天使の住まう都から

星ノ雫

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二章

072 結末

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「手出しは無用です」

「おぅ、分かってるって! 存分にやりな!」

「はいはーい。私とマイラは邪魔立てする連中を追い払ってるから」

 アルシオーネと共に来たマイラとファルンは彼女から距離をとり、カルラ達の助太刀をしようとする連中と向き合った。
 本来の敵の目的は王子様の殺害であるにも拘わらず、敵味方双方の全員が、これから始まる彼女達の戦いに注目してしまっていた。

「なぜ彼女がここへ……」

「おい王子様、ぼけっとしててやられんなよ!」

「……チッ、分かっている!」

 言った手前俺も王子様達へ迫る敵の警戒はするのだが、俺自身、アルシオーネさんとカルラ達の戦いが気になって仕方が無かった。



「死ねぇ!」

 フレンダは一足飛びにアルシオーネに躍りかかると、俺の時とは比べものにならないほどの稲妻を穂先にほとばしらせ、目にも止まらぬ連続突きを放った。
 フレンダの動きが、俺と戦っていた時とは何もかもが違う。その凄まじい攻撃を、アルシオーネはハルバードで難なく捌いていた。

「属性攻撃が……効かない!?」

「あなた方だって持っているでしょう? 耐性装備。――少しは頭を働かせなさい」

「……黙れっ!」

 アルシオーネはフレンダの放つ激しい雷属性の攻撃を、全く物ともしない。
 あそこまで強力な耐性装備、いったいどこまでダンジョン潜れば手に入るんだ……。

 アルシオーネの足が止まったのを見計らって、フレンダは渾身の突きを放つ。
 それに合わせてカルラも、足元から無数に飛び出す土魔法の刃で、アルシオーネを下から狙う。
 しかし地面の違和感を素早く察知したアルシオーネは、フレンダの放つ槍とハルバードを交差するようにして地面に槍先を突き刺すと、ハルバードを支点にして前転宙返りをして避けた。

 その動きがまるで新体操の選手のように美しく、思わず見入ってしまう。
 アルシオーネの戦う姿は、まるで舞っているようで、とても美しかった。

「チッ! このぉ!」

 フレンダは透かさず、カルラの攻撃を避けて自分の頭上を舞ったアルシオーネを薙ぎ払う。
 その薙ぎ払われた槍をアルシオーネは足の裏で受け止め、槍の力を反動にして飛び退いた。

 フレンダと距離を取ったアルシオーネへ向けて、カルラの爆炎魔法が炸裂する。
 これまた俺に向かって放った時よりも、威力も数も速度も何もかもが上だったのだが、アルシオーネはハルバードを一閃させると難なく掻き消してしまった。

「奴に炎は無駄だ!」

 フレンダはカルラに向かって叫びながらも、アルシオーネがハルバードを振り切った瞬間を狙って躍りかかっていく。
 その攻撃をアルシオーネは自身を回転する事によって避けると、そのまま回転により力を増した勢いで、ハルバードの斧頭がフレンダの胴を薙ぎ払いにいく。

「フッ!」

――ゴーン!

「グッ!」

 フレンダは何とか槍によって防ぐも、今度はフレンダが吹き飛ばされてしまった。
 カルラとフレンダは魔人の秘薬を飲んで、目に見えるほどの強化がされている。それでもこの戦いは、どう見てもアルシオーネの方が押していた。
 凄いな……、これが深層冒険者の実力なのか。

「フレンダ! ――おのれぇ!」

 カルラは、アルシオーネとフレンダとの距離ができる度に、魔法による攻撃を加えてきた。
 いつのまにか上空に立っていたカルラはアルシオーネに向けて、上から不可視の風魔法である風の刃をお見舞いする。
 パーティ戦での魔法士の立ち回りを熟知している、隙の無い攻撃だ。

 風の刃は生い茂る木々の枝葉を切り飛ばしながら向かって行くため、枝葉が目くらましのように降り注ぐ。
 アルシオーネは炎の障壁を展開すると、枝葉を焼き尽くしながら風の刃を目視できるようにして回避していた。
 そして相手からも視界が悪くなったその隙を狙い、そのまま巨樹を駆け上がり、上空のカルラに躍りかかった。

「ひっ!」

「させるかっ!」

 ――ギィン!

 カルラよりも高く舞ったアルシオーネはカルラに向かってハルバードを振り被るが、下から投擲されたフレンダの槍に気が付き、打ち払ってしまう。
 その間にカルラは糸が切れた操り人形のように落下して逃れ、落下しながらもアルシオーネに向けて、土魔法による無数の石礫を打ち出してきた。

 ――ババババババン!

 まるでマシンガンのように撃ち出される石礫を、籠手から発生させた魔力マナの盾で弾く。
 その魔力マナの盾は薔薇や牡丹を思わせるような大輪の花をしていた。

「あっ! アレあたいの籠手の上位品だ!」

 リンメイが言った通り、あれは以前リンメイが迷宮ボスの宝箱から手に入れた籠手の上位品のようだった。魔力マナの盾を構成する花弁の枚数も大きさも、リンメイのとは比べものにならない。
 アルシオーネは巨樹の枝に足を掛け勢いをつけると、魔力マナの盾を前面にして石礫を弾き飛ばしながら、ハルバードの鋭い刃物状の石突で刺突をしようとカルラの方へ向かって行く。

 そこへマジックバッグから新たな槍を取り出したフレンダがカルラとスイッチして、上から向かってくるアルシオーネを迎え撃とうと構える。

「これで終わりだああぁぁぁ!」

「いいでしょう!」

 フレンダはこれまでで最大と思われる程の魔力を槍に込め、雷属性が激しくほとばしり、まるで丸太のように肥大したかと思わせる槍をアルシオーネに突き出した。
 アルシオーネもこれを機と全身を白い炎で覆い薄っすらと輝きだすと、石突で刺突しようと片手で持っていたハルバードを両手で構え直し、炎煌めく斧頭を向かい来る槍と交わらせた。

 ――キキキキキィーーーーーン!

 そして斧頭を槍に滑らせるようにしながら斧頭を押し出し、そのまま体を回転させながらハルバードを振りかぶった。

「終わりですっ!」

 ――ザンッ!

 アルシオーネはハルバードを振り抜き、屈むように着地する。
 背後のフレンダは首を斬り飛ばされてしまい、その場に崩れるように、ゆっくりと倒れていった……。

「ああぁぁぁあ! 貴様あぁぁ!」

 ――ズドドドドドッ!

 カルラの絶叫と共に、アルシオーネがいる周辺全てから、人を軽々と串刺しにできるような硬質のトゲが突き出して襲い掛かる。
 カルラは二十四層ボスゴールデンリッチのような広範囲の土魔法までやってのけてしまっていた。
 しかしアルシオーネは恐ろしい程の察知能力で瞬時に高く飛び、それを躱してしまう。

「くそっ! くそっ! くそぉーっ!」

 硬質のトゲを避けるために飛び上がったアルシオーネを、怒りに任せたカルラの風の刃が幾重にも重なり、襲い掛かる。
 風の刃は硬質のトゲを斬り飛ばしながら襲い掛かるが、アルシオーネはそれを見切ると、魔力マナを纏ったハルバードを振り抜き相殺してしまう。
 そしてカルラにむけてハルバードを投擲すると、切断されたトゲを足掛かりに、自らもカルラの方へ一足飛びに躍りかかった。
 投擲されたハルバードは、尚も魔法を行使しようと杖を構えるカルラの腕を吹き飛ばしてしまう。

「ぎやあぁあ!」

「……終わりです」

 アルシオーネはチェックメイトとばかりに、カルラの首を掴んで頭を打ち付けるようにして、巨樹に押さえ付けた。

「あぐっ……ぎっ……うるざぃ! おばぇもみぢづれだあぁああ!」

 物凄い形相で睨み返すカルラは、残った手でアルシオーネの手首を握り返すと、残った全ての魔力マナを解放して己の体を起爆とし、爆炎を発動させてしまった。
 アルシオーネを道連れに、二人は炎に飲み込まれてしまう。

「なっ!?」

「ア、アルシオーネさんがっ!」

「……だいじょーぶだよアルは。――あいつは 【聖炎の巫女】 ってギフト持ちだからね、炎攻撃は一切効かないんだよ」

 少しも慌てる素振りを見せず、メイランはリンメイを諭すように呟いた。

 ―― 【聖炎の巫女】 、それが彼女のギフトなのか。

 暫くは二人を包み込むように紅蓮の炎が燃え盛っていたが、次第に白い炎だけとなっていく。
 アルシオーネを包むその神々しい白い炎は、まるで彼女を守護するかのように揺らめいていた。

 焼け焦げて骸となったカルラをアルシオーネは何とも言えない表情で見つめていたが、暫くして、そっと離した。
 崩れ落ちるカルラだったもの。
 王子様はその結末を見届けると目を瞑り、 「どうして……」 と無念そうに呟き、膝をついて項垂れてしまった。



 カルラとフレンダの最期を見た彼女達の配下は、激昂して襲い掛かる者、一目散に逃げだす者が半々だった。
 俺達は最期まで襲い掛かる連中を一掃することで、やっと終わりを確信した。
 ただ、周りは火の手が回ってきているので、あまり悠長な事をしてはいられない。

 アルシオーネがこちらへ来るとエルレインは急いで駆け寄り、ひたすら謝罪をしていた。
 アルシオーネ達の助けにより逃げる機会を得たエルレインは、王子様とサーリャを両脇に抱えて迷宮エリアを駆け抜け、フィールドエリアまで戻る事ができた。
 しかしエントランスホールへ繋がる転移門ポータルの前を無数の敵に陣取られてしまっており、やむなく樹海へ逃げ込んでしまったという事らしい。

 アルシオーネはエルレインを伴い、呆然と二人を眺めていた王子様の所までやってきた。

「さあセリオス立ちなさい。急いでこの場から離れますよ」

「アルシオーネ嬢、なぜ貴方が……」

「……エルレインさんに助けを乞われたからです」

「そうなのか……。はっ、ではエルレイン嬢は……、彼女達の裏切りを知っていたのか!?」

「……あの、はい……」

 王子様の問いかけに逡巡するも、エルレインは頷いて答えた。
 その短い言葉を耳にして、王子様は再び信じられないという表情をしてしまう。
 裏切りとはまた違い、今度は自分だけが蚊帳の外だった事に、王子様はショックを受けているようだった。

「なぜだエルレイン嬢……。なぜ私に一言相談してくれなかった?」

「それは……。魔王討伐を優先したいセリオス様は、きっと私の言葉に耳を傾けてはくださらないと思ったからです」

「そんな……! 私は決してそのような……!」

 聞けば、魔王討伐に必要な様々な段取りや手配などは全て、カルラとフレンダが率先して行っていたそうだ。
 そこまで積極的に王子様をサポートしていた彼女達と、親の命で仕方がなく同行していたエルレインとでは、王子様の信頼の度合いも違っていただろう。
 それに、常にミリオラの監視があり、二人きりとなる機会は無かったそうだ。

 俺を含めて、周りで聞いていた人達は微妙な表情をする。
 思わずリンメイが、皆を代表するかのように王子様に指摘してしまった。

「あんたさ、腕切り落とされても現実受け入れる事ができてなかったじゃねーか。……そんな奴には危なっかしくって話持ち掛けれねーよ」

「それは……」

 王子様はそれ以上言葉を発する事ができず、ただただ悔しそうに打ち震えていた。



 暫くして、見兼ねた様子のアルシオーネは一つ溜め息をつくと、王子様に向かって話を切り出す。

「セリオス、……もう国へおかえりなさい」

「えっ……、しかし私にはまだ……」

「いい加減になさい。――魔王討伐などという貴方の我儘で、これ以上わたくしの大切な方が傷つくのは我慢なりません」

「いや、魔王討伐は決して我儘などでは……!」

「いいえ、我儘です。――国のためでも民のためでもなく、わたくしを手中に収めたい、ただそれだけのために貴方の死出の旅路に彼女を伴わせようとしているのを、我儘と言わずして何と言えましょう」

 アルシオーネを妻に迎えたいがために自分が今ここにいる事を、何故か意中の女性本人の口からばらされてしまい、王子様は愕然としている。
 王子様はハッとして俺を睨みつけるが、俺は顔をしかめて 「俺じゃねーよ」 と左右に手を振る。
 俺と酒を飲んだあの時、お前は気が付いてなかっただけで、ばっちりと本人に聞かれてしまっていただけなんだってば。

「……この際だからはっきりと申し上げておきます。たとえその我儘の果てに貴方がカサンドラの王となる事ができたとしても、わたくしは決して貴方の手を取る事はないでしょう」

「そんなっ……」

 終にアルシオーネは、王子様に対して死刑宣告とでも言うべき言葉を言い放ってしまう。
 だが、魔王討伐が全くの無意味であると理解させるにはこれしかない。

 アルシオーネは後ろに控えるエルレインの元へ行くと横に並び、彼女の腕に手を添えて王子様に改めて向き直る。

「いいですかセリオス。今回貴方が生き延びる事ができたのは、全てエルレインさんのおかげです。この方は貴方がこのまま高層へ進むと殺されてしまうと知り、引き留めるために自ら腕を落としたのですよ。その献身を少しは理解して差し上げなさい。――この方は貴方にとってかけがえのない存在です。まずは貴方が、信頼されるに値する男となる努力をなさい」

「……っ! それは勿論……はい……」

 王子様は今にも泣きそうな顔をしており、正直見てらんない……。
 アルシオーネも思わずかぶりを振ってしまう。

「はぁ……。今回の件で貴方も片腕を失い、少しはエルレインさんの苦しみが理解できたでしょう。……貴方もこの国の聖女様に腕を治していただき、それから国へおかえりなさい」

 そう言うとアルシオーネは俺達の方へさりげなく目配せをし、役目は終わったとばかりに踵を返した。

「さっ、皆さん帰りましょう」

 突き放された王子様は再び項垂れてしまい、いつまでも歩き出す事ができず立ち尽くしていた。
 エルレインは心配そうに、王子様の元へ駆け寄ってくいく。

「さあセリオス様、帰りましょう」

「あっ、ああ……」

 だが王子様は空返事をするも、なかなか動こうとしない。
 その様子に気が付いたのか、先を行くアルシオーネは歩みを止め、こちらを振り向いた。

「セリオス……、もしも貴方がわたくしを振り向かせたいのならば、与えられた地位や名誉などではなく貴方自身の力で、わたくしと並び立つに応しい勇名を馳せてごらんなさい」

 そしてしっかりと、 「勿論魔王討伐ではなくてですよ」 と付け加える。
 それからは二度と振り返る事は無く、アルシオーネ達 『紅玉の戦乙女』 は先に行ってしまった。

 ようやく顔をあげた王子様は何とも言えない表情をして、暫しの間アルシオーネの背中を見つめていた……。



 季節はまだ夏。天気は快晴で、今日もまた暑くなりそうだ。
 今日はラキちゃんと二人で王子様達の様子を伺いに、彼らの仮住まいの館までやってきた。
 ラキちゃんは大家さんにおめかしをしてもらい、お洒落な麦わら帽子に白のワンピースと、いかにも夏の少女といった出で立ちでとても可愛い。

 生垣から中を覗くと王子様達は涼しそうなテラスで寛いでいたので、俺達はこれ幸いとばかりに、遠慮なく庭へ入って行く。
 貴族令嬢の嗜みといった感じに刺繍をしていたエルレインと、なにやら難しそうな書物を読んでいたサーリャは俺達に気が付くと、快くテーブルの席に招いてくれた。
 どうやら俺達のためにお茶も用意してくれるようだ。

 王子様は……相変わらず抜け殻のようになっているか……。

「しけた顏してんなあ、王子様」

「なんだお前か……」

 ガーデンチェアに腰掛けてぼんやりと空を眺めていた王子様は、俺に気が付いても素っ気ない返事を返すだけだった。

「なんだとはご挨拶だな。――どうせ暇してんだろ? 気晴らしに海にでも行こうぜ!」
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