
「えぇ!? この子施設の中にいたの? ……どっから入ったんだ?」
外壁で囲まれたこの施設の中に少女がいた事に職員さんは驚き不思議に思いながらも、俺たちを正門から通してくれた。
初めての土地なので、帰りの道を職員さんに教えてもらった。
よし、急いで帰るぞ。
俺はなるべく振動を与えないようにしながらも、早足で駆けていく。
下水処理場は結構郊外にあるので地上をそのまま帰っても、それなりに時間がかかる。
都心に向かう駅馬車が見えたが、俺たちはあまりに臭うので乗せてもらう事はできないだろう。このまま駆けていくしかない。
途中、臭いに嫌な顔されながらも、露店で俺は少女に飲み物と麦わら帽子を買ってあげる。
もう初夏に差し掛かっているから日差しも強い。俺も少し水分補給だ。
それからも俺は大家さんの家に向かってひたすら早足で駆けていった。
ヘルメットを被ったゴブリン達が作業をしている。
「おおっ? ケータじゃねーか?」
声のした方を見ると、やっぱり以前会ったヤスだった。
「やぁ久しぶり」
「ゲシャシャ、真面目にネズミ狩りやってんな!」
「まあね」
相変わらず変な笑い方をするなあ、君は。
「お前丁度いい所にきたな! 今からアニキの妙技が見れっからよ、ばっちり拝んでいきな!」
そう言い親指で指さす方を見ると、ヤスからアニキと呼ばれるサブは崩れた箇所を入念にチェックしている。
それから周りの作業者を下がらせ、修験者が指で印を結ぶような動作をした後、左掌を右手首に打ち、右手につくった剣指を気合と共にクイッと上に向けた。
「ふんっ!!」
――ザァーッ! コン! カン! カン! カン! コン! コン!……
気合の入った掛け声と共に、崩れていた箇所がまるで時間が巻き戻されるかのように順序良く修復していく。
「おおお凄い!」
「どうでぃ! すげぇだろ!」
ヤスは自分の事のように得意げだ。まあその気持ちも分かる。
一仕事終えたサブは額の汗を拭くと俺たちに気が付き、他の子分と共にこちらへやってきた。
「よう、ケイタじゃねーか。また会ったな」
「久しぶり。凄い技を見せてもらったよ。あれは魔法?」
「おぅ。俺の得意な土魔法だ。――ケイタはネズミ狩りか?」
「うん。まだこれから下水処理場へ向かうところ」
「そうか、気ぃつけて行けよ。俺らまだ作業が残ってるから――んじゃあな!」
「ありがとう。そっちも気を付けて」
「おぅ!」
サブ達と別れ、また地下水路を進んで行く。しかし凄いな、土魔法であんな事もできるんだ。
――そういえば今朝耳にしたゴブリンて、アイツ等の事なんじゃないのか?
思わずそんな事を考えてしまった。
今日も無事に中間地点の下水処理場まで到着だ。
どの下水処理場も全く作りが同じなので、迷わず階段を上がり、管理棟へハンコを貰いにいく。
この第二下水処理場の地上部分も緩やかな草原の丘が一面に広がる景色だ。
無事ハンコをスタンプカードに押してもらい、暫しの休息をとる事にする。丘の中腹に丁度良い石があったのでそこに腰掛ける。
――ここの眺めもいいねえ。
そんな事を考えながらサンドイッチを食べ終わり、デザートに持ってきたリンゴをかじろうとしたら風上から鼻につく饐えた臭いがしてきた。
そちらを見ると、蓑を被ったゴブリンと思われるぎょろりとした目が、じっとこちらを見ている。
――兎のように赤い瞳だ。
こちらの視線に気が付くと、さっと頭を下げてしまった。
――なんか気まずいな。
「……このリンゴ、食べるか?」
俺は手に持ったリンゴを掲げ、そう尋ねてみた。
何の反応も無いまま時間が過ぎていく。
思わずため息をつき、
「ここに置いておくよ」
俺はそう告げて、再び地下水路に潜る事にする。
下り階段を降る時に先ほど休憩していた石の所を見上げると、彼がリンゴを両手で持ち、こちらを見ている事に気が付いた。
――手に取ってくれたか。
野良猫においでおいでして寄ってきてくれた時のような、なんとなく嬉しい気分になった。
そして先ほどから頭の中で警鐘が鳴るように、彼の事が物凄く気になって仕方がない。
――もしかして女神様が言ってたのは彼の事なのか?
ふとそんな事が頭をよぎる。……まさかな。
その後もあのゴブリンの事が頭を離れず、街中に帰ってきてからも気になって仕方が無かった。
――明日もう一度確かめよう。
そう考えながら帰路に就く。
次の日も大ネズミ狩りの受付の列に並ぶ。
「おはようございます。冒険者証の提示をお願いします」
いつものように受付のお姉さんからそう尋ねられたので、俺は意を決して尋ねてみる。
「すいません、昨日第二下水処理場に忘れ物してきちゃったんで、できたら今日も中間地点が第二下水処理場になるルートにしてもらう事ってできます?」
「ああ、その程度の融通でしたら構いませんよ」
「ありがとうございます!」
お礼をいい、冒険者証を見せる。
そして鍵とルートマップ、スタンプカードを受け取り、はやる気持ちを抑えて出発した。
今日はお弁当も大家さんに無理を言って二つ用意してもらっている。
今日も順調に中間地点までこれた。とりあえず管理棟の職員からまたハンコを貰い、昨日と同じ場所で昼食を取る事にする。
今日はまだ食べず、少し待つ事にする。暫くしたら………………来た!
臭いと共に視線を感じた方を向く。そこには昨日と同じくじっとこちらを見る蓑を被ったゴブリンのぎょろりとした目があった。
俺はおどろかさないよう気を付けながら、彼に語りかけた。
「今日はサンドイッチもあるよ。……よければ一緒に食べないかい?」
サンドイッチの包みを掲げ、尋ねる事暫し……。
――こちらにゆっくりと近づいてきた!
近づいてきた彼の姿がはっきりと分かるようになって愕然とした。
この子は……ゴブリンなんかじゃない! 蓑と思われたのはこの子の煤だらけなぼさぼさの髪の毛で、ぎょろりとした目はあまりに栄養失調な状態で体がガリガリに痩せたせいだった。
俺は近づいてきた子の前に屈むと、震える手でサンドイッチの入った包みを渡した。
「……あり、がとう」
良い匂いのする包みを受け取ると、その子はニコーっと笑顔を作り、か細い声で俺にお礼を言った。
――この子だ!! 女神様が俺に託したのはこの少女に間違いない!! 昨日から頭の中で鳴ってた警鐘は正しかったんだ!!
どうしてこの子はこんな所にいるのか? 家族はいないのか? この子ひとりなのか? などの疑問が頭を巡るが、とりあえずそんな事は後回しだ。まずは食事を一緒に食べよう。
石に並んで座る少女は小さな口で一生懸命にもそもそと食べている。途中でせき込んだので、俺は慌てて水筒から水を飲ませてあげる。
それから、俺は少しづつ会話を持ちかけていった。
「美味しい?」
「……うん」
「それはよかった。……君はひとり?」
「……うん」
「えーっと、家族は?」
「……いない」
「どこに住んでるの?」
「……ここ」
女神様に託されたんだ、なんとかこの子を助けたい。……でもどうしよう、なんて声掛けたらいいんだ。
……もうストレートに聞いてみよう。俺は少女の前に膝をつき、目線を合わせる。
「俺、ケイタって言うんだ。――その……もし、もしよかったら……お兄さんと家族にならないかな? 美味しいご飯も、住む場所だってあるよ」
少女は俺の言葉に驚き、ポツリと呟く。
「……いいの?」
「もちろん!」
「……嘘つかない?」
「約束する!」
「…………あの、よろしくお願いします」
暫くの沈黙の後、少女はもじもじしながら答えてくれた。
よしっ!!! 出会えたよ女神様! 差し伸べた手を取ってくれたよ女神様!
改めてこの子の姿をよく見る。骨と皮しかないような手足で、よく立って歩くことができていたと不思議に思うくらいだ。
正直、この子の状態はかなり悪いと思う。一刻も早く適切な処置ができる人に診てもらった方が良い。
――大家さんに助けを求めよう。
俺の知る中で最も最適な人の顔が浮かぶと、直ぐに行動に移す事にした。
まず背負子から鞄を外し、外套と着替えを詰めた袋をクッション代わりにして、背負子で少女を背負って帰るための準備をする。
「じゃあ……とりあえずお兄さんの住んでるお家に行こうか」
「……はい」
「忘れ物とかはあるかい?」
首を横に振る。
とりあえず少女に俺の帽子を被せてやり、背負子に座らせて、落ちないようにベルトで括りつける。
「痛くない?」
「……大丈夫」
俺は管理棟の職員さんに、大ネズミ狩りを中断して正門から帰らせてもらうようお願いする。
「すみませんが大ネズミ狩りを中断して帰りたいので正門を通してもらえませんか?」
「いいですけど、どうかされたんですか?」
俺たちの臭いに鼻を摘まみながら尋ねてくる。
「ちょっとこの浮浪者の子を見つけてしまいましてね。ちゃんとした所で生活させてあげたいと思って、連れて帰る事にしました」
「えぇ!? この子施設の中にいたの? ……どっから入ったんだ?」
外壁で囲まれたこの施設の中に少女がいた事に職員さんは驚き不思議に思いながらも、俺たちを正門から通してくれた。
初めての土地なので、帰りの道を職員さんに教えてもらった。
よし、急いで帰るぞ。
俺はなるべく振動を与えないようにしながらも、早足で駆けていく。
下水処理場は結構郊外にあるので地上をそのまま帰っても、それなりに時間がかかる。
都心に向かう駅馬車が見えたが、俺たちはあまりに臭うので乗せてもらう事はできないだろう。このまま駆けていくしかない。
途中、臭いに嫌な顔されながらも、露店で俺は少女に飲み物と麦わら帽子を買ってあげる。
もう初夏に差し掛かっているから日差しも強い。俺も少し水分補給だ。
それからも俺は大家さんの家に向かってひたすら早足で駆けていった。
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