天使の住まう都から

星ノ雫

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二章

030 ボス部屋前

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 今日はハンス達とダンジョン四層のボスに挑む。
 昨日見た行列の事を考えて朝早くに集合し、ボス前のエリアまで向かう事になっていた。
 待ち合わせはダンジョン前広場にある噴水の前なんだが、俺は時計を持っていなかったから少し早めに来た。
 まだ誰も来てないか。近くにある時計塔を見ると、集合時間まで結構な余裕があった。

 朝早いのでまだ人もまばらだ。それでも、早朝の客に合わせて弁当売りなどの露店がもう店を始めている。
 今日も大家さんのお弁当を持参しているが、ボス前のエリアで待機する事を考えて、露店でも一食分買う予定だ。
 先に弁当を買っておこうかな? と思っていたらキリムとサリムの兄妹が向こうから来るのが見えた。

「おはようございます」 

「おはようございまーす。おじさん早いですね」

「おはよう。ちょっと早めに来ちゃった」

 俺は先にそこの露店で弁当買う事を伝えると、「あたし達も買います」 と言い、一緒に買う事にした。
 それからハンス達のパーティが来るのを待つ事にする。

「二人はハンス達以外だと毎回、臨時パーティ募集に加わってダンジョン行ったりしてるのか?」

「そうでもないですよ。おじさんも講習で見た事があるだろう連中のパーティに加わったりする時もあります」

「只人のいるパーティはハンス達だけですけどね」

「ふーん」

「どうかしたんですか?」

「いや、俺もひょっとしたら妹と一緒にダンジョン潜るかもしれない事になったからさ、二人は普段どうやってパーティ見つけてるのかなーと思って」

「あっ、妹さんてあたし達に声掛けてくれた時に一緒にいた銀髪の子?」

「そうそう。血の繋がりは無いんだけどね、俺の大事な妹」

「まだ年齢的に早くありません? 色々と危ない気がするんですけど」

「うん、俺もそう思うんだけどねえ。熱意に負けて俺が折れそう……」

「しょうがないなーおじさんは」

 二人に笑われてしまう。情けなくてすみません……。

「パーティ組みたい時は気軽に声掛けてください」

「うん、先約が無ければうちら全然大丈夫よ」

「ありがとう。その時はよろしくね」

 それから暫くして、ハンス達もやってきた。

「はよーっす。今日はよろしくな!」

「おはようございます。今日はよろしくお願いします」

「……おはよ」

 ハンス達も弁当を買い、早速出発する事に。

「もう皆知ってるだろうけど、ボスはバトルアックスを持ったミノタウロスが三匹です。今の俺達なら苦戦する事は無いでしょうが、気を付けていきましょう」

「「「了解」」」



 俺達は数回の魔物との戦闘をするも、冒険者狩りに遭遇する事もなくボス部屋前のエリアに来ることができた。
 それなりに順番待ちのパーティはあるが、昨日ほど酷くはない。
 俺達はさっさと最後尾と思われるパーティの後ろに並ぶ事にする。

「今日は昨日ほど酷くはないね」

「だな。昨日は通路側まで並んでたしなあ」

 俺達も他のパーティのように床に座って待つ事にする。
 俺は先程の戦闘で手に入れたアイアンニードルの針を取り出して眺めていた。

「……おっさん何してんだ?」

「ん? ああ、このアイアンニードルの針がさ、投擲用の手裏剣に使えないかなって見てたんだ」

「ああ……。たまにいるぞ、使ってる奴」

「おお、やっぱり使ってる奴いるんだ」

「 【必中】 のギフト持ちだとかなり強いが、そいつらはまず弓使うからな。飛距離も弓に劣るし。向かってくる敵への牽制用って感じだな」

「牽制用か、対人戦には有効かもしれないな。今度投擲の練習してみよう」

「あたし投擲術の達人知ってますよ」

 俺達の話を聞いていたサリムが、俺に教えてくれる。

「えっ、投擲術の達人いるの? 頼めば教えを乞う事ってできるかな?」

「うーんどうだろう? 良ければ今度紹介しましょうか?」

「是非お願いしたいなあ」

「おっけー。その人、ダンジョンが再構築する日は家にいると思うから、丁度明日ならいると思いますよ」

「その達人もダンジョン潜ってる冒険者なの?」

「うーん、まぁ……、一応そうなるかな? あはは」

 サリムは思わせぶりに笑っていた。
 そんな感じの他愛ない会話をしていたが、ハンスがカードゲームを持ってきたので皆で遊ぶ事にする。
 俺達は暫くカードゲームに興じていたが、突然中断させられる事となった。

「冒険者の諸君! 我々は魔王を討伐するために選ばれし勇者のパーティだ! 我々の崇高な目的のために、階層ボスへ挑む順番を譲ってもらうぞ!」

 そいつらはそう言い、最前列の方へ行こうとする。
 皆、突然やってきて素っ頓狂なことを言いだした奴らに唖然とした顏をしている。
 声高に叫んだパーティのリーダーと思しき男以外は皆女性のメンバーだ。凄い、ザ・ハーレムパーティって感じだな。
 勿論、順番待ちしている冒険者達はそいつらの前に立ち塞がる。

「何言ってんだお前。何で順番譲ってやんなきゃいけねえんだよ?」 

「下らねえ事言って横入りしようとすんじゃねえぞ」

「魔王討伐言えば階層ボス優先させてもらえると思ってるお前の頭が理解できん」

 魔王討伐と階層ボスという何の脈絡もない理由で押し通ろうとする連中に不満があちらこちらから溢れ出す。

「無知な愚民どもめ……仕方がない、教えてやろう! 我がカサンドラ王国の調べでは! このダンジョンと魔王が住む浮島には転移門ポータルで繋がっているという事なのだ!」

「そのため我らは一刻も早く魔王を討伐するため最深層を目指している。なのでこんな所で足止めを食うわけにはいかないという事だ。分かったか?」

 立派な鎧を着た女騎士が付け足して説明する。

「「「はあぁ!?」」」

 皆呆気に取られている。俺も含めて何言ってんだこいつらって感じだ。

「一刻も早くだって……。笑わせんな」

「バカじゃねーのか? 今は天使様が魔王を抑えてくれてるからずーっと平和なんだぞ。一昨日おととい来やがれ!」

「愚かな! 未だに抑えるだけで二千年以上討伐する事すらできていない天使に何を期待する! 魔王を倒さねば、邪悪なる眷属は世にのさばったままではないか!」

 あっ、この発言で空気が変わったぞ。お前の指す邪悪なる眷属って只人以外の全ての人種だよね。

「なんだとてめぇ!」

「という事で失礼するぞ!」

 自称勇者パーティは舐めた事を言い放ち最前列へ行こうとするが、勿論行く手を塞いでいる冒険者は退くつもりはない。

「てめえら俺らに喧嘩売ってんのか!?」

「貴様ら! 王子が穏便に事を済ませようとする恩情を無下にするつもりか! こんな低層をうろついているお前ら如き、我らだけで蹴散らす事なぞ造作もないのだぞ!」

 女騎士が負けずに啖呵を切る。あのリーダー、王子なのかよ!

「やってみろや! そんな事したらこのダンジョンは一生出禁になるぞ!」

「皆殺しにすれば問題ないでしょう?」

 涼しい顔をした魔法使い風の女がとんでもない事を言う。ふざけんなよ。
 その時、ボス部屋の扉が開いた。戦闘中だったパーティが終わったようだ。

「いけっ!」

 その掛け声と共に、次に挑む最前列にいたパーティがボス部屋に駆け込んで、すぐに扉が閉まってしまった。

「あっ! 貴様ら!」

「はっ! これであいつらがギルドに報告すればお前らは完全に出禁だな。おらやってみろや! 皆殺しにできんだろ?」

「下等な連中が……」

 まずい、あの魔法使い風の女は危険だ。奴ら本当に殺し合いし兼ねないぞ。
 頭に 【虫の知らせむしのしらせ】 ギフトの物凄い警鐘が鳴っているのが分かる。――ん?、頭に銀貨のイメージが浮かんだぞ。糸口はもしかしてお金? マジで?
 ああもう、ギフトの導きに賭けちゃうぞ!

「先に行きたいなら一パーティ銀貨一枚だ! 王子様なんだろう? お金あんだろう? それで手を打ってやるぞ!」

 俺は大声を出し、注目を集める。こんなくだらない事で命のやり取りなんてまっぴらごめんだ。
 喧嘩腰な連中以外の同調に期待する。

「いいぞー、俺のパーティも銀貨一枚で先に譲ってやるぞ」

 よし! 追従してくれるパーティが現れた。
 その後も次第に声を上げるパーティが増えだす。
 頼む! このまま折れてくれ王子様!

「王子、ここは穏便にお金で解決しましょう。ここでダンジョン探索が困難となってしまえば、大義を成す事ができません」

 神官さんナイスアシスト! 折れろ王子様!

「…………ふん! 忌々しいが金で解決するか。崇高な使命も理解できない下賤な連中にはお似合いだ」

「さっすが王子様太っ腹だな! 俺が代表して金を配ってやるぜ~!」

 そう言い、俺は急いで連中の前に行く。喧嘩腰な奴らがこれ以上拗らせないために……。

「おいっ! 何勝手に……!」

「まぁまぁまぁまぁ、――今ここにいるパーティは全部で二十一パーティだ。よろしく頼みますよ~」

 俺は何か言いたそうな連中を制し、もみ手をしながら先ほど進言してくれた神官さんに話しかける。
 絵面としてはホント情けないな俺……。
 神官さんは、マジックバッグであろう鞄から金の入った袋を取り出し、きっちり二十一枚の銀貨を渡してくれた。

「ではこれで手打ちということで」

「まいどありっ!」

 俺は急いで最前列のパーティから配っていく。

「おまえっ!……」

「頼む! 折れてくれ!」

「クソッ!」

 尚も不満のありそうな連中に頭を下げながら急いで銀貨を配っていく。
 そうこうしているうちにボス部屋の扉が開いた。
 王子パーティはさっさと中へ入って行く。何事も無く扉が閉まり、安堵のため息をつく。
 行き掛けの駄賃に双方魔法でもぶっぱなさないか冷や冷やしたが、どちらも踏みとどまってくれてよかった。

「はぁー……、大人しく行ってくれたか。――皆、堪えてくれてありがとう」

 俺は呟くようにそう言い、周りの冒険者から文句や労い様々な言葉を投げかけられながら、パーティの元に戻っていった。



「お疲れ様、おじさん」

「上手くいきましたね」

「おっさん良くやった」

 パーティの場所に戻ってきたら、皆に労いの言葉を掛けてもらえた。嬉しい。
 とりあえずキリムとサリムに連中を見逃した事を謝罪する。

「すまんな、あのクソ王子の言葉に腹が立っただろうに。我慢してくれて本当にありがとう」

「クソ王子! フフッ、おじさんも言いますね。流血沙汰にならずお金も貰えたんだし、十分です」

「そうそう、あんな奴らとは関わらないのが一番!」

「そう言ってくれると助かるよ。まぁ、アイツ等は絶対に魔王には勝てないし、その内くたばるのを遠くから眺めてようぜ」

「あははっ、そうね!」

 それから再び俺達の順番が来るまで待つ事にした。
 なんとかバカバカしい危機は回避できた。サリムの言う通り、あんな奴等とはもう関わりたくないもんだ。
 それと幸か不幸か、ここに居た冒険者達に俺の顔が売れてしまった感じだった。……やれやれだな本当に。
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